第128話「路地の裏の家」
中央制御塔の外に出ると茶褐色の煉瓦とクリーム色の漆喰で造られた町並みが現れる。
青やオレンジの瓦が艶やかに陽光を反射して、白い石畳には賑やかな往来があった。
「賑わってるな」
「そりゃあな。どんどん人が増えてるぜ」
ベースラインを縦断する広い通りを歩きながら改めて明るい町並みを眺める。
スサノオとの違いぶりに少し混乱してしまうが、ウェイドも住みやすそうな町だ。
「……NPCも結構出歩いてるみたいだな」
ぼんやりと道行く人々を見て、そんなことに気がついた。
プレイヤーと同じようにスキンを張った、一見すると生身の人間のようにも見える高級NPCが一般のプレイヤーに紛れて和やかな表情で歩いている。
スサノオではNPCのほぼ全てが担当の店舗内から出ることがないため、少し違和感を覚えた。
「つい先ほど、ウェイドの中枢演算装置からウェイド内のプレイヤーに通知があったのですよ」
ひまわりがディスプレイを可視化させてこちらに向ける。
運営からのメッセージなどが送られてくるメールボックスに、一通の通知が入っていた。
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『人工知能保全部からの通知』
開拓司令船アマテラス中枢コンピュータ〈タカマガハラ〉人工知能保全課より地上前衛拠点スサノオ02にて活動中の全ての調査員への通知。
地上前衛拠点スサノオ02及びその中枢演算装置〈クサナギ02〉の安定稼働が確認されました。
それにより拡大された全体リソースを活用するため、人工知能保全課より調査員のメンタルケアの一環として高級NPCの行動制限の一部解除及び調査員との自主的交流の解放の提案がありました。
これにより高級NPCからの〈タカマガハラ〉による審議承認を経ない小規模任務が発生します。
人工知能保全課による提言は賛成8票反対5票で可決されました。
しかしこれによる影響が未知数であるため、一定期間地上前衛拠点スサノオ02にのみ範囲を限定したテスト期間を設定します。
調査員各位の更なる尽力を。
開拓司令船アマテラス中枢コンピュータ〈タカマガハラ〉開拓方針検討会議
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「えーっと、これはつまり?」
「ウェイド内の高級NPCが自由を獲得したわけですね」
レティの言葉にひまわりが頷く。
「今まで私たちはプレイヤーとの交流しかできませんでしたが、これからはNPCとも交流ができるようですね」
「交流っていうのは?」
「例えば、任務を受けることとか」
「中央制御塔の端末を使わない任務か。ミニクエストみたいなものかしら」
ラクトとエイミーもひまわりのディスプレイをのぞき込み興味深そうに眉を寄せる。
エイミーの言ったミニクエストという表現がしっくりときた。
「ま、これもウェイド拡張の新要素だな。今もwiki編集者が駆け回って情報を集めてるさ」
そう言ってレングスが振り向く。
「とりあえず、今はお前らの家探しに戻ろう。ほら、この奥だぜ」
レングスが薄暗い路地を指し示す。
俺たちは当初の目的を思い出し、人気のない路地へと潜っていく。
「かなり入り組んだ場所なんですね」
だんだんと細くなっていく路地の何度目かも分からない角を曲がりながら、トーカが狭くなった青空を見上げながら言った。
「データセンターやらアーツチップショップ、データカートリッジの店も近くにあるからな。そいつらが押し合ってできた隙間を進んでるところだ」
「もうちょっと計画的に建てられなかったのか」
「計画的にやってこれなんじゃないか? 細い路地とはいえ俺たちが進めないほどじゃねぇしな」
横向きになって建物と建物の間を進みながらレングスが言う。
「そうは言ってもなぁ」
フェアリーのラクトは進むのも楽そうだが、他はみんなヒューマノイドだから多少窮屈さを感じる。
「……なんかレッジ、変なこと考えてない?」
前を歩くラクトがじろりと俺を睨み上げる。
ふるふると首を振って否定すると、彼女は胡乱な顔ながらも見逃してくれた。
「でもこれ、エイミーとか通れるのか?」
「れ、レッジさん何を言ってるんですか!」
大柄の代表格といえば、俺の中ではゴーレムの彼女だ。
あとはネヴァもそうだが。
そう思って言うとレティが驚いたように声を上げる。
「いや、レングスでギリギリならエイミーはキツそうじゃないか? ゴーレムって体格いいだろ」
「た、体格……。まあ、そうですね」
何やら微妙な表情で頷くレティ。
ちなみにライカンスロープの彼女はヒューマノイドよりも細身なので割と余裕がある。
「私も一応通れてるわよー」
そこへ最後尾に付いていたエイミーから返事があった。
振り返ってみてみると、彼女も窮屈そうに肩を縮めてはいたが問題なく通れているようだった。
「ほら、着いたぞ」
そんな話をしているうちにレングスの案内が終わる。
細い路地を抜けた先にあったのは猫の額ほどの小さな広場だった。
その広場の反対側の壁に、小さな木のドアとランタンが付いている。
「なかなかいい雰囲気じゃない」
路地の隙間から出てきたエイミーが身体を伸ばしながら言う。
建物は背が高く、窓の数からして三階はありそうだ。
ウェイド自体がまだ造られたばかりということもあってか全体的に真新しい。
「とりあえず入りましょう」
ウキウキと興奮したレティが先んじてドアノブに手を掛ける。
真鍮のノブを回して開くと、薄暗いが広い部屋が現れた。
「一階はまるまる大部屋で、奥に小さいがキッチンがある。二階と三階に三部屋ずつ個室があって、地下にもう二つの個室と倉庫だ」
「広いな」
「普通か、最低限の大きさだぞ。大規模バンドじゃ候補にもあがらんだろうさ」
レングスの案内を受けながら屋内を見て回る。
全体的に町の雰囲気に合わせた煉瓦と漆喰と木を使っている。
まさしくファンタジー世界に出てくるような建物だ。
「キッチンも十分だな。使いやすそうだ」
「大部屋と視界が繋がっているのもいいですね。レッジさんが作業中もお話できそうです」
大部屋にテーブルでも置けば、みんなが集まる場所になるだろう。
〈料理〉スキルを上げておいて良かった。
「……ッ!! 屋根裏、ある!」
階段の方から慌ただしい足音がして、ミカゲが降りてくる。
彼は目を爛々と輝かせて天井を指さした。
「三階は屋根裏部屋になってたか。少し狭いが……」
「落ち着く!」
「お、おう……」
今まで静かだったミカゲの高ぶった様子にレングスも圧倒されているようだ。
俺もあんなミカゲを見るのは珍しい。
「二階の部屋もいいわね。ベッドと机がおけるくらいの必要最低限ってかんじ」
「三階の部屋は窓からの景色が綺麗だったよ!」
エイミーとラクトも表情を明るくしてやってくる。
どうやら彼女たちもこの建物が気に入ったらしい。
「トーカはどうだ?」
「いいと思います。路地を多少歩くとはいえベースラインの近くですし、申し分ないかと」
トーカも頷く。
「白月、お前はどうだ」
足下にいる白月に声を掛ける。
彼は大部屋をスンスンと鼻を動かしながら歩き回った後、十分だと言わんばかりに壁際でごろんと横になった。
「決まったようですね」
それを見てひまわりが薄く笑う。
「そうだな。ここを〈白鹿庵〉の拠点に――っと?」
高らかに宣言しようとしたその時、不意に背中の方からコンコンとノックする音が響く。
驚きながら振り返ると、その後も断続的にキッチンの奥から音がする。
「レングス、あの奥は?」
「なにかあったかね。覚えてないが……」
大部屋に全員が集まっているし、誰かの悪戯ということはない。
にわかに背筋が寒くなる。
「レティ――」
「い、嫌ですよ!? レッジさん見に行って下さい!!」
「ぐぅ……」
食い気味に拒否されて、その上背中を押される。
仕方が無いから俺は重い足を動かして、恐る恐るキッチンの奥の暗がりへ進む。
「……あれ? こんな所にドアがあるぞ」
それは壁と同色で殆ど存在感のないドアだった。
サイズも小さく、暗がりにあることもあって分かりづらい。
「何? 間取りには載ってないぞ」
大部屋の方からレングスの困惑する声。
誰も知らない部屋がこの奥にあるのか。
ますます気味が悪くなって気が進まなくなる。
「レッジ、気をつけてね」
「何かいたら逃げるのよ」
後ろからそんな声が聞こえるが、そこまで言うなら一緒に来て欲しい。
とは言え何もしない訳にもいかない。
俺は何度か呼吸を繰り返し、ドアノブに手を伸ばし――
「ぎゃっ!?」
『はわわわっ!』
突然開いたドアに思い切り鼻先を打ち付けて悶絶した。
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Tips
◇人工知能保全課
開拓司令船アマテラス中枢コンピュータ〈タカマガハラ〉内部に設置された、惑星イザナミ調査開拓作戦団を管理する一部門。
調査員やNPCなどに搭載されている人工知能の保守管理および支援を行う。
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