第83話「いない日の事」
談話室の椅子に座って待っていると、階下でネヴァが作業している音が微かに聞こえる。
床を隔てた心地の良いリズムに身を任せつつディスプレイを操作する。
「レッジさん、何見てるんですか?」
「掲示板だよ。サバク難民の集い」
「サバク……。サバイバーパックのことですか?」
レティが耳と一緒に首を曲げる。
「サバイバーパック難民だとちょっと長いだろ。スレッドが変わっていくうちに短くなったんだ」
「ていうかまだそのスレッド続いてたんですね……」
驚きと呆れの混じった視線を受け、俺は頷いた。
「あんまり人はいないが、細々とな。みんなスタートは同じでもプレイスタイルも今の状況も違うみたいでおもしろいぞ」
「へぇ。いろんなコミュニティがあるんですねぇ」
俺のディスプレイをのぞき込み、レティは興味深そうに目を開いた。
言葉を交わしているディスプレイのむこう側の人の正体は何も分からないが、サバイバーパックを選んだという共通点がある。
ゲームと掲示板という二重のフィルターに守られた匿名の空間にある小さなコミュニティというのは、ある種の連帯感や親近感のようなものが生まれていて居心地が良いのだ。
「ガチガチの戦闘職から、生産職。俺みたいな趣味に走る人まで、色々いるよ」
「まあサバイバーパック選んでる時点でちょっと変わり者みたいなところありますからね」
「レティもサバク難民なんだぞ?」
「知った上で言ってます」
自虐なのか自賛なのかよく分からん。
俺はスレッドから退出し、いつの間にか曲がっていた背筋を伸ばした。
「まあでも、同好の士っていうのはいいもんだ。色々情報も交換できるしな」
「やっぱり皆さん〈野営〉スキルを上げてらっしゃるんですか?」
「そうとも限らん。生産職ならともかく、戦闘職だとそんな余裕はないからな」
そこが生活系スキルの悲しいところでもあるのだが。
いつか解放される新しいフィールドでは、それらにも救いの手が欲しいところではある。
とはいえ現状でいえば俺の〈野営〉スキルなんかはそれなりに有用だし、なんならアストラたちトッププレイヤー層が徐々に見直してきているらしい。
イベントで頑張った甲斐があるというものだ。
「レティは常連になってるスレッドとか、コミュニティとかないのか?」
興味本位で聞いてみると、彼女は顎に指を添えて唸る。
「うぅん、ないですね。掲示板も大きいところを読んで情報を集めているだけで、殆ど発言しませんし」
「そうなのか。もっと社交的な性格だと思ってたが」
「ぜんぜん違いますよ……」
意外に思って言うと、彼女は苦笑して首を振った。
いつもの様子を見ている限りではそんな印象を抱いてしまうのだが、彼女自身はそう思っていないらしい。
「ラクトとかエイミーはどうだろうな」
「どうでしょう。レッジさんがいない時も良く一緒に遊んでますけど」
イベントが終わってからは俺も節度を持ったプレイを心がけている。
そんなわけで今日みたいに全員が揃わない日も多く、女子会の様相を呈す時もあるらしい。
正直こっそり物陰から見てみたい気もするが、何を話しているのか怖くてそんな勇気は毛ほどもない。
「それぞれソロの時はどうしてるんだ」
「レティはもっぱら狩りですね。最近はスキルレベルの上がりも悪くなってるので、任務中心でお金稼ぎです」
「まあ、だいたいそうなるよな」
今の時点で戦えるエネミーの強さのせいか、スキルレベルが50を超えたあたりからさっぱり上がらなくなってくる。
プレイヤーたちが新しいフィールドを待ち望んでいるのには、そういった即物的な意味も含んでいた。
「ラクトはチップパーツ探しもしているみたいですし、エイミーは各地のボスをぐるぐる回って盾の修行をしているみたいですよ」
「それぞれ楽しんでるんだなぁ」
レティの言葉から彼女たちの知らないプレイを垣間見て、俺は思わず頷いた。
特段強制力のある集まりでもないし、もともと一人でプレイしていた者ばかりだ。
こういう緩さも、俺がこのパーティが好きな要因の一つだったりする。
「レッジさんは一人の時なにして遊んでるんですか?」
「そうだなぁ……」
俺は眉を上げ、最近のプレイを思い出す。
レベルも全然上がらなくてモチベーションも保てないからな……。
「釣り、かな」
「釣り、ですか」
鸚鵡返しに呟くレティに頷く。
レベルは全然上がらないが、釣りは一期一会。
針を投げるたびに違った反応が返ってくるのはとてもおもしろかった。
「最近は魚拓もできるようになったんだぞ」
俺はディスプレイを操作して表示を変える。
40センチほどの魚のシルエットが現れて、レティは耳を立てて驚いた。
「うわ、こんなこともできるんですね」
「〈釣り〉と〈撮影〉レベル5のテクニックだ。コレクター魂が刺激されて、なかなか熱中できる」
同じ釣り場でも色々な種類の魚が釣れるし、そのサイズにも幅がある。
全て揃えようと思うとかなり道のりは長く険しく、それだけに魅力がある。
「普通に写真撮って記録しちゃダメなんですか?」
彼女が少し困ったように言った。
「なんか面白みがないんだよな。墨を使って紙に写し取るっていう作業にやり甲斐とか、達成感とかを覚えるというか」
「ふぅん……」
あんまり興味なさそうだなぁ。
まあ彼女はそんな安穏とした趣味よりも、血湧き肉躍る虐殺乱戦大乱闘みたいなプレイのほうが好きなのだろう。
「なんか失礼なこと考えてません?」
「ないない。レティは元気だなぁと思ってただけだ」
「よく分かんないですが……。まあいいです」
しばらく胡乱な目で見つめられたがしらを切る。
なんでたまに凄く鋭くなるのかが分からない。
「ああそうだ。あとは最近〈採掘〉とか〈伐採〉とかにも手を出したぞ」
「マジですか!? ていうか、まだ手を伸ばす余地があるんですか」
思い出して言うと、彼女が驚き声を上げる。
まあ彼女の言いたいことは分かるが、俺は〈戦闘技能〉とか取ってないしな。
「素材集めるのも楽しくてなぁ。写真撮ってたら、ついついのめり込んじまった」
「レッジさん……。ほんとに自由ですね……」
疲れた声で言うレティ。
まあ、そこが俺の唯一の取り柄だからな。
「〈釣り〉〈採掘〉〈伐採〉〈収穫〉〈解体〉。いっそのことアイテム収集系スキル全部極めようかと思ってな」
「変なことしますねぇ」
「でもおもしろいぞ。〈釣り〉と〈解体〉なんかはシナジーがあるし」
釣った魚は捌かなければ料理に使えない。
解体が上手くいけばその分多くの素材が獲れることもあって、若干だが相関があるのだ。
「ますます家電化が進みますね……」
「なんだって?」
「なんでもないです」
ぼそりとレティが小さく呟く。
聞き返すと、彼女は顔を振ってはぐらかした。
「特に採掘なんかは楽しいぞ。ツルハシ振ってると時間を忘れて、気付いたら数日ずっと採掘場に籠もってたこともある」
「げ、ゲーム内時間ですよね?」
「……」
「ちゃんと節度を持ってプレイしてくださいよ!」
嘘はつけず黙り込むと、レティがずいとにじり寄って頭を突き上げてきた。
いやまあ、そういうのは数回しかなかったしセーフ。
「分かったよ。ちゃんと気をつける」
それでも忘れてたら、仕方ないよね。
「へぇ、レッジが〈採掘〉上げてたなんて知らなかったわ」
そこへ、階段の方から声が響いた。
振り向くと頬を焼いたネヴァが手すり越しに顔を出している。
「誰にも言ってなかったしな。ていうか、もう出来たのか?」
「ええ。とりあえず、レティの装備だけね」
ネヴァがそう言って片目を閉じる。
レティが耳を立てて飛び上がり、うずうずと身体を捩らせた。
「ほんとですか!? あ、あの……」
「ふふ。待ちきれないって感じね。微調整もしたいから、着て貰っていいかしら」
「もちろんです!」
食い気味にレティが手を上げる。
ネヴァは階段を上りきり、テーブルまでやってくる。
彼女がインベントリから取り出したそれを見て、レティは思わず歓声を上げた。
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Tips
◇魚拓
〈釣り〉スキルレベル5、〈撮影〉スキルレベル5のテクニック。釣り上げた魚を墨で魚拓紙に記録する。シンプルなテクニックではあるが、魚拓を集めるため方々を駆け回る熱心な蒐集家も多い。
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