第71話「適合者とレーザー銃」
「あれ、レッジさんも〈機械操作〉スキルを取ってたんですね」
三脚を広げ、雲台に銃を乗せる。
ハイテクなジョイント部が自動的に駆動し、がっちりと固定される。
首を傾げているアストラの前で機器を並べていると、レティがやって来て言った。
「ああ。レティの様子を見てたら欲しくなってな」
「ふっふっふ、そうでしょう。カルビたちも便利ですからね」
彼女は得意げな顔で鼻を膨らまし、うんうんと頷く。
ちょうど良い、彼女にも少し手伝ってもらうこととしよう。
「レティ、これを砦の屋上に運んでくれないか」
「お安いご用です!」
大鷲の騎士団の面々が張り切ってくれているお陰で、キャンプの内側はそれなりに平和だ。
出番の無くなったレティもやることができて嬉しいらしく、極振りした腕力を活かして一度に三つも抱えて運んでいく。
俺も残りの銃器を抱えて階段を上り、砦の上に並べていく。
物々しい重火器がずらりと連なる様子はなかなか壮観だった。
「それでレッジさん、これはいったい?」
「アストラはスサノオの防壁の上は見たことあるか?」
「防壁の上ですか……」
彼はくるりと背を向けて、後方に聳えるアストラの巨影を眺める。
黒々とした背の高い防壁の上には、巨大な砲がこちらに照準を合わせ見下ろしていた。
「あれは、スサノオの防衛設備ですよね」
「ああ。今まで起動してるとこは見たことなかったが、今回はばっちり出番を待ち構えてるみたいだな」
平時は砲を直上に向け静座している巨砲は、側面に青いラインを発光させて何かしらのエネルギーを充填しているようだった。
あれほど大がかりな装置だ。
充填が終わりひとたび放出されれば、この蟹の大軍も焼き払われることだろう。
「……まさか!? これも?」
アストラが何かに思い至り驚いた様子で振り向く。
おそらくは彼の予想通り。
俺が並べた三脚銃器は、スサノオの防衛設備を参考にしたものだった。
「威力も規模もミニチュアサイズだけどな。いろいろ試行錯誤しているうちに面白いテクニックを覚えたのさ」
取り出したのは、ガスボンベのような円柱状の容器。
しかし中に入っているのはガスではなく、高純度BB云々というエネルギーだ。
ボンベの口からケーブルを伸ばし、それぞれの銃器に接続する。
「『
機械を作動させると、ケーブルがゆっくりと青く染まっていく。
銃器の内部機構が低く唸り、調子を上げていく。
「『
制御装置によって位置を安定させたマシンは、細い銃口の先から赤いレーザーを照射する。
その先に捉えるのは――巨蟹たち。
「――『
聞いたばかりの言葉を口にする。
瞬間、ケーブルの青く染まりきった銃が甲高い悲鳴をあげ、その蓄積したエネルギーを放出する。
実弾や光線など目に見えて分かる姿は現れない。
しかし数秒の間を置いて、突然巨蟹が甲殻を融解させ爆発する。
「うぉおおあ!?」
「なんだ!? 何が起こった!?」
キャンプの周囲に立っていたプレイヤーたちが、突如爆発する巨蟹に驚く。
その間にも銃器は小刻みに身体を動かし、次々に目標を変えてレーザーを照射していく。
天高く爆風を上げる爆発が連鎖して続き、周囲一帯の蟹を殲滅する。
「なんですか、この威力!」
背後で唖然と口を開くアストラがはっと正気に戻って詰め寄ってくる。
イケメンの驚いた表情を見られた俺は満足して、その質問に答えた。
「素晴らしいだろう? 一発5万ビットの威力だ」
「ご、ごま……!?」
五本全ての指を立て、俺は胸を張る。
アストラは絶句して足下に立つ大容量エネルギーバッテリーを見る。
バッテリーの側面には残存エネルギーを示すメモリが表示されており、約半分ほどを消費したことを知らせていた。
レーザー銃の攻撃一発分に必要なエネルギーは1,000BB。
このバッテリーは10,000BBの容量で、50万ビットという高額アイテムである。
「レッジさんいつの間にそんなに稼いでたんですか!?」
傍で話を聞いていたレティが目を丸くして俺の胸ぐらを掴む。
がくがくと身体を前後に揺らされ、俺はばしばしと彼女の腕を叩いて弁明した。
「ごほっ、げほっ。こ、この一週間、一日20時間以上ログインしてひたすらスキル上げも兼ねて金策したんだよ」
「20時間以上!? どんだけやってるんですか!」
それを聞いてレティは更に驚き、よろよろと倒れる俺の身体を強引に持ち上げる。
まあ彼女の気持ちもよく分かるが……。
「いろいろ事情があってリアルでは暇を持て余しててな。時間だけはたっぷりあるんだ」
「だとしても、20時間というのは……。TVゲームじゃないんですよ?」
「VR適合者って言うらしいな。レティもそうだろう?」
「それって、たしか以前レングスさんが言っていた」
俺は首肯する。
仮想現実の世界でも、本当の現実世界と遜色なく動くことができるほどに“適応”した人々。
俺はそんなVR適合者の一人だった。
だからこそ、長時間のプレイでも何ら問題なく続けることができる。
「だとしても、それは……」
「それに単純作業を続けるのも性に合ってたからな。地道なレベル上げはそこまで苦労しなかった」
この自動レーザー銃を扱うために必要なスキルは、〈機械操作〉〈罠〉〈撮影〉の三つ。
俺はこの一週間、町のショップで購入した機材やアイテムを使ってスキル上げを集中的に行っていた。
「でも、これはいくら何でもコストが大きすぎませんか? 一発5万ビットというのは……」
バッテリーのアラートが鳴り響き、ランプの色が青から赤へと変化する。
目盛りが底をつき、エネルギー残量が全て無くなったことを知らせる。
各銃がそれぞれ行った攻撃は二度だけ。
合計十回の砲撃を終えただけでバッテリーは使い物にならなくなってしまった。
「まあ、今はな」
俺はケーブルを外してバッテリーを回収しながらレティに言う。
「デモンストレーションだよ。レティもやっただろ?」
そう。
これはただ俺が見せびらかしたかっただけの話だ。
実用性という面を見れば、劣悪というしかない。
威力はあるが、コストがそれに見合っていない。
「レッジさん、この銃はあと何回使えますか?」
いそいそと銃と三脚を分解して片付けていると。アストラが真剣な表情で尋ねてきた。
「いちおう、バッテリーはあと三つある」
「そのバッテリーを売っているお店を教えてもらっても?」
「別に良いが、今は多分閉まってるぞ?」
バッテリーを売っていたのは町の片隅にある寂れた工場のような店だ。
恐らくベースラインには含まれていないだろうし、この緊急事態下では営業していないだろう。
そう説明するとアストラはぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「そう、ですか」
「欲しくなったか?」
「はい。あの威力は、費用が掛かるとは言え強烈です。騎士団が費用を持ってでも実戦に投入して頂きたかった」
「……今の段階でも十分抑え切れているだろ」
眼下に広がる戦況を見ながら言う。
騎士団の面々は見事な統率を発揮し、殆ど無傷のまま戦線を維持し続けている。
キャンプの範囲外を支えている他のプレイヤーたちも百戦錬磨の猛者揃いで、戦況は安定、むしろ少しずつ俺たちの方が押し上げてすらいるように見える。
だというのにアストラは難しい表情のまま、首を横に振る。
「確かにこの巨蟹たちは手強い相手です。ですが、イベントにしてはぬるい気がする」
「ぬるい……。油断するとすぐに倒されちゃいそうですが」
レティが納得いかないと眉を寄せる。
彼女の言うとおり、戦況はあくまで五分五分。
僅かにこちらが上回っているバランスも、何かの拍子で崩れることも想像できるほどだ。
「ですが、見当たらないんですよ」
「見当たらない?」
物憂げな表情のアストラは、何かを探して砦の縁に手を置く。
「――指導者、指揮官。相手側には、この軍勢を操る存在が見えない」
「相手は野生だぞ?」
「それでもこれほどの数が明らかな統率を保って侵攻してきているんです。俺はきっといると……」
彼の言葉を遮り、先ほどの副団長の少女が焦燥した様子で屋上へと駆け上ってきた。
「だ、団長!」
「どうした?」
息せき切ってやってきた彼女は膝を諤々と震わせて肩を上下させ、アストラに詰め寄る。
「あ、新たな原生生物を確認しました!」
アストラの青い目が開かれる。
驚愕と共に納得したような安堵の色も少し混じり、すぐに平時の鋭い目つきに変わる。
「すぐに威力偵察班を送れ。今は死んでも大丈夫だから、少しでも多く情報を!」
「し、しかし間には多くの蟹が……」
「戦力を集中させて突破させれば――」
「だ、だめです戦線が維持できません!」
アストラの横顔に焦りの色が浮かぶ。
正体不明の敵を野放しにしていれば、不測の事態に対応できなくなる。
しかし今はどこもギリギリの均衡を保つのに精一杯のようだ。
「……それなら、俺に任せてくれ」
激しく言葉を交わしているアストラたちの間に割り込む。
彼は弾かれたように俺を見て、どうする気だと瞳で訴える。
「なに、デモンストレーションはもう一つあるんだ」
そう言って俺はインベントリを開く。
取り出したのは、四つの
_/_/_/_/_/
Tips
◇自動光学小銃
とあるおじさんがシード01-スサノオの防御壁上に設置されている光学銃砲から着想を得て、多忙を極める鍛冶師に無理を言って製作してもらった新しい兵器。銃砲本体とそれを支える三脚、そしてエネルギーバッテリーの三パーツで構成される設置型の兵器であり、照準の固定などはカメラアイおよび各種センサーから得られた情報をフィードバックし自動で調節される。放たれるレーザーは高出力エネルギーの塊であり、並の原生生物なら容易く貫通する破壊力を持つ。しかし一方でエネルギーに対するダメージ効率は劣悪の一言であり、一発に掛かる費用は使用者の財布をも壊滅させてしまう。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます