第74話「頂点集結」
団員達が熱気に満ちた歓声を上げる中、先攻を取ったのはタカアシガニの方だった。
長大な腕を大きく振り上げ、勢いよく地面に叩き付ける。
「うわ、仲間の区別もないのか」
足下の巨蟹も巻き込んだ一撃は大地を抉り、もうもうと土煙が立ち上がる。
風が流れ視界が晴れると、そこには五体満足で立つ銀翼の五人がいた。
「おおおっ! いけっ、やっちまえ!」
「だんちょぉぉお!」
拳を上げて声援を送る団員たち。
その声が届くはずはないが、画面の中のアストラは行動を開始する。
「レッジさん、もっと寄って下さいよ」
「無理だよ。これ以上寄ったらタカアシガニの間合いに入っちまう」
ぶーぶーと不満を寄せるレティをあしらいつつ、それでもなんとか良いアングルを探る。
こういうのを撮ることは想定していないから、探り探りのぶっつけ本番である。
「というか、音声は入らないの?」
「そこまで高性能なマイクは積んでないからな。風の音しか拾わないから今は切ってる」
ラクトが残念そうに肩を落とす。
彼らの音声を拾うことができれば、テクニックの発動なんかも分かってより臨場感がでるのだが、無い物ねだりしてもしかたない。
「私は団長と通話を繋げてますから、音声も聞こえますけどね」
ラクトの隣に並んでいたアイが自慢げに言う。
副団長としてアストラの声は常に届くようにしているのだろう。
「ぐぬぬ、羨ましい」
「これは中間管理職の特権ですからね」
ふふんとラクトを見下ろすアイ。
どっちも小柄なフェアリーの少女だからか、保育園の一幕のような微笑ましさがあるな。
「あ、ほら。アストラが動いたわよ」
エイミーが画面を指さして言う。
アストラは大きく跳躍すると、タカアシガニの腕に飛び乗って駆け上っていた。
「おお、器用だな」
「〈歩行〉スキルのレベル高そうだなぁ」
不安定な足下もものともせず、彼は凄まじい勢いで蟹の頭へと迫る。
「団長は〈歩行〉スキル取っていませんよ。あのバランス力は自前です」
「そうなのか!? それはすごいな……」
さらりとアイが零した言葉に俺たちはそろって驚く。
あの動きがスキルに頼らないものとは俄に信じられない。
「団長は〈剣術〉を中心に、戦闘関連のスキルを厳選してビルドを組んでいますから。そういう無駄なスキルを伸ばさないようにしてるんです」
「ぐ、無駄か……」
アイの言うことは、攻略組としては当然の考えなのだろう。
しかしそういうスキルが好きな俺からすれば少しもの悲しいものを覚えてしまう。
「ま、まあでもレッジさんの〈野営〉スキルの例もありますし、これからは団長も切り捨ててきたスキルを見直すかもしれませんね」
「アイ……。案外優しいんだな」
「あ、案外ってなんですか!?」
少しぎこちない表情でそっぽを向きながら言うアイ。
彼女の心遣いに思わずほろりとしてしまう。
赤みがかった金髪のクセ毛を撫でると、彼女はバネのように跳ね上がって驚いた。
「にゃ、にゃにするんですか!?」
「お、おうすまん。なんか姪に似ててな」
主に頭の位置とか。
しかし無断で少女の髪を撫でるのは我ながらタブーに触れてしまった感じがする。
「レッジさん、ウカツですね……」
「そういうとこは直した方がいいよ」
レティとラクトからも冷ややかな視線を浴びせられ、エイミーは苦笑しつつもフォローはしてくれない。
俺は素直に頭を下げて、アイに陳謝した。
「すまなかった」
「べ、別にいいですよ。突然で驚いただけです」
ぷいっと顔を横にするアイ。
一応許して貰えたと考えていいだろうか。
「うわぁ副だんちょーが知らない男の人といちゃいちゃしてるぅ」
「団長に報告しておかなくちゃ!」
「にゃぁ!?」
そこへ中継を見に来ていた騎士団の女性プレイヤーたちが通りがかり、アイをからかう。
彼女は顔を真っ赤にして団員を追いかけ、戦線へと送り返した。
「団員とも仲が良いんだなぁ」
そんな和気藹々とした様子を見て思わずそんな言葉を漏らす。
最大手攻略組ということもあって、もっと厳格な規律に守られているようなイメージがあったがそうでもないらしい。
アイはそれに対して、何を当たり前のことをと呆れた。
「ゲームは楽しんでこそ、ですよ。いくら攻略組だからといっても、そこは譲れません。――それに私は副団長ですからね、団員との良好な関係を築くことも職務のうちです」
「……なんか委員長みたいだな」
「ああ、レティもそれなんとなく思ってました!」
「わたしもわたしも。アイちゃんは真面目だよねぇ」
「むぎぃぃ、なんなんですか!」
レティがアイの背後から抱きつき、彼女の白い頬をむにむにと揉む。
アイは顔を真っ赤にしてそれから逃れようと藻掻くが、あいにくうちのアタッカーは腕力が強い。
「ねえみんな、画面も見たら?」
「おっと、忘れてた」
エイミーの声で俺たちは視線をディスプレイに戻す。
俺たちが話している間にも戦況は動いていて、いつの間にかタカアシガニの頭がボロボロになっている。
「うわ、ちょっと目を離した隙にめちゃくちゃ攻撃してますね」
アイの頭を包むように腕を回し、レティが言う。
画面の中ではアストラが華麗に飛び回って剣を振り、足下で他のメンバーが絶え間ない攻撃を続けている。
ニルマは小さな鳥のような形の機獣を無数に操っているし、アッシュは的確に脚の関節を狙った一撃を与えてバランスを崩している。
硬い甲殻はフィーネの鋭い拳が打ち壊してしまっていて、タカアシガニはすでに満身創痍だった。
「しかも全員ピンピンしてるな」
「リザさんの支援アーツですね。あの人は三種のアーツ全てをビルドに組み込んでいるアーツ分野のトッププレイヤーですから」
レティのわかりやすい解説もありがたい。
白いローブを着たヒューマノイドの女性は、常に例の白いサークルを展開したまま戦闘員たちに的確なアーツ支援を続けていた。
彼女の動きは、同じ支援アーツを使っていることもあって余計に異様なものに見える。
「凄い判断力というか、管理能力だな」
「リザさんはバフ・デバフの効果時間からパーティメンバーの行動、敵の状態、戦況全てを包括的に見ることができるんです。そこから厳格な状況管理をしているので、リザさんがいればそのパーティはまず沈みません」
アイが我が事のように胸を張って言う。
彼女の言葉通り、リザはまるで戦場を俯瞰しているかのような的確な行動を取り続けていた。
俺にあれができるかといえば、自信は全くない。
「流石はトッププレイヤーの中でも頂点に立つ五人ですね」
彼らの動きに圧倒され、レティが絞るように声を漏らす。
「あっ!」
アイが声を上げる。
次の瞬間、タカアシガニが絶叫しゆっくりと脚を折る。
重力に囚われるままに足下の蟹たちを押しつぶし、その巨体が大地に横たわる。
「うぉぉぉおおおお!!」
「流石は銀翼! 我らがリーダー!」
「ニルマくんかわいいい!!」
途端に湧き上がる歓声。
団員たちが、自分の信じるリーダーの快挙に割れんばかりの喝采を送る。
「おめでとうございます。団長!」
通話を繋いでいたアイがすかさずアストラに讃辞を送る。
戦線を維持するため戦っていたプレイヤーたちも、大声を上げて勢いを増す。
アストラたちが巨敵を打ち倒したことにより、前線も大きく押し上げられた。
「えっ、そ、それは……」
「どうした?」
歓喜が渦巻くキャンプの周囲を眺めていると、アイが驚きの声を上げる。
彼女は難しい表情をして、アストラとの通話を続けていた。
「それは……はい……しかし……」
彼女は何事か呟いた後、俺の顔を見上げた。
「うん?」
「……団長からの報告です。あのタカアシガニは、指揮官ではありません。それどころか、あれと同種の存在が多数確認されました」
「何だと!?」
俺は慌ててドローンを操作し、北へカメラを向ける。
そうして、ディスプレイに映し出された映像を見て、絶句した。
今も巨蟹たちが草原を埋め尽くすその奥に、悠然と脚を動かし侵攻するタカアシガニたちの姿があった。
「いち、に……沢山です!?」
レティが信じられないと声を上げる。
銀翼の面々が出動するほどの敵が、複数体も存在しているのだ。
浮き足立っていたキャンプ地が一転して静まりかえる。
「っ!? それは本当ですかっ」
アイがまたしても驚きの声を上げる。
彼女は俺の腕を引き、緊迫した表情を向けた。
「ドローンを動かして下さい。東の方向へ!」
「お、おう……?」
彼女に言われるままに操作して、ドローンの位置を調整する。
画面が移り変わり、右端にうっすらとスサノオの影が映った。
「あそこ、誰かが進んで……あれは……列車?」
それを見つけたのはラクトだった。
彼女は画面端を指さし、眉をひそめる。
紅い蟹たちを押しのけて、細い黒影が突き進んでいる。
ドローンを操作して近寄るほどに、だんだんとその姿が鮮明になる。
「ヤタガラス!? ――いや、違いますね。ヤタガラスのマークがありません」
照射灯を燦然と輝かせ、レールを引きつつ驀進する影の正体は、黒鉄の列車だった。
分厚い装甲と高出力のエンジンを利用した突進力を存分に使い、強引に蟹を吹き飛ばす。
それはまっしぐらにタカアシガニの方へと突き進むと、車体を目まぐるしく変形させた。
「うおおおお!? なんだあれ、かっこいいな!」
車両が姿を変え、巨大な銃砲を構える。
徐々に砲身を青い光を帯びていく。
「アレは……!」
放たれる光線。
それはタカアシガニの甲殻を貫き、焼き焦がす。
「あれは一体……」
正体不明の列車の登場に周囲は騒然とする。
そんな中、レティが高らかに声を上げた。
「あれは……プロメテウス工業です!」
「……なんだそれは」
述べられた単語はいつも通り聞いたことのないものだったが、もはやなんとなく予想はできた。
「プロメテウス工業は〈鍛冶〉スキル専門の職人集団です。まさか、列車まで作っていたとは」
「……彼らだけではありません。オベイロンの円環、
アイの口から羅列される単語たち。
そのどれもに聞き覚えがないのは俺だけらしく、周囲の人々は皆驚いた様子で目を丸くしていた。
「あの、それは……」
「スサノオの最高戦力が、集結していると言うことです」
物々しい表情で言い切るアイ。
俺はそれ以上何も言えなくなって、ただ黙って頷くことしかできなかった。
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Tips
◇『
一定時間外敵の侵入を阻む白い障壁を展開する防御アーツ。時間が経過するか、術者のLPが規定値以上消費されるか、障壁自身に一定以上のダメージが与えられた場合に損壊する。
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