第126話「訳あり物件見聞録」

「バンド〈白鹿庵〉ノ結成届ケヲ受理致シマシタ。オメデトウゴザイマス!」


 ディスプレイ上の確定ボタンを押すと、受付に立つスケルトンのNPCがそんな棒読みの台詞で祝福してくれた。

 それと同時に銀行口座からレティに貰ったばかりの10万ビットが引き落とされる。


「うふふー、ありがとうございます。二人末永く幸せになりますよー」

「何言ってるんだレティ?」

「なんでもないですよー」


 すごくニコニコとしているレティと共に、中央に戻る。


「終わったぞ」

「みたいだね。フレンドカードに所属バンドの欄ができてるよ」


 待っていたラクトが葉書くらいのサイズのカードを取り出して見せる。

 そこにはラクトの名前、〈氷の射手〉というデコレーション、〈熟練弓師エリート・アーチャー〉というロール、そして〈白鹿庵〉というバンドネームが並んでいた。


「なるほど、これがフレンドカードか」

「そそ。これを交換すると自動的にフレンド登録もできるみたいだよ。要は名刺だね」


 フレンドカードはプレイヤー間の交流を刺激する策の一環として実装されたらしい。

 なるほどこれは便利だ。

 カードのデザインもある程度変えられるようで、ラクトは氷っぽい薄水色にしている。


「どれどれ、俺のカードも変わってるのかね」


 メニューからカード生成を選択すると、手のひらの上にカードが現れる。

 特にコストも時間も掛からないが、生成できるのは1度に1枚だけらしい。

 設定したカードには名前やデコレーションに並んで、バンドネームの〈白鹿庵〉、そしてリーダーの表示があった。


「役職も表示されるんだな」

「みたいですね。レティはサブリーダーって書いてありますよ」


 レティのカードは薄ピンクの可愛らしいウサギ柄だった。

 たしかにそこにはサブリーダーの表記がある。


「ああ、これ貰ったカードを一覧表示できるんだな」


 そのままぐるぐるとメニューを見ていると、アルバムという項目を見付ける。

 フレンドカードを交換したらここに登録されていつでも参照できるようになるらしい。


「レティ、ちょっとカードくれないか」

「いいですよ。レッジさんのも下さいね」


 試しにレティとカードを交換する。

 受け取った瞬間に登録するか否かを問われ、許諾するとアルバムにレティのカードが並ぶ。


「うわぁ、いいないいな! わたしも交換したい!」

「私も私も!」


 ラクト、エイミー、トーカ、ミカゲとも互いに交換しあう。

 連続で交換するときは1度に1枚しか出せないという制限が地味に不便だ……。

 何はともあれバンドメンバー全員のカードがあつまり、アルバムも賑わってきた。

 エイミーのカードは鉄っぽい金属光沢のあるもので、トーカは淡い桃色の花柄、ミカゲは手裏剣柄である。


「みんな個性が出てるなぁ」

「ていうかレッジさんだけデフォルトじゃないですか」

「後で何か探すよ」


 女子力が低いです、とレティに詰められるが生憎俺はおっさんなのだ。


「さて、一段落したが。このあとは――」

「物件! ガレージ探しましょう!」


 食い気味にレティが手を挙げる。

 女性陣もそれに賛同し、ミカゲも頷く。

 ならば俺としても言うことは何もない。


「はえーすっごい。もう物件案内ページができてますよ」


 wikiを流し見ながら歩いていたレティが声を上げる。

 どれどれと覗き込んでみれば、スサノオにある空き物件の外観や間取りを纏めているページが公式wikiに作られているようだ。

 スサノオ01だけでも膨大な数の物件があるというのに、マメな人もいるようだ。


「あ、これヒマワリさんとレングスさんも編集されてるようですね」

「ほんとだ。あの二人凄いのねぇ」


 よくよく見てみれば確かに二人の名前が記載されている物件がいくつもある。

 あの二人はスサノオの調査を専門としていたし、このあたりも守備範囲内なのだろう。


「さて、一軒目ですよ!」


 制御区域から歩くこと僅か数分。

 さっそくレティが目星を付けた一軒目へとやってくる。


「かなり立地がいいな。高そうだ」

「なんだかんだと言っても、アクセスがいいと純粋に便利ですよね」


 大通りから少し外れるとはいえ、ベースラインにも近い立地である。

 トーカも周りを見渡して頷く。


「地上三階、地下四階。空き部屋が十六部屋に一階が大部屋になっています。奥には小さい工房とキッチンも付いていて、お値段月に500万ビット!」

「高いわっ!」


 朗々とステータスを読み上げたレティの耳の間に手刀を落とす。

 無駄にデカいし無駄に高い。

 立地と大きさを考えれば妥当かも知れないが、結成金で息を切らしている俺たちには到底手が出ない代物である。


「レティ、マジで言ってるの?」

「流石にこれは無理じゃない?」

「わ、私もそんなにお金持ってないです……」


 三人に揃って首を振られ、レティは乾いた笑声を上げる。


「あははは。流石に冗談ですよ。普通に論外です。ていうかトップ層からも買い手が付いてないんですから」


 頭を掻きながら言うレティ。

 たしかにこれほどの立地と間取りなら喉から手が出る人も多い、しかし今の時点で誰も手を付けていないというのは、つまりそういうことなのだ。


「ていうか買い切りじゃなくて賃貸で月500万? ぼったくりすぎだろ」

「月100万でも稼ぐの絶望的ですからね。よほどの道楽者じゃないと買えないですよ」

「なんでそんな物件に連れてきたんだ……」

「あははは。まずはアイスブレイクして置いた方がいいかと思って! ふぎゃっ!」


 カラカラと笑うレティにもう一度手刀を落とす。


「うぅ、酷いですよ二度もブツなんて」

「ダメージ入ってないだろ」

「そういう問題じゃないですよぅ」


 フレンドリーファイアはできないゲームだ。

 そもそも俺の攻撃力ではレティの防御力を貫けない。

 涙目で唇を尖らせるレティは、しかし数秒後にはころりと様子を変えて二軒目へと案内を始めた。


「二軒目はこちら! お値段重視で選んだ買い切りズバッと5万ビット! 少々狭いですが、六人ならなんとかいけないこともなくもないような気がしないでもなくなくない?」

「後半ワケが分からん」


 レティが次に案内してくれたのはさっきとは対照的にスサノオの端も端、防壁の傍に建つ小さな建物だった。

 スサノオ01の様式に合わせたメタリックな外観だが、所々がハゲている。

 さっきの立派なものを見たから、というわけでもなく純粋にボロい。

 窓ガラスが割れているし、奥からはカビ臭い匂いが漂ってきている。

 簡潔に言えば、見窄らしい。


「なんか、ちっちゃくない?」


 建物を見上げてラクトが首を傾げる。


「地上1階建てですからねぇ。床はコンクリ打ちっぱなし、大部屋ひとつ、個室がみっつ、後は竈がひとつ」

「いや、落差! 個室が人数分すら無いんだけど!?」


 レティの読み上げる物件内容に飛び上がるラクト。


「しかし、住めるレベルで最安値を探すとこれが……」


 耳をまんなかで折って眉を下げるレティ。

 なんで彼女はそう両極端なんだ。


「流石にもうちょっとレベル上げないとね。拡張性も無さそうだし、安物買いの銭失いになりかねないわ」


 そんなエイミーの言葉ももっともだ。

 この物件は左右を背の高いビルに挟まれていて、日当たりも悪ければ改築も満足にできそうにない。


「……落ち着きそうでいいけど」

「……」


 隣に立つミカゲが小さく言葉を零す。

 流石にちょっと、どうだろうか。


「それじゃあ三軒目に――」


 不評なのはレティも分かっていたのか、彼女はすぐさま次へ移ろうと身を翻す。


「ちょっと待て」


 そんな彼女の肩を掴み、引き戻す。


「一応、三軒目の概要を聞かせてくれ」

「むぅ。……駅チカ陽当たり絶望、個室10個、大部屋三つですね」

「……。トンネルだな?」

「ぐっ」


 俺の指摘にレティが言葉を詰まらせる。

 図星らしい。


「駅チカって言うか駅の地下じゃねーか! そりゃ陽当たりも絶望的だろうよ」

「で、でもここはここでアングラっぽくてよくないですか?」

「アンダーグラウンドそのものだからな!」


 ぶーぶーと反抗するレティに再度手刀を落とす。

 よく分かった。

 レティに任せるのは、ダメだ。


「……一旦、新天地に戻りましょうか」

「皆である程度条件決めて、wikiのページから目星を付けて探そう」

「そうですね。私も頑張って意見を出しますので」

「……僕は、三軒目でも」

「ミカゲ!」


 おずおずと口を開いたミカゲの脇腹をトーカが肘で突く。

 そうして俺たちは再度新天地へと引き返した。


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Tips

◇ガレージ

 バンドが所有できる拠点。個人で所有するホームよりも一人あたりの負担が少なく、ガレージ特有の機能もある。一括で支払う買い切り型と、月額で借りる賃貸型がある。地上前衛拠点スサノオ内にある空き家はほぼ全てガレージとして所有することができる。立地や間取りも様々で値段もピンキリ。曰わくの付きようがないため瑕疵物件はない。


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