第129話「メイド少女」
「レッジさん!?」
俺の声を聞きつけてレティたちが駆けつける。
鼻の頭と後ろに下がったときに壁に打ち付けた頭にヒリヒリとした痛みを感じながら、瞼を開く。
『あわわ、はわわ。だ、大丈夫ですか? 怪我してませんか?』
視界が戻ると、目の前にあたふたと動くオレンジ色の頭頂があった。
一房だけぴょこんと飛び出したアホ毛が頭の動きに合わせてゆらゆらと揺れている。
「レッジさん! って、その子はいったい……?」
やってきたレティは俺を一瞥したあと、開いたドアの前に立つ人影に気付く。
『あわわ、あわわわ……』
「えっと、とりあえず落ち着いてくれ。俺は大丈夫だから」
なんとか頭を落ち着かせ、俺よりも遙かに混乱している様子の珍客に声を掛ける。
柔らかくウェーブしたオレンジ色の髪にクリーム色の三角巾を着けた小柄な少女だ。
大きなアーモンド型の瞳は青色で、白い肌に輝いている。
彼女は手に長柄の箒を持ち、白いエプロンと黒いスカートのメイド服を装っていた。
背丈はラクトとそう変わらないから、恐らくフェアリーだろう。
「レッジ! っとと、見ない顔だね? メイドさん?」
レティに続いてやって来たラクトが首を傾げる。
彼女に続いて他の皆もやって来て、一様に不思議そうな顔で見慣れない少女に瞠目した。
「えっと、とりあえず自己紹介からいこうか」
突然わらわらとやって来たレティたちに少女はまた慌てている。
少々強引だが彼女の肩を掴み、こちらを向かせた。
『はわっ! わ、ワタシはそこの喫茶店で働いてるミモレといいます』
「俺はレッジ、後ろの奴らは俺の仲間なんだ」
『そ、そうだったんですね。失礼しました……』
ミモレと名乗った少女は俺と後ろのレティたちを見比べて、安心した様子で息を吐いた。
落ち着いた黒のロングスカートの裾を握り、乱れたメイド服を整える。
「えっと、喫茶店っていうのは?」
『はいっ。スサノオ01から続く老舗喫茶〈新天地〉の二号店です!』
先ほどとは一転して明るくハキハキとした口調で言うミモレ。
そんな彼女の言葉に俺たちは今度こそ硬直する。
「喫茶、新天地……」
「そういえばミモレちゃんの服装って、新天地の制服じゃない」
目聡いエイミーがいち早く気付く。
改めてみてみれば、確かにミモレの着ているクラシックなメイド服は新天地で見慣れたものだ。
「って、レッジさんもしかしてこの子……」
「ああ。NPCだ」
プレイヤーとNPCを区別する方法はいくつかある。
第一にスケルトンか否か。
これはプレイヤーである可能性もあるが、ほぼ全てのプレイヤーはスキンを張っていて、NPCは張っていないため、外見から一目で判別できる。
しかし高級NPCは俺たちプレイヤーと同じようにスキンを張り、様々な衣装を纏っている。
その上このウェイドでは更に自由に歩けるのだから余計に判別が付きづらい。
しかし両者を分ける最も明確なマークが一つだけあった。
「マーカーがあるね」
ラクトの言葉。
その通り、ミモレの頭上には半透明の青い三角形のマーカーが浮かんでいた。
NPCにだけ表示される、NPCがNPCであることを示す印だ。
「すごいな、新天地の従業員NPCなのか」
「それよりも新天地の二号店がウェイドにあるなんて情報は知りませんよ」
感心した様子でレングスが言い、ひまわりが眉を寄せる。
彼女の声はミモレにも届いたらしく、ミモレはひまわりに向けて口を開いた。
『〈新天地〉二号店はまだ開店前でして。セットアップの為にワタシが派遣されたんです。お掃除をしている時にこのドアの向こうから声が聞こえて、どなたかいらっしゃるのかと……』
なるほど、だから彼女は箒を持っていたのか。
しかし彼女は箒の尻尾を上にしていたが……。
「幽霊さんじゃなくて安心しました。調査員の皆さんだったんですね」
ほっとした様子でミモレはにへらと笑う。
機械人形が幽霊を信じるというのもなかなかおもしろい話だ。
「この建物を買おうと思ってたんだが、もしかしてこれ店とこの家が繋がっちまってるのか?」
『はい。喫茶〈新天地〉二号店の従業員控え室に繋がっています』
「ええっ、それじゃあレティたちここに住めないんですか!?」
耳をピンと張ってレティが仰け反る。
彼女もこの家を随分気に入っていたようだし、さもありなん。
『いえ、あのドアからこちら側は喫茶〈新天地〉二号店の敷地外ですので問題ありません』
「そうなんですか? よかったぁ」
しかし直後にミモレが即答し、レティはへなへなと耳を倒す。
彼女はきりりと立ち上がると俺の方へと詰め寄る。
「レッジさん、今すぐ買いましょう。他のプレイヤーに取られないうちに!」
「お、おう……」
妙に気迫のある彼女に詰め寄られ、半ば自動的に頷いてしまう。
「みんなもそれでいいか?」
「わたしは賛成だね。新天地に直接行けるのはむしろ嬉しい」
「私も右に同じ。新天地のメニューは本店と一緒なのかなぁ」
日頃から新天地をたまり場にしている三人は全面的に賛成の意を示す。
彼女たちの反応を見て、ミモレはどこかくすぐったそうにしていた。
「トーカたちは?」
「私も大丈夫です。新天地側から他のプレイヤーさんが来ることもないでしょうし」
「……同じく」
トーカたち姉弟も了承し方針が決まる。
それを確認して俺はディスプレイを操作する。
物件のステータスにアクセスし、契約の締結を選ぶ。
ここは月々いくらの物件らしく、初月の家賃を振り込むシステムになっているらしい。
それほど高くもなく、俺の残高で補える範囲だ。
「じゃ、買うぞ」
最後に全員に確認を取り、契約を結ぶ。
高らかなファンファーレと共に建物の所有者が俺になった。
『おめでとうございます! お隣さんとして末永くよろしくお願いします』
「おう。よろしくな」
ミモレから祝福を受け、この建物の主になったことを自覚する。
ここが、俺たち〈白鹿庵〉のホームだ。
『――それでですね』
達成感に打ち震えていると、ミモレがこそこそと声を潜めてやってきた。
彼女の方へ耳を傾ける。
『レッジさんがよければ、ワタシの妹を専属メイドとして雇って頂けませんか?』
「妹? 専属メイド?」
ミモレの口から飛び出した言葉に首を傾げる。
周りで聞いていたレティたちもぎょっとして目を見張っている。
『はい! バンドガレージには拠点保安課からメイドロイドが1人以上派遣されるのですが、それにワタシの妹を選んで欲しいのです』
深々と頭を下げるミモレ。
話が見えてこず混乱するが、ひとまず姿勢を戻して貰う。
「すまない、あんまり理解できてないんだが、とりあえずミモレには妹がいるのか?」
目の間を揉みながら情報を整理する。
いくらプレイヤーと遜色ないとはいえNPCはNPCだ。
血縁関係などないはずだ。
しかしそんな俺の考えに反して、ミモレは即座に頷く。
『はい。正確には同型番の機体で製造月日がワタシより遅い子です。仮想教育クラスで一緒だったのですが、その子は適性テストの結果が悪くまだ就職が決まっていないのです』
「なるほど……」
よく分からないなりに話が見えてきた気がする。
ミモレの妹というのは、彼女と同じ機体のNPCのことらしい。
つまり彼女には沢山の姉妹たちがいることになる。
そのうちの一体が働き口を探しているのだろう。
「どうする?」
レティたちに意見を求めるため振り返る。
「せっかくだから受けてみませんか?」
「これも何かの縁ってね。それにレッジ、多分これ、いわゆるミニクエストだと思うよ」
ラクトやトーカ、ミカゲも頷く。
彼女たちは全員俺に判断を任せてくれるらしい。
「……分かった。とりあえずミモレの妹に会わせてくれないか」
『ありがとうございます!』
俺が頷くとミモレがぎゅっと目を閉じて頭を下げる。
その瞬間ディスプレイが展開し、新たな依頼の受注可否を知らせた。
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自由任務【妹の就職願い】
発注者:FF型NPC-252(個体名ミモレ)
依頼内容;
ワタシには
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Tips
◇NPCの就職
製造された高級NPCは仮想教育クラスによる集団学習を通して個性を得た上で職業適性検査試験によって最適な職を斡旋される。通常のNPCの場合は製造前の段階から使途が決定されているため、これらの段階を踏むことはない。
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