第123話「予習と尋問」
「ではレッジさん、予習はしてきたんですね」
「はい……」
スサノオ02、異国情緒溢れる欧風の町並みに囲まれた路地の奥にある小さな広場。
細い木が一本だけ生えるその根元に置かれたベンチに座り、俺はレティさんに向かって頷いた。
「まあレッジの事だからこっちの方が興味ありそうだなーとは思ったよ」
周囲に立ち並ぶ煉瓦造りの建物を眺め、ラクトがため息交じりに言う。
「だろう? やっぱラクトはこの町の魅力を分かってくれるよな」
「いやそれとこれとは別だよ。普通は新規実装コンテンツを真っ先に確認するよ」
「ぐぅ……」
ばっさりと切り捨てられて肩を落とす。
そんな俺をエイミーが苦笑しながら眺めているが、彼女も特に味方に付いてくれているわけではない。
「それじゃあレッジさん確認です」
パシンと手を打ってレティが言う。
なんで俺は三人に囲まれて取り調べみたいなことをされてるんだ……?
「今回実装された三種のコンテンツ、その中でもっとも注目度が高いのはなんですか?」
「そうだなぁ。『デコレーション』かな」
デコレーションシステム。
漢字にするとより分かりやすく、称号システムとなる。
これはそのままずばり称号を集めて表示することができるシステムだ。
称号は特定のスキルを特定のレベルまで上げたり、一定数同じ行動をしたり、様々な条件で解放される。
例えば〈剣術〉スキルを30まで上げると〈見習い剣士〉という称号が、猛獣系原生生物を100体倒すと〈獣狩り〉という称号が得られる。
これまでのプレイ内容が参照されてすでに俺もかなりの数のデコレーションを手に入れているのだが、いわゆる実績システムのようなものだと考えていいのだろう。
このデコレーションに合わせてフレンドカードというアイテムも実装されたのだが、これはいわゆる名刺のようなもので自分の簡単なプロフィールとステータス、そして設定したデコレーションが表示される。
初対面の挨拶などが便利になるシステムなのだ。
「やっぱりオンゲといったら人との交流だからな。それを助けるデコレーションシステムはおもしろいと思うぞ。
ちなみに俺のフレンドカードのデコレーションは〈趣味おじさん〉だ」
「面白みがないなぁ。わたしは〈氷の射手〉だよ」
「私は〈ジャン拳法〉よ」
「二人は色々組み合わせてるんだなぁ」
デコレーションは獲得した中から自由に組み合わせることができる。
例えばラクトは攻性アーツから〈氷の〉、弓術から〈射手〉を取っている。
エイミーは格闘スキル関連の〈ジャンプ〉と〈拳法〉を組み合わせているらしい。
「ちなみにレティは?」
「えっと〈ハンマー使い〉ですけど」
「普通だなぁ」
「普通だねぇ」
「普通ねぇ」
「い、いいじゃないですか! ていうか『デコレーション』じゃなくてもっと目立つ奴があるでしょう!?」
顔を真っ赤にして耳を立たせる〈ハンマー使い〉さん。
今度時間が空いているときにでも一緒にデコレーションを考えてあげよう。
「悪かったよ。分かってるさ、『ロール』だろ?」
ロールシステム。
こちらは掲示板では早々に予想がされていた。
特定のスキル条件を満たすことで様々な
ロールの数もデコレーションに負けず劣らず膨大で、〈剣術〉レベル30ではデコレーションと同じ〈見習い剣士〉というロールに就くことができるし、レベル60になれば〈熟練剣士〉という上位互換も現れる。
複数のスキル条件を課すロールもあり、例えば俺は〈収穫〉〈採掘〉〈伐採〉〈解体〉の採集系スキル四種をレベル60まで上げているため〈蒐集家〉というロールに就ける。
まだ詳細は分かっていないが、条件を満たした上で何かしらの任務を受けるなりすることでロール特有の
ちなみにこのロールも先述のフレンドカードに一つだけ記入できる。
「俺は〈
「わたしは〈
「私は順当に〈
「レティはもちろん〈
なるほどなぁ、みんなそれぞれに考えているらしい。
俺が就いている〈蒐集家〉という職の
たぶん入手アイテムにボーナスとかそのあたりだろうが。
「って違いますよ! ロールじゃなくて、デコレーションでもなくて! ていうかレッジさんレティがバンド組みましょうって言いましたよね!」
ここまで調子よくノリに乗ってくれていたレティが噴火する。
頬を膨らませて迫り来る彼女の肩を掴んで押し退けながら、どうどうと落ち着かせる。
「分かってるよ。ほら、お楽しみは最後までとっとく派なんだ」
「ぐぬぅ、なんだか良いように丸め込まれている気がします」
「気のせい気のせい。バンドだろ、知ってる知ってる」
美味いよなアレ。
俺も昨日食べたよ。
「絶対知らないですよね!? 予習してたんじゃないんですか!?」
「いや、デコレーションとロールについて調べてる間にレティたちが来たから……」
「なら仕方ないねぇ」
「エイミーさん!?」
ううむ、今日のレティは騒がしい。
バンドとやらにそれほどまでの理由があるのだろうか。
ディスプレイを開き、公式wikiに接続する。
これだけ時間が経っていればwikiにも詳細な情報が纏められていることだろう。
「へぇ、もうかなり纏められてるな」
「そりゃそうですよ。普通にレッジさんがブログで情報出した時からこのページ作られてましたし」
「まじか……」
確かに運営からの許可が貰えたからブログで実装予定のコンテンツについてちらっと言ったけど、こんなことになっていたとは。
「レッジ、そろそろ自分の影響力に自覚持った方がいいよ……」
「ブログのPVすごいことになってるよね?」
ラクトとエイミーにまで言われ、流石に襟を正さざるを得ない。
とはいえブログにはこれからも些細な日常しか書かないが。
ていうか完全に一個人の趣味用ブログだと思っているからPVとか気にしたことないんだが……。
「それで、wikiにはなんて書いてあります?」
「ちょっと待てよ」
レティに急かされwikiのページを読む。
_/_/_/_/_/
『バンド』
レッジ氏のブログ(FPO日誌)によってリークされ、その直後に公式サイトからも正式に告知された新規実装コンテンツ。
シード02-スサノオの第二段階到達によりゲーム内にて解放された。
簡単に言ってしまえばギルドのようなもの。
今まではプレイヤー同士の自主的な合意によってなりたっていたグループをシステムが正式に認めた形になる。
バンドは最小5人のプレイヤーが10万ビットを支払うことで結成可能。
バンドリーダー1人、サブリーダー1人、バンドネーム、拠点を決める必要がある。
_/_/_/_/_/
――えっと。
「なんで俺の名前が一番最初に?」
「そりゃそうでしょ。情報源がレッジなんだから」
「だから自覚しなさいって」
まあ別にいいんだが……。
ここから俺のブログを知ってくれる人もいるかもしれないしな。
「ともかくバンドの概要はなんとなく分かったな」
「良かったです。じゃあ問題点も分かりますね?」
「問題点?」
レティに問われ首を傾げる。
そういえば彼女はバンドを組もうなどと言っていたな。
つまりは俺とレティとラクトとエイミーの4人で、……4人?
「あれ、1人足りないな」
「そうなんですよ!」
がしっと両肩を掴まれ、間近までレティの顔が迫る。
思わず短い悲鳴を漏らすが彼女は気にせず悲壮な表情を浮かべていた。
「バンドを結成したら色々と特典があるみたいなんですが、レティたちじゃ人数が足りないんです! それでどうしようかとレッジさんに連絡したのに、したのに!」
「そうだったのか……」
開口一番バンド組みましょうなんて言われても分かるわけが……。
などと言ったらややこしそうなので口を噤む。
「しかしどうするの? わたしは今の固定パーティだけでも十分だと思うんだけど」
ラクトがレティを引き剥がしながら言う。
確かにこの4人で特に困ることもないしなぁ。
「バンドになったら、具体的にどんな得点があるの?」
エイミーが尋ねる。
「ガレージっていうバンド共有の拠点が購入できるみたいなんです」
「ネヴァの家みたいなもんか?」
「その認識でいいかと。メンバーの交流の場以外にも共有ストレージやログアウトしてても自動でアイテムを販売してくれるNPC販売員の雇用、修練所や家庭菜園などの専用施設の増築、さらにはバンド対抗戦などの対人要素! いろいろな追加コンテンツがあるんですよぉ」
だからバンド結成したいんです、とレティが俺の足下にすがりつく。
なんで縋られてるのか分からないが、彼女がバンド結成を切望する理由はなんとなく分かった気がする。
「なるほどな。しかしあと一人だれを誘うんだ。アストラやそのあたりはもう自前のグループをバンドにしてるだろうし」
「流石にその界隈の人たちをお誘いする勇気はありませんよ……。けど、だから困っているというか」
人差し指を突き合わせて俯くレティ。
彼女の言わんとしているところを少し察した。
「レティ、友達いないのか」
「ち、ちがいますよ! バンドに誘ってもいいかなって思えるような人がいないだけで!」
途端に顔を真っ赤にするレティ。
いやまあ、ゲーム内の事だしそんなに恥ずかしいことでもないような。
「わたしもレッジたち以外に知り合いはいないかなぁ」
「私も私も。もともとソロ専だったしね」
ラクトとエイミーも同様らしく、うんうんと揃って頷いている。
ここにいる全員が全員とも、大半をソロかこのメンバーで過ごしているからさもありなんといった感じではある。
そこまで考えていたところ、ふと俺の脳裏に顔が浮かぶ。
よくよく考えてみれば心当たりがないわけではないじゃないか。
「なあ、三人とも」
そうして俺は肩を落とすレティたちに思い浮かんだ名前を伝えた。
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Tips
◇デコレーション
特定の条件を満たすことで獲得できる称号。条件がゆるく誰でも入手できるようなものから、極一握りの少数しか獲得できないまさに称号というに相応しいものまで多種多様。複数のデコレーションを組み合わせることもできる。デコレーションはフレンドカードに記入することが可能。
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