第56話「花の刀と闇を走る黒い影」
〈彩鳥の密林〉はスサノオの南に広がるフィールドだ。
生息するエネミーの数は他のフィールドよりも遙かに多く、多様な生態系を形成している。
俺とトーカとミカゲの三人が密林の入り口に辿り着いたのは日が暮れかかった夕刻のことだったが、薄暗い木々の陰からは絶え間なく生き物の気配を感じた。
「とりあえず、テントを張る場所を決めよう」
「分かりました。道中の敵は私たちに任せて下さい」
斥候役を務めるミカゲが先行し、張り切るトーカと並んで森の中へと踏み入る。
〈猛獣の森〉とは隣合う関係にあるが、同じ森とは言えどこちらは木々に太い蔦が絡まり密度が高い。
道も狭く、長柄の武器を振り回すのには苦労しそうな環境だ。
「トーカ」
蔦を振り払いながら進むことしばらく、不意に前方のミカゲが振り向いた。
黒い覆面で口元が隠れているが、透き通ったよく通る声で姉の名を呼んだ。
「分かりました」
双子の姉弟だけあって、それだけで意思疎通は十分らしい。
トーカは小さく顎を引くと腰に佩いた刀の柄を上げる。
二人の邪魔にならないように手近な木の幹に背中をつけた時、ミカゲの向こう側から一羽の鳥が現れた。
「シングバードですね」
僅かに胸をなで下ろしトーカが言う。
その鳥はコロコロと軽快な声色をなびかせながら、俺たちの方へと真っ直ぐに切り込んでくる。
「ミカゲ、ここは私が」
「分かった」
ミカゲが道を譲り、シングバードとトーカは直線上に相対する。
「――彩花流、『藤割き』」
カンッ! と甲高い音が耳元を突き抜ける。
見ればトーカは一瞬のうちに刀を振り抜き、飛来したシングバードを一閃と共に切り上げていた。
的確に狙い澄まされた一刀に小鳥は為す術もなく地に墜ちる。
「すごいな。一撃か」
俺は思わず称賛の声を上げる。
トーカは剣を鞘に戻しながら、むず痒そうに笑みを向ける。
「ふふ。これでも剣術界隈では少し有名なのですよ」
「そうなのか? それは失礼した」
口元に指を添え淑やかに顔を綻ばせる様子は、先ほどの張り詰めた糸のような緊張感を微塵も感じさせない。
「トーカは、彩花流を見つけた。すごい人」
「彩花流?」
いつの間にかシングバードを拾って近づいてきたミカゲが言う。
トーカの使ったテクニックは俺の知らないものだった。
あれを発見したのが彼女なのだろうか。
「カタナ系統の刀剣専用のテクニックです。私は西洋のいわゆる剣よりも刀の方が性に合っていたので、木工師の方に頼んで木刀を作って貰ったんですよ」
「なるほど。最初から特注の武器で活動してたのか」
「はい。そのお陰か、彩花流というテクニックの流派を最初に発見したんです」
「流派ねぇ。他の武器種にもそういうのがあるのか?」
さらりと言ってしまっているが、彼女の成し遂げたことは新要素の発見だ。
彼女の掘り出した新たな可能性は〈剣術〉スキルだけでなく他の武器種にも希望の光を差し込んでいる。
「実は私、〈剣術〉スキルのカートリッジは買っていないんですよ」
再び密林の奥へと分け入りながら、トーカは少し胸を張って言った。
カートリッジを購入していないということは、基本のテクニックを何も覚えていないということだ。
俺は驚きを隠せず、彼女に目を向ける。
「習得している〈剣術〉スキルのテクニックは三つ。全部彩花流のものなんです」
「それは筋金入りだな。もはや苦行というか、縛りプレイになってないか?」
「確かに少し大変だと思います。ですが、実は私、少し頑固なんですよ」
口元に笑みを湛え、トーカは軽い口調で冗談めかす。
確かに彼女の装う桃の花の着物と袴も、多少のこだわり程度では揃えられないだろう。
スサノオ内のショップに和装を売っているところは知らないし、恐らくは〈縫製〉スキルを持つ仕立屋へのオーダーメイド。
まだまだ序盤といえる段階のこのゲームで、これだけ揃えているだけでも尊敬できる。
「幻影蝶の素材もそういうこだわりの中で必要なのか?」
ふと気になって尋ねると、トーカははらりと黒髪を揺らして首を傾けた。
「内緒です。無事に集められたら、レッジさんにもお披露目しますね」
愛嬌のある黒い目と合って、俺は思わず肩を竦める。
彼女がそういうのなら期待しておこう。
「トーカ」
その時、再度ミカゲから声が上がる。
彼は木の幹に背をつけて、前方を窺っているようだった。
「どうしました?」
トーカが駆け寄って窺うと、彼はそっと前方を指さす。
そこは木々が密集する中にぽっかりと開いた小さな空間だった。
葉の大きなシダのような植物が地面を覆い、夕暮の迫る森の中でぼんやりと光を放つ苔やキノコが木の幹から伸びている。
「あそこ、キャンプにどう?」
ミカゲが俺の方を見て言う。
開けた空間を見渡し、その広さを確認する。
足下が少し雑然としているが、『地形整備』でなんとかなりそうだ。
「大丈夫そうだ」
「分かった。じゃあ、片付ける」
俺が頷くと、彼は突然木陰から転び出る。
「『気配遮断』『二段跳躍』」
彼の黒ずくめの異装は暗がりの広がる森にすんなりと溶け込む。
驚く程高く飛び上がり、そのまま木々の枝を伝って彼は広場の中央へと飛び込む。
「『
腰裏に提げた忍刀を引き抜いたかと思うと、一瞬だけ銀のきらめきが走る。
直後、甲高い断末魔が周囲の枝葉を揺らし、広場の草陰から巨大な獣の影が跳ね上がった。
「『弱点発見』『首断ち』」
ミカゲはすかさず獣の背後へと回り込み、立て続けにテクニックを使用する。
赤黒いエフェクトが噴き出し、獣のHPが瞬く間に削り尽きる。
「おお……。何が起こったのかさえ分からなかった」
呆気にとられ呆然とする俺の元へ、ミカゲは相変わらずの落ち着いた雰囲気のまま戻ってくる。
数秒の間に事態が動きすぎて彼が何と戦ったのかさえ分からない。
「真ん中に、テイルリザードがいたから。倒した」
「テイルリザード? うわ、ほんとだ」
広場へと踏み入り、中央の草むらで事切れている大柄なトカゲを見つける。
名前の通り身体の三倍はあろうかという長い尻尾が特徴的な、厳つい外見の爬虫類だ。
ミカゲは足下の草の影に隠れていたこの存在に気付いて、むしろ気付かれることなく接近して倒したらしい。
今思い返しても惚れ惚れする鮮やかな手腕だ。
「ミカゲは忍者が大好きなんですよ」
やって来たトーカが少し自慢げに言う。
ミカゲは恥ずかしそうにそっぽを向くが、否定はしなかった。
なんとなくその装いから分かっていたが、やはり彼は忍者らしいプレイスタイルのようだ。
「『気配遮断』とか『二段跳躍』は、〈忍術〉スキル。『影の刃』は、〈忍術〉と〈剣術〉の複合テクニック」
「〈忍術〉スキルか。色々使い勝手の良いテクニックが揃ってて、別に忍者っぽいビルドじゃなくても伸ばしているプレイヤーは多いらしいな」
掲示板で覚えた知識を口にすると、ミカゲはこくんと頷いた。
〈忍術〉スキルはその名の通り忍者に関連した様々なテクニックが揃っている便利なメイン技能系の生活系スキルの一つだ。
しかし彼はこのスキルをビルドの主幹に据えて、徹底的なニンジャ構成を追求しているのだという。
サムライの少女に、ニンジャの少年。
なるほどなかなか個性に溢れる姉弟だ。
「二人とも面白い構成だな。……なんていうと俺も怒られそうだが」
趣味への傾倒具合で言えば俺も負けず劣らずといった所だろう。
赤毛のウサ耳少女のことを思い出しつつ、俺は俺の仕事を始める。
「じゃあキャンプを張るから少し離れててくれ」
二人が広場の縁まで移動したのを確認して、『地形整備』『野営地設置』を続けて使う。
時間を掛けて草が取り払われ、地面は平らに均される。
その上に組み上がる鉄の要塞を見上げて、二人はポカンと口を開けて驚いていた。
「『調理台設置』、よし。もういいぞ」
立ち尽くす二人に声を掛け、キャンプの中に呼び込む。
二人はキョロキョロと落ち着きを無くし、まるでいつぞやのレティたちのような反応を見せる。
俺は思わず吹き出すと、二人はいそいそと椅子に腰を落ち着けた。
「ようこそ、我がキャンプへ」
少し調子付いて、二人に向かって腕を広げる。
感想を伺ってみれば、トーカはまだ現実味の無さそうな表情を浮かべていった。
「まさかここまでしっかりとした建物とは思いませんでした」
「普通のテントくらいだと思ってたか? そりゃそうだ」
俺だって、〈野営〉スキルでこんな要塞が建つなんて思わない。
「でも、安心。これなら奇襲も、ない」
続くミカゲの言葉は、流石闇に忍ぶ者のものだった。
彼は背の高い防壁を見渡して、満足そうに頷いていた。
「とりあえず拠点はこんなもんだ。物資もある程度集めてるから、数日なら籠もれる」
「改めて、感謝します。私たちの為にこのような……」
トーカが恭しく頭を下げる。
そのような事に慣れていない俺は彼女に顔を上げてもらい、首に手を添える。
「契約はさっき結んだんだ。もう感謝することもないさ」
その代わり、と俺は彼女たちを見る。
「目当ての素材が集められるかどうかは二人次第だ。頑張ってくれよ」
俺はただ拠点を提供するだけだ。
戦闘力を期待されても困る。
その先、この密林でどう過ごすかは二人に委ねられている。
そんな意味を込めて言うと、二人は深く頷いた。
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Tips
◇〈忍術〉スキル
忍者のようなテクニックを揃えたスキル。奇襲戦闘などに対し強いシナジーを持つテクニックが多い便利系スキルであり、とりわけ忍者プレイをしないプレイヤーにも多くの愛好家が存在する。
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