第57話「予想外のウサギ少女」
「それでは私たちは幻影蝶を探しに行って参ります」
「ああ。気をつけてな」
俺はキャンプに残り、夜闇に暮れた密林へと入っていくトーカたちを見送る。
トーカは小さな携帯用のランタンを携えているが、ミカゲは何かスキルを持っているのか明かりを持たず溶けるように姿を消す。
「さて、二人が帰ってくるまでにキャンプの設営も終わらせるか」
二人の背中が木立の奥へと消えるのを見送り、俺は踵を返す。
この一週間の間で俺のキャンプは更に設備を増やすことができた。
今ある設備らしい設備は建物と防壁、そして調理台くらいだが――
「作業台、篝火、そして……
天板の広いがっしりとしたテーブルが置かれる。
建物の周囲に、炎の燃え盛る篝火が等間隔で設置される。
そして、頑丈なロック機構の施された鋼鉄製の箱が無造作に地面に現れる。
それらは全て新しく〈アルドニーワイルド〉で購入した、キャンプエリア内に設置できる設備だ。
「作業台は解体作業に
作業台の上に道すがらトーカたちが狩ったシングバードとテイルリザードを並べる。
以前の地面を作業台にして解体するよりも立って作業できるこちらの方がやりやすい上、作業の難易度が低減する補正が掛かる。
かなり高い出費だったが、これも投資だ。
「篝火は単純に夜の視界確保だな。あとは安定の威嚇効果」
要塞を囲むように配置された木組みの篝火は、携帯燃料を消費することで周囲の猛獣系原生生物に対する威嚇効果を発揮する。
言ってしまえば焚き火と同じものだが、効果時間がかなり長く灯火台自体が使い捨てのアイテムであるという違いがある。
単価で見ればそれほど高くは無いが、纏まった量を買うとそれなりにする。
しかし危険な夜を越えるため、これも投資だ。
「そして名による簡易保管庫! これを買うためにどれほど頑張ったか……」
作業台の足下に置いた大きな箱を撫で、しばし感慨に耽る。
容量の大きなサイズを選んだこともあって遠征三回分くらいの価格になったこのアイテムは、ラピス討伐時から欲しかったものだ。
「これがあれば、最悪キャンプが消えてもアイテムが残る!」
そう、この簡易保管庫は内部に入れたアイテムを保護するための設備なのだ。
以前ラピスを討伐した際には、俺がキャンプを離れたが為にせっかく集めたアイテムが全て消えてしまった。
あれが割とショックで、俺は〈アルドニーワイルド〉でこれを見つけたときは何故買っておかなかったのかと臍を噛んだものだ。
「アイテム入れたままの移動はできないから、本当は機械獣を併用した方がいいんだがな」
とはいえアイテムの保護ができるというだけでも画期的だ。
めちゃくちゃ高かったが、買って良かった。
「うわぁ、凄い高そうですね、これ」
「まあな。しかしこれも投資だぉぁあああああっ!?」
ひんやりした保管庫の表面を撫でて愉悦に浸っていると、ひょっこりと視界の端からウサ耳が飛び出してくる。
驚いて飛び上がり、足を箱の角に引っかけて盛大に転ぶ。
「むぅ、そんなに驚かれると少し傷つきますね」
「な、な、な……」
頬をぷっくりと膨らせ、不満げに腰に手を置く彼女。
俺はごしごしと眼を擦り、それでもそこにしっかりと現れる赤毛を見た。
「なんでレティがいるんだ!?」
「えへ、来ちゃった♪」
来ちゃった♪ じゃない。
質問に一切答えていないレティの笑顔に、俺はがっくりと肩を落として力を抜く。
「ログインしてたなら、言ってくれれば良かったのに」
「えへへ。ログインしたらレッジさん急いでる様に見えたので」
「……どこから付いてきてたんだ?」
レティの言葉に不穏なものを感じ取り、俺は思わず問いかける。
「レッジさんが新天地に行く前からですね」
「そんな時から居たのか!?」
彼女の告白に目を見張る。
レングスとの通話に気を取られていたからか?
彼女に尾行されていることに一切気付かなかった。
「し、新天地にも居たのか?」
「はい。隣の席に座ってました」
全然気付かれなくてショックでした、と何故か拗ねるレティ。
彼女が居ることを想定していないのだからしかたないだろうに……。
「それで、こっちまでも付いてきたのか」
「付いてきたというか、先回りしたんですよ。レッジさんたちは話しながら進んでましたから、急いで走れば余裕でした」
ぶい、とピースサインを出して胸を張るレティ。
彼女の行動力の根源はどこにあるのか。
「普通に合流しろよ……」
「いやぁ、レティに内緒でレッジさんがどういう風に他の人と遊ぶのか気になったので」
ふふふ、と彼女は可愛らしい笑みを浮かべるが、何故か赤い目が笑っていない。
俺はぞわりと背筋が寒くなって、思わず肩を震わせた。
「けどまあ何もなくて良かったです」
「……何があったらダメだったんだろう」
面と向かって尋ねる勇気は生憎持ち合わせていない。
ひとまず俺はトーカたちに連絡を入れ、仲間が一人加わったことを伝える。
「二人とも狩りを切り上げて一度戻ってくるらしい」
「そうですか。なんだかすみませんね」
「……」
俺は額に手を置く。
そうしてキャンプの外を見たとき、そこに待機している機械牛たちの姿に気が付いた。
「うん? あの機械牛はレティのか?」
「お、よくぞ気付かれましたね。そうですよ。カルビとハラミとサーロインです」
「おま、その名前でいくのか……」
そこには三機の機械牛が膝を折り、行儀良く並んで待機していた。
赤いランプのカルビの他に、青いランプのハラミと緑のランプのサーロインという、主のネーミングセンスの光る三機である。
「ふっふっふ。実はこの一週間の遠征で稼いだお金を使って三機とも購入したんですよ」
「レンタルじゃないのか!」
「はい! やっぱり購入した方が後々安上がりでしょうし、値段に見合う働きを期待していますので」
投資ですよ投資、とどこかで聞いたことあるようなことを言うレティ。
しかし彼女の言うとおり、かなりの積載量を誇る機械牛が三機もあれば一度の遠征でもかなりのアイテムを持ち帰ることができるだろう。
その結果得られる利益もそれだけ増える。
「いや、助かるな。ありがとう」
「ふふん。もっと崇めてくれていいんですよ!」
むんと胸を張るレティに頭を垂れる。
彼女の登場は予想外だったが、今回の狩りでは大きな助けになりそうだった。
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Tips
◇
スキル〈機械操作〉によって運用可能な、牛を模した姿の機械。アイテム運搬能力に優れ、悪路を難なく進む安定性を持つ。一方で速度は遅く、機動力に特化した
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