第115話「建築現場」

 工房のネヴァたちに素材を預け、打ち合わせもすませた俺たちは〈鎧魚の瀑布〉へとやってきていた。

 下層へ移動しようとスケイルフィッシュを探していると、大ナメクジの洞窟の崖下に人だかりを見つける。


「なんだ? あれ」

「護衛の戦闘職と、あとは生産職の方々みたいですね」


 プレイヤーたちは鈍色の光を反射する四角い塔のような人工物を囲んでいる。

 金属製の支柱が四隅に立ち、鉄板の階段が折り返して続くそれはビルにある非常階段に見える――というよりそれそのものだ。


「あんた、レッジか?」


 自然の中に突如として現れた階段を眺めてると、人だかりの中から金槌を持った職人風のヒューマノイドがやってきた。

 日に焼けた筋肉質な腕を露わにし、頭には青いバンダナを巻いている。


「たしかに俺がレッジだ。あんたは? ていうか、これは何だ?」


 溢れる疑問をそのままぶつけると、男は得意げに鼻を鳴らして階段の方を振り返った。


「上と下を何遍も往復すんのにわざわざ魚に乗って飛び降りるってのは非効率だろ。それに機獣が使えねえから資材の運搬も苦労する。だからお頭の命令で道を整備してるのさ」

「なるほどな。確かに洞窟に登る階段を作って道を整備した方が行き来しやすいか」

「おう、そういうこった。俺はスパナってんだ。ダマスカス組合で建築課主任をやってる」


 どんと力強く胸を叩き、スパナが言う。

 ダマスカス組合は先のイベントでも町の周囲に立派なバリケードを築いた所だ。

 そこの建築課主任ということは、彼も腕利きの生産者なのだろう。


「ダマスカス組合だったのか。今回はありがとうな」

「いいってことさ。俺たちも楽しいことを探してる。お頭は下層で迎撃櫓の建築指揮を取ってるはずだぜ」

「分かった。階段はもう通れるのか?」

「ああ、もう完成だよ」


 スパナがそう言った直後、階段の方で歓声があがる。

 視線を向ければ階段の頂上に立ったダマスカス組合の職人がスパナに向けて大きく手を振っていた。


「ほら、初っぱなはアンタにやるよ」


 スパナに背中を押され、俺たちは階段を駆け上る。

 ネズミ返しのように反った壁面は〈登攀〉スキルでも登れなかったが、高さ自体は飛び降りることもできる程度でしかない。


「これは楽ね!」

「降りるときも安心だよ」


 カンカンと甲高い足音を反響させながらエイミーとラクトが絶賛する。

 特にラクトの声には熱が籠もっていた。


「あの、レッジさん」


 そんな中一人だけ、レティは少し声の調子を落として言う。


「どうかしたか?」

「これ、洞窟の中はどうなってるんでしょうか」

「……あー」


 丁度階段を登り切り、洞窟の入り口に立つ。

 暗い穴の奥からはズルズルと地面を擦る音が風に乗って響いた。


「まあいいですよ、迎撃までに少しでもスキル上げしておきたいので!」

「毒液は厄介だけど、ボディプレスくらいは耐えられるようになりたいしね」

「とりあえず凍らせればいけるでしょ」


 レティ達が武器を取り出し不敵に笑う。

 心強い背中に胸打たれながら、俺は少しの不甲斐なさも覚えるのだった。



「つ、疲れた……」

「あの質量は凶悪すぎるよ」


 長い長い洞窟を下り、ようやく辿り着いた出口。

 柔らかく湿った落ち葉の上にへたり込み、青い顔でレティたちは肩を激しく上下させる。


「普通に激戦だったな」

「レッジの風牙流がなかったら、誰か死んでたかもしれないわね」


 怖々と言うラクトの言葉はあながち間違ってもいないだろう。

 冷静に考えれば、昨夜あの洞窟を通ったときは俺たち以外にもひまわりと百足衆カナヘビ隊の精鋭がいたのだ。


「あの倒せば倒すほど敵が寄ってくるやつ、考えた人はタンスに小指ぶつければいいと思います」


 怨念の籠もった呪詛の様な言葉を吐きながら、ゆらゆらとレティは立ち上がる。


「白い服着てる時にどうしようもなくカレーうどんが食べたくなる呪いを掛けてあげたいよ」


 地味な呪いを空に向けつつラクトも呼吸を整えて復活する。

 ひとまず魔のナメクジ洞窟は無事突破できたのだ。

 俺たちは地図を頼りに白樹の広場へと向かう。


「あれ、なにか聞こえますね」


 下層は下層でワニとの戦闘を繰り返しながら森を進んでいると、不意にレティが耳を立ち上げる。


「敵?」

「いえ、金属を叩く音……。建築してるみたいですね」


 ラクトの尋ねに首を振りレティは表情を緩める。

 彼女の案内で音のする方へと向かうと、やがて木々の隙間に鈍色の輝きが見え隠れし始めた。


「あれか。クロウリも近くにいそうだな」


 鉄製の櫓には職人が立っており、足下には護衛の戦士たちが取り囲んでいる。

 形状も様々な鋼材が地面に並べられている。

 建築資材の山の前には、何かのリストを片手に指示を飛ばすフェアリーの青年がいた。


「クロウリ」

「うわっ!? っと、レッジか。こっちに来てたんだな」


 背後から声を掛けると彼は飛び上がって振り向く。

 工事現場の作業員を彷彿とさせる薄いグレーの作業着に黄色いヘルメット。

 口には細いタバコを咥えた、少年のようにも見えるフェアリーの男。

 彼こそがタンガンのプロメテウス工業も凌ぐ規模を誇る生産者グループ、ダマスカス組合を立ち上げたカリスマ的存在、クロウリだ。


「町でやることは終わらせたからな。ついさっき到着したばかりだ」

「洞窟の階段は使ったのか?」

「ああ。あれは便利だったよ」


 素直に賞賛すると、彼は鼻高々といった様子でにんまりと笑う。


「スパナは俺と一緒に〈暁紅の侵攻〉の時もバリケードを作ったからな。あれくらいは楽勝だったろう」

「ダマスカス組合は優秀な職人が多いんだな。あそこの櫓もしっかりしてる」


 梯子が付けられ何層かの床を持つ四角い櫓は足下の不安定な瀑布の森でもしっかりと直立していた。

 あそこにアーツ使いや弓、銃なんかの遠隔武器を持った戦闘職が待機する手筈になっている。


「ひまわりって言ったか。あの子には助けられたよ。あんなに精度の高い地形図は初めて見た」


 櫓の設置場所については、迎撃班の代表であるアストラと共に地理に強いひまわりも監修に入っていた。

 クロウリは彼女の仕事ぶりを絶賛し、懐から地図を取り出した。


「ここにあるマーカーの場所がぜんぶ櫓だ」

「ひふみ……、十二カ所か。思ったより多いな」

「参加する人数が多いからな」


 櫓は全部で十二本。

 白樹の下を通るレイラインを挟む形で左右に五本が配置され、レイライン上にも一本ずつ建っているらしい。


「レイライン上のほうが地面がしっかりしてるんじゃないのか?」

「まあな。だがどっかにシードを落とす必要があるんだろ」


 俺の指摘に頷きつつもクロウリが言う。

 彼の言うとおり、シードはレイライン上のどこかに落とす必要がある可能性が高い。

 だからそこも加味した上で建設地点を泥濘む森の中に移してくれたようだ。


「不安定なぶん、杭をアホほど深く打ち込んである。ちょっとやそっとのことじゃあ倒れねえさ」


 俺の懸念が分かったのか、クロウリはそれを吹き飛ばすような口調で言った。

 他でもないダマスカス組合の長である彼が断言するのだ。

 それを信頼しなければ何も信じられないだろう。


「分かった。全体の準備はどれくらい進んでる?」

「櫓はもうほとんど完成してる。あとはキャンプが建ったら、その上にバリケードを組む」

「設計はできてるのか?」

「うちの設計課が熱出しちまったけどな。あんまり無茶言うなってどやされたよ」


 あどけない童顔に似合わない笑みを浮かべクロウリが言う。

 フェアリーはラクトもそうだが小柄な体格も相まって幼く見える。

 だからこそ彼の作業着にタバコという出で立ちはなんとも言えないミスマッチ感を漂わせていた。


「それで、キャンプはすぐに建てられんのか?」


 タバコの煙を吐き出して彼は続ける。

 グレープの甘い香りのする煙を手で払って、俺は首を横に振る。


「まだ製作中だ。プロメテウス工業の大工房でな」

「あんまり時間が押すと、バリケードを建てる暇がなくなるぞ」

「そこはもう限界まで急いでくれてるさ」


 そうか、とクロウリは頷き手元のリストを見る。

 各建築物の進捗を記録しているらしく、その殆どがすでに完了している。


「とりあえず、こっちは特に手を借りることもねぇ。それよりもアストラのとこへ行ってくれ」

「アストラ? 何かすることがあるのか」

「知らねぇよ。とりあえず、アンタがスサノオに行ってる間ここの指揮はアイツが執ってたからな」


 紫の煙を吐くクロウリ。


「分かった。じゃあよろしく頼む」


 彼は小さく手を上げて現場の指揮に戻る。

 俺は待っていてくれたレティたちを呼び、アストラがいる白樹の広場へと急いだ。


「レッジさん!」

「アストラ。任せてしまって悪いな」

「いえ、指揮を執るのは日頃から慣れているので大丈夫です」


 真っ昼間の明るい空の下だというのに輝くような笑みを浮かべるアストラ。

 その背後には副団長のアイも控えていた。


「何か手伝うことはあるか?」

「ええっと、そうですね。でしたら……」


 白樹の広場では多くのプレイヤーたちがあくせくと動き回っている。

 俺も何かしたいと思って言うと、彼はしばらく悩んだあとで口を開いた。


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