第117話「城砦と白い種」
空中を浮遊するパーツがぐるぐると回転しながら定められた位置へと固定されていく。
太い支柱が突き刺さり、防壁が分解され、中空の容器へジェルが充填される。
「すごい……。魔法みたいです」
渦の外からキャンプが組み上がっていく様子を見ていたレティが声を上げる。
力任せに叩き壊した時計が時を逆転させて戻っていくように、あるべき場所を目指して鋼鉄たちが移動する。
「第一階層、完成。つぎ……」
渦の中心に立った俺はカスタムパネルの上で指を忙しなく滑らせる。
所持金が湯水のように流れ出し、それと共にキャンプは完成へと近づいていく。
「第二階層、第三階層」
分厚い鉄の板が四方を囲む。
頑丈な鋲によって固定され、やがてくる衝撃へ備える。
分類上はテントだが、もはやそれはテントの風貌ではなかった。
全四階層のずんぐりとした白い塔。
各階には光学銃がずらりと並び、頂点には電磁フィールドを司るアンテナがそそり立つ。
巨大な白樹をすっぽりと覆う、規格外の建築物がそこに立ち上がった。
「これは圧巻ね。遠くから見るとケーキみたい」
新生キャンプの正門から出るとレティたちが駆け寄ってくる。
エイミーがキャンプを見上げて言った。
今までの黒く塗装した鋼材ではなく、白樹に合わせた白い外観をしている。
階層ごとの段には光学銃が並び、言われてみれば苺の飾りのように見えなくもない。
「もうこれは完全に要塞だよね。キャンプとかテントとかそういう領域にないよ」
「展開に十分以上かかりますし、お手軽な簡易拠点にもならなさそうですね」
彼女たちの言うとおり、あれはもうどう頑張ってもテントではなかった。
巨額のビットと膨大な資材を消費して組み上げられたあれは、まさに要塞と言って違わない。
「お前ら! さっさと取りかかるぞ!」
そこへクロウリの号令がかかる。
待ち構えていた職人達が要塞へ殺到して、たちまち足場を組み上げる。
あの要塞は、あくまでも最後の砦。
その前にダマスカス組合が頑強なバリケードを組み上げて迎え撃つ。
「もう時間がねぇぞ。キリキリ働けぇい!」
無数の機械牛が忙しなく動いて資材を搬入し、職人達は要塞を覆うようなバリケードを作り始める。
その間にも時間は刻一刻と進み、予定の時が間近に迫る。
「レッジさん」
「アストラか。どうした?」
「そろそろ戦闘員を各地の櫓に配置します。護衛要員が最低限にまで減りますので、警戒をお願いします」
「分かった。よろしくたのむ」
アストラの指示で、白樹の広場で待機していた戦闘職のプレイヤーたちが一斉に移動を始める。
櫓へと登った彼らは、銃や弓やアーツの最終確認をしながら、来たる時を待ち構える。
「レッジ、レイラインの位置を確認しておけ」
「うわっ!? れ、レングス……」
突然背後から頭を鷲づかみにされて驚きながら振り返ると、人相の悪い男が俺を見下ろしていた。
彼は最初反対していたが、計画が動き出してからはひまわりと共に目まぐるしく働いてくれた。
「レイライン上にシード02を落とすのが最終目標だ。もしそれが達成できないと、最悪スサノオ02が完成しない」
「分かってる。そのために、色々考えてるからな」
「ならいいが。……俺やひまわりは作戦中は役に立たんからな」
「ああ。ゆっくり休んでてくれ」
手を振り去って行くレングスを見送り、時間を見る。
「まずいな」
「もうあまり余裕がありませんか」
傍にいたレティに尋ねられる。
「少しな。このまま行けば間に合うだろうが……」
バリケードの建設は順調だ。
しかし規模が規模だけに時間がかかる。
『シード02スサノオの投下時刻まであと10分です』
『投下予定地点周辺の調査員はただちに退避してください』
突然アナウンスが鳴り響く。
その場にいた全員がどよめき、すぐにまたそれぞれの作業を再開する。
「ネヴァ、遅いわね」
「なにかあったのかな?」
バリケードの完成と共に気がかりだったことをエイミーとラクトが言う。
俺が最後に依頼した品を持ってくる筈のネヴァたちが、まだ姿を現さない。
「レッジさん、レティたち少し様子を見てきます」
「いいのか?」
レティの申し出はありがたい。
ネヴァたちに頼んだものは、今回の計画においても重要なものだ。
「エネミーに襲われてたら大変だしね」
「すぐに戻ってくるから」
エイミーとラクトもそう言ってくれ、俺は彼女たちを送り出す。
森の奥へと消える背中を見送った俺は不意に空を見上げ、それを見付けた。
「っ! アストラ!」
「……来ましたね」
蒼穹を切るように白い尾を伸ばす物体が一つ。
まだ小さな影ではあったが確実にこちらへ向かっている。
「あれがシード02ですか」
「だろうな。……クロウリ!」
「こっちでも見えてる! バリケードはもうすぐ完成だ!」
クロウリの声を聞きながら、俺は要塞の中へと駆け込む。
内壁に沿った螺旋階段を駆け上り屋上へ出る。
そこから更に上へと伸びるバリケードの天辺へ向かって梯子に手を掛けた。
「総員上空に注目! 目標らしい物体が現れた!」
アストラの激と共に各地の櫓が騒がしくなる。
望遠鏡を構える者や、目を凝らす者。
はやる気持ちを抑えて銃座に構える者もいた。
『レッジさん!』
「ひまわりか。どうした」
『シード02、私も確認しました。それで、すこし悪いニュースですが……』
「レイラインと交差する軌道だな」
俺の言葉にむこう側の声が詰まる。
シード02の白い軌道は、レイラインを交差する軌道を描いていた。
これでは勢いを減衰させるだけでなく、その方向を修正しなければ種を線上に蒔くことができない。
「まあ、それはこっちでもなんとかするさ。教えてくれてありがとう」
『なにかプランがあるんですか?』
「こんなこともあろうかと、ってな。まあ肝心の打開策の到着が遅れてるんだが」
バリケードの上からは瀑布の白い靄がよく見える。
その先に向かっているレティたちの身を案じながら、俺は淡々と準備を整える。
「飛来物、明確に確認できました。シード02の中枢演算装置と保護装甲です」
「質量はひまわりの言ったとおりそれほど大きくないな」
「とはいえちょっとしたミサイルだ。受け止めるのは骨が折れるぞ」
大鷲の騎士団の観測員の報告に、クロウリがぼやく。
彼はバリケードの責任者としてここに残っているようだ。
「バリケードはどれくらい耐えられる?」
「迎撃班の働き次第だな。あの勢いそのままだと一発で木っ端微塵だ」
紫の煙を吐き出して彼が言う。
地上では忙しなく戦闘員が動き回り、職人達が退避を始めている。
『シード02スサノオの投下時刻まであと5分です』
『投下予定地点周辺の調査員はただちに退避してください』
再度のアナウンス。
しかしもうそれに反応する者はおらず、皆がそれぞれの仕事に対し脇目も振らず従事している。
「総員、迎撃準備!」
アストラが叫ぶ。
それに合わせ、各櫓から突き出した武器が白い種を捉える。
「俺も働かないとな。『
砦に備え付けられた光学銃が一斉に起動する。
イベントの時に巨蟹の甲殻を溶かしたそれよりも更に威力とエネルギー効率を改善させた改良版だ。
しかもその数も以前の比ではない。
黒光りする銃口が空を向く。
「『
俺の指示を受け、赤いレーザーの束が空へ放たれる。
だんだんと大きくなる白い流線型の物体を捉え、彼らは次の指示を待つ。
『シード02スサノオの投下時刻まであと3分です』
『投下予定地点周辺の調査員はただちに退避してください』
重ねられるアナウンス。
フィールド全体に緊迫した静寂が満ちる。
やがて空の果てから風を裂く甲高い音が聞こえてきた。
白煙を上げ、陽光を銀に反射しながら、アーモンド型の鋼鉄が振ってくる。
ただ一点、俺の足下に根付く白い樹を目指す種だ。
「迎撃用意――」
アストラの声。
櫓から波打つような殺気が放たれる。
研ぎ澄まされた刃のような、無数の眼光がそれを捉える。
弦が引き絞られ、引き金に指が掛けられる。
朗々と詠唱の声が響き、周囲の環境が急変していく。
待ち構える俺たちのもとへそれは落ちてくる。
「――撃てッ!」
鋭い号令。
間髪入れず号砲が鳴り響く。
矢が空を裂き、弾丸が風を焼く。
猛火が渦を巻き氷結し打ち砕かれる。
小さな種を目掛け、無数の刃が突き立てられる。
爆炎が、黒煙が、入り乱れ掻き混ぜ混沌の様相が空に広がる。
ぐちゃぐちゃに練った絵の具を落とした水面の様に、澄み渡った空がカラフルに濁る。
「第二波放て! 隙間を空けるな! 観測手は常に目標を捉え続けろ!」
後からも絶え間なく攻撃が続く。
巨大な機銃を抱えた大男が雄叫びを上げながら銀の弾丸を連射する。
三本の矢を番えた少女が弦を引き絞る。
「――『ねじ伏せる炎王の大腕』」
「――『蹂躙する嵐王の翼』」
「――『噛み砕く巖の顎』」
突如、空に太陽が現れた。
それは巨大な燃え盛る大腕となって種を殴る。
黒々とした雲から氷の巨鳥が嘴を突き出し、岩の龍が大きく口を開け齧り付く。
「『
煙草を握ったクロウリの声。
櫓に視線を向けると、メルが得意げに胸を張っているのと目が合った。
「どうだ、やったか?」
思わずクロウリに尋ねると、彼は呆れたような顔をこちらに返した。
「あのなぁ、そんなこと言ってると……」
爆炎が晴れる。
地上を巻き込む恐れから攻撃が薄らぎ、種が明らかになる。
「目標、損傷なし。減速も想定より遙かに少ないです!」
観測手の悲鳴のような声。
煙の中から現れた白い種は、いまだ燦然と輝いていた。
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Tips
◇『ねじ伏せる炎王の大腕』
二つのチップ、一つのレアチップからなる上級アーツ。炎で構成された巨腕を生成し、敵を攻撃する。握る、殴る、など指を操作することで臨機応変な行動が可能で、自由度と威力が高い。詠唱に掛かる時間と消費するLPが莫大で、通常戦闘時の使用には向かない。
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