第119話「それは彼女の手に」
アストラがこじ開けた僅かな隙間目掛け、怒濤の勢いで攻撃が殺到する。
一つ一つは僅かな力ながらも岩穿つ
「『
光学銃の動力が唸りを上げ、消費された蓄電池が白煙と共に排出される。
1発5万ビットの高額な弾丸が光の速度で種を打ち抜く。
「電磁撹乱フィールド消滅。攻撃が本体に届いています!」
「極力西から攻撃を当てろ、軌道を東へずらすんだ!」
観測手やアストラの声が飛び交う。
弾丸や矢の補充のため機械牛たちが走り回り、その間を縫うように遊撃要員が移動する。
「だいぶ勢いも落ちてきたな」
「つっても新幹線が特急になったくらいだ。まだバリケードだけじゃあ耐えきれねぇぞ」
バリケードの天辺から趨勢を見守りながらクロウリが言う。
だれよりもバリケードの限界を知っているのが他ならぬクロウリだ。
「防壁立ち上げろ!」
アストラの声が空を揺らす。
それに合わせ、地面から薄い長方形の板がいくつも現れる。
『
盾や即席の遮蔽物として用いられるそれを、今回は更に巨大化させていた。
「シード、激突します!」
激しい音と共に一枚目の壁が崩壊する。
間髪入れず二枚目、三枚目。
次々と後ろに新たな壁が立ち上がり続けているが、シードは落ちることなく穿ち続ける。
「『
一際凄まじい光柱が立ち上がり、地殻を揺らしながら分厚い壁が現れる。
それは今までの巨壁とは異なり黒く金属光沢を輝かせていた。
「『
シードと黒壁が衝突する。
シードは高速で回転しながら尖った角を壁に突き立て、ガリガリと表面を削っていく。
対する壁もただでは倒れない。
削られた傍から欠片が収束し、傷が再生していく。 莫大なLPを消費し続けているはずだが、壁の主は俺のキャンプの範囲内にいるらしく長く均衡が保たれる。
『ミノリのLPは保って30秒だ。その間になんとかなるか?』
「メルか。なんとかなるかどうかは30秒経たんと分からん」
『
シードは依然として猛烈な勢いで螺旋を描きながら壁を抉りつづけ、壁は破壊と再生を繰り返している。
「30秒経ったところでギリギリ保たねぇ気がするな。何かもう一押し欲しい」
クロウリの分析は非情だった。
シードがバリケードを貫き、あまつさえ要塞の装甲を突破するようなことがあれば計画は失敗だ。
白樹は押しつぶされてしまう。
「……ッ!」
火花を上げる黒壁を祈るような気持ちで見る。
アレが突破されるまでに何か場を変えるものを用意しなければ。
「――レッジさん!」
そこへ響く、聞き慣れた声。
待ちわびた少女の声に振り向く。
そこにはネヴァたちを引き連れたレティが立っていた。
「レティ!」
「お待たせしました。シードは!」
「もうすぐそこだ。ネヴァから受け取ったか?」
「はい。えっと今渡しますね……」
腕の”鏡”を操作してインベントリを開こうとするレティに俺はたじろぎながら声を掛ける。
「ネヴァから話は聞いてないのか?」
「あ、ごめんなさい。まだ言ってなかったわ」
両手で口を覆うネヴァにがっくりと肩を落とす。
「レティ、今は時間がない。それはシードまで走りながら取り出してくれ」
「はえ!? こ、これレッジさんのじゃないんですか?」
「違う! とりあえず出せば分かるから走ってくれ」
俺に急かされレティは駆け出していく。
周りのプレイヤーたちが自然と脇に寄り彼女のための道ができる。
彼女は走りながらインベントリから小さな銀色のケースを取り出す。
戸惑いながらもケースを開くと、そこには武器の構造データが封入されたカートリッジが入っていた。
「っ! レッジさん!?」
「そういうことだ。早く!」
「分かりましたっ!」
そこで彼女も気付いたのだろう。
驚いた表情で振り向く彼女を急かす。
「レティちゃん、こっちよ!」
バリケードの端で待ち構えるのは、銀翼の団のフィーネ。
彼女はアストラにしたようにレティに向かって両手を向ける。
「はい! よろしく、おねがい、します!」
ダンッと地面を蹴り上げ、レティがフィーネの手に爪先を掛ける。
その瞬間フィーネは投石器のように腕を跳ね上げ、彼女を空に誘う。
「足場は任せて!」
ニルマが二羽の機械鳥を使役する。
その背を足場に飛び上がり、彼女は連なる壁の縁を蹴って前へと進む。
「インストール!」
カートリッジを指に挟み、"剣"へと挿入する。
機械鎚は高熱を当てられたようにどろりと溶け、粘土のように形を変える。
数秒後、彼女の手にはすらりと細い柄のハンマーが握られていた。
「あれは……」
「隕鉄の欠片を精錬した金属を使ったハンマーだ。小さいが硬くしなやかで扱いやすい」
エイミーたちも初めて箱の中を見たのだろう。
唖然とする二人に、俺はネヴァへ出した注文の内容を伝える。
「隕鉄は初めて見る素材だった。質量と密度が大きくて、あの小ささでもかなりの重量がある。俺の武器や防具にしちまうと最悪使えなくなるから、それならレティの武器にした方がいいだろうと考えたんだ」
「なるほどね。レティの機械式ハンマーは爆発させないとちょっと硬くて凄く重いだけだったし」
壁を蹴って疾駆するレティを眺める。
鈍色のハンマーは彼女の手によく馴染んでいるようだ。
「行きますっ! 『攻めの姿勢』『野獣の脚』『野獣の牙』『修羅の構え』――『決死の一撃』!」
一歩踏み出すごとに纏われる赤い闘気。
彼女はハンマーを握る手をだらりと下げて脱力する。
『レッジ! そろそろミノリのLPが切れる!』
「もう大丈夫だ。レティがやってくれる」
黒い壁に大きな亀裂が走る。
数秒遅れて、それは爆音と共に崩壊する。
「レティ、気をつけろ!」
「大丈夫です!」
降り注ぐ瓦礫を避け、更には足場にして駆け上がりながら彼女は笑う。
「行きます――。『岩砕』」
大きく振り上げられたハンマーが、力を乗せて振り下ろされる。
中空の木を叩いたかのような透き通る音が響き渡る。
「全員、退避しろっ!」
切迫したアストラの声。
シードの頭が下がった。
角度を大きく変え地面へと激突する。
土を巻き上げ着地したシードがのたうち回りながらも前進する。
立ちはだかる木々をなぎ倒し、バリケードの方へと猛進する。
「重装近接部隊用意!」
「盾を構えろ! 歯ァ食いしばれ!」
バリケードの周囲を守る大盾を構えた一団が列を成す。
シードは純白の輝きを放ちながら鎧の群れへと殴り込む。
「うぁぁあああっ!」
「ぐ、ぐああああっ!」
バタバタとのたうち回りながら進むシードは、歴戦のタンクたちを蹂躙していく。
「私も行ってくる!」
「気をつけてくれ」
エイミーがバリケードの柵を越えて飛び降りる。
彼女が着地した丁度そのとき、シードはまっすぐに向かっていた。
「『
ラクトのアーツが発動し、エイミーの前方に氷の壁がいくつも生成される。
「多分あんまり効果ないからね!」
ラクトの言葉通り、シードは氷の壁を易々と砕き進んでいく。
岩の壁と比べ氷の壁は耐久度に劣る。
しかしラクトがこじ開けた僅かな時間で、エイミーの自己強化が完了した。
「さあ、来なさい!」
防御を固めたエイミーが赤い双盾を交差させて腰を落とす。
最後の氷壁が砕け散り、白い弾頭が姿を現す。
「ぐっうっ!」
一瞬の間に両者が激突する。
エイミーが僅かに地面を滑るが体勢は崩さない。
掘削機のように回転するシードを両腕で挟み受け止める。
「レッジ!」
エイミーが切羽詰まった声を上げる。
「今から上げるから、ちゃんと受け止めるのよ!」
「分かった。いつでもこい!」
「……俺たちのバリケードが火を吹くぜぃ」
クロウリが不敵な笑みを浮かべて煙を吐く。
エイミーは身体をシードの下に滑り込ませて歯を食いしばる。
「はぁ、……ぐ、くぅ……ッ! ――『旭日』ッッ!」
彼女の拳が叩き付けられる。
シードの白い装甲に激突し、打ち上げる。
ほぼ垂直に軌道を変えてシードは朝日のように打ち上がる。
「来るぞ……!」
クロウリが煙草を握りつぶす。
最高点まで達したシードがゆっくりと落ちてくる。
「総員、対ショック体勢!」
屋上から飛び降りて要塞へと乗り移る。
次の瞬間、巨大な鉄の塊であるバリケードが大きく揺れた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇『
三つのチップからなる中級アーツ。大地から岩の壁を生成する。壁は盾として敵の攻撃を阻むほか、遮蔽物や足場、休憩時の椅子やテーブルとして使うこともできる。何かと便利な地属性の代表とも言えるアーツの一つ。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます