第4章【赤髪少女、湖底の牢名主】
第122話「異国情緒」
シード02迎撃戦から数日。
その間俺たちは緊張の糸が切れた反動でそれぞれのプレイを楽しんでいた。
ラクトは〈雪熊の霊峰〉に足を運んでいたようだし、エイミーはその護衛兼付き添いを買って出ていた。
レティはトーカやひまわりと共に町にあるスイーツショップ巡りなんていう小洒落たことをしていたらしい。
「ふぅ、これで全部だな」
そして俺はと言うと、今日も今日とて〈鎧魚の瀑布〉にやってきていた。
手にしているのは伐採用の斧。
目の前には切り倒したばかりの大木。
倒木は光の粒子となって弾け、インベントリに木材が放り込まれる。
それと同時に、タイミング良く〈伐採〉スキルのレベルが60になった。
「ほら、白月いくぞ」
近くの木陰で丸まっていた白い毛玉を呼び来た道を戻る。
しばらく獣道のような木々の隙間を進めば、白塔の聳える広場に出る。
「塔もいつのまにか、随分でっかくなったなあ」
日差しを遮りながら鋭角的な塔を見上げて感慨に耽る。
塔の足下には台形の建物が、広場には様々な格好をしたプレイヤーたちが三々五々歩き回っている。
いつの間にか白樹の広場という名称が定着してしまったその場所では、今もスサノオ02の開発に向けた作業が行われていた。
「ようレッジ、精が出るな」
ぼうっと往来を眺めていると、不意に背後から声が掛かる。
振り返ればグレーの作業着に黄色いヘルメット、口に煙草を咥えた少年が青いバンダナを巻いた青年を引き連れている。
「クロウリとスパナか。おかげさまでな」
大手生産者グループの長、クロウリとその右腕であるスパナ。
二人がここにいる理由も恐らく俺と同じだろう。
「二人も納品か?」
「ああ。どこもかしこも新システム解放の話題で持ちきりだ。俺たちも組織を上げて取り組んでるぜ」
そう言う二人の後ろには、レティも使っている運搬用機械牛の姿が。
俺が斧を担いで木こりの真似事をしているのも全て、シード02の中央制御塔に資材を搬入するためだった。
どうせだからと二人とと共に塔へと歩きながら話す。
「二人は何を納品してるんだ? 鉱石か?」
「俺たちゃ生産者だぜ? 鉄やら木材やらを加工して標準マシンセルってアイテムを作って運んでるんだ」
「ああ、そんな任務もあったかね。俺は採集系スキルしか持ってないから忘れてた」
塔の中に入ると柔らかな下草は純白の床に変わる。
ディスプレイと操作盤の備えられた制御端末の前に立ち、アイテムの納入を行う。
インベントリに入っている大きな丸太という素材を制御塔側へ移すと、任務達成のファンファーレと共に成功報酬が振り込まれる。
「一次素材アイテムの納品はあんまり効率良くなさそうだな」
室内中央にある巨大なディスプレイを見上げ、スパナが言った。
そこにはプログレスバーが表示され、徐々に青く染まっていた。
クロウリが標準マシンセルを納品すると、プログレスバーは更に青い面積を増やす。
あれが示しているのはシード02の開発進捗である。
任務の内容は多岐に及び、俺のような素材アイテムの納品やクロウリたちのような生産アイテムの納品、原生生物の討伐など。
資材を集め、周囲の安全を確保し、そしてあのプログレスバーが全て青く染まりきった時、シード02が大きく発展する。
レイドクエストとでも言うべきか、全プレイヤーが一丸となって達成を目指す大規模な任務である。
「しかしもうすぐ第二段階も達成できそうだな」
プログレスバーはすでに九割九分が染まりきっている。
ゴールはもう目前だった。
「せっかくだから見ていくか」
クロウリが俺の隣に立ち紫煙を吹いた丁度その時、プログレスバーが全て青く染まりきる。
『シード02-スサノオの開発進捗が一定段階に到達しました』
『建築用ドローンによる中央制御塔周辺の開発が行われます』
『付近の調査員は注意して下さい』
アナウンスと共に制御塔の中から小さな機械がわらわらと飛び出してくる。
地を這う多脚機械からプロペラを持つドローンまで、姿形もサイズも様々な機械たちが一斉に作業を開始する。
「おお、これはおもしろいな」
カメラを取り出してその様子をパシャパシャと撮る。
蟻が塚を造る様子を早送りするかのように、小さな機械たちがテキパキと自然の景観を人工的なものへと作り替えていく。
「第二段階でベースラインが完成するんだったか」
黒い波のように広場中へ広がっていく機械群を眺めながらクロウリが言う。
第一段階では中央制御塔が今の姿まで増築され、一つしかなかった制御端末などの設備類が拡充された。
そして今回の第二段階では町の中心部、アップデートセンターやスキンショップ、各種必需品を販売するショップなどを含めたベースラインが整備される。
「そうっすね。ベースラインが完成したら、本格的にスサノオ02も拠点として機能するみてぇだ」
スパナの言うとおり、この工事が完了することでシード02は本格的にスサノオ02としての機能を獲得する。
すなわち、地上前衛拠点としての基幹能力を備え、俺たちが活動する足がかりになるのだ。
「ま、ここにいる奴らの殆どはスサノオ02よりも新システムの方に興味津々なんだろうな」
そんなクロウリの言葉も正しい。
第二段階ではスサノオ02がひとまずの完成を迎えるが、それと同時に事前に告知されていた四つのシステムが実装される。
「『バンド』『ロール』『デコレーション』、それとスキル上限解放か」
「名前しか分からねぇ前三つの詳細が分かるのもいいが、それよりも最後だな」
「クロウリも全スキル60になってるのか?」
当たり前だろ、とクロウリが俺を胡乱な目で見上げる。
スキルの最大レベルが100であることは当初から知らされていたが、実際にはレベル60まで上げるとそれ以上は経験値が入らなかった。
クロウリたちのようないわゆるガチ勢だけでなく、俺のようなゆるふわエンジョイ勢でもプレイ時間がそこそこ長いと全部のスキルが60でカンストしてしまうことは珍しくなく、更なる高みへの道が切望されていたのだ。
『シード02-スサノオの開発第二段階が完了しました』
『現時点よりベースラインが解放されます』
『それに伴い『バンドシステム』『ロールシステム』『デコレーションシステム』が解放されます』
『また30秒後より八尺瓊勾玉に対するアップデートモジュールが配布されます。調査員各位は任意のタイミングでアップデートを行って下さい』
「来たぞ!」
塔の周囲に集まっていたプレイヤーたちから歓声の声が吹き上がる。
ついに待ちに待った瞬間がやってきた。
クロウリとスパナはすぐさまディスプレイを開き詳細を確認している。
「おお、すごいな……」
そんな中で俺は一人、塔の周囲に完成した建造物群を眺めて感嘆していた。
そこに広がっているのはスサノオ01とはまるでことなる町並みだ。
「どこを撮っても絵になるな。これはいい」
パシャパシャとシャッターを切りながら、まだ人の疎らな大通りを進む。
綺麗に切りそろえられた石畳が続き、通りの交差する場所は噴水のある小さな広場になっている。
左右に立ち並ぶのは赤い煉瓦と陶器瓦の背の高い建物。
ショーウィンドウがずらりと続き、スケルトンのNPC店員たちが来客を待ち構えている。
「西洋風の町並みか。素晴らしいな!」
スサノオ01の鉄と強化プラスチックで構成された近未来的なテイストとは丸っきり違う、どこか
まるで海の果ての異国に迷い込んだような高揚感に、シャッターを切る手が止まらない。
「なあ、白月!」
白月は蹄を打ち鳴らし曲がりくねる路地を駆け抜けていく。
彼を追い、その背中をファインダー越しに見ていると、知らず知らず笑みが溢れる。
「よし白月、次はあっちへ――」
カメラ片手に地図を見ながら歩いていると、突然着信が入る。
相手はレティだ。
「はいもしも――」
『レッジさん! バンド組みましょう!!』
応答した瞬間、スピーカーから大音量が流れて耳を貫く。
思わず目を瞑って肩を縮める。
「あー、えっとレティ? なんでバンド?」
別に彼女も俺も音楽を趣味にしていたという事実はない。
突然なにを言い出すのか、頭の中には疑問符が次々と浮かび出てくる。
『もしかしてレッジさん、まだ新規実装システムの詳細見てないんですか?』
信じられない、と言外に呆れるレティの声。
俺がスサノオ02の異国情緒溢れる美景について力説するも思ったような反応が返ってこない。
『写真はあとでブログに上げるんでしょう? それを見るのでいまはいいです。それよりも、『バンド』と『ロール』と『デコレーション』ですよ! ていうかレッジさんスサノオ02にいるくせになにやってんですか!』
「スサノオ02にいるから撮影してるんだが……」
そんな俺の反論は封殺される。
『とりあえず、ラクトたちと合流してそっちに行きますから待ってて下さい』
「うん? ああ、分かったよ」
呆れ十割のため息を残し、レティからの通信が切れる。
どうしたの、とやってきた白月の額を撫でて道沿いにある木製のベンチに腰を降ろす。
ひとまず俺も公開された情報くらいは確認しておこう。
それすらしていなかったら、あの赤ウサギに何を言われるか分からない。
その後、レティたちが息せき切ってやってきたのは、僅か十数分後のことだった。
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Tips
◇標準マシンセル
様々な構造物に使用される基礎的な機械。並列、直列接続により多岐にわたる機能を持ち、ライフラインの根幹を担う。都市機能群における最小単位。
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