第82話「鼻歌まじり」
広い談話室の真ん中に置かれたテーブルを囲み、ネヴァが俺とレティの顔を見渡す。
「それで、何がご入り用かしら?」
「武器と防具を、それぞれ一新したいと思ってな」
「何か構想があるわけじゃないんです。そこから付き合ってもらいたいなと」
ネヴァは俺たちの言葉を聞いて数度頷く。
「レティちゃんは防具だけでいいかしら?」
「はい。正式採用版破撃鎚は普段使いでも問題ないので!」
彼女が先日のイベントに合わせてネヴァに作ってもらった黒鉄のハンマー、正式採用版機械式炸薬爆砕破撃鎚Mk.Ⅰは、現時点でも十分通用する武器だ。
レティの場合はそれがあるため、今回更新するのは防具だけだった。
「俺はどっちもだな。ファングシリーズはそろそろ……」
「まあ〈猛獣の森〉のフォレストウルフの素材よね。むしろよくここまで保ってくれたわ」
ネヴァは俺が着ている毛皮の防具を眺めて息を吐く。
防具はダメージを受けるたびに耐久度を消費して、修繕によって回復する。
修繕のたびに耐久度の最大値は減っていくから、いつかは壊れてしまう消耗品だ。
「次のフィールドはもっと過酷だろうし、強化じゃなくてゼロから作り直した方がいいわね」
防具の更新には二種類の方法がある。
一つは、現在使用している防具をベースに新たな素材を追加していく強化。
これは後述の製作と比べてコストを抑えられる利点がある反面、性能の伸びに限界があるという不利点もある。
二つ目は、素材を投入して全く新しい防具を作る製作。
現在着ているファングシリーズも、製作による防具だ。
これは掛かるコストが高いが、その分性能も高くできる。
「素材は何がいいかしら。今ならイワガザミの素材が安いわよ」
「まあ、アホほど捌いたからな……」
さもありなんとネヴァの言葉に頷く。
何を隠そうそれらの大半の流通元は俺が指揮した流通班である。
「モノミガニとか、オオイワガザミの素材はどうだ?」
「うぅん、在庫あったかなぁ。イワガザミと比べると高くなるわよ」
俺の提案に鍛冶師は難色を示す。
需要は大きいわりに、供給はもうないもんな。
イベントから少し間が空いてることもあり、流通しているものは殆ど加工されたか個人のストレージに収まっていることだろう。
「在庫ならある程度持ってるぞ。イワガザミから、グレンキョウトウショウグンガザミまで」
「グレンキョウトウショウグンガザミ!? 最終日のボスじゃないの!」
ネヴァが目を丸くして勢いよく立ち上がる。
真っ赤な鋏を持った巨大な蟹の化け物みたいなボスは、イベント最終日の終盤に現れて戦場を大きく乱した。
プレイヤー側との総力戦によってギリギリ打ち倒したそれを捌いたのが、実は俺なのである。
「よくそんな貴重な素材持ってるわね……」
驚きを通り越して呆れの境地に至ったネヴァが、脱力して椅子に座り直す。
「まあ解体者特権ってことで、少しだけだが譲ってもらったんだ」
グレン某はその巨体故、獲れる素材の量もそれなりに多かった。
とはいえオークションによって競り捌いて行ったらアストラをはじめとした潤沢な財力を持つ上位層が買い占めてしまったのだが、俺もそのおこぼれに預かることができた。
「でもこれは防具一式作るほどはないかな」
「それなら武器にしたら? 槍の刃になるくらいはあるんでしょう?」
「そうだなぁ。……よし、そうしよう」
俺が決断すると、ネヴァがガッツポーズをして喜ぶ。
グレン以下略の素材は殆ど回ってこないか、売りに出されても目玉が飛び出るような価格になっているらしく、とても手が出せないのだとか。
「ふふー、これは知り合いに自慢できるわ!」
彼女は小躍りしそうなほどに喜んでいて、提供する俺としても嬉しいかぎりである。
「こほん、それで防具だったわね」
ひとしきり興奮を身体で表した後、ネヴァが気恥ずかしそうに小さく咳払いして落ち着く。
「武器が蟹なら、防具も蟹にするか? いやでも、真っ赤っかになるのもちょっとアレだな」
先ほど通りで見た赤々しい戦士たちを思い出す。
鮮やかな赤は綺麗だが、少し俺には派手すぎる。
「レッジさんレッジさん、ラピスの素材を使うのはどうでしょう?」
そこへ趨勢を見守っていたレティが口を開く。
俺はそれがあったと手を打って、教えてくれたレティに感謝した。
「湖沼のボスの素材を貯めてたんだった。それを使えないか?」
「ラピスね。何度か扱ったこともあるし、大丈夫よ」
打てば響くような返しに安堵を覚える。
彼女は優秀な生産者だし、順調に顧客の網を広げられているらしい。
「はいはい! それじゃあレティもラピスの防具がいいなぁって思います!」
レティが待ち構えていたように手を上げて割り入ってくる。
……さっき提案していたのはこのためか?
「レティちゃんも素材持ってるの?」
「ラクトの修行に付き合ってましたから、たんまりありますよー」
そういえばそんなことも言っていた。
素材も十分な数があることが分かり、なおかつイベントを除けば最前線の原生生物の素材ということで性能も十分に期待できる。
そう結論して、俺たちの武具の見通しが立った。
「それじゃあ簡単に、それぞれ求める性能を教えてくれる?」
おもむろにネヴァが細い銀縁の眼鏡を掛ける。
普段の快活なイメージに知的な雰囲気が足されて、少し見違える。
「わわ、ネヴァさんかっこいいですね!」
「うふふん、良いでしょう? 別に目悪くないんだけど、雰囲気出しにいいのよ」
くいくいと眼鏡を動かしながらネヴァが言う。
白い髪と銀縁がよく似合っている。
「それじゃあレティちゃんから、どうぞ」
「レティは攻撃力を! あとは機動性も欲しいですね」
大きな紙を広げてペンを持つネヴァに、レティがはしゃぐように言う。
攻撃力をどこまでも追い求める彼女にネヴァも苦笑しつつ、その要望を紙に綴る。
「レッジは?」
「俺は攻撃力はあんまりいらないな。それよりも防御力……もっといえば静音性が欲しい」
「レッジはキャンプからあんまり動かないんだっけ」
「罠張ったり、支援アーツでレティたちの補助をするくらいだな」
「ふむふむ。それなら隠密性と、アーツ補正かな……」
ネヴァは俺たちの要望を細かに聞き取りメモしていく。
真剣な眼差しを紙に落とす横顔は、熟練の職人然としていてついつい見入ってしまう。
「ラピスの素材って、戦士と術者どっちに向いてるんですか?」
「正直どっちにも使えるわね。防御力はちょっと弱いけど、革は柔軟だし、アーツ補正も掛けられると思うし」
「軽戦士、魔法戦士向けか」
「そうね。そういった方面は最適かも」
くい、と眼鏡を押し上げネヴァが微笑む。
牧牛の山麓や彩鳥の密林の奥にもフィールドはあるし、ボスもいるのだが、それらの素材は若干俺とレティの方向性とは違うのだ。
「ラクトやエイミーの装備も更新したほうがいいのかなぁ」
ふとレティが唇に指を当てて言う。
たしかに、俺たちが装いを変えるなら、彼女たちもそれに合わせた方がいいかもしれない。
「二人もそれなりに素材は持ってるはずだよな。足りないなら俺が融通してもいいし」
「ですね。今度会ったときに話してみましょうか」
「その時は是非、ウチをごひいきに」
ネヴァが目聡く商機を感じ取り顔を上げる。
ごひいきも何も、もとより彼女のお世話になる前提での話ではあるが。
「ふんふん、ふんふん……」
鼻歌をうたいつつ、ネヴァは軽快にスケッチをしていく。
設計図になる前の考えを纏める段階の作業らしく、必ずしも必要というわけではないらしい。
それでも新しい防具などを製作する際にはこうしてペンを走らせるのがネヴァ流だ。
「ネヴァさんって歌上手いですよね」
彼女の作業を見守りつつ、レティがぽろりと言葉を零す。
「ふえっ!? わ、私が? なんで?」
突然名前を呼ばれたネヴァが顔を上げ、困惑する。
「もしかして鼻歌は無意識なのか?」
「……私、鼻歌歌ってた?」
レティと同時に頷くと、彼女は頬を赤らめて俯いた。
どうやら本当に無意識だったらしい。
「うぅ……。恥ずかしい」
「とても素敵でしたよ? ずっと聞いてたいくらいです!」
「職業病みたいなものだし、仕方ないのかなぁ。……あんまり気にしないで頂けると嬉しいわ」
「ちなみに録音は?」
「したらどうなると思う?」
興味本位で聞いてみると、今までで一番の笑顔が向けられる。
……絶対にしないでおこう。
「――よし、だいたいの構想はできたわ。ちょっと確認してくれる?」
しばらくしてネヴァの考えが纏まった。
その後は少し相談を重ねて細部を詰め、あとは完成を待つだけとなった。
「じゃあ工房で作業に入るから、自由にしてて。外に出てても通話で呼ぶわ」
「ありがとう。適当にゆっくりしてるよ」
「よろしくおねがいします!」
ネヴァが手を振り階段を降りていく。
それを見送り、俺とレティは新たな装備に胸を躍らせた。
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Tips
◇グレンキョウトウショウグンガザミ
紅蓮鋏刀将軍蟹。鮮やかな紅蓮の甲殻で身を包み、二振りの鋭い刀のような爪を持つ巨蟹。巨大だが驚くほど機敏な動きで敵を翻弄する。甲殻は非常に堅牢で優れた素材として武具などに重用される。一方で身は硬く大味で食用には適さない。
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