第70話「駆けつける勇猛の騎士団」

「『点火イグニッション』ッッッ!」


 爆炎が吹きすさび、紅の甲殻を焦がしていく。

 脆くひび割れた殻は容赦なく打ち込まれる黒いハンマーヘッドによって易々と粉砕され、白く柔らかな身が露わになる。


「『氷結する矢フローズンアロー』ッ!」


 そこへ突き刺さる鋭い氷の矢。

 冷気と共にダメージを与え、ガリガリとHPが削られていく。

 しかし一体の巨蟹が倒れても、すぐさま新たな蟹が現れる。

 技の発動直後の硬直によって動けない少女たちにその巨体がのし掛かり、


「『プッシュガード』! 『発勁』ッ!」


 横から割って入ってきた銀色の盾に突き飛ばされる。

 大きく身体を浮かせ体勢を崩した蟹の腹に潜り込み、格闘家の鋭い拳が打ち込まれる。


「――『影の刃アサシネイトエッジ』」


 狙いを格闘家に向けた蟹の背後に黒い影が現れる。

 彼が忍刀を素早く振るうと、蟹の巨大なハサミが根元から切断される。


「彩花流・『烏頭女突き』」


 よろめく蟹を貫く一閃。

 毒々しい紫色の花が咲き乱れ、蟹の身体を蝕んでいく。

 彼女たちが他の蟹へと切っ先を向けた時には、哀れな巨蟹はゆっくりと地に沈んでいた。


「……えげつないな」


 見事な連携によってあっという間に蟹を屠っていくレティ達を見て唖然とする。

 特にエイミー、ラクトとトーカたち姉弟は初対面のはずなのに、驚くほど呼吸が合っている。


「レッジさん、早くキャンプ建てて下さいよぅ!」


 蟹をハンマーでぶっ飛ばしながらレティが叫ぶ。

 我に返った俺は慌ててインベントリからキャンプセットを取り出して、設営の準備を進めていく。


「ええい、もっと後方で広げる予定だったんだがな!」


 しかしこうなっては仕方が無い。

 俺は『地形整備』によって周囲の地面を一団高く上げる。

 その上で平坦に均してキャンプセットを展開する。

 ゆっくりと鉄の装甲版が現れ、ぐるぐると回転する。


「どう頑張っても10分は掛かるからな」

「それくらい持ちこたえて見せますよ!」

「わたしたちの実力、舐めてもらっちゃ困るよ!」


 設置を始めてしまえば俺にできることは何もない。

 ゆっくりと形を露わにしていくキャンプを見守りながら、あとは周囲に展開した彼女たちの尽力に期待することしかできないのだ。


「レッジさん、回復お願いしますッ!」


 技を連打しLPを減らしたレティから要請が飛んでくる。


「無理だ! キャンプを建ててる最中は他の行動は何もできない!」

「ま、マジですか!?」


 驚き目を丸くするレティ。

 どうやら『設営』の仕様を知らなかったらしい。

 思わず動きが止まった彼女の背後に、容赦なく蟹のハサミが振り下ろされ――


「えぇぇええい!」


 突如として割り込んできた巨大な盾に跳ね返される。


「何事!?」

「大丈夫かお嬢ちゃん!」


 大盾を持って現れたのは、見知らぬ厳めしい顔をしたタイプ-ゴーレムの男だった。

 重量感のある金属鎧を着込んだ彼は、ニッと白い歯を見せてレティを労る。

 彼女の個人的な知り合いかと思ったが、反応からしてそういうわけでもないらしい。


盾役タンクは前線へ! 円形に展開して彼女たちを守れ! 攻撃役アタッカーは盾役の取り逃がした蟹を優先的に撃破、複数人で当たってできるだけ短時間を目指せ! 回復役ヒーラーは蟹を抱えている盾役を優先的に治療しろッ!」


 戦場に鋭い声が響き渡る。

 その瞬間後方からわらわらと重装の戦士たちが現れて、展開しつつあるキャンプを囲むように盾を並べた。

 剣や槍を持った男女はその壁を突破した蟹を瞬時に倒していき、アーツが無数に飛び交う。

 目まぐるしい急展開に、俺だけでなくレティ達も目を白黒させていると、陣が割れて銀鎧を纏った青年がやってくる。


「あんたは……!」


 金髪に青い瞳。

 主人公だと言わんばかりの自信に満ちた良い顔。

 煌びやかな装飾の施された鞘に収まる、大ぶりな両手剣。


「アストラ君か」

「はは、名前はご存じのようで光栄です」


 攻略組最大手の組織、大鷲の騎士団を率いる若きリーダーは爽やかな笑みを浮かべて頷いた。


「ということは、この人たちは皆……」

「はい。大鷲の騎士団のメンバーですよ」


 なおも鮮やかな手さばきで敵を屠り続けているプレイヤーたちの胸には、大鷲を象ったブローチが飾られていた。

 ということは、彼らは皆攻略組に籍を置くプレイヤーたち。

 いわゆるガチ勢の集団なのだろう。

 そうであれば、この圧倒的な制圧力も頷ける。


「しかし、なんで大鷲の騎士団が俺たちを?」

「櫓の見張りから突然戦場に穴が空いたという報告があったので、面白いことをしていると思って駆けつけたんです」

「そ、それだけか?」


 あまりにも軽い理由に、思わず眉を上げる。

 しかしアストラは嘘を言っている様子もなく、しっかりと頷いて白い歯を輝かせる。


「これは、〈野営〉スキルですかね。それにしては物々しいですが」


 彼は展開しつつあるキャンプの黒い防壁を見て首を傾げる。

 俺が肯定すると、彼は驚きながらも納得した様子だった。


「うちの騎士団にはあまりこのスキルを極めている人はいないのですが、ここまでできるものなんですね」

「手間もコストも掛かるけどな。そもそもこんな乱戦のド真ん中で展開するもんじゃないぞ」


 アストラは興味深そうに、半透明の建材を眺める。

 周囲では相変わらず熾烈な争いが展開しているが、大鷲の騎士団はかなり優秀な団員が揃っているようで、その内側は平和そのものだ。


「この砦の性能を教えて頂いても? えっと……」

「レッジだ。こいつは一応キャンプだが、一定範囲内にLP自然回復速度を強化するフィールドを展開する。あと猛獣系の原生生物に対する威嚇効果もあるが、今回の蟹に効くかは知らん」

「ふむ……。自然回復ですか、それはどれほどのものなんでしょう」

「レティが大技を気兼ねなく連発できるくらいには回復しますよ!」

「アーツも使い放題になるね」


 興味深そうに質問を続けるアストラに、レティとラクトが答える。

 彼女たちは騎士団の面々が持ち堪えてくれているお陰で手持ち無沙汰になっていたようだ。

 二人の答えにアストラは目を見開いて驚く。


「そんなにですか? これは、俺の判断は間違ってなかったみたいですね」


 駆けつけて良かった、と彼は目を細める。


「一応確認なんですが、俺たちがキャンプの範囲に入っていてもいいですか?」

「人数制限はないし、好きにしてもらって良いさ」


 レティを助けてくれた恩もある。

 断る理由もないし頷くと、彼は嬉しそうに手を差し出してきた。


「ありがとうございます」

「こちらこそ。まあ頑張って蟹をやっつけようか」


 俺が手を握ったちょうどその時、キャンプの展開が完了する。

 半透明だった建造物が具現化し、質量を持って現れる。

 その瞬間にキャンプの効果も発動し、周囲のプレイヤーたちのLPが回復していく。


「だ、団長!!」


 蟹の侵攻を抑え込んでいたプレイヤーたちがざわめき、群衆の中から小柄な少女がやってくる。

 彼女は驚きの表情を浮かべ、アストラの下へ駆け寄ると、大きな声で捲し立てた。


「突然LPが回復しはじめました! 回復役がいなくても盾役のLPが保っています」


 何事ですか、と詰め寄る少女。

 アストラは彼女の赤みがかった黄色の髪に手を添えて言う。


「どうやらレッジさんの能力は予想以上みたいだ。これは嬉しい誤算ですね」

「ど、どういうことですか団長?」


 頬を赤らめつつ困惑する少女に、彼は微笑みかける。

 顔がいいだけにキザったらしい所作も全部様になっているのが羨ましい。


「彼のお陰さ。盾役には効果範囲の外縁に並ぶように指示を。回復役は範囲外に展開している人たちの治療に専念するように言っておいて」

「わ、分かりましたっ!」


 彼の淀みない指示に彼女は背筋を伸ばして敬礼する。

 スタスタと駆けていく小さな背中を見送って、アストラはくるりとこちらへ振り向いた。


「彼女は?」

「うちの優秀な副団長ですよ」


 ふむ。

 アストラはカリスマも素晴らしいものを持っているらしい。


「しかし本当に驚きましたよ」

「そうか? ああでも、もう少しだけ作業させてくれ」


 改めて砦を見上げるアストラの隣で、俺はインベントリを探る。

 彼が首を傾げるのを見ながら取り出したのは、大量の三脚と銃器だった。


「……これは?」

「〈機械操作〉と〈罠〉スキルって、結構いいシナジーがあるみたいなんだよ」


 訝る青年を見て、俺は不敵な笑みを浮かべた。


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Tips

◇銀翼の鎧

 とある騎士団を率いる青年が身につけている鎧。翼を広げた大鷲の意匠が施されたら雄々しいデザインで、美しく光り輝いている。希少な銀と特殊な金属の合金製で、驚くほど軽く、そして硬い。


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