第69話「爆煙と氷矢と鉄拳と」

 巨蟹と機械人形たちが勢いよく激突する。

 蟹は鋏を振り上げて、人形たちは各々の武器を引き抜いて、両軍は怯むことなく対敵を果たす。


「『ダブルスラッシュ』!」

「『鱗通し』!」

「『フルバースト』!」


 高らかな声と共に放たれる武技の数々。

 バリケードに築かれた櫓の上からは、アーツや矢、銃弾が雨あられと降り注ぐ。

 仮に同士討ちフレンドリーファイアが可能だったなら、それだけで俺たちの被害は凄まじいことになっていたはずだ。


「くっそ、かてぇ!」

「貫通系ならダメージも入りやすいぞ」

「回復くれ、ハサミがきつい!」


 しかし蟹の甲殻は堅く、並の攻撃は殆ど意味を成さない。

 彼らの振りかざすハサミもまたその重量も相まって絶大な攻撃力を持ち、周囲のプレイヤーたちを一息になぎ倒す。


「レティ、いきます!」


 俺たちのパーティの先陣を切ったのは、切り込み隊長のレティだった。

 彼女は赤い毛並みを風になびかせながら走り、一気に巨蟹の懐に潜り込む。

 スクラップマシンのように蠢く脚を避けながら、彼女は大きくハンマーを振りかぶる。


「『発動トリガー』! ――正式採用版機械式炸薬爆砕破撃鎚Mk.Ⅰの威力とくと見よ! うぉぉぉ、『爆砕打』ッ!!!」


 黒い鉄塊が振り上げられ、紅の甲殻と衝突する。


「――『点火イグニッション』ッッッ!」


 瞬間、爆炎が周囲一帯を駆け巡る。

 衝撃波と黒煙が爆心地から吹き乱れ、真っ赤な炎が立ち上がる。

 周りを走っていたプレイヤーたちが突如現れた爆発に驚き、爆風によろめく。


「うぉっしゃー!」


 黒煙が流れ、爆心地に赤毛の兎が現れる。

 彼女は仰向けにひっくり返った蟹の上に立ち、もうもうと煙を上げるハンマーを立てていた。


「な、なんだこの威力!?」


 彼女が踏みつける蟹は、強固な甲殻を叩き割られ、HPを一瞬のうちに全損させていた。

 その凶悪なまでの火力に、勢い勇んでいたプレイヤーたちでさえ困惑を隠せないでいる。

 そんな周囲の反応もどこ吹く風で、彼女はシュウシュウと煙を排出するハンマーのヘッドを放棄した。

 ガン、ガゴン、と機構が作動しハンマーヘッドが外れ、柄だけとなる。

 レティはそこに、新たに取り出したヘッドを取り付け、意気揚々と肩に担ぐ。


「つ、使い捨てにしたのか」

「やっぱりあの爆発に何度も耐えきれる素材はありませんでしたので。それならいっそ換装した方が効率いいかと」


 ぴょんと蟹の腹から飛び降りて、彼女はしてやったりと笑みを浮かべる。

 彼女が今まで秘匿していた新しい武器の威力を、俺たちはその衝撃を以て披露されたのだ。


「まあ今回のはデモンストレーション。あんまり残弾もありませんからね」


 とはいえそのハンマー自体の攻撃力も凄まじく上がっているらしく、彼女は早速次の蟹へと取りかかる。

 あの爆発が無くとも対等に戦う彼女は、この二週間で確実な成長を遂げていた。


「うぉぉおお! あの爆発に続けぇぇえい!」


 レティの爆発は格好の鏑矢となった。

 プレイヤーたちは鈍っていた勢いを取り戻し、迫り来る蟹たちに立ち向かう。

 剣と矢が入り乱れ、蟹たちの侵攻は鈍り始める。


「よっし、わたしたちも負けてられないね!」


 先んじたレティの方を見て、ラクトが不敵に笑う。

 彼女はフードを取り払うと水色の髪を風に揺らす。


「『アシストコード』『属性の矢エレメントアロー』『属性強化エレメントブースト』――」


 彼女は短弓に銀の矢を番え、流れるように詠唱を始める。


「『拡散する氷結ディフュージョンフローズン』『属性付与エレメントエンチャント』――」


 銀の矢の表面をパキパキと氷が浸食し、白い冷気が湧き上がる。

 彼女は弦を引き絞り、前方から現れた巨蟹に狙いを定めた。


「――『突き進む矢の雨ペネトレイション・アローレイン』ッ!」


 指が離れ、氷の矢が放たれる。

 それは一つ二つと分裂し、やがて無数の驟雨となって前方広範囲の蟹たちの頭上に降り注ぐ。

 ヒュンヒュンと空気を切り裂き甲殻に突き刺さり、それすらものともせず貫通する。

 勢いのままに矢は拡散し、間合いに入った蟹たちの身体をズタズタに切り裂いた。


「レッジ、回復頂戴」

「はいよ」


 大技だけあってLPの消費も大きいのか、ラクトは険しい顔で回復を求める。

 しかしその威力は絶大で、一瞬とはいえ俺たちの前には死屍累々の惨状が現れた。


「うわぁ、ラクトも凄く強くなったわね!」

「準備が大変だから連戦になると弱いけどね、レティと同じくデモンストレーションだよ」


 そういって愛嬌のある笑みを浮かべた彼女は、LPが回復したのを確認して二の矢をつがえる。

 物質的な矢にアーツを付与することで、物理的な攻撃力を併せ持ちコストも抑えられているのだと、彼女は得意げに語る。


「『ガード』! ラクトの時間は私が稼ぐから、任せておいて!」


 大きく敵愾心ヘイトを集めたラクトに殺到する巨蟹たちの猛攻を両腕の双盾で防ぎつつ、エイミーが頼もしい声で言う。

 彼女はそのままの勢いで鋭い拳を突き出し、僅かながらも蟹の巨体を押し返しまでした。


「エイミーは順当に強くなってるなぁ」

「言ったでしょ。この二週間たくさん修行してたんだから」


 胸を張りコートを脱ぎ捨てるエイミー。

 小麦色の肌を露わにした彼女は、蟹たちの視線を集めて拳を打ち付ける。


「さぁ掛かってきなさい、『野獣の咆哮』!」


 赤い炎のようなサークルが広がり、蟹の視線を強制的に固定する。

 自身をめざし殺到する蟹たちに怯むことなく、彼女は拳を振りかざす。


「『鋼鉄の拳』『気功循環』――『発勁』ッ!」


 そうして立ちはだかった巨蟹のそっと拳を触れて、彼女は鋭く叫ぶ。

 甲高い音が甲殻の中を駆け巡り、背中側に大穴があく。

 当然蟹は大きく仰け反り、そのHPを多量に減らす。


「『金の型』『霊亀の構え』『エッジレッグ』』


 体勢を崩す蟹へと近付き、エイミーは間髪入れず次の一撃を叩き込む。

 腰を低く落とした彼女は大きく力を溜め、一息に蹴りを繰り出す。

 自身の頭の上まで蹴り上げた一撃は鋭い切れ味を持ち、ひび割れた甲殻を完膚なきまでに叩き割る。

 残り僅かだった蟹のHPは削り切れ、一度の反撃もできずに地に沈む。


「さあ、ドンドン来なさい!」

「わたしもいけるよ」


 エイミーが盾を構え、その後ろでラクトが矢をつがえる。

 二人は一組となって迫り来る蟹たちを迎撃するのだった。


「れ、レッジさぁぁん!」


 彼女たちが猛然と蟹をしばき倒していると、前方の蟹の群れの中からレティの声が聞こえる。

 巨大なハサミを掻い潜りながら向かうと、彼女は半泣きになってブンブンとハンマーを振り回していた。


「どうしたんだ?」

「え、LP使いすぎましたぁ」


 情けない彼女の声に俺は思わずがっくりと力が抜ける。

 どうやら調子に乗って、LPの配分を間違えたらしい。

 俺はアーツを展開して彼女を回復させる。


「うぅ、助かりました……」

「もう少し考えて動いた方がいいんじゃないか?」

「申し開きも……。ってレッジさんがキャンプ出してくれたら思う存分戦えるんですけど!?」


 しょんぼりとしていたレティは突如思い出したように威勢を取り戻す。

 しかしそれは無理な相談というやつだ。


「こんな乱戦騒ぎのド真ん中でキャンプは開けねぇよ。場所が足りない」

「……場所さえあればいいってことですか?」

「場所と時間だな。10分あれば組み立てられるさ」


 まあ無理だろうが。

 この群れのド真ん中でそれだけの時間、一定の空白地点を作るのは現実的じゃない。

 俺は回復役として彼女たちのバックアップに回るのだ。


「――10分間、ここに空き地を作れば良いんですね」


 そこへ突然、凜とした声が響く。

 レティのものではない。

 声は後ろからだ。


「その声は、……!」


 慌てて振り向き、蟹の群れの中に声の主を捜す。


「――彩花流・『桜吹雪』」


 剣戟が吹き乱れる。

 周囲を広範囲に巡る無数の剣閃が蟹たちを退ける。


「……トーカ!」

「トーカさん!?」


 そうして現れたのは、刀を振り抜き薄い笑みを浮かべる、桃の花柄の着物を纏った少女だった。


「――『影縫い』『絡め蜘蛛』」


 押し出された蟹たちがトーカ目掛けてハサミを振り下ろす。

 しかしそれは途中で動きを止め、ギリギリと震え出す。

 影からぬるりと現れたのは、黒装束の少年。

 彼が黒い糸の繋がった腕を振るうと、蟹たちは勢いよく地面に頭を打ち付ける。


「ミカゲまで! イベントに参加してたんだな」

「もちろんです。それよりも、10分作ればいいんですね?」

「……手伝う」


 後ろから追いついたラクトとエイミーが、見慣れない顔に困惑する。

 俺が頷くと、トーカたちは笑みを深め、それぞれに構える。


「レティもやりますよ!」

「なんだか分かんないけど、助太刀するわ」

「わたしもわたしも!」


 そうして彼女たちは俺を取り囲み、全方位の蟹を睨む。

 瞬間、爆風が戦場に轟いた。


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Tips

◇正式採用版機械式炸薬爆砕破撃鎚Mk.Ⅰ

 火力を追い求めた少女が依頼し、とある名工と共に試行錯誤の末に完成させた特殊なハンマー。ヘッドに発火装置と炸薬が内蔵され、打ち付けると同時にスイッチを入れることで大爆発を引き起こす。構造にあえて脆い箇所を設けることで爆発に指向性を持たせ、所持者の安全を確保することに成功している。ヘッドの耐久性は諦め、着脱よって使い捨てることを前提にしたことで実用性を高めた。


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