第127話「ガラの悪い餅屋」
新天地に舞い戻った俺たちは、再び個室を借りてそこでガレージに求める条件を話し合った。
「清潔感がある建物がいいよね」
「後々改築で綺麗にできるのでは?」
エイミーがそういうと、レティが食い下がる。
しかし改築にも
「とりあえず個室だよ。共有の拠点とはいえプライバシーは尊重されなきゃ!」
「ラクトさんの意見には賛成ですね。私も個室は欲しいです」
前々からラクトが主張していた人数分の個室は全員に受け入れられた。
しかし問題なのは六部屋だけでいいのか、ということ。
後々メンバーが増えるのであれば、多少の余裕があった方がいいのかもしれない。
「その時は新しい物件を探せばいいのでは? 別に永住する必要はありませんし」
「それなら賃貸でいいかもねぇ。買い切りは契約を切る時が微妙に手間らしいわよ」
既に色々な情報が掲示板やwikiに出回っているようで、彼女たちもそれを参照しながら話し合う。
「清潔感があり、6部屋以上の個室がある建物か」
「レッジさんは? 何か要望はないんですか?」
それまでに出た意見を纏めていると、レティが尋ねてくる。
それならばと考えてみるが、いまいち思いつかない。
「そうだなぁ。立地はあんまり気にしないしな。……強いて言うならキッチンとかあればいいかな」
〈料理〉スキルは俺が扱える唯一の生産スキルだ。
ついでに俺はこのバンドで唯一の生産スキル保有者でもある。
ネヴァの家のような大がかりな工房などは不要だが、火と水が使える場所が片隅程度にあってもいいかもしれない。
「レッジさんのボムカレーは美味しかったですからね」
〈彩鳥の密林〉で夜を明かしたときの事を思い出してか、トーカがほっこりとした表情で言う。
「いや、あれはレトルトなんだが……」
ただパウチを湯煎しただけの俺としては、あまり自慢できるものではない。
「とりあえずそれだけの条件で検索を掛けてみますかねぇ」
ディスプレイをパチパチと叩きながらレティが言う。
wikiに作られている物件紹介ページでは、条件による絞り込み機能まで付いているらしい。
芸の細かいことだ。
「個室六つ程度ならそれなりにお安いですね。大広間も一つくらいなら付けられそうです」
「普通にいい物件沢山あるじゃん。むしろレティはよくあんな物件見付けてきたね」
「えへへー」
ラクトの言葉にレティが眉を下げる。
たぶん褒められていないぞ。
「でもベースライン近くは大方取られてるわね」
「そりゃあな。まあ俺はアクセスはあんまり気にしないぞ」
こうして相談している間にも、大小様々なバンドが熾烈な物件取り合い合戦を繰り広げている。
さっき回った二軒はどちらもピーキーだったから人気は無かったが、めぼしい物件の前にはバンドからの偵察が入っているらしい。
「なあ、一つ提案っていうか、思いついただけなんだが」
ふと思いつき口を開く。
全員が俺の方を向いて次の言葉を待つ。
「スサノオ01がダメなら、02に行かないか?」
五人が揃って目を丸くする。
その様子を眺めると少しおもしろかったが、そんなに変なことを言っただろうか。
「……考えもしませんでしたね」
「盲点だったなぁ」
どうやら虚を突いてしまったらしい。
やれやれ、俺としたことが。
「でもスサノオ02ってまだベースラインしかできてないのよね? 空き家ってあるの」
「うっ」
エイミーに鋭く指摘されて俺は怯む。
そういえばまだスサノオ02は完全体ではない。
ベースライン、必須級のNPCショップが建築された以外はまだまだ建物も建っていない。
「でもスサノオ02に居を構えるのはいいと思います」
恐る恐る手を上げながらトーカが賛同してくれる。
彼女は俺の膝に顎を乗せて眠る白月を、慈愛に満ちた笑みで見下ろした。
「白月ちゃんの故郷は〈鎧魚の瀑布〉ですし、あそこには白樹もありますから」
「……〈白鹿庵〉に、ぴったり」
姉に続きミカゲも言葉を重ねる。
二人の言うとおりだ。
「それに、西洋風の町並みはいいと思わないか?」
「それはそうですけど……」
「エイミーの言ったとおり、空き家が無いんじゃないの?」
しかしなおも難色を示すレティたち。
どうしたものかと頭を悩ませ、一つ思いつく。
「もしもし、ひまわりか」
『何かご用でしょうか?』
俺は町のスペシャリストに頼ることにした。
ひまわりも丁度時間が空いていたらしく、快く相談に応じてくれる。
『そうですか、バンドを。おめでとうございます』
電話口で彼女が頭を下げる様子を幻視する。
『丁度今、ウェイドの調査をしていました』
「うぇいど?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。
するとひまわりから丁寧な解説が返ってきた。
『スサノオ02の通称と言いますか、別名と言いますか。スサノオ01、スサノオ02という言い方は混乱の種になるということで、有識者委員会でスサノオ02はウェイドと呼ぶことに決まったのです』
「有識者委員会とは」
『私たちの横のつながりです』
しれっと言うひまわり。
要はwiki編集者たちでそう取り決めたらしい。
彼女らに決定権はないが強い影響力はある。
ウェイドは今後、スサノオ02の名前に成り代わっていくのだろう。
『ちなみに大江戸をかっこいい感じにしてみた名前です』
「な、なるほど」
名付けの理由は案外適当なんだな。
まああの西洋風の町並みでオオエドよりはウェイドの方がいいのかも知れないが。
『それで、ウェイドでガレージを構えたいというお話でしたね。それなら……』
パラパラとページを捲る音。
彼女が愛用している手帳には、すでにびっしりとウェイドについての情報が書き連ねられているのだろう。
『少ないですが、すで何軒かありますね。ベースラインの路地奥なのでアクセスはあまりよくありませんし、その割には賃料も高いですが』
「一度見に行きたいんだが、案内頼めるか?」
『いいですよ。おじさんも捕まえておきます』
親切な少女はそう言って通話を切る。
俺は一つ息をついて、テーブルから身を乗り出したレティたちに話の内容を伝えた。
「流石はひまわりさんですね」
「もうスサノオ02、いやウェイドにも物件があるなんて……」
「餅は餅屋、というものですね」
トーカが感激した様子で指を組む。
考えてみればwikiの物件紹介ページもひまわりたちが書いたのだから、彼女に聞くのが一番早いのはわかりきったことだったのかも知れない。
「そういうわけで今からウェイドに行くぞ」
「りょーかいです!」
ひとまず方針が決まり、俺たちは新天地を出る。
ヤタガラスに飛び乗って、できたばかりのウェイド地下駅へと向かう。
「お待ちしていました」
「よう、数日ぶりだな」
そうしてホームに降り立った俺たちは、ひまわりとますます人相の悪くなったレングスの二人組に出迎えられた。
ひまわりは相変わらずの黒いゴスロリドレス姿だが、レングスは黒いスーツに白いハットで裏社会の組織幹部のような出で立ちだ。
二人並べば貴族令嬢とそのボディガードのようにも見える。
「レッジたちも早速バンドを作ったんだな」
「ああ。トーカとミカゲも誘ったんだ」
「そうかそうか。そりゃあ俺も紹介した甲斐があるってもんだ」
バンバンと俺の背中を叩きながらレングスが笑う。
トーカたち姉弟と出会うきっかけを与えてくれたのもこの男だ。
「しかしウェイドか。まだ若干慣れんな」
「はっは。格好いいだろう? オレとひまで考えて、ゴリ押ししたんだ」
「……」
お前らが名付け親だったのか。
「まあ、それはいい。早速案内してもらっていいか?」
「おう。任せろ」
バシン! ともう一度俺の背中を叩いてレングスが歩き出す。
生身なら明日から数日は背中がヒリヒリと赤くなっていそうだ。
「第二段階以降は順次開発が進んでいっててな。今も新しい建物がどんどんできてやがる」
「おかげで調査の終わりが見えないのですよ」
牙のような歯を剥いて笑うレングスと、うんざりした様子で肩を竦めるひまわり。
反応は様々だがふたりの目は今までに無いくらいに輝いている。
「新しい物件はどんどん増えますから、少し待った方がいいかも知れませんよ?」
「でもそれだと他のバンドに取られるんじゃないか?」
俺の問いにひまわりは頷く。
「確かに。スサノオ、ウェイド間でヤタガラスが開通したこともあって移動が楽になりましたから。町の風景も人気で既に多くの人が物件を探しているのですよ」
「やっぱり敏感な人はいるんですねぇ」
レティが感心して言う。
俺たちが乗ってきたヤタガラスにも少なくない人数が乗っていたし、ホームから地上へ上がるこの通路にも人が多い。
町へ出ればこれ以上の数を見ることになるだろう。
「まあ心配するな。とっておきの穴場ってやつを紹介してやるさ」
「あだっ!? あ、ありがとな」
レングスに背中を叩かれて飛び跳ねる。
同じヒューマノイドな筈なのに、どうしてこうデカいんだ。
「ほら、出口なのですよ」
数歩先を行っていたひまわりが振り返る。
気がつけば長い階段を登り切り、中央制御塔の地上階が見えていた。
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Tips
◇ウェイド
wiki編集者たちが参加する有識者会議で暫定的に決まったスサノオ02の通称。かつて国の中心を担った都市の名前を捩って命名された。
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