第102話「洞窟リベンジ」

 ペロペロと頬を湿っぽいもので撫でられる生暖かい感覚。

 全身に怠い虚脱感を覚えながらゆっくりと瞼を上げると、白い顔が間近に飛び込んできた。


「ん、お前……」


 白鹿は俺が目を覚ましたのを知ると、一層激しく頬を舐め上げる。

 ジャリジャリとしたヤスリで撫でられるような痛みに耐えかねてその顔を押し戻すと、慌ただしい足音と共にレティが俺を覗き込んできた。


「気がつきましたか!」

「ああ……。ここは……」


 半身を起こし周囲を見渡す。

 どうやらキャンプの中の様だ。

 俺は二つ並べたクッションの上に寝かされていた。


「レッジ殿!」


 目の端で影がブレたかと思うと、目の前にムビトが現れる。

 彼は地面にゴリゴリと額を擦りつけ清々しいほどの土下座を披露した。


「いや、何?」


 寝起き早々古式ゆかしいジャパニーズ謝罪を見せつけられた俺は、ただでさえ回らない頭を混乱させる。


「拙者らの撤退のため、レッジ殿を危険に晒してしまった。もしレティ殿らが駆けつけねば、レッジ殿は……」

「いやまあそれはいいよ。殿を買って出たのは俺だし」


 とりあえず土下座はやめてもらう。

 なんか逆に悪いことをしたような気分だ。


「お、レッジ起きたね」

「ほんと心配させるわね。レティに負けず劣らず向こう見ずなんだから」


 ラクトとエイミーもやってきて俺を囲む。

 ひまわりやしま、カナヘビ隊の面々も遠巻きに視線を向けていた。


「えっと、春日丸と黒霧島だったか。二人は無事か?」

「無事です。レッジさんのおかげですよ!」

「本当にありがとうございます!」


 黒装束の人垣の中から二本の手が上がる。

 ぶっちゃけ覆面を着けられると見分けがつかない……。

 とりあえず逃がした全員無事らしいということが分かり、胸をなで下ろす。


「それで、レティたちが助けてくれたんだったか」


 正直に言って最後の方の記憶が曖昧だ。

 興奮状態だったからか、殆どなにも覚えていない。


「ええと、まあ残党の処理はしましたけど……」


 俺の腕を握っているレティに礼を言うと、彼女は曖昧な表情を浮かべる。

 エイミーとラクトも互いに顔を見合わせていた。


「どうかしたのか?」

「あそこにいたナメクジの群れ、殆ど死んでたんですよ」

「……というと?」


 分かりませんか、とレティが眉を寄せる。


「レッジさんが粗方倒したんですよ」

「……はぁ?」


 実感が湧かず首を捻る。

 俺はあの大群を全て倒せるほどの力はない。

 ムビトたちを逃がしたのは、紅槍の麻痺・石化能力を当てにした非殺傷戦闘を期待してのことだ。


「しまさん」

「はいさ!」


 混乱する俺を置いて、レティはしまに声をかける。

 しまは元気に声を上げ、投影機を設置した。


「実は子蜘蛛探査機には録画機能も付いているんですよ~」


 そんな事を言いながら、彼女はインベントリから子蜘蛛を取り出し投影機にセットする。

 随分乱暴な光景だがちゃんと接続されたようで、投影機はキャンプ内の壁に光を放ち始めた。


「……これは」


 そこに映されたのは、俺による蹂躙だった。

 見慣れたはずの顔に張り付いているのは、凶悪な笑みだ。

 片手に槍、片手にナイフを持って暴れ回る様子は完全に理性を喪失している。


「めちゃくちゃ恥ずかしいな」

「まだ本番はここからですよ」

「うぐぐ」


 羞恥心に目を逸らそうとするもレティに顔をホールドされて強制的に映像を見せられる。

 スクリーンの中で俺は、突如静止したかと思うと暴風を発生させ、蠢く巨大ナメクジたちを一掃した。


「……なんだこれは」

「知りませんよ。レッジさんがやったことですからね」


 ドッペルゲンガーでも見ている気分だった。

 風を放つ前、俺は何か唇を動かしていた。


「とりあえず、ログ遡ってみたら?」


 ラクトの提案を早速行動に移す。


「えっと、風牙流を習得……?」


 そうして夥しいバトルログの山からそんな一文を見付け、俺は首を傾げた。


「風牙流……。まあ十中八九新しい流派でしょうね」

「ひまわりちゃんとかムビトくんとかも知らない?」


 エイミーが尋ねるも、二人は首を左右に振る。

 敏腕wiki編集者のひまわりと、トッププレイヤーグループに属するムビト、二人が知らないならばレティの言っていることも正しそうだ。


「ステータスに載ってますか?」

「ちょっと待てよ……。ああ、あるな」


 “鏡”を操作してステータスウィンドウを開く。

 そこには『風牙流』という文字がしっかりと刻まれていた。


「風牙流。〈槍術〉スキルと〈解体〉スキルレベル30以上、両手に槍と解体ナイフカテゴリの武器を装備した状態で原生生物を倒すことで覚醒、らしい」

「うわぁ……」

「なんだよ」


 説明文を読み上げると、レティが眉間に皺を寄せる。


「なんていうか、レッジさん専用流派みたいですね」

「なんでそうなるんだよ。槍と解体どっちも持ってる奴はいくらでもいるだろ」

「でも槍と解体ナイフの二刀流はいないですよ」


 確かにそうかもしれないと思ってしまった。

 俺は反論できず唇を噛む。


「レッジさん、風牙流の詳細をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 そこへひまわりがやって来て目をキラキラと輝かせる。

 wiki編集者としての性なのか、新たな情報には目が無いらしい。

 見ればムビトたちカナヘビ隊の面々も興味深そうににじり寄ってきている。


「別に隠すことでもないし、いいぞ」


 そう言って、俺は更に説明を読み上げる。

 ウィンドウに記されていることに依れば、風牙流というのは槍とナイフ、それも特別製のナイフ――つまりは刀剣カテゴリではない解体ナイフとの二刀流のようだ。

 その特徴は圧倒的な手数の多さ。

 風を巻き起こし、両手に持った槍とナイフで敵を切り刻む。

 更には解体ナイフを持っているからなのか、解体ボーナスも入るらしい。

 現在俺が習得している風牙流のテクニックは一つだけで、ナメクジたちの掃討にも使われた『群狼』というものだ。


「消費LPは大きいです?」

「まあそれなりに。連発できないこともないが」

「できればもう一度使って欲しいのです。詳細なデータを取りたいのです」

「どうせまたあの洞窟は攻略せにゃならんのだろ。その時に使うさ」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げるひまわりに手を振る。

 彼女がデータを纏めてwikiに公開してくれるなら、俺が何かする必要もなくなって助かるくらいなのだが。


「しかしレッジさんもついに開祖ですか」


 羨望の眼差しを俺に向け、レティが言う。


「開祖?」

「新しい流派を見付けた人につけられる称号ですよ。例えば、トーカさんは彩花流の開祖ですし」

「なるほど……」


 予期せず開祖となってしまったらしい俺はいまいち実感が湧かない。

 ひまわりに聞くところによれば、流派というのはそれなりの数が見つかっているらしく、開祖もレティが言うほど珍しい存在ではないのだとか。

 しかし大抵のプレイヤーは既存の流派の方へ流れることが多く、新しい流派の発見数は減少傾向にあるらしい。


「レティも開祖になりたいですね!」

「わたしもなってみたいねぇ」


 レティとラクトはぜひ流派を見付けたいと思っているらしく、ふんふんと鼻を鳴らす。

 ぜひ頑張って頂きたい。


「しかし、風牙流か。また戦闘スタイルが変わるな」


 もう一度流派の説明文を読み直して言う。

 今までは槍単とも言われる、槍のみを用いた戦闘スタイルだったが、今後は解体ナイフ片手に戦うこともできるようになる。

 風牙流の他のテクニックを見付けるためにも、今後は積極的に戦いに身を投じた方が良いのかも知れない。

 野営の流派とかがあればおもしろいんだが、それはないんだろうな……。


「さて、レッジも目を覚ましたことだし、そろそろ上層に戻りましょう」


 エイミーが手を叩き口を開く。

 俺も立ち上がって身体を確認するが、キャンプの効果もあって完全に回復しているようだ。


「じゃ、風牙流のテストも兼ねてサクッと攻略するか」


 そうして、今度はムビトと黒霧島のカナヘビ隊戦闘員に俺たちパーティを加え、更にひまわりも援護に付くという万全の体勢を整えて、再度洞窟へと進軍を開始した。


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Tips

◇風牙流

 槍と、解体師の用いるナイフを交えた異端の流派。風のように絶え間ない連撃による破壊力は獰猛な獣のように蹂躙する。己の骨を折り肉を断ちながら敵に食らいつく凶暴性は、卓越した技量が無ければ制御することすらままならない。


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