第114話「電撃戦」

 いつものメンバーで〈岩蜥蜴の荒野〉へとやって来た俺たちは、闊歩するイシトカゲを無視してフィールドの奥にある不寝のディードの巣へと最短距離を突き進んだ。


「こんなに慌ただしいのは初めてですねぇ」

「なんといっても時間が無い。皆も短期決戦を心がけてくれ」


 フィールドの真ん中にあるヤタガラスのポータルからディードの巣へ向かい、そこにキャンプを張る。


「このキャンプもこれが見納めなのかしら」


 感慨深そうにしみじみとエイミーが言う。

 考えてみれば、このあとすぐにこれは魔改造が施されてしまう。

 一度気付いてしまえば胸の奥に言いようのない寂寥感がにじみ出す。


「ほら、急いでるんでしょ。さっさとやろうよ」


 パンパンと手を叩いて、ラクトが俺を現実へと引き戻す。

 彼女の言うとおり今は感慨に耽っている余裕はない。

 ネヴァからはディードの皮を大量に要求されている。

 俺の〈解体〉スキルを以てしても、何体か倒す必要があるだろう。


「準備できましたよ」


 レティが黒鉄のハンマーを握って言う。

 エイミーとラクトも同様だ。


「よし、じゃあやるぞ」


 俺も蛇眼蛙手の紅槍を取り出して先陣を切る。


「――『起動トリガー』!」


 ディードが巨体を揺らし、全身に蠢く目をこちらに向ける。

 その中を突っ走って胴の真ん中に紅い刃を深く突き刺した。

 同時に金玉が輝き、ディードの身体を石化させていく。


「お仕事終わり! あとは任せたっ」


 それを確認した俺はすぐさま身を翻し、距離を取る。

 入れ替わって現れたのは、炎髪を広げるレティ。


「任されました!」


 強い衝撃が、硬直したディードを襲う。

 更に間髪入れず氷の矢が幾本も突き刺さり、岩となった身体を打ち砕くように無数の拳が放たれる。


「おおう、強くなってんなぁ」


 絶え間ない連撃を繰り出しディードのHPを猛烈に削っていく三人の背中を眺め、思わず声を漏らす。

 瀑布でも戦闘を繰り返したことによってスキルのレベルもあがり、更に磨きが掛かっているらしい。


「とど、め、です!」


 最後にレティの凶悪なアッパーカットがクリティカルに決まり、ディードは反撃らしい反撃も許されずものの数分で地に沈む。

 事前バフとキャンプの自然回復効果があるとはいえ、目を見張るような戦いぶりだった。


「レッジさん、さっさと捌いて下さーい」

「ああ。……すごいな」

「えっへっへ。そうでしょうそうでしょう! レティたちも随分強くなりましたよぉ」


 鼻高々に胸を張るレティにも、今回ばかりは素直な讃辞を送る。

 スキルだけではない、彼女たち自身のプレイヤースキルが高度に成長していた。


「どう? あと何体くらい狩る?」


 ディードの解体が終わるとラクトがやってきて尋ねる。


「一体でこれなら……あと三体倒せばいけるだろ」


 ネヴァの要請では五体分の皮が必要だったが、〈解体〉スキルのボーナスによって少し増量されている。

 それを加味すれば四体で十分集まる計算だった。


「じゃあテントに戻って休憩しよう。リポップしたら再開だ」

「ディードがちょっと可哀想ね」


 光の粒子となって砕けるディードを眺め、エイミーが言う。

 彼の目線で見れば、延々リスポーンとキルがループする地獄である。

 テントに戻りクッションに身を沈めながら掲示板を見て情報を集めていると突然アストラから通話が掛かってきた。


『レッジさん』

「どうかしたか?」

『迎撃地点の検討のためにフィールドを調べていたんですが、少し報告したいことがあって』

「なるほど。今なら大丈夫だ」


 姿勢を正し、スピーカーをオンにする。

 彼からの話であればレティたちとも共有しておいたほうがいいだろう。


『百足衆やひまわりさんたちとフィールド調査をしていたんです。瀑布の森は櫓が立てられる場所が限られているので』

「全体的に水分が多いからな。足場がしっかりしてるところは重要だろ」

『はい。それで地盤がしっかりと堅い場所をマークしていったんですが、地図を見るとちょっと興味深いことが分かったんです」


 むこう側からガサガサと紙を引き寄せる音がする。

 何枚かの地図を並べているのだろう。


『足下の堅いところ、つまりは乾いているところなんですが……。どうやらあの白樹の下を通る一本の線になっているみたいなんです』

「なるほど、それは興味深いですね」


 俺を差し置いてレティがむむっと声を上げる。

 アストラは一瞬無言になり、すぐに口を開いた。


『はい。どうやら地中に熱源があるようで、水分が蒸発しているらしいんですよ』

「なるほど。地下に何か通っているんでしょうか」

「マンホールの上とかって雪がすぐに溶けたりするよねぇ」

「送水管でも埋まってるのかしら」


 レティに続きラクト、エイミーもやってきて口々に自由なことを言う。

 そんな中、俺はログを遡って目当てのものを探していた。


「なあ、アストラ」

『はい』

「……アナウンスにあった〈レイライン〉ってそれのことなんじゃないか?」

『……なるほど。それは、確かに』


 アストラの声がくぐもる。

 口を覆って思考を始めているらしい。


『やはりレッジさんに報告したのは正解だったみたいですね』

「ひまわりか」

『はい。フィールド調査なら力になれると思って、おじさんと一緒にアストラさんたちに同行しています』


 アストラの代わりにひまわりの声がスピーカーから響く。

 彼女だけでなく、百足衆のムビトやしま、レングスも周囲にいるのだろう。


『レッジさん、レイラインとはどういうものなのでしょう』

「なんだろうな。……文字通りの龍脈レイラインなら、何か膨大なエネルギーの通っている筋のことなんだろうが」

『やはりそうなりますよね。そして、シード02はそのレイラインを目指して投下される予定です』


 白樹がレイライン上にあり、レイラインに何かしらのエネルギーが通っていることはすんなりと信じられた。

 それは一夜にして小さな芽から大樹へと育った白樹自身が証拠だった。

 問題は、なぜシード02がレイラインを目指しているのか。


「シード02の展開にはレイラインのエネルギーが必要なのか?」

『レッジもそう考えるか。俺も同意見だ』


 再び声が代わり、レングス。

 アマテラスから投下されるシード02は、町の規模と比べて恐ろしく小さな物体であるというのが俺たちの予想だ。

 そんな小さな種が町へと成長するには膨大なエネルギーがいるだろう。


「なあ、レングス。一つ考えたことがあるんだが」

『言ってみろ』

「……もしシード02がレイライン上に落ちなかったら、どうなる」


 それは信憑性の高い仮説だった。

 もしスサノオの種が自力で展開し町へと発展することができるのなら、無作為に蒔いていけば良い。

 アマテラスが、〈タカマガハラ〉がそんなプランを立てなかったのは何故か。

 それは偏に、そうできない理由があるからだ。


「アストラ」

『……はい』

「迎撃ポイントだけじゃなく、シードの“落下地点”の設置も頼めないか」

『分かりました。シード02がどの方角から飛んでくるか、それにも依りますが2カ所見繕っておきます』

「ありがとう」


 通信が切れる。

 この瞬間アストラたちは駆け出していることだろう。


 シード02がレイライン上に落ちなかった場合、その種は芽吹かない可能性が大いにある。

 線をなぞるような軌道で落ちてくれればいいが……。


「レッジさん、ディードがリポップしましたよ!」


 今はそれを考える時じゃない。


「よし、二回戦だ」


 俺は立ち上がり、紅刃の槍を構えた。


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Tips

◇遠隔通話機能

 フレンド登録をしたプレイヤーと距離を無視して会話することができる機能。テル(TEL)と呼ばれることも多い。通常は一対一で周囲の音声が混在しない個別通話モードだが、周囲の環境音及び他者の音声も取り込む公開通話モードも存在する。


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