第96話「ゴスロリの救世主」

 数時間ぶりの再開を果たした俺たちは、キャンプに戻ると焚き火を囲んでそれぞれの顛末を話し合った。


「やっぱりスケイルフィッシュと一緒に滝を飛び降りるのが、下層へ行くための条件だったんですね」

「そんなのよく実装するわね。レッジがたまたま飛び降りないと分からなかったんじゃないの」


 エイミーは肩を竦めて呆れ果てる。

 確かに俺たちがこうして無事に下層で顔を合わせているのは、偶然に偶然が重なった上での結果だ。


「それでレッジさん、その子はいったい?」


 さっきからチラチラと見ていたレティが、堪えきれず指摘する。

 彼女の視線の先には、俺の足下でゆったりと脚を曲げて休む白鹿がいた。


「いや俺も知らないが」

「なんでそんなに懐かれてるの?」

「それも知らん」


 自分が話題に上がった白鹿はちらりと瞼を上げて俺を一瞥すると、暢気なことに首を曲げてスヤスヤと眠り始めた。


「出会ったときはもっと神々しかったのになぁ」

「今も十分神々しいだろ」

「外見はね。行動が完全に子鹿じゃない」


 エイミーの言うことももっともだ。

 大きさこそ普通の鹿よりも一回り大きな身体をしているが、行動は人なつこく警戒心というものがない。

 シャラリと水晶の枝角を傾けて、くうくうと寝息を立てている。


「しかし、どうしてレッジさんはその子と一緒に居たんです?」

「言ったろ。キャンプで休んでたら突然やってきて、あそこに案内されたんだ」

「なんか、理解できないですね」


 何度も説明したというのにレティたちは相変わらず釈然としない顔だった。

 しかし俺としてもそれ以上説明の使用がないから、眉を寄せることしか出来ない。


「なあレティ」

「なんですか?」

「原生生物って捕獲できるのか?」


 突如浮かんできた素朴な疑問を口にすると、途端に周囲の空気が固まった。

 レティ達が微妙な顔で俺を見て、隣の白鹿がピクリと耳を動かす。


「いや、そういうことじゃないんだ」


 慌てて手を上げて弁明するも、レティは胡乱な表情を崩さない。


「じゃあどういうことなんですか」

「……連れて帰れないかなって」

「そういうことじゃないですか!」


 当然の言葉だった。

 俺がしゅんとしていると、レティは深い深いため息をついて考え込む。


「今のところ、そういうスキルはないですね。大鷲の騎士団のニルマさんみたいに〈機械操作〉で動物っぽい機械を使役することはできますが」

「なるほどなぁ」


 実際、俺もそういったスキルがあるという話は聞いたことがない。

 俺の記憶はあまりアテにならないが、レティが断言するならそうなのだろう。


「ていうか、新しいスキルが見つかるってことはあるものなの?」


 ラクトが首を傾げて言う。

 たしかに、そんな話も聞いたことがない。


「ないとも言えないんじゃない? このゲームまだまだ始まったばっかりだし」


 エイミーの言葉もおかしくはない。

 FrontierPlanetはまだサービス開始から日の浅いタイトルだ。

 新規にスキルが実装されても何ら不思議ではないのも確かなのだ。


「噂じゃ、シード02-スサノオが出来ると大量に新要素が追加されるって話もあるわよ」

「そうなのか?」


 ひそひそと声を潜めるエイミー。

 彼女の口から飛び出した内容に俺は驚いた。


「ま、噂は噂だけどね。でも夢があるよね」

「そうですねぇ。レティも新しい火力スキルが欲しいです」


 レティはうっとりとした表情で頷く。

 今でも十分火力偏重のスキルビルドなのだが、彼女の追い求める道に限りはないようだ。


「しかし三人とも夜の森でよく無事だったな」


 俺は彼女たちが夜の森を抜けてやってきたことを思い、感心して口にする。

 夜のフィールドは危険に溢れている。

 俺は機体を取り戻すことが出来て、キャンプを張ることで安全を確保できていたが、彼女たちはそうではないだろう。

 そんな驚きを込めて言うと、三人は顔を見合わせ不思議そうな表情を浮かべた。


「それがちょっと不思議なことがあってね」


 ラクトがそう切り出し、俺を見付ける前のことを話し始める。

 それを聞いた俺もまた彼女たちと同じような顔になった。


「追ってきたエネミーが軒並み行動不能に?」

「はい。暗闇の中だったのではっきりと何があったのかは分からないんですが」


 彼女たちは順々に補足し合いながら詳しく説明をした。

 それによれば、最初は滝下の水辺で出会った大型のワニから始まったらしい。

 彼女たちは一度戦闘に入るも、敵わないと判断して逃走を開始する。

 しかしワニは機敏な動きで猛追し、彼女たちは絶体絶命の危機に陥る。

 そんな時、唐突にワニが激しい痙攣を起こして行動を止め、彼女たちはその隙に距離を離し逃げることに成功したという。

 その後も森の中では四本の腕を持つ猿や毛の長い猪に襲われるも、そのことごとくが謎の痙攣を起こし行動不能になったらしい。


「三人は何にもしてないのか?」

「してたら言いますし、解決してますよ」

「だよなぁ」


 謎の痙攣は何かの状態異常だろうか。

 俺の槍を使えば身体を麻痺させることはできるが、激しい痙攣を起こすようなものではない。

 石化は完全に硬直するから論外だ。


「何があったんだ……」


 手がかりは何もなく、それらしい原因は分からない。

 全員が悩んでいると突然、キャンプの入り口の方からガサリと枯葉を踏む音がした。


「ッ!」


 敵襲かと振り向く。

 レティたちも一瞬で武器を手に取り構えるなか、防壁の影から小柄な人影が現れた。


「――こんばんは。そして、お久しぶりです。レッジさん」

「君は……ひまわりか」


 焚き火に照らされ金色に光る茶髪を耳元に上げながら、少女はかすかに笑みを浮かべる。

 たくさんのフリルで飾られた黒いゴスロリ調のドレスを身に纏う姿は、とても危険なフィールドを出歩くのに適したものではない。

 彼女の名前はひまわり。

 wiki編集者を志すレングスと行動を共にするヒューマノイドの少女だ。


「どうして君がここに?」

「ふふ。新規フィールドの調査ですわね。わたしも一応、wiki編集者ですので」


 小動物的な愛らしい笑みを浮かべながら、ひまわりは焚き火のそばまでやってくる。

 予期せぬ人物の登場に、レティたちも驚き反応できずにいた。


「フィールドの調査って、一人でか?」


 俄には信じられず声を掛ける。

 戦闘職であるレティたちが三人になっても敵わなかったフィールドを、戦闘職ビルドではないはずの彼女が単独で行動できる理由が知りたかった。


「ええ。……〈忍術〉スキルは単独での隠密行動に便利なのですよ」


 ひまわりのそんな言葉に俺ははっとする。

 そう言えば彼女はシーフビルドだったはずだ。

 ならば〈忍術〉スキルを取っていても不思議ではない。

 それどころか、こうしたフィールドの調査ではうってつけのスキルだとも言えるだろう。


「そういうことだったのか……」

「も、もしかしてひまわりさん」


 納得する俺の隣で、レティが唇を震わせる。

 そんな彼女の方へ視線を移し、ひまわりは目を細める。


「はい。〈投擲〉と〈アンプル調合〉の複合テクニックはなかなか強力なのですよ」


 チャキリ、と彼女はドレスの中から鋭い針の付いた細いガラス管を取り出す。

 注射器のようにも見えるそのアンプルの中には、毒々しい蛍光イエローの液体が充填されていた。


「特に麻痺蛙の毒をメインに独自の調合をした麻痺猛毒のアンプルは、自衛手段に最適なのです」


 キラリと光る針先をうっとりと眺め、ひまわりはアンプルをしまう。

 どうやらドレスの下、太ももにアンプルホルダーを装着してすぐに投げられるようにしているようだった。


「そうだったんですか……。ありがとうございます、何度も助けて頂きました」

「いいのですよ。知った顔でしたし、見殺しにするのも気分が悪いので」


 深々と頭を下げるレティに、ひまわりは柔和な表情で答える。

 そんな間、始終きょとんとしていたのはひまわりの存在を知らないラクトとエイミーである。

 俺が簡単に説明すると、彼女たちはようやく得心のいった顔で改めてひまわりに感謝した。


「しかしひまわりは一人でここまでやってきたのか。アンプルとスキルがあるとはいえ、中々凄いな」

「これでも一応、その道では有名なのですよ?」


 むふんと自慢げに胸を張り、ひまわりが言う。

 トーカもそうだが、俺の周りにはその道で有名なプレイヤーが多いな。


「それでですね」


 ひまわりが口を開き、俺たちを見渡す。

 彼女は先ほどとは一転して恥ずかしそうにうつむき、言葉を続けた。


「レッジさんたちは上へ帰る道筋をご存じでしょうか?」

「……」

「……あー」


 ひまわりの小さな声に、俺たちは絶句する。

 どうやら彼女もまた俺たちと同じ迷える子羊であるようだった。


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Tips

◇〈投擲〉スキル

 アイテムを投げるシンプルなスキル。初期は石などを投げることで僅かな物理ダメージを与えるだけのスキルだが、レベルを上げることで投げられるアイテムが増えていく。上手く扱うことが出来れば、戦況を支配することも可能になる。


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