第75話「進撃の六人組」
巨蟹の群れを割って流星の如く現れたプロメテウス工業の列車を皮切りに、スサノオの町から軍勢が進撃した。
重装の鎧を着込んだタイプ-ゴーレムの騎士団が、スサノオの防御壁の上に七人のフェアリーが、揃いの黒い長靴を履いた猫型ライカンスロープたちが、巫女装束に身を包んだ可憐な女性が、狩人のような装いの好青年が。
示し合わせたかのように現れた無数の最強たちが、その力のうねりのままに前線を押し上げる。
甲殻を砕き、鋏を切り、身を潰し、焼き、凍らせ、燃やし、毒を与え、麻痺させ、眠りに誘い、押しつぶし、切り刻み、混乱させ、貫き、翻弄し、津波のように群れを飲み込んでいく。
燦然と輝く星のような彼らの働きに当てられた他のプレイヤーたちも声を張り上げ、武器を振るう。
停滞していた戦況は一転し、スサノオは巨大な猛獣となって蟹を喰らう。
「すごいな……タカアシガニが雑魚みたいだ」
勢いを付けた戦士たちは、ゆっくりと侵攻するタカアシガニにまで到達する。
それはまさに鎧袖一触だった。
無数に並んだタカアシガニたちは、いっそ哀れなほどにあっけなく赤いバーを削られ、地に落ちる。
「戦いは数ですねぇ。トッププレイヤーの皆さんもそうですが、プレイヤー全員が一丸となったときの破壊力は凄まじいものがあります」
「だね。わたしたちも混じった方が良かったかも」
ディスプレイに映し出される凄惨な光景に見入り、レティはうずうずと身体を動かす。
ラクトやエイミー、それどころか周囲の騎士団員たちまでこの大波に乗って進行したいと思っているらしい。
「なあ、アイ」
「どうしました?」
俺は傍に立っていたアイに話しかける。
急展開に唖然としていた彼女ははっと正気に戻る。
「少しキャンプを離れても良いか?」
「それは、キャンプの能力を喪失するということですか?」
俺が頷くと、彼女は俯いて考え込む。
しかしそれほど間を置かず彼女は顔を上げると不敵な笑みを浮かべて言った。
「もちろん、構いません。前線が押し上げられましたし、こちら側に勢いがありますから」
「そうか、助かる」
「でも理由だけ聞いても良いですか?」
「ああ……」
俺は後ろを振り返り、レティたちの方を見る。
その視線に気付いた彼女らが揃って首を傾げた。
「ちょっと暴れたくなってな」
レティが驚きに目を丸くし、ぱぁっと表情を明るくする。
飼い主の帰りを待ちわびていた子犬のような反応に、思わず苦笑してしまう。
「ふふん、レッジがどうしてもって言うならわたしたちも付き合わないとね」
そんなことを言いながらラクトとエイミーが立ち上がり、やる気を漲らせる。
それを見たアイは得心が言ったように顎を引き、口元に笑みを浮かべた。
「そういうことでしたら、是非。――存分に楽しんできて下さい」
キャンプが折りたたまれ、LP回復の効果が喪失する。
それと代わるように団員たちがアイの指揮によって前線を押し上げる。
「LPが七割を切ったらスイッチ! ヒーラーは常にパーティメンバーのLPを把握しなさい。突撃部隊用意――突撃!」
「うぉぉおおお!」
敵の猛攻を耐え忍び、準備が完了次第強引に突き進む。
しかし彼女の指揮能力は十分に副団長を任されるだけあった。
的確な指示を絶え間なく飛ばし、全体に常に意識を向けている。
出遅れていた進軍はすぐに周囲との差を埋めて、くぼんでいた最前線を直線に戻した。
「レッジさん、そろそろ!」
「ああ。行こうか」
辛抱しきれないとハンマーを振り回すレティに急かされ、俺は槍を取り出す。
ラクトとエイミーも準備は万端のようだ。
「レッジさん、私たちも同行して良いでしょうか?」
「……助太刀」
トーカとミカゲがやってきて言う。
二人を阻む理由など持ち合わせていなかった。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「はい。死んでも大丈夫ですからね」
冗談交じりにそんな言葉を返してくるアイに手を振り、俺たちは臨戦態勢を整える。
大盾を持ったタンクがこちらを振り返り、いつでもいいと視線を送る。
「ラクト、突破口を開いてくれ」
「了解。すごいのいくよ!」
巨蟹の密集する大地に穴を穿つため、ラクトがアーツを準備する。
彼女が弓を構え、弦を引く。
銀の矢の周囲を細かな氷の粒子が纏いだす。
「『アシストコード』『
羅列される言葉。
彼女は時間という拘束のないこの状況下でのみ広げられる羽を大きく羽ばたかせ、己の持ちうる最大火力を溜めていく。
「『
彼女がちらりと俺の方へ視線を送る。
それを見て、頷いた。
「『
アーツの基礎威力を補強するアーツ、アーツに斬撃属性を付与するアーツ、斬撃属性攻撃力を補強するアーツ、そして矢の貫通属性攻撃力を補強するアーツ。
立て続けに
まさしく補助アーツの真骨頂。
久しぶりに仕事をしている感じがして気持ちが良い。
「さあ、行くよ。――『
放たれた一本の矢は、細やかな螺旋を描きながら一直線に風を切る。
胴がぶれ、矢が二本に増える。再度ぶれ、四本に。
それは空気を引き裂きながら増殖する。
鋭く凶悪な威力を内包する涼やかな矢が指数関数的に増幅していく。
「レッジ、回復お願い!」
「おう、任せろ」
ラクトが苦しそうに呻く。
矢が増殖するたびに、また矢が顕現している間ずっと彼女のLPは猛烈な勢いで消費されていく。
俺は早口でアーツを使い、彼女のLPを回復させることに専念する。
「レッジさん、道が開けましたよ!」
レティの歓声が聞こえる。
ラクトの放った矢は、少しでも掠った巨蟹を氷漬けにして、後続の矢によって粉々に破砕される。
左右は凍結した蟹自身が障壁となり、他の蟹の行動を阻む。
鎧袖一触の凶悪な矢の連鎖によって巨蟹の軍勢に大きな亀裂が走っていた。
「よし行くぞ。ラクト、俺の背中に」
今も急激なLPの消費を俺の回復によってギリギリまかなっているラクトを背中に背負う。
少しでもダメージを受けてしまえば、彼女のLPの微妙な均衡が崩れてしまう。
「うぅ、うらやましい……」
「馬鹿なこと言ってないで蟹を蹴散らしてくれ」
「わかってますよぅ!」
レティが黒鉄のハンマーを大きく振り回す。
氷漬けの仲間をよじ登って襲いかかってくる蟹の甲殻に大穴を開け、そのままの勢いで吹き飛ばす豪快な一撃で、彼女は無双する。
「レッジさん、お気を付けて!」
「頑張れぇ!」
「レティちゃん可愛いよ!!」
アイをはじめ、大鷲の騎士団のメンバーが激しい声援を送ってくれる。
それを背中に受け、大きく帆を張った船のように。俺たちは勢いよく戦場へと飛び出した。
迫り来る無数の巨蟹を、レティが吹き飛ばし、エイミーが殴り砕き、トーカが切り刻む。
ミカゲは少し先を走って細工を施し、戦況を操作する。
「ラクトも大丈夫なのか?」
「ふふ。わたしもこの二週間源石集め頑張ったからね」
俺の背中で不敵に笑うラクトは、コストパフォーマンスの良いアーツを中心に使い、前衛の少女たちの危うい場面を的確にフォローしていた。
「けどレッジの背中は案外乗り心地がいいね」
「そりゃどーも」
首筋に頬をくっつけてラクトが言う。
自分で走らなくていいのは楽ちんだ、と言って彼女はからからと笑った。
「うぅぅぅ、レティも後でおんぶしてもらいますからね!」
「何でだよ!? レティは自分で走れるだろ」
「あ、じゃあ私も。レッジは速度極振りだし、一度体感してみたかったの、よ!」
レティが蟹の甲殻を打ち砕きつつ叫ぶ。
エイミーまで蟹の猛攻を防ぎながら悪乗りし、トーカがちらちらとこちらを見ていた。
『……レッジ、前に大きいの』
その時斥候のミカゲから通話が入る。
タカアシガニかと思って聞き返すと、彼はそれを否定する。
『もっと、ずんぐり。……たぶん、新種』
「なに!?」
彼の言葉に驚く。
そんな俺の様子を見て、レティたちも真面目な表情になる。
『もうすぐ、見えるはず』
ミカゲの声から数十秒後。
草原のむこう側に、薄く巨大な影が浮かび上がった。
「あれかぁ」
「めちゃめちゃでっかいじゃないですか!」
「あれは……フォルテと同じくらいはありそうですね」
その大きさに戦慄が走る。
シルエットそのものは今も蠢いている巨蟹たちとそう変わらない。
ごく普通の蟹のものだ。
「でかすぎんだろ……!」
しかしそのサイズはタカアシガニと同等か、それよりも一回り大きい。
家ほどもある、冗談じみた巨体だった。
「レティ、どうする?」
草原を疾駆しながら、レティに問いかける。
彼女は俺の方を振り向いて不敵に笑う。
「決まってますよ!」
そうして俺たちは新たな敵を眼前に見据え、更にスピードを上げた。
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Tips
◇『
四つのパーツチップからなる中級アーツ。弓から放たれた瞬間倍々に増殖していく矢を放つ。詠唱に掛かる時間が長い分強力で、LPの消費も大きい。また矢が分裂するたびにLPが消費されるため、アーツを発動してからも気を払う必要がある。
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