第79話「解体師大忙し」

「イワガザミはこっちに運んでくれ! モノミガニは向こうだ!」


 暁に染まる空の下、男達の激しい声がそこかしこに飛び交う。

 遠方では深紅の波がうねり、時折連鎖的な爆発が連なり、背の高いタカアシガニが崩れ落ちる。


「おお、平和だなぁ」

「何言ってるんですかレッジさん」

「レティか。どうだ首尾は」


 聞き慣れた声に顔を上げると、レティがハンマーを担いで立っていた。

 その隣にはラクトもいて、二人並ぶと姉妹のようにも見えた。


「上々ですね。アストラさんたちが戦略を確立してくれたお陰で、随分戦いやすくなりました」


 彼女は満足げに鼻から息を吐き、後方を見やる。

 そこにはロープを結わえられたカルビたちが待機していて、後ろには巨蟹の骸が繋がっていた。


「まさか昨日のボスが今度はモブになって出てくるとはねぇ」


 ラクトがしみじみとして言う。

 そう、イベント〈特殊開拓指令;暁紅の侵攻〉は終わっていなかったのだ。

 二日目の今朝、ダマスカス組合が築き上げた強固なバリケードのむこう側には、昨日と同じ深紅の蟹に埋め尽くされた草原が広がっていた。

 俺たちが昨日苦労して倒した巨蟹は数を増し、その戦力は大幅に強化されていた。

 アストラたち攻略組によって夜のうちに作戦が立てられていなければ、スサノオは為す術無く侵略されていたことだろう。


「いやぁ、皆さんやる気だしてますねぇ」

「攻略組は特に、わたしたちがボスを横取りしちゃったしね」


 レティが爆発する巨蟹を眺めながら言い、ラクトが肩を竦める。

 彼らが昨日タカアシガニを抑えている間に、俺たちがボスを倒してしまったことを、彼らは相当悔しがっていた。

 後方へ帰還した俺たちは瞬く間に取り囲まれ、巨蟹の情報を洗いざらい説明させられたのだ。


「ま、そのおかげで俺は今こうして後方で楽させてもらってるわけだが」

「……私が言うのもなんですけど、別にレッジさん楽な役職じゃないですよね」

「解体班のリーダーって、わたしは絶対嫌だよ」


 二人が奇異なものを見るかのような目で俺を見る。


「何事も適材適所ってこったよ」


 そう返す俺の背後には、無数に積み上げられた巨蟹たち。

 俺はアストラたちと示し合わせて、巨蟹の解体を担う解体班のリーダーを拝命していた。


「レッジ、そういう単純作業好きだよね」

「今回はゆっくりできるってのも、精神的に楽でいいからなぁ」


 イベントだからなのかそれらは一切腐敗の兆候を示さず、また時間経過で消えることもなかった。

 物は試しと解体ナイフを差し込んで見ると、思いのほか高性能な素材が獲れることが判明したのだ。


「いやあ、この場所を整えてくれたアストラたちには感謝しないとな」


 攻略組トップであるアストラを通じて、他のトッププレイヤーたちとも協調し、俺のキャンプに設けられた解体所には常に蟹が運び込まれてくる。

 俺や他の〈解体〉スキル持ちの解体師たちはそれを流れ作業的にバラしていくだけでいいのだから、楽な仕事である。


「まあ攻略組にとってより強力な装備の拡充は最優先事項でしょうから」


 レティはそんな俺を不思議そうに眺め、今も奮闘しているであろうアストラたちのいる前線へと視線を向けた。


「しかしまあ、解体班のリーダーになったのは予想してなかったけどな。俺以外にも優秀な解体師はいるだろ」

「いや、レッジがダントツでトップだから。よかったね、トッププレイヤーだよ」

「俺はそんなの目指してない……」


 よしよしと頭を撫でようとしてくるラクトの手を振り払う。

 そもそも届いていないが。

 大鷲の騎士団含め、彼らが探し出してきた〈解体〉スキル持ちのプレイヤーたちは、そもそもの数が俺の予想を大きく下回っていた。

 その上全員がそれほど熱心にレベル上げをしておらず、俺が一番スキルレベルが高かったのだ。


「くぅ、〈解体〉スキルいいだろ。なんで誰も取ってないんだよ……」

「ま、面倒ですからね」


 レティの軽い言葉が胸に刺さる。

 それは俺自身が誰よりも痛感していることだった。


「とりあえずあのでっかい蟹の解体ができるのは、今のところレッジさんだけなんですから」

「そうなんだよな」


 他の蟹やタカアシガニは、数少ない〈解体〉スキル持ちたちも複数人で協力することで解体を進められる。

 しかしあの巨蟹だけはスキルの要求レベルがべらぼうに高く、俺にしか捌けないことが判明した。

 ……判明してしまったのだ。


「レッジ-、おかわり持ってきたわよー」

「ぐおおお……」


 そこへエイミーが大鷲の騎士団員を引き連れてやってくる。

 彼女たちはあの巨蟹を、キャンプの前へ続々と運び込んできた。

 あの巨蟹を捌けるのが俺だけということは、倒された巨蟹の身体は例外なく俺のキャンプへと持ち込まれる。

 それを受け取り、半ば身体が覚えてしまったために自動的な動きで解体していく。


「相変わらず機械みたいなスペックしてますね」

「いや、俺たちは機械だろ」

「そういうことではなく……」


 なぜかレティはがっくりと肩を落とす。


「レティ、アイテムを運ぶの手伝ってくれない? 商人の皆さんが目をギラつかせて待ってるわよ」


 蟹のアイテムを詰めた簡易保管庫ポータブルストレージを抱えたエイミーがキャンプの後ろを顎で示す。

 バリケードの後方にあたる安全地帯には、蟹の素材を求める生産職のプレイヤーが大挙して詰めかけていた。


「販売用アンドロイドが使えるようになってて良かったよ」


 興奮に顔を真っ赤にした彼らの相手をするのは、アイテムの販売を任せることができるアンドロイド。

 メイド服を着た女性型のロボットたちは、気圧されることなく黙々とアイテムを売りさばいている。


「上げてて良かったね、〈取引〉スキル」


 ラクトの言葉にしみじみと頷く。

 あれらは〈取引〉スキルレベル30で雇用契約を結べるものだった。

 そんな時、不意に周囲のプレイヤーたちがざわつく。


「おや?」


 何事かと思って顔を上げると、前線の方から人影がやってくる。

 遠くからでも分かるその存在感に思わず苦笑いをして、彼らに向かって手を振った。


「よう、張り切ってるみたいだな」

「はい。レッジさんたちのお陰でスムーズに攻略できてますよ」


 アイを携えてやって来た大鷲の騎士団が若きリーダー、アストラ。

 彼は爽やかな笑みを浮かべ、慣れた様子で手を差し出した。


「俺は何にもしてないけどな」


 背後に立つレティたちを一瞥して言う。

 あの巨蟹を討ち取ったのは彼女たち。

 俺はあくまで少し補助をしただけにすぎない。

 そんな意味を含めて言うと、彼は笑顔を崩すことなく否定した。


「そんなことはありませんよ。レッジさんたちの戦法を再現するためには、レッジさんの代わりに回復役ヒーラーを最低二人用意する必要がありましたから」

「でももっと最適化することは」

「レッジさんの能力は唯一無二のものなので」

「そんなことは……」

「ご自身の能力を少しは見直されてもいいかと」


 表情こそ穏やかだが言葉は頑なだ。

 この意志の強さがトッププレイヤーの由縁なのか?

 褒められてるのか迫られてるのかよく分からなくなってきた。


「まあ、それは置いておいて。何か用があるんだろう?」


 結局俺は話題を逸らし、彼らがやって来た目的を尋ねる。

 アストラは思い出した様に眉を上げ、本題に入った。


「そうでした。まだレッジさんたちとフレンド登録をしていないと思いまして」

「……いいのか? 俺なんかが」

「レッジさんたちはもう少し、自覚して下さい」

「な、何を……」


 彼が妙に気迫のある笑みを浮かべ、俺は何も言えなくなった。

 いそいそとフレンドを登録しあい、アイともフレンドになる。

 レティたちとも同じように登録を済ませた彼は、一転して晴れ晴れとした表情になった。


「ありがとうございます。三日目、四日目もぜひよろしくおねがいしますね」


 爽やかな笑みのアストラ。

 イベント自体はリアルタイムで四日間あるため、今後も俺に解体班を任せてくれるのだろう。

 そう思ってほっとしていると、彼は顔を間近に近づけてきて囁いた。


「今日の終盤を始め、1日ごとに新種のエネミーが現れる、というのが俺たちの予想です。恐らくは要求される〈解体〉スキルレベルも高くなるでしょう」

「ああ。レベルも順調に上がってる。……任せてくれ」


 神妙な表情が解け、アストラはもとの愛嬌のある顔になる。


「それでは残り三日間。頑張っていきましょう」


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Tips

◇イワガザミ

 岩のように巨大な身体と硬い甲殻を持つ蟹。草食性の温厚な陸棲蟹で、普段は険しい山肌などで岩に擬態して生活している。しかし年に一度の産卵期には身体を深紅に変化させ、近縁種をも巻き込んだ大規模な群れを形成して水場を求めて大移動を行う。その際には気性も荒く獰猛になり、凡百の獣ではただ一方的に蹂躙されるのみである。甲殻は硬度の割りに軽く、優秀な武具へ加工できるほか、肉は柔らかく美味。


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