第101話「覚醒の風」

 暗い洞窟をランタンの明かりだけを頼りに駆け上がる。

 最初は緩やかだった勾配は進むごとに急になっている。

 懸命に足を動かし走っていると、やがて前方に薄い光が見え始め慌ただしい剣戟の音も混じりだした。


「ムビト!」


 岩を乗り越え身を乗り出した俺が見たのは、仲間の死体のもとへと集まる無数の巨大なナメクジたちだった。


「レッジ殿、どうしてここに」

「遅かったか。何かおかしいと思ってな」


 見ればムビトたちは一人減り三人になっている。

 対してナメクジは五体がぎゅうぎゅうと押し合って洞窟内に詰まり、その奥にも触覚が見え隠れする。


「突然、洞窟の奥からこやつらが来たのですよ」

「たぶん仲間の体液を嗅いでやってきたんだろう」

「体液?」

「紫色の毒血だよ。ふつうのエネミーなら血が出てもすぐに消える。だけどこいつらの血はずっと地面に残り続けてた。それが少し気に掛かってな」


 俺は槍を構えムビトの隣に立つ。

 ムビトは俺の説明を聞いて、わずかに俯いた。


「……なるほど。それを見落としていたのは不覚でしたな」

「なに、一旦下がって仕切り直せば良いだろ」

「しかし難しいですよ」


 険しい表情のまま言うムビト。


「隊長、春日丸が動けません!」


 カナリア隊戦闘員の一人が悲鳴を上げる。

 見れば彼は壁にぐったりともたれる仲間を抱え、支えているようだった。


「足が取れてるのか」

「ナメクジの腐食液に触れると、身体が損傷するらしい。浴び続ければ、ああして鉄が溶け四肢がもげる」

「なるほどな、それは厄介だ」


 重苦しい口調で言うムビトは、片足の無くなった仲間を悲痛な眼で見ていた。

 スサノオへ帰還できさえすれば、機械の身体はパーツを換装することで元通りになる。

 しかしそれまでは、永続的にデバフが掛かっているような状態だ。


「た、隊長……俺を置いて逃げて下さい」

「……」


 呻くように言う隊員に、ムビトは押し黙る。

 彼の取り得る最善の行動は負傷者を置いて逃げることに違いない。


「いや、それはしない。黒霧島、春日丸を担いで撤退するぞ」

「はっ」


 しかしムビトは春日丸へと駆け寄ると、もう一人の忍者、黒霧島と共に彼を担ぎ上げる。


「レッジ殿も逃げるぞ」

「全員で逃げちゃあ追いつかれるだろ。ここは俺に任せて、先に行け」

「……かたじけない」


 ムビトは一瞬唇を噛み、坂を下りていく。

 その即決力は彼がカナヘビ隊の長である証だろう。


「さあ、こっから先は不可侵領域だ」


 彼の後を任されたのだから、俺も期待されるだけの仕事はしなくてはならない。

 蛇眼蛙手ジャガンケイシュ紅槍コウソウをブンと振り、蠢くナメクジたちと対峙する。


「っ! こいつら、妙に動かないと思ったら……」


 そうして俺は彼らが今までなにをしていたのかを知る。

 青白くテカテカとした身体をくねらせて、仲間の血に誘われてやってきたナメクジは、その死体を貪り喰っていた。


「まあいい。……ふっ!」


 俺が深紅の刃を向けて突進すると、ナメクジの一匹がぬったりと頭を上げる。

 目の無い触覚と口だけの顔がこちらへ向き、ゆっくりと身体も続く。


「どれくらい効くかね。『旋回槍』」


 自分の足を軸にして、大きく槍を回して広範囲を切りつける。

 密集したナメクジたちは滑らかに刃を通し、傷口から紫色の血を流す。

 飛沫に身体が触れないように距離を取り更に槍を突き出す。


「『二連突き』ッ!」


 ダメージは――流石の威力だ。

 伊達にイベント最終ボスの素材を使っていない。


「しかしこれは、想像以上にきついな」


 だが戦況は決して楽観視できるものでもない。

 敵を切るたびに毒血が吹き出して地面を汚す。

 だんだんと足で踏める場所が減っていき、立ち回りも制限されてしまう。


「くっ」


 ナメクジはその巨体を武器に、ボディプレスを仕掛けてくる。

 それを避けたとしても、傷口から噴き出した血がスタンプの様に地面に広がってしまう。


「そろそろ効いてこいよ」


 俺は全方位に神経をすり減らしながら、槍で細かく敵を切る。

 ダメージを求めて深く差し込む必要はない。

 刃が敵の身体を撫でるだけで、毒液がその身に染みこんでいくのだ。

 そうして、ようやく一体目が細かな痙攣を起こして動きを止める。

 槍の麻痺毒がようやく効いてきたらしい。


「流石にテストしたときと比べると効きが悪いな」


 岩蜥蜴で試したときはもっと早く毒が効いていた。 ナメクジ自身が毒を持っているために耐性が高いのか、単純に〈鎧魚の瀑布〉のエネミーが強いのかは分からないが、どちらにせよ俺としてはあまり嬉しくない結果だ。


「じゃあ次だ。『発動トリガー』」


 柄のボタンを押し込みながら、テクニックを使う。

 赤い刃に埋め込まれた宝玉が光を放ち、ナメクジはもろに浴びる。


「よし!」


 光を浴びたナメクジは、完全にその動きを止めてしまう。

 石化の状態異常は即時的に効果を発揮するようで頼もしい。

 少なくないLPを消費するだけの働きはしてくれる。 役目を終えた宝玉はぴったりと殻を閉じて休止状態に入る。


「次ぃ!」


 振り向きざま、襲いかかってきたナメクジの腹を切る。

 ナメクジが仰け反るが、それによって紫色の血が頭上から降り注いできた。


「ぐっ!?」


 反射的に腕で眼を覆う。

 腕に付着した毒血はスキンに染みこみ、LPが徐々に減少していく。


「腐食液じゃなくて良かったと思うべきか」


 幸い毒はそれほど強いものではない。

 俺はナメクジに槍を突き刺し麻痺させる。

 こうして自分よりも強いエネミーと戦うのは久しぶりだ。

 皮膚がチリチリとして昂揚するのが分かる。


「ふふはっ」


 槍を柔らかい身体に突き刺し、跳躍する。

 落下地点にいるナメクジに石突きを打ち込み、返す刀で更に切る。

 まだいける。

 まだ限界ではない。


「『二連突き』! 『鱗通し』! 『旋回槍』ッ!!」


 立て続けに技も使い、止めどなく溢れる興奮を槍に乗せる。

 LPが2割を切ってバーが赤く染まれば、アンプルを歯で噛み砕いて中身を飲み干す。


「ああ、キリがねぇ」


 自分が笑っているのが分かった。

 頬が、頭皮が痛い。

 昂揚する精神とは裏腹に、思考はどこまでも澄み渡っていた。

 周囲に存在する敵を把握し、最善の策を模索する。

 いつ技を使うべきか、あとどれくらいで麻痺を与えられるか、全てが手に取るように分かっていた。


「楽しいなぁ!」


 槍を振るう。

 残像を残し、赤い刃が突き刺さる。

 手数が足りない。

 速さが足りない。

 もっと効果的に敵を切る方法を考えろ。


「はぁ!」


 いつしか槍を片手に持ち、空いた手には簒奪者のナイフを握っていた。

 槍を突き刺し、ナイフで切る。

 ナイフを突き刺し駆け上り、脳天から槍で貫く。

 今まで全てのブルーブラッドをつぎ込んできた速さが、この局面で活きている。

 鈍重なナメクジたちは俺の速さに追随できず、一方的に傷を増やしていく。


「もっと手数が必要だ。もっと――」


 切れば血が流れ、血が流れれば洞窟の奥から新たな敵が現れる。

 いつしか俺は麻痺や石化という目的を忘れ、ただひたすらにナメクジを切り刻んでいた。


「――!」


 その時、突然脳裏に閃光が走った。

 その衝撃に一瞬身体が硬直し、運の悪いことにナメクジのボディプレスが降ってくる。


「な、く……」


 避けられない。

 巨大な身体が影を落とす。

 今から動いても、間に合わない。


「……いける」


 だが俺は確信していた。


「――風牙流・一の技」


 頭の奥を煌めく光に手を伸ばす。

 それが正しいという根拠のない確信を持って、浮かび上がる言葉を復唱する。

 大きく片足を引き、身体を落とす。

 右手に槍、左手にナイフを握ったまま、薄く目を閉じる。


「『群狼』」


 全身の筋肉を引き絞り、引き延ばされたゴムのように勢いよく力を解放する。

 周囲の空気をつかみ取り強引にかき回す。

 引き起こされた竜巻はナメクジたちを巻き込んでその柔らかな身を切り刻む。

 風はとどまるところを知らず、俺の意のままに暴れ回る。

 槍に風を纏わせて大きく身体を回して周囲をなぎ払う。

 奥から溢れ出すナメクジの群れに槍を差し向け、勢いよく足を踏み出す。

 暴力の渦が吹き乱れ、巨大な顎は敵に喰らいつく。

 蹂躙の限りを尽くした風は彼らを諸共物言わぬ肉片に変えた。


「――はぁ、はぁ」


 風が止み、静寂が訪れる。

 死屍累々の中にただ一人立ちすくみ、荒く肩で息をする。


「レッジさん!」

「レッジ殿!」


 慌ただしい足音と共にレティたちの声がやってくる。

 振り向く力もなく膝から崩れ落ちる。

 顔が地面に接する直前、柔らかな腕に抱きかかえられた。


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Tips

◇部位損傷

 強力なダメージを受けたり、異常な攻撃を受けることによって四肢を損傷することがある。その場合は安全機構が自動的に作動し、損傷箇所の分離が行われる。地上前衛拠点スサノオに設置されているアップデートセンターにて代替部品への換装が可能。


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