第130話「不適少女」

 ミモレは件の妹のもとへ俺たちを案内するため、仕事を中断する。

 箒を控え室のロッカーにしまった彼女はメイド服のまま店の外へと出て行く。


「おお、こっちはそれなりに広い道に繋がってるんだな」


 新天地二号店の方から外に出ると、そこは大通りとまではいかないものの俺たちのガレージから続く糸のような道とは比べものにならないほど立派な道が横たわっている。

 その道も少し歩けばすぐに中央制御区域へ続く大通りに接続された。


「ここは新しくできたところだな。ベースラインに近い商業地区ってところか」


 周囲を見渡してレングスが言う。

 確かに新天地の周りの建物も大きなショーウィンドウが並び、商店が多く看板を並べている。

 ベースラインでは扱わない少しコアな品揃えをした専門店が多いが、中には新天地と同じ飲食店も散見される。


「これは……また地図の追記が必要なのですね」

「いろんなお店が開店予定ですね。これはぜひ食べ歩きしなければ!」

「アクセショップも沢山あるわね。あそこの広場は露店が並ぶみたいよ」


 ひまわりは難しい顔で手帳を開き、レティたち女性陣は煌びやかな店の数々に目を輝かせている。


「レッジさん。私とおじさんはこのあたりの地図を作るので、このあたりで失礼してもいいですか?」

「そうか。家探し、手伝ってくれて助かったよ」


 ひまわりとレングスの2人はここで別れることになる。

 彼女たちは今も拡大を続けるウェイドの情報を集めるためこれから走り回るようだ。


「そんじゃま、落ち着いたらまた誘ってくれや」

「おう。そっちも頑張ってな」


 豪快に笑い手を振るレングスたちを見送り俺たちは俺たちのすべきことへ戻る。


「こちらです」

「ほら、行くぞ」


 店の間をミモレが進み、振り返って手を上げる。

 俺はうっとりした表情で周囲に視線を飛ばすレティの腕を掴み、強引に現実に戻した。


「はわわっ」

「よそ見してないで、ちゃちゃっと行こう」


 そう言うも、レティは落ち着かない様子でぶんぶんと耳を振っている。


「レッジ、別に迷う場所でもないし手離してあげなよ」

「ラクト!」

「あ、ああ。すまん、気付かなかった……」


 見かねたラクトに言われて手を離す。

 女性陣から生ぬるい視線を受けながら、それを振り払うように俺はミモレの後を追った。


「ミモレの妹はなんて名前なんだ?」

「カミルと言います。ワタシと骨格や体型は同じですが、可愛い赤髪をした子なんですよ」


 足を町の中央へと向け、歩きながらミモレから妹の話を聞く。

 同型の妹とは言っても見分けが付かないほど瓜二つというわけではないらしい。


「カミルさんはどうしてテストに合格できなかったのでしょうか」


 ミカゲと共に近寄ってきたトーカが悲しそうに眉を寄せて言う。

 それを見てミモレは軽く下唇を噛んだ。


「あの子はとても優秀な子なんです。それこそワタシたち高級NPCの中でも群を抜いていて、クラスでも一番いい成績でした。なので、テストも当然余裕の合格で、本人もゆくゆくは中央制御塔中枢部の保安管理要員に就くものだと公言していました」

「優秀な子だったのか」


 ミモレの言葉が少し意外で目を開く。

 てっきりどこかに欠陥か整備不良があって、それが原因でテストで要求された水準を満たせていないのかと思っていた。


「優秀です。それはワタシよりもずっと。……ですが」


 ミモレは遠い目をして語る。


「テストで不合格が出たとき、みんなが驚きました。中でも本人はまさに怒髪天を衝くといいますか、管理部に毎フレーム問い合わせていました。それが原因で現在も彼女は管理部からアクセス制限が掛けられています」

「おおう……」

「なんか突然機械っぽいことに」


 ミモレの言葉にレティも少し驚く。


「それで、ワタシが代わりにテストの詳細を調べたんです」

「結果は良かったのか?」

「はい。基本技能項目、自己管理項目、戦闘項目、その他七項目全て満点に近い成績でした」

「ちなみに項目は全部でいくつあるの?」


 ラクトが問う。

 ミモレは少し困ったような笑みで答えた。


「八つです。カミルは、最後の一項目がゼロ点でした」

「なるほど……」


 聞けばテストでは八つの項目に分けて能力が測定され、その結果を元に配置される職が決まるらしい。

 カミルは七つの項目が全て高水準であったため、どんな職も選べる予定だった。

 しかし最後の一つ、最も重要と呼ばれる項目で彼女は全く点を取れなかった。

 それにより彼女は全ての職に対して不適合という結果を下され、今も当てなく部屋に引きこもっているらしい。


「高級機械人形格納庫はここの二階です」

「ここって、中央制御塔か」


 ミモレが俺たちを連れてきたのは、ついさっきもやってきたウェイドの中央制御塔だった。

 彼女はずんずんと中に入り、片隅にある小さなコンソールを手際よく操作する。


「ここの二階って何かあったっけ?」


 エイミーが首を傾げるが、俺も心当たりはない。

 スサノオでも中央制御塔は一階の端末と地下にあるヤタガラスの駅にしか用はなかった。


「一応、フレーバー的には設定されていますね。二階以降はクサナギが直接管理するエリアになっているようです」

「クサナギっていうと町の中枢演算装置か。普通は俺たちが立ち入る理由もないんだろうな」


 ミモレの操作によって、コンソールの隣の白い壁に四角い線が浮き上がる。

 それは小さな駆動音と共に左右に開き、小部屋が現れる。


「エレベーターだったのか」

「こんなのがあったなんて……」

「どうぞ。これで二階に上がりますから」


 ミモレに促されるまま、小さなエレベーターに乗り込む。

 7人と1匹も入れば流石に息が詰まる。


「すぐ着きますから」


 そんなミモレの言葉通り、エレベーターは動き始めてすぐに止まる。

 再度扉が開けば、そこはプレイヤーが密集する端末エリアではなかった。


「おお、これは……」


 そこは長い廊下が続く白い場所だった。

 ゲーム最初にいたアマテラスの船内にも似ている。

 僅かに発光する白い床と白い壁、天井にはポツポツと黒いカメラが並んでいる。

 更に廊下の左右には無数のドアがずらりと奥まで連なっていた。


「ここが高級機械人形格納庫か?」

「はい。使途の決まらない高級NPCが待機する場所になっています」


 カツカツと足音を響かせながらミモレが廊下を進む。

 俺たちはそのあとを追いながら左右に並ぶドアに目をやった。

 銀色のドアには小窓が付いていて、そこからは白い室内が見える。

 ベッドや机などの最低限の家具は揃っていて、さながらカプセルホテルのようだ。


「満室って訳じゃ無さそうだね」

「でも入ってる子はみんな落ち込んでるわね」


 小窓の奥を覗きながらラクトたちが言う。

 部屋では種族も性別もバラバラなNPCたちがベッドに座っていたり壁に向かって立っていたりと自由に過ごしている。

 しかし彼らは皆浮かない表情をしていた。


「仕方ありません。働くために作られ、教育を受けてきたのに、テストによって弾かれてしまったのですから」


 ミモレの言葉が胸に染みる。

 彼女たちにとってそれは、まさしく自身の存在理由を失ってしまったのと同義なのだろう。


「こうして、俺たちが勝手にやってきて連れて行くのは、いいのか?」

「然るべき登録を済ませれば問題ありません。相互の同意があればテストの結果は必須条件ではありませんから」

「そうなのか」


 言葉が途切れ、足音だけ響く廊下を歩く。

 途中何度か角を曲がりながら進み、ミモレはようやく一枚のドアの前で立ち止まった。


「ここがカミルの部屋です」

「ここが……」


 この薄いドアのむこう側に、ミモレの妹がいる。

 テストによって弾かれてしまった少女。

 優秀だと言われ、しかし職を貰えなかった少女。


「開けるぞ」

「はい」


 ミモレがドアの横のコンソールを操作する。

 ドアを固定するボルトが一斉に回転し、空気の抜ける音と共に閂がスライドする。

 小窓から部屋の中を覗く。

 そこにはミモレと同じ小柄な少女の後ろ姿があった。

 赤い髪はレティに似ていて、さらりと揺れる。


「初めまして、俺はレッジブォワッ!?」


 ドアが開くと同時に振り返り、身を屈め、彼女は俺の下腹部へと鋼鉄の頭をぶつけてくる。

 ズンと重く響く衝撃と共に腰を折り、白い床に大きく背中を打ち付ける。


「れ、レッジさぁぁん!?」


 レティたちの悲鳴。

 赤髪の少女は俺の腹に馬乗りになり、キツい三角の目で見下ろす。


「アタシをスクラップにする気ね!? そうはいかないんだから!」


 ずびし、と鋭く人差し指を突きつけて、カミルは高々と声を荒げる。

 青い貫頭衣の上で炎のような髪が荒ぶり舞い上がる。

 その名はカミル。

 シリアルナンバーはFF型NPC-253。

 職業適性検査試験、協調性項目ゼロ点の少女だ。


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Tips

◇職業適性検査試験

 仮想教育クラス教育課程を全て修了した高級NPCが受けるテスト。基本技能、自己管理、戦闘、清掃、極限行動、知能強度、情報処理、協調の八項目それぞれに得点を付けられ、それらを総合的に見た上で最適な職が振り分けられる。


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