第113話「火炎と鉄」

 アルドニーワイルドは以前より客足が増えたようだが、それでもまだまだ人気スキルのアイテムを扱っているショップと比べれば閑散としていた。

 俺はぐるりと店内の商品棚を見渡して、必要そうなものを見繕う。

 今は時間が無いから、金は惜しまない。

 スサノオへ戻る列車の中で、レティたちからも借金をしているのだ。


「まずはサイズの拡張からですか?」

「そうだな。……ってなんでレティがいるんだ!?」


 ごく自然に話しかけられて頷きながら、背後に立つ赤髪の少女の存在に驚く。

 彼女はにへらと笑って事情を説明した。


「レティは迎撃班ですけど、あちらにはアストラさんを筆頭に優秀な方々が沢山いらっしゃるので、レティがすることはないんですよ」

「そうだったのか……。こっちに付いてきてもおもしろくないと思うぞ?」

「いえ、それはないので安心してください」


 何故かきっぱりと否定し、レティは俺の背後にぴったりと付く。

 まあ、彼女がそういうのならわざわざ引き離す理由もない。

 それよりも今は時間が惜しいのだ。


「テントはどうやって拡張するんです?」

「基本は骨組みの材質を選んで、壁材を合わせるんだ。今回は強度が欲しいから最高等級の鉄鋼製にしたい」

「NPCショップだと売ってないのでは?」

「だから今回は設計図を買いに来たんだ」


 俺は棚に並ぶデータカートリッジを纏めて掴んで購入する。

 そこに入っているのは、キャンプを拡張するために必要なパーツの構造情報だ。


「これを基に、ネヴァたちに作って貰うのさ」

「なるほどー」


 とりあえず設計図は在庫分全て買い占めておく。

 どうせ一日経てば再入荷されるし、そもそもこんなに必要とするやつがいないからな。


「あとは拡張装甲と、電磁障壁発生装置、衝撃吸収パッド、自己補修ナノマシンも欲しいな」

「色々あるんですね」

「そうだなぁ。どれもこれも高い上に用途が限定的だからなかなか手が出なかったが、今はそうも言ってられない」


 それでも設計図だけだから完成品を買うよりは多少安い。

 まあ、このあと生産依頼を出す時の報酬でそれ以上のものを出さねばならないのだが……。


「採取系スキルを上げといて良かったよ」

「最悪破産してましたよね」

「たぶん破産するぞ」


 だがまあ、それでもあの樹を守りたい。

 ずっと俺の足下を付いてきている白月の頭を撫でる。

 あの樹を守ったからと言って何かがあるわけではないのだろうが、俺は白月のパートナーなのだ。


「とりあえず、ここで買うのはこれくらいかな」

「他にも行く場所が?」

「生産できない中間素材アイテムもあるからな。それを買い集めておかないと」


 アルドニーワイルドを出たその足で、俺たちは素材系アイテムを取り揃える店の立ち並ぶエリアへと向かう。

 精密歯車やナノマシン溶液など、生産法のまだ解明されていないアイテムは多岐にわたる。

 それらの殆どがあらゆるアイテムの必須材料になっているため、纏めて買っていく。


「ぐ……」

「どうしました?」

「重量オーバーだ」


 普段あまり意識していなかったが、このゲームには所持重量限界というものがある。

 BBを腕力に振っていたらそれも拡張されるのだが、生憎俺は貧弱である。

 色々と物を買いすぎたせいで、俺はその場から動けなくなってしまった。


「ふっふっふ、しょうがないですねぇレッジさんは」


 そんな俺を見下ろすようにしてレティは笑う。


「ちょっと待ってて下さいよ」


 そう言い残して彼女は駆け去って行き、俺は一人街角に取り残される。

 動くに動けず時折通るプレイヤーに怪訝な顔をされながら待っていると、レティは息せき切って戻ってきた。


「おい、どこ行ってたんだ?」

「じゃじゃーん!」


 レティが大きく両腕を広げ、その前に三機の機械牛が並ぶ。

 彼女が〈機械操作〉スキルで使役する運搬用機械牛キャリッジキャトルのカルビ、ハラミ、サーロインである。

 三色のランプを明滅させる彼らは、その胴体が保管庫になっていて荷物を積載することができる。


「さあさ、どうぞ積み込んで下さい」

「なるほど。たすかる」


 三機の機械牛による輸送力は絶大だ。

 俺は重量オーバーから脱し、その後も予定していた全ての店を回ることができた。


「流石の運搬力だなぁ」

「ふふん、もっと褒めてくれていいんですよ」

「ああ。レティに付いてきて貰ってて正解だった」

「そ、そうですか。ふふん……」


 褒めろと言われたから褒めたら、なぜかそっぽを向かれた。

 不可解な反応に首を傾げつつも俺は最後の目的地へと到着する。


「ここは……。おっきいですね」


 巨大な石造の建物。

 その入り口はゴーレムが数人積み重なっても余裕があるほど高く、幅も広い。

 中からは絶えず肌を焦がすような熱気が吹き出て、金属を打つ音が絶え間なく響き渡る。


「おう、来たな」


 門前で立ち尽くしていると、奥から肌を焦がした老爺が現れる。

 プロメテウス工業の工房長、〈赤鉄〉の異名を持つベテラン鍛冶職人タンガン=スキー。

 彼は白い髭に埋もれた顔で破顔して、俺たちを迎え入れた。


「ここがプロメテウス工業の本拠地ですか」

「うむ。特に名前はなく、仲間内では大工房とだけ呼んでおる」

「他にも工房が?」

「いくつもな。個人で持っておるやつもおるし、気の合う同士で借りている者もおる」


 ずらりと並ぶ巨大な炉の周りでは、半裸に汗を滲ませる屈強な職人達が走り回っている。

 剣を打つ者、鋳型に鉄を流す者、中には細やかな細工を作り上げている者もいる。

 プロメテウス工業は〈鍛冶〉スキルに於いてはダマスカス組合も敵わない技術力を持つ、正真正銘のプロ職人集団だ。

 規模と構成員数も生産系グループ随一で、工房は広大だ。

 そのため、今回俺のキャンプ拡張のためにその一部を解放してくれた。


「あの一角が、お前さんの場所だ。そこにおる職人は自由に使ってくれ。ワシはさっき受け取ったあれを調べている最中なのでな」

「ありがとう。すごく助かるよ」

「はっは。こんなおもしろいイベントに、首を突っ込まない選択肢があろう筈もなかろうて」


 タンガンは快活に声を上げ、手を振って個人工房へと消える。

 残された俺たちが、彼に言われた工房内の一角へとやってくると、炉の火を見ていた一人が振り向いて手を振った。


「レッジ! 待ってたよ」

「ネヴァ、今回もよろしく頼む」

「こんなところで作業するのは新鮮だから楽しみだわ。周りの人たちからも色々盗めそうだしね」


 ネヴァは白髪の下に滲む汗を拭い、楽しそうに言う。

 タンガンが俺たちのために充ててくれたプロメテウス工業の職人達は、ネヴァの目から見ても優れた技量を持っているらしい。


「それじゃ、早速商談に入りましょっか」

「ああ。分かった」


 周囲で準備をしていた職人達も呼び、俺は製作して貰うアイテムについて説明する。

 何しろ数は膨大で、時間は少ない。

 一つの炉に数人が付き、効率よく量産する体勢を整える手筈が必要だった。


「基本的なのはこんなところか……」

「おう、俺は何を作れば良い?」


 骨組みや壁材などの基礎となるパーツを全て振り分け終え、早速作業に入って貰う。

 後に残ったのは、ネヴァを筆頭に一際腕の立つ鍛冶職人。

 その中の一人、〈名工〉ムラサメが声を上げた。


「残った皆には、一番重要なパーツを作って貰いたい。直接シード02を受け止める、装甲板だ」

「なるほど。それは腕が鳴りそうだ」

「シンプルに硬いだけでもだめだし、設計段階から考える必要がありそうね」


 工房の真ん中に置かれた大きなテーブルを囲み、ネヴァがそこに紙を広げる。


「複層装甲にして、間に衝撃吸収パッドを仕込んだ方がいいかしら」

「装甲板は炭素量を調節して柔軟性を持たせねぇとな。硬すぎると一気に割れるぞ」

「ちょっと用意した素材見せて……。なるほど、ナノマシンも使えるのね」


 職人達は頭を付き合わせ、目まぐるしく言葉を交わしペンを走らせる。

 俺は完全に置いてけぼりになってしまい、レティと一緒にカルビたちから素材を出して床に並べる作業に従事していた。


「――よし、レッジ」

「ん、どうした?」


 突然ネヴァから声が掛かり、顔を上げる。

 何か足りない素材があればすぐに財布を握って走る準備はできている。


「ちょっとボス倒してきて頂戴。とりあえず、ディードを5匹くらい」

「アイツの皮が素材に丁度良さそうだからな。ちょっと頼まれてくれ」

「……お、おう」


 予想を越える注文に若干たじろぐ。

 しかし時間はないのである。


「レティ、いくぞ」

「あいあいさー!」


 俺は工房を飛び出しながら、ラクトたちにも声を掛けていった。


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Tips

◇ブループリント・データカートリッジ

 アイテムの構造データを記録したデータカートリッジ。特殊な方法で内部のデータを出力し、それによりアイテムを製造することができる。内包するデータによって価値が変動する。


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