第131話「炎の逃避行」

「考え無しに開けちゃったのがアンタの致命傷よ! こんなとこ逃げ出してやるんだから!」

「ちょっとカミル!」

「ミモレ!? どうしてアナタがここにいるのよ!」


 俺の腹から飛び下りたカミルは脱兎の如く駆け出そうとしてミモレの存在に気付く。

 目を丸くするカミルを逃すまいと、ミモレは彼女の手をひしと掴んだ。


「カミル、話を聞いてちょうだい。この人達はあなたを雇ってくれるのよ」

「そ、そんな話信じられるわけないでしょ! アタシは要らない子なんだからグシャッとスクラップにされちゃうんだわ!」


 しかし姉の言葉も届かずカミルは強引に手を振り払う。

 それどころかカミルはミモレの青い目をキツく睨み上げる。


「アンタもアタシを要らない子にするのね。もうやだっ!」

「ちょっと、カミル!?」


 カミルはそんな言葉を言い捨てる今度こそ長い廊下を走って逃げ出す。


「レティ、ラクト、頼む!」

「分かってますよ!」

「ああもう、子供の世話は苦手なんだけど!」

「私も行きますっ」


 カミルの青い患者衣を追ってレティとラクトが走り出す。

 トーカとミカゲもそれに続き、後には倒れたままの俺とエイミー、白月、そして呆然と立ち尽くすミモレが残った。


「大丈夫?」

「ああ、LPは減ってない」


 エイミーに手を引かれて立ち上がり打ち付けた腰と頭の様子を見る。

 ダメージは受けていないようだし、痛みもない。

 町の中だし当然と言えば当然か。

 まあ今は俺よりも気を掛けるべきは、


「ミモレ、大丈夫か」

「は、はわっ。……大丈夫です。ちょっと、驚いちゃって」


 大丈夫とは言ったものの、彼女はアホ毛もしょんぼりと萎れさせて俯いている。

 よほど、カミルから言われた言葉がショックだったのだろう。


「まあ、カミルも突然ドアが開いて驚いたんだろ。本心から言ったんじゃないと思うぞ」

「だといいのですが……」


 とは言え俺はカミルの事を何も知らないし、ミモレは生まれたときからの付き合いだ。

 俺たちが何を言って慰めたところで根本的な解決には至らないだろう。

 だからこそ、レティたちには頑張って貰わねば。


「カミルはこの階層から出られないのか?」

「そのはずです。彼女はエレベーターのアクセス権限を付与されていないので――」

『レッジさん大変です! カミルさんがエレベーターで塔の外に!』


 ミモレの言葉を遮るようにやってきたレティからの通話。

 その言葉に全員が驚く。


「はあ!? ちょ、ミモレ……」

「もしかして強引にコンソールをクラックしたの? ああもう、優秀なんだかそうじゃないんだか」

「優秀ってレベルじゃないだろ。とりあえず俺たちも追いかけるぞ」


 外に出てしまえばカミルがどこに逃げるかなど分からない。

 レティたちだけでは人手が足りないだろう。


「レッジさんこっちです!」

「カミルは」

「分かりません。エレベーターが戻ってくるまで何もできなかったので」


 カミルを降ろして戻ってきた空の箱に乗り込み、一階に戻る。

 相変わらず多くのプレイヤーで賑わっているエントランスには当然青い患者衣の姿は見当たらない。


「高級NPCはスサノオから出られません。出るためには外出申請を出して〈クサナギ〉に許可を得ないといけませんので」

「それもクラックされることは?」

「いくらカミルの情報処理能力が高くても、〈クサナギ〉を欺けるほどのものではありません」


 それも確かにそうだ。

 無数にいるうちのたった1人のNPCに負けるような中枢演算装置などない。


「とりあえず手分けして探しましょう。彼女はフェアリー型ですし、まだ遠くには行ってないはずです」


 トーカによる鶴の一声を受けて俺たちは一斉に頷く。

 ウェイドは今も版図を広げているが、スサノオほどの広さもない。

 カミルは目立つ服装をしているし見ているプレイヤーも多いことだろう。

 俺たちは二人組に分かれて四方へ散開する。


「――ひまわり、今ちょっといいか?」

『さっきぶりですね。何かありましたか?』


 トーカとミカゲ、ラクトとエイミー、レティとミモレと分かれ一人あぶれた俺は煉瓦造りの建物の間を走りながら、この町のことをよく知る二人に声を掛けた。

 彼女たちにも応援を要請し、道行くプレイヤーにも赤髪のフェアリーの姿について尋ねていく。


「白月は匂いで追いかけたりできないのか?」


 ダメ元で白月に聞いてみるが、彼はつんとした顔でそっぽを向く。

 鹿の嗅覚がどんなものかは知らないが彼にそんな力はないらしい。


「しかしウェイドの開発速度が思ってたより早いな。地図が随分広がってる」


 随時更新されていくウェイドの地図は、俺たちが地下駅に降り立ったときの二倍ほどまで広がっていた。

 張り切って飛び出したはいいものの、これでは闇雲に探し回るわけにもいかない。


「……少し考えるか」


 俺は足を止め、十字路にできた広場のベンチに腰を下ろす。

 膝へすり寄ってきた白月の喉元を撫でながらカミルの行動について考える。


「カミルは淡いブルーの患者着に赤い長髪。NPCだということを差し置いても目立つ格好だよな」


 白月に問いかけるように言うが当然彼からの返答はない。

 まあ、テディベアやゴムのアヒルに話しかけるようなもので、口に出すだけでも思考は整理されていく。


「だけどエントランスにもその周囲にも彼女の姿を見た人はいなかった。どこかで服を変えたか?」


 しかしカミルは恐らく何も持っていない。

 着替えはおろか、服を買うビットすらないはずだ。

 つまり彼女が姿を変えて人混みに紛れたという線は薄い。


「考えられるのは、上手く人目を避けて逃げているか。もしくは――」


 立ち上がり、レティたちに連絡する。

 彼女たちも成果は芳しくなく、カミルの行方は杳として知れない。

 ならばと俺はミモレに一つ尋ねる。


「よし、白月。行こうか」


 通話を切り、白月を呼ぶ。


「今回はお前の力を借りるぞ」


 嬉しそうに鼻先を擦りつけてくる彼の額を撫でる。

 そうして俺は身を翻し、ウェイドの中央に聳える塔へと足を向けた。


「レッジさん」

「ミモレ、コンソールの操作を頼めるか」

「大丈夫です。任せて下さい」


 中央制御塔のエントランスに着くとミモレが待っていた。

 彼女は不安げな表情を浮かべていたが、俺の問いにしっかりと頷いてくれた。


「でも、ほんとにそんな所にいるんでしょうか」

「分からん。でも可能性は高いと思う」


 ミモレと共にエレベーターへと向かう。

 ……カミルはエレベーターのコンソールを一瞬のうちにクラックして操作した。

 彼女の能力の高さを如実に語る行動の結果、俺たちは彼女が制御塔の外へと逃げたと思ってしまったが、それは誤りだったかもしれない。


「産業廃棄物処理場は地下二階、駅の下にあります」

「分かった。ミモレたちは外で待っててくれ」

「はい……」


 扉を開いたエレベーターに乗り込む。

 唇を噛むミモレに見送られ、ゆっくりと扉が閉じる。

 微動と共に小さな箱は地底へ降りていく。


「スクラップね……」


 産業廃棄物処理場は制御塔の地下深くに設置されている、普通ならばプレイヤーもNPCも立ち入れないフィールドだ。

 そこでの作業に従事する少数のNPCだけが存在し、そもそも俺たちには入る用事もない。

 行われているのは、都市の建築や保守管理の際に出てくるゴミの処理と――クサナギが不要と判断した資源のリサイクル。

 都市の血管であるトンネルを通じて瓦礫や鉄くず、損傷し換装された機体、汚染された液体、ありとあらゆる不要なモノが、中央に集められる。


「さあ、着いたぞ」


 扉が開き、視界が広がる。

 それと同時に喉と眼を焼くような熱気が俺と白月を包み込んだ。


「ぐっ、白月大丈夫か?」


 白月は俺の後ろに下がり瞼を下げる。

 エレベーターの外に出ると、熱さは更に増しスキンが焦げ付く。


「あまり長い間はいられないな」


 産業廃棄物処理場は轟音と業炎に包まれていた。

 幾本ものコンベアが唸りを上げ、中央の幅広のコンベアへとガラクタを落としていく。

 それらが向かう先には、鋭利な鋼鉄の牙を動かす破砕機が待ち構えている。

 鋼鉄の塊も、防壁の残骸も、巨岩も、損傷した無人機も、一切の区別無く飲み込み続け、甲高い悲鳴と共に細かな鉄くずへと変えていく。

 未完成であるウェイドの処理場では、人工物だけでなく丸太や土なども多分に混ざっている。

 コンベアの両側にはマシンアームがいくつも並び、絶えず廃棄物を分類していた。


「さて、さっさと探そう」


 白月と共に巨大な工場を駆けていく。

 メンテナンス用らしき足場を使い、広い地下空間をくまなく探す。


「熱いな、くそっ」


 滲む汗に頬を拭うと、スキンの表面が熱したゴムのように僅かに溶けていた。

 これほどまでに広い空間を灼熱の煉獄に変えるのは、破砕機の奥、処理場の中央にある巨大な溶鉱炉。

 赤熱した鉄が溶け、泡を上げて煮えたぎる、巨大な釜。


「白月、大丈夫か?」


 機械である俺ですら、溶鉱炉に近づくとじわじわとLPが減少していく。

 生身である白月にとっては生命の危機すら感じる場所だろう。

 そう思って視線を下げると、彼は大丈夫だと言うように鼻先をズボンの裾に擦りつけてくる。


「っ! ……見付けたぞ」


 白月を連れて狭い通路を進む。

 そうして俺はようやく赤髪の少女を見付ける。


「カミル!」

「ッ!? なんでアンタがここに。致命傷を受けるわよ!」


 大声で名前を呼ぶと、彼女は驚いてこちらを向く。

 患者衣は裾が焦げ、顔のスキンも半分ほど溶けてその下にある銀色の機械部が見えている。

 彼女は赤く燃える溶鉱炉を、一人で見下ろしていた。


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Tips

◇産業廃棄物処理場

 スサノオ地下に作られた、あらゆる廃棄物の最終着点。町の各所で発生した廃棄物は地下トンネルを経由してここへ流れ着く。超高温と耳を劈く轟音に満たされた空間であり、専用の装備をしたNPCによって作業が行われている。破砕機によって粉々に砕かれ溶鉱炉で溶かされた物質は再度精錬され、全体の99%以上が再利用される。


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