第132話「溶解する鋼鉄」

 カミルは轟々と炎を巻き上げて唸る溶鉱炉のすぐ傍に立っていた。

 吹き付ける熱波は凄まじく、彼女の機体はすでに大きく損傷している。


「来ないで! 皆がアタシを要らない子にするなら、自分で死んでやるんだから!」

「何を言ってるんだ。とりあえず、俺の話を聞け!」


 興奮状態の彼女を刺激しないようにゆっくりと諭すように声をかける。

 カミルは細い手すりをぎゅっと握って表情を強張らせている。


「俺たちはカミルを処分するために来たんじゃない。ミモレに頼まれて、うちで働いて貰おうと思ってるんだ」

「信じないわ! だってアタシはテストでいい点がとれなかったもの」


 強情な少女は頑として意志を曲げない。

 一歩でも体重を前に向ければ、その瞬間どろどろに溶けた鉄の中に放り込まれる。


「アタシなんかよりずっと優秀な子がたくさんいるんだから、その中から選びなさいよ」

「そうはいくか。カミルはたった一つの項目が満たせなかっただけだろう。他は全部優秀だし、俺はカミルが欲しいんだ」

「なっ!? そ、そんなこと言われても騙されないわ。協調性のないやつなんてどこにも居場所はないのよ!」


 どれだけ声を掛けても意志を曲げる様子のないカミルに唇を噛む。

 彼女はあの孤独な小部屋の中で思考の檻に囚われてしまっていた。


「アタシには代わりが沢山いるんだから……!」


 自分の腕にナイフを刺すように彼女は牙を剥いて声を荒げる。


「白月」


 俺の隣に寄り添う白月が廃棄場の熱さにぐったりとしていた。

 白い毛皮は汗で濡れそぼり、目も虚ろだ。

 俺もLPがじわりじわりと減少を続けていて、すでに死がそこまで迫っている。

 ……時間が無い。


「代わりなんていない」


 まっすぐに、炎髪を踊らせる少女を見定める。

 胸を張り断言する。


「確かに、俺にとってカミルは無数にいるNPCの一人だ。だがな、ミモレはどうなんだ」

「……っ!」


 赤い瞳が揺れる。


「ミモレにとってカミルはただ一人なんだ。FF型NPCが何百何千と現れようが、FF型NPC-253は、カミルは、大切な妹はお前一人だけなんだ」

「でも、ミモレは……アタシのことなんか……」

「要らない子だなんて思っていたら、見ず知らずの俺たちに声を掛けてまでカミルを助けようなんて思うはずがないだろ」

「……」


 彼女はいま、何を考えているのだろうか。

 ぎゅっと手すりを握って虚空に視線を向けたまま静止している。

 回想、追憶、もしくはあったはずの未来への夢想か。


「カミル、戻ってこい」


 声をかける。

 彼女は虚ろな目をしたまま、ゆっくりと足をこちらに向け……。


「ッ!? カミルッ!」


 金属のねじ切れる音。

 限界まで張り詰めていた糸が千切れる。

 カミルの立っていた細い足場――彼女ほどの重量が掛かることを想定していない脆い足場が支柱ごと崩れる。


「えっ――」


 赤い瞳が大きくなる。

 一歩踏み出した瞬間に崩れた足場に、彼女の演算装置が瞬間的に回転しはじめ絶望へと辿り着く。

 ずっと熱い手すりを握っていた手のスキンが溶け、彼女を崩れゆく足場に固定していた。


「カミルッ!」

「た、たすけ――」


 走り出す。

 足場が崩れていくが構う余裕など無かった。

 白月が蹄を叩き付けて跳躍する。


「頼んだぞ、『幻惑の霧』」


 空中で白月の身体が霧散する。

 それは白い霧となって俺とカミルのいた一帯を包み込む。

 人を惑わせる幻の霧。

 それは彼の特別な力。

 時空をねじ曲げ回帰させると説明にはあったが、真偽のほどは分からない。

 しかし少しだけ和らいだ熱風の中を、空中で足を蹴って駆け抜ける。


「ちっ、届かない」


 全力で足を動かすが、カミルが溶鉱炉に飲み込まれるまで間に合わない。

 俺は槍とナイフを取り出して両手に装備する。


「風牙流、二の技――『山荒』」

「きゃぁああああっ!」


 傾く鋼鉄の柱にナイフを突き刺し、槍を力の限り振り上げる。

 風を掴みその身に纏い、奔流は赤髪の少女を掬う。


「かはっ」


 LPが危険域まで下がり意識が朦朧としてくる。

 明滅を繰り返す視界の中にカミルを探し、ゆっくりと落ちてくる小さな身体を受け止める。


「カミルッ!」


 彼女の左腕が肩からねじ切れ無くなっていた。

 下を見れば足場と共に腕が泡立つ溶解した鉄へ沈んでいく。


「くっ!」


 槍も柱に差し込んで、そこにカミルの体重を預ける。

 フェアリーならばギリギリこれでも座れるはずだ。


「あ、あ、アタシの腕、ひだり……」

「落ち着け。深呼吸しろ。カミルは死んでない」

「あ……」


 腕をねじ切ってしまったせいで彼女は錯乱状態に陥っていた。

 スキンの溶けた頬を拭い、こちらを向かせる。

 正直、ナイフを握ってぶら下がったままというのはなかなかに辛い。


「機体は後で修理できる。レティたちに連絡したから、すぐに助けは来るはずだ。だから、落ち着いてそこに座ってろ」

「あ、あ……。ありがと……ございます……」


 とはいえここは溶鉱炉の真上。

 ぶら下がっているだけでも危機的な状況には変わりない。

 カミルは俺の服を掴み、ぎゅっと身体を寄せてくる。

 そうしている間にも熱とLPの減少で意識が消えかかる。


「カミル、よく聞け」

「うん」


 熱波に煽られ身体が揺れる。

 鉄の柱に食い込んだナイフの刃が少しずれる。


「俺がいなくなったらそのナイフの柄を掴んで、槍の上でじっと待つんだ。必ず助けが来る」

「……え? な、何を」

「正直、片腕だけでぶら下がってるのはかなりきつい。というよりそのうちナイフがすっぽ抜ける」


 混乱するカミルを諭すように言う。


「カミルが助かるためにはそうするしかない」

「ま、待って。そんな、ダメよ」

「遅かれ早かれ俺は死ぬからな。ナイフを握ったまま死んだら最悪カミルも道連れにしちまう。だから、慌てるなよ」

「待って、ダメよ、そんなのダメよ!」


 すがりつくカミルの手をそっと払う。

 下には煮えたぎる地獄の大釜。

 LPは殆ど尽きて、あと数秒の命。


「俺の代わりはいくらでもいるが、お前の代わりはいないからな」

「待っ――」


 手を離す。

 重力に従い、落ちていく。

 柱に突き刺さった槍の上のカミルが、同じく突き刺さったナイフの柄を掴んでしっかりと立っているのを見て、一安心。


「レッジ!」


 数秒後、俺の身体は業火に溶かされ鉄くずと混ざり合った。



 目を開くと、そこは薄緑色の粘液に満たされたガラス管の中だった。

 意識の覚醒と同時に内容液が排出され、ガラス管から解放される。


「この機体も久々だな」


 スキンの張られていない銀のデッサン人形のようなスケルトン。

 動きは多少ぎこちないが問題ない。


「レッジさん!」

「レッジ、無茶したね」


 アップデートセンターを出ると、入り口の前で待ち構えていたレティたちに詰められる。


「うわっと、びっくりした……」

「びっくりしたのはレティたちの方ですよ。なんでいきなり死んでるんですか!」

「いやぁ、アレしか方法がないだろ。俺は死に戻りができるからいいが、カミルはできないんだろ?」


 そう言って笑うが彼女たちは許してくれそうもない。

 特に輪を掛けて怒っているのは――


「レッジ、なんでアタシなんかの為に!」


 真新しい赤髪を揺らし、ぎゅっと拳を握るカミル。

 スキンも無事に張り直し可愛らしい顔が元通りになっている。


「そりゃあまあ、決まってるよ」


 涙の流れない目を覗き込み、そっと肩に手を掛ける。


「丁度、優秀で働き者のメイドさんを探してたからな」

「なっ……! アタシはまだ、そんなこと」


 カミルは否定するが、その声は尻すぼみに小さくなる。

 そんな彼女の隣に立つ少女が言う。


「カミル。ワタシはレッジさんたちのガレージの隣のお店で働いてるんです。カミルがレッジさんの所で働いてくれると、お姉ちゃんとっても嬉しいのですが」

「うぅ……み、ミモレが言うから仕方なくなんだからねっ!」


 ずびし、と人差し指を俺に向けてカミルが叫ぶ。

 それと同時にファンファーレが鳴り響き、任務完了が知らされる。


「ああ。今後ともよろしく頼む」


 そう言うと、赤髪の少女はふいっとそっぽを向いた。

 その頬が朱に染まっていたのは、恐らくウェイドの夕焼けのせいだろう。


_/_/_/_/_/

Tips

◇身体の損傷

 機械人形はパーツの換装によって欠損した部位を補うことが可能。データの核である八尺瓊勾玉さえ無事であれば全てのパーツを交換できるが、モデルを変えると体格差からそれまで収集し最適化してきた行動補助データが使用できなくなる。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る