第118話「放つ最強の剣技」

「目標、損傷なし。速度減衰率、当初の予想よりも大幅に低いです!」


 観測手の悲鳴があがる。

 白い種は流線型の尖角をこちらに向けて、一直線に向かってきている。

 メルたちが懸命に攻撃を放つが目立った成果は現れない。


「あれは……電磁撹乱フィールドを抜けられてねぇみたいだな」


 じっと望遠鏡を覗き込んで様子を観察していたクロウリが言う。

 シードの周囲には強力なフィールドが展開されており、迎撃班の攻撃はそれを貫けないでいるらしい。

 電磁撹乱フィールドを破壊しない限り、その手は本体にすら届かない。


「行くにゃぁ!」


 その時、森の中から底抜けた声があがる。

 同時に木々の影から黒い長靴を履いた猫たちが現れる。


「軽装近接迎撃隊、出ます!」

「物理アーツ使いは補助に回れ。フレンドリーファイアはないから他の迎撃隊は攻撃の手を緩めるな!」


 ケット・Cを筆頭に身軽な戦士たちが宙を歩く。

 地属性のアーツによって生成された岩を蹴りながら、彼らは一斉にシードへ喰らい付く。


「盗爪流・第三技――『衣裂き』にゃぁ!」


 いち早くシードに接近したケット・Cが大きく身体を捻りながら腰に佩いた三本刃の双剣を引き抜く。

 左右合わせて六枚の細い刀身が入り乱れ、シードの手前の空中で火花を上げる。


「あれが電磁撹乱フィールドか」

「みたいだな。普通はアーツを無効化するくらいの効果しかないんだが、出力が高えのか物理攻撃も阻むらしい」


 厄介だぜ、とクロウリは煙草を燻らせる。


「『二連斬』『四連斬』『刃翼連舞』! ぐにゃぁ!」


 空中にとどまったままケットは無数の連撃をシードにぶつける。

 流石はトッププレイヤーに数えられるだけあって、美しいほどの剣捌きだ。

 しかしだんだんと彼の表情は曇り、やがて諦めたように距離を取る。


「ケットの連撃でも割れねぇか。あれはなかなかキツいぞ」


 苦しい顔でクロウリが言う。

 ケットが退いた後も間髪入れず他のプレイヤーにより攻撃が加えられるが、シードはいまだ無傷を保っている。

 肉眼でもはっきりと確認できるほどまで接近を許し、もはや猶予はない。


「――俺が行きます」

「アストラ!?」


 状況を見ていたアストラが、剣を引き抜いて前に出る。

 大鷲を象った鎧が煌めき、青いマントが風にはためく。


「皆、アシストを頼む」

「任せて!」


 アストラの言葉にニルマたちが顔を上げる。

 リザが早口で次々とバフを掛けていき、強化を施す。


「アストラ! 飛ばしてあげるから来なさいっ」


 バリケード頂上の縁に立ったフィーネがアストラを見据えて腕を組む。


「よし、行くぞっ」


 アストラが走り出す。

 鉄の床を踏み鳴らし、一歩ごとに速度を上げていく。

 前に立つフィーネが低く腰を落とし、手のひらを彼の方へと差し出す。


「さん」

「に」

「いけっ!」


 アストラが足を掛けるのと同時に、フィーネが大きく腕を振り上げる。

 格闘家の鍛え抜かれた肉体が生み出す莫大なエネルギーはただ一人の青年に託され、彼は大きく空へ踏み出す。


「ピーちゃん、キューちゃん、よろしくね!」


 マントを広げて空を跳ぶアストラの足もとへ、二羽の鳥が滑り込む。

 鉄の翼を大きく広げ、主人ニルマの命によって道となる。


「ほんとに行動系スキル取ってないのか?」

「ウチのリーダーは色々規格外なのさ」


 並び飛ぶ二羽の機械鳥を足場に空を駆ける青年を眺め、しみじみと声を出す。

 いつの間にか隣に立っていたアストラと同じ銀翼の団のメンバー、〈灰燼〉のアッシュが肩を竦めてそれに答えた。


「あんたは何か手伝わなくて良いのか?」

「俺に何ができるんだよ」


 アッシュはケット・Cたちと同じ軽装戦士だったはずだ。

 現にさっきまでは彼らと肩を並べてシードを攻撃していた。


「俺がいても邪魔だろうからな。巻き込まれて撃墜されるのがオチさ」

「アッシュはアストラが帰ってくる時に受け止めなさいよ」


 そこへ仕事を終えたフィーネもやってくる。

 格闘家らしい身軽な装いをした彼女は〈崩拳〉とも呼ばれ、エイミーが尊敬する〈格闘〉スキルの使い手だ。


「フィーネがやればいいだろ。お姫様抱っこでもしてやれよ」

「なんであたしが!」


 フィーネが拳を振り上げアッシュが逃げる。

 リーダーが空を飛んでいるというのに、和気藹々とした様子である。


「ほら、そろそろ着くぞ」


 ずっとシードを見ていたクロウリの声。

 見上げればアストラがシードへと肉薄していた。

 大きく剣を振りかぶり、空中で力を溜めている。


「アーサー!」


 アストラの叫びに呼応して、どこからか雄々しい鷲の鳴き声が響く。

 空の彼方から現れたのは白月と同じ純白の羽根を持つ大柄な鷲だ。

 それはアストラの周囲をぐるりと周り、白い光の帯で包む。


「あれは?」

「パートナーの特殊能力らしいですわよ。なんでも、一時的に全部のステータスを引き上げたり、特殊な遅滞フィールドを展開したり」


 リザがやってきて説明してくれる。

 その言葉通り、光の帯で包まれたアストラとシードの動きが緩慢になる。

 外から見ていると脳が理解を拒否するような不思議な光景だった。


「あれって、アストラにも意味があるのか?」

「動きは遅くなるけど、思考速度は変わらないんだって。あとテクニックの発動とディレイも同じだから、時間の動きに適応できれば強いわよ。まあ一回あたしも試させて貰ったけど、正直急に水中にぶちこまれた感じがして慣れなかったわね」


 その時のことを思い出したのかフィーネが顔を顰める。

 たしかに突然に全ての動きが遅くなるというのは大きく思考が乱されるだろう。

 それに適応できるアストラが規格外なのだ。


「しかしアーサーだったか。パートナーに特殊なテクニックがあるなら、白月にもなんかあるのか?」


 足下に寄り添う白月の額を撫でて言う。

 彼の場合は霧なんかに関連するものになるのだろうか。


「お、アストラが自バフ全部終わらせたな」


 アッシュが言う。

 アストラが自身の持つ〈戦闘技能〉スキルにある自己強化テクニックを使い、最大瞬間火力をたたき出せる前準備を整えた。

 声は遠く聞こえないが、彼の唇が小さく動くのが見えた。


「アストラが開祖の流派、聖儀流だ」

「あの構えは一番シンプルな技ね」


 背中まで振り上げられた剣がゆっくりと動き始める。

 それは徐々に速度を上げていき、緩慢な世界でも驚くほどの速さへと到達する。


「剣を修める全てのプレイヤーの頂点に立つアイツの、正真正銘最強の技だ。フレーバーは生意気だが、それに見合う対単体性能がある」

「ただ純粋な一刀の下に敵を切る。ただそれだけの為に研ぎ澄まされた、原始にして極限の技。絶対的な技力によって、敵は抗うことすら許されない」


 空を見上げ、フィーネが言う。

 銀翼の団が見守る中、青年は剣を振り下ろす。


「聖儀流・一の剣――『神雷』」


 甲高い音が大空へ響き渡る。

 光の帯を断ち切って、アストラは大きく縦に回転する。


「切れたか!」


 光が溶け、露わになる。

 純白のシードがその軌道を揺るがせる。


「斬った!」


 アストラの声。


「も、目標本体に損傷確認。電磁撹乱フィールドの消滅も確認できました!」


 観測手の歓声があがる。

 彼の剣は、全ての剣士たちの頂点に立つ男の一撃は、分厚い電磁撹乱フィールドの殻を切り飛ばした。


「総員、全力攻撃!」


 全ての力を使い切り背中から大地へ落ちながらもアストラが叫んだ。


「はぁ。じゃあちょっと迎えに行ってくるか」


 アッシュがバリケードから飛び降り、アストラの落下地点へ向かう。

 上空では既に櫓から怒濤の攻撃が始まっていた。


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Tips

◇盗爪流

 三枚刃の奇形剣による変則的な技を多く持つ流派。瞬間的に繰り出す絶え間ない連撃により相手に反撃の隙を与えることなく倒しきることを理念とし、極致へ至れば敵すら気付かぬ間に命を盗む。


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