第120話「咬み砕く朱き牙」

 鉄骨が軋み轟音と共に装甲板が砕ける。

 バラバラと瓦礫が降り注ぐ最中にクロウリは立ち上がり、大きく口を開いて激をとばしていた。


「第一装甲板損傷大! 修理間に合いません!」

「全員手を動かせ! 資材はいくら使っても構わねぇから一秒でも長く保たせろッ!」


 ダマスカス組合だけではない、プロメテウス工業や集団に属さないソロプレイの職人まで、全員が一丸となってバリケードを維持していた。

 壊れた瞬間から資材が投入されて修復が行われる。

 飛んできた瓦礫によってダメージを受ければ即座に支援アーツによって回復される。


「クロウリさん! もう保ちませんッ!」

「チッ、撤退だ。第二装甲板まで全員下がれ!」


 しかし当初より遙かに勢いを落としたとはいえシードの運動エネルギーは絶大だった。

 徐々に修繕は追いつかなくなり、分厚い鉄の板に深い亀裂が走る。

 放射状に割れる鉄板をダマスカス組合の精鋭たちが修復しつつ時間を稼ぎ、その間に残りの人員が梯子を滑るように降りていく。


「第一装甲板廃棄! 緊急回避しろ!」


 クロウリの号令で最後まで第一装甲板を支えていたプレイヤーたちも弾けるように左右へ逃げる。

 その瞬間に分厚い装甲は限界値を越えて決壊し粉々に砕け散る。


「下の救護班は治療を頼む。第二装甲板はどうだ」

「キャンプの効果範囲内に入れるので第一よりは楽ですが、それでも時間の問題ですよ」

「基本方針は変わらん。一秒でも時間を稼げ!」

「迎撃班は配置転換を迅速に! 側面から押して進路を変えるんだ!」


 アッシュに回収されたアストラも戻り、迎撃班も動き始める。

 シードの最終落下地点として想定されている場所へ誘導するため、真横から攻撃が当てられる。


「第二装甲板突破されます!」

「総員退避! レッジ、後は任せたぞ」


 そして、ダマスカス組合が誇る堅牢なバリケードが破られる。

 シードはなおも眩い光を放ち高速で回転している。

 足場から飛び降りる職人たちを歯牙にも掛けず、ただ前へ前へと突き進む。


「さぁ、こっからが本番だ」


 要塞の天辺に立ち、砕け散るバリケードの瓦礫の中から現れるシードを出迎える。


「『点火イグニッション』」


 瞬間、照準を固定した光学銃が一斉に内部機関を駆動させる。

 不可視の超高出力エネルギー光線が射出され、シードへと殺到する。

 円柱型の大容量バッテリーが薬莢のように排出され、すぐさま次弾が装填される。


「装甲展開、角度調整、自己修復ナノマシン起動、対ショック形態移行」


 レーザーの一斉掃射が稼ぐ僅かな時間で要塞は姿を変える。

 純白の装甲が立ち上がり、シードを阻むように角度を変える。

 内部に充填されているナノマシン溶液にエネルギーが注入され、要塞が真の姿を見せる。


「なかなかかっこいいじゃないか」


 白い装甲の表面を複雑な青い光のラインが走る。

 幾何学的な模様と呪術的な紋様が装飾し、要塞全体が微振動を繰り返す。


「さあ、こい!」


 光学銃のバッテリーを全て使い切る。

 抵抗を失ったシードは一瞬で距離を詰め、白い装甲へ激突する。

 その瞬間、装甲に埋め込まれていた機構が発動する。


「掛かった!」


 シードを掴むように鋭い爪が立ち上がり、ガリガリと火花を上げながら食い込んでいく。

 〈罠〉スキルによって扱える、装甲内蔵型の拘束罠だ。


「補助圧迫装甲展開」


 爪がシードを捉えている間に、左右の装甲が立ち上がる。

 それは更に強い力でシードを圧迫し固定する。


「すげぇ、あの人ひとりでシード受け止めてるよ……」

「キャンプって、なんだっけ」


 キャンプの周囲へ集まってきたプレイヤーたちの視線を感じるが、それに意識を裂くほどの余裕はない。

 つねに『修繕』をし続けなければ数秒で装甲は突破されるし、角度や位置を微調整する必要もある。


「ッ、限界か」


 部分耐久値の限界を示すアラートが鳴り響き、潮時を悟る。


「パージ!」


 爆砕ボルトが発動し、最上階の構造が破壊される。

 必然的に第三階層が屋上へと切り替わり、内部で待機していた新しい光学銃が照準を合わせる。


「『点火イグニッション』!」


 装甲の拘束を突破したシードに次なる銃撃を加えながら、第三階層装甲の調整をする。

 ここからは第二、第一と残る装甲の耐久とシードの勢いの忍耐勝負だ。

 やることは変わらないが、一瞬たりとも気を抜くことはできない。


「ラクト、装甲の冷却を頼む」

「了解、まかせて!」


 白い装甲が摩擦によって赤熱していく。

 想定外のトラブルだが、焦らず対処していくしかない。

 すぐさまラクトがやって来て氷のアーツによってひやしてくれた。


「しかしこれはキツいな。温度差でかなり脆くなるぞ」


 表面から加熱され、裏面から冷却される。

 その温度差は大きく想定していたよりも装甲の強度も低くなっていた。


「第三装甲も突破されるな。ラクト下がってくれ」

「はいよー」


 ラクトが下がったのを確認して第三階層をパージ、第二階層の装甲でシードを受ける。

 物言わぬ機構のシードは怯むことを知らない。

 ただまっすぐに猪突猛進する白い輝きは今だ衰えない。

 第二階層が突破されれば、残るのは第一階層。

 その先には白樹があるから突破される訳にはいかない。


「エイミー、レティ、頼みがある」


 パーティ通話を介して要塞の外にいる二人を呼び出す。

 彼女たちに伝えるのはこの計画の最後、大詰めだ。


「……できるか?」

『難しいですが、やれるだけやりますよ!』

『失敗するわけにもいかないものね』


 頼りになる仲間達の声に、俺は大きく息を吐いて肩の力を抜く。


「ラクト、第二階層もパージする。要塞の外へ避難してくれ」

「わかった。頑張ってね」


 ラクトが素早く身を翻して要塞から飛び降りる。

 そうして大勢の人々が見守る中で、第二階層が切り捨てられた。


「第一装甲展開。――正念場だぞ」


 自分に言い聞かせるように声を上げる。

 分厚い鋼鉄の板を貫いて、シードが現れる。


「補助装甲起動、進路調整。――二人とも、よろしく頼むぞ」


 祈るような気持ちで真横へ飛ぶ。

 台形になった要塞の屋上に、小さな補助装甲が連なるように立ち上がる。

 補助装甲板によって道が作られ、そこへシードの頭頂が激突する。

 鉤爪が起動し、跳ね上がろうとするシードを押さえ込む。

 行き場を失ったシードは床を滑るように、強引に軌道を変えられる。

 左右を抑える補助装甲にぶつかりながら前へ進み、


「行くわよレティ。――『金の型』『霊亀の構え』、しっかり支えておくから、思い切りやりなさい」


 地面と水平に進むシード。

 その進路上に立つのはレティとエイミー。

 レティは隕鉄のハンマーを構えてシードを睨み、エイミーは彼女と背中を合わせて支えている。


「――行きます」


 白い弾丸が、赤い少女と交差する。

 その瞬間を狙い鈍色のハンマーが光り輝く。


「はぁぁあああああああっ!!」


 激突する弾頭とハンマーヘッド。

 両者の力は拮抗し、圧縮された空気が暴風となって周囲の砂を巻き上げる。


「いけ、レティ!」


 ラクトの声援。

 それを皮切りに割れるような声が森中から響く。


「ぐ、くぅ、……ッ!」


 エイミーはレティの腰をしっかりと掴み、足を伸ばして彼女を支える。

 じりじりと土を削って後退し、彼女の靴が地面に埋没していく。


「ふん、にゅぅぅぅっ!」


 レティは顔を真っ赤にさせて、両腕の筋肉を膨張させる。

 バキバキと内部の人工筋繊維が断裂する音がする。


「いけ、いけ、いけ!」


 彼ら全てが心を一つにしていた。

 少女に向けて声が上がり、熱気がフィールド中に巻き上がる。


「ッ! 視えました」


 両者の均衡が崩れない中、レティがぴくりと眉を上げた。

 次の瞬間、彼女は口元に小さく笑みを浮かべる。


「咬砕流、一の技。――『咬ミ砕キ』ッッッ!」


 エイミーの手を振りほどきレティが一歩前に出る。

 身体を大きくねじ曲げて、全ての力を一カ所に集約させる。

 燃え盛る炎のオーラを纏わせて、彼女が大きく足を踏み出す。


「ぁぁ、ァァアアアアッ!」


 均衡が崩れる。

 シードの螺旋と勢いを飲み込んで、彼女の鎚はねじ伏せる。

 迸る白と金の火花の中でレティはそれを強引に地面へ押し退けた。

 強い衝撃と共に爆風が吹きすさび、彼女を中心としたクレーターができあがる。

 砂煙が舞い上がる。


「……やりました!」


 それが晴れたとき、爆心地には赤髪の少女が一人立っていた。


『シード02スサノオの地表到達を確認』

『周辺エネルギー濃度許容範囲内』

『シード02スサノオを展開します』

『周囲の調査員は迅速に退避してください』


 高らかなファンファーレと共にアナウンスが鳴り響く。

 数分後、クレーターの中心から白い鉄塔が芽を出した。


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Tips

◇爆砕ボルト

 火薬を内蔵し緊急時には瞬間的に破壊することが可能な固定用ボルト。とある凝り性の機構師がロマンを追い求めて作り上げたが、需要がなく埃を被っていた数奇な品。名前からしてかっこいい。


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