第2章【大瀑布の白き月】
第81話「新居来訪」
「そういえばレッジさん、ラピスの素材を使った武器防具を作るって話はどうなったんですか?」
〈暁紅の侵攻〉から数週間。
騒乱の四日間を終え、安穏とした日々を取り戻した俺たちは今日も今日とて新天地の一席を占領してのんべんだらりと過ごしていた。
そんな折、でかいパフェをぺろりと完食したレティが不意に耳を曲げて尋ねてきた。
「そんな話もあったな」
「第1回イベントにお披露目されるのかと思ってたのに、結局ファングシリーズから変わってませんでしたよね」
「俺自身、後方支援寄りのスタイルになったから優先度が低くなったんだよな。それにネヴァにはドローンやらレーザー銃やらを依頼してたし」
レティのようなバリバリの戦闘職ならまだしも、俺は後ろの方の安全地帯で立つのが仕事の後方支援職だ。
ネヴァもイベント前の追い込みで忙しそうだったし、あれ以上依頼を持ち込むのも気が引けた。
いくつかの理由が重なって、俺は未だにファングシリーズの粗野な装いをしているのだった。
「そういうレティもファングシリーズじゃないか。レティのほうがキツくなってきてるんじゃないか?」
俺は対面する赤毛の少女を見て言う。
彼女こそ最前線に立つわけだから、装備更新の重要度は高いはずだった。
「そうなんですよ。と言うわけでですね」
どうやらそこからが本題らしく、彼女はパフェの空容器を消すとテーブルに身を乗り出してぐっと顔を近づけた。
「今からネヴァさんの所へ伺いませんか? 一緒に装備更新しましょうよ」
「ああ、いいぞ。まだ湖沼の先のフィールドも解放されてないし、ちょっと退屈気味だったからな」
そんなわけで俺たちは今日の予定を決めて、ネヴァにアポを取る。
ログインしていなかったらどうしようかとも思ったが、ワンコールせずに応答されてそれが杞憂だったことを思い知る。
ほんと、いつ寝てるんだ……。
「すぐ来てもらっていいとさ。場所はいつものとこ」
「分かりました!」
新天地を出て、スサノオの通りを歩く。
蟹の素材が大量に出回ったおかげか、赤い甲殻を使った鎧を纏った戦士の姿がよく目立つ。
「蟹の甲殻は軽いわりに硬くて使い勝手が良いみたいですね」
「レティも鎧にするか?」
「うぅん、それだとあんまり素早く動けないのでは?」
レティは重厚な鎧を着たゴーレムの男性を一瞥して言う。
彼女は素早く動いて敵を翻弄するスピード型の戦闘スタイルだから、重い鎧は合わないらしい。
「肘膝胸なんかを守るサポーターみたいな形で作ってもらうならいいかもしれませんね」
「軽鎧タイプか。俺もそれくらいでいいかもなぁ」
防御力を捨てる代わりに機動力を求める軽鎧は、見た目もそれほど厳つくならないから人気のカテゴリだ。
シーフなんかの動きを求める戦士職から、アーツを使う術者まで、幅広いスタイルから歓迎されている。
「ローブ系は、流石に防御力がなさ過ぎるか」
「そうですねぇ。あれは完全に術者向けですし」
ラクトが着ている青いフードのローブのような、布製の防具も存在する。
しかしそれらは防御力は無に等しく、戦士職が求める性能はない。
アーツの威力や詠唱の速度なんかに補正が掛かったりするらしいから、完全に術者向けの装備カテゴリである。
「そういえば、ビキニアーマー愛好家の団体があるらしいですよ」
レティが何か含みを持たせながら俺の方を見る。
このゲームのアイテム生産は自由度も高いから、だいたいの物は作れるらしいし、そういうマニアックな人たちが現れても不思議じゃないが。
「……着るのか?」
「き、着ませんよ!?」
素朴な疑問に顔を真っ赤にするレティ。
自分の身体を抱きしめて、二三歩俺から距離を取る。
自分から話したくせに……。
「ていうか、そもそもまだ海がないじゃないですか」
「ビキニアーマーって水着のカテゴリでいいのか?」
「他にどこのカテゴリに入れるんですか」
「……軽鎧?」
「軽すぎますよっ!」
まあ確かにこのイザナミではまだ海を見ていない。
リアルでもあまり海に縁がなかったし、こっちでは〈釣り〉スキルも上げているから、広い水平線を望んでみたいという気持ちがないといえば嘘になる。
「海か……。そういやこの辺は高台になってるんだったか」
レティが頷く。
「はい。スサノオが高台の中心にあって、湖沼までの範囲が全部高台の上ですね。だから、その先のフィールドは高台の下になるんじゃないかともっぱらの噂です」
「なるほどな。そうなると列車はどうするのかね」
「崖の斜面を降りていくか、トンネルでも掘るんでしょうかねぇ」
俺たちがラピスを討伐しても次のフィールドが解放されなかったのは、それが理由だろう。
しかし新しいフィールドが来て欲しいと言う声はそこかしこで噴出しているし、実際そろそろくるんじゃないだろうか。
「あ、ネヴァさんだ。おーい!」
話しながら歩いていると、すぐに目的地に辿り着く。
紺のツナギを着た褐色肌のゴーレムの女性を見つけたレティは、大きく腕を振って駆け寄った。
「お久しぶりです!」
「久しぶり。今日は二人なのね」
ネヴァは俺の方を見て、軽く会釈する。
「ラクトとエイミーは都合が付かなくて。さっきまでレッジさんと新天地で駄弁ってたんですよ」
「ふふ、相変わらずみたいね」
ぴこぴこと耳を揺らして言うレティを、ネヴァは母性溢れる目で見下ろす。
無邪気な様子とか、娘みたいで可愛いのだろうか。
「おっと、立ち話もなんだし場所を変えましょうか」
そう言ってネヴァは頭を上げると歩き出す。
「あれ、エキセントリッククラフトじゃないんですか?」
レティは目の前に立つ建物を指さして首を傾げる。
俺もそうだが、ネヴァにアイテム製作の依頼をするときはここが定番だった。
だから彼女もここで話を進める予定だったのだろう。
「目印にちょうど良かったからここを指定しただけよ。最近、ワンランク上の工房に移ったのよ」
長い白髪を揺らし、瑠璃色の瞳に愛嬌を潜ませてネヴァが言う。
そうして俺たちは彼女に案内されるまま、スサノオの狭い路地を進んでいった。
「――ようこそ、私の城へ!」
しばらく進んだ後、ネヴァが不意に振り返って言う。
きょとんとする俺たちの前で、彼女は通りに面したドアを指さした。
随分と年季の入っているようにも見える、錆びの目立つ小さなドア。
その建物にはドア以外、小窓すら付いていない。
「えっと……?」
「まあまあ、とりあえず中に入って入って」
首を傾げる俺たちの背中を押して、彼女はドアの先へと押し込んでいく。
「うわぁ、すっごい!」
一足先に中に入ったレティが歓声を上げる。
後を追って敷居をまたぐと、そこには驚くほどに広い工房が現れた。
「これは……」
「どう? すごいでしょ」
勝ち誇ったような顔でネヴァが言う。
蒸気を吹き出すパイプが複雑に壁を這い、巨大な溶鉱炉が熱気と共に煌々と炎を吹き出している。
建材は頑丈な石造りで、中央には広い作業テーブルが鎮座していた。
「この建物買っちゃったの。イベント特需ですっごく儲かっちゃったからね」
披露するのは俺たちが初めてだと、ネヴァは目を細めて言う。
一軒丸々買い上げたというだけあって、地上三階地下一階全てが彼女の領域らしい。
「二階が談話室で、三階が書庫。地下は倉庫になってるわ」
「ふわぁ、すごいですね……」
嬉しそうに案内をしてくれるネヴァの後ろにくっついて建物を回る。
二階は上質な木のテーブルが鮮やかな絨毯敷きの部屋に置かれ、革張りの椅子が並んでいる談話室で、商談などに使われるらしい。
三階はみっちりと本の詰まった棚がずらりと並ぶ書庫。
彼女が書きためたレシピや設計図、スサノオ中の店から買い集めた資料の数々が収まっているらしい。
「ストレージに入れててもいいんだけど、こうした方が探しやすいし、何より“らしい”でしょ」
「ああ。こういう部屋は大好きだ」
地下は彼女が生産活動に使うアイテムが無数に詰まった大型
簡単なものならすぐに作れるように、定番の素材アイテムはストックしているらしい。
「うふふ。二人の反応が見られて良かったわ」
彼女の城の偉容に翻弄され続け、呆けた俺たちを見て、ネヴァは満足そうに笑う。
「ハウジング要素なんかもあったんだな」
「かなりお金が掛かっちゃうけどね。一度買っても維持費を納める必要があるし、メイドロイドも雇わないといけないし」
「メイドロイド?」
「家の管理用にね。家事をしてくれるのよ」
「カジスキル? ネヴァさんの得意分野じゃ無いですか」
ぽかんとするレティを見て、ネヴァが苦笑する。
「金属叩く鍛冶じゃなくて、家の事の方の家事よ。お掃除とか、お洗濯とか」
「……そんなのもあるのか」
彼女の言葉にぴくりと食指が動くのが分かった。
生活系スキルは種類も膨大だから見逃していたが、なんとなく〈野営〉スキルにも相関がありそうな気がする。
「ちなみに〈家事〉スキルなんてのはないわよ。NPCの固有スキルみたいなものかしら」
「ぐ……、それは残念だ」
ネヴァに言われて喉が詰まる。
どうやら読まれていたらしい。
「さ、おうちのお披露目も終わったし――早速商談と行きましょうか」
ネヴァが二階へと続く階段を中程まで上り、俺たちを見下ろす。
そこでようやく俺たちは彼女を頼った理由を思い出したのだった。
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Tips
◇メイドロイド
拠点保安課管轄の機械人形。住居の保守管理及び開拓調査員の私生活補佐業務を専門とする。能力により下級・中級・上級の三種が存在し、それぞれに雇用費が変わる。
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