第55話「舞い込む二色の依頼」
隠遁のラピスを討伐した日から、気付けば丸1週間が経過した。
日増しに近づく第1回イベントの気配に町中が浮き足立つ中、俺たちのパーティは何度も〈水蛇の湖沼〉への遠征を繰り返し、戦力の拡充と資金集めに邁進する日々を送っていた。
「久しぶりに一人だなぁ」
この日は珍しく全員の都合が合わず、俺は一人でスサノオの通りを当てもなく歩いていた。
イベント開催の告知が促進剤になったのか道行く人々の装いはここ数日で様変わりしている。
どれ程のインゴットを費やしたのか考えたくもないほどの重厚な鎧を纏うゴーレム型の戦士や、毛皮のベストを着けた猫耳のライカンスロープ型の斥候。ファンタジーに出てきそうなローブ姿のフェアリー型。
生産職のプレイヤーたちの熱意は凄まじいもので、町には国籍どころか世界観すら異なる種々様々な装いがカラフルな彩りを広げている。
「ネヴァも忙しそうだし、装備の新調はまだお預けだな」
あれから何度か彼女に連絡を試みたのだが、彼女もイベント前特需で忙殺されているらしく、なかなか予定が合わなかった。
集めたラピスの素材を使って何か装備を作って貰いたかったのだが、これはもう仕方ない。
「しかしまあ、どうするかね」
俺一人では〈水蛇の湖沼〉すら危うい。
レティたちが持つ〈戦闘技能〉や〈アーツ技能〉といった戦闘職なら必須級のサブ技能系スキルを持っていないから、〈槍術〉や〈罠〉が多少あったところで自衛くらいが関の山なのだ。
キャンプを張って防衛するだけなら、物資がある前提で一月くらいは余裕なのだが……。
そんな風に一日の予定について考えあぐねていると、不意に着信が入ってきた。
「はいよ。久しぶりだな」
通話の主はレングスだった。
Wiki編集者になることを志し、以前は町中を巡っている地下トンネルを使って俺たちを助けてくれた男だ。
彼は電話越しの少しざらついた声で久しぶりの会話を喜ぶ。
『レッジ、久しぶりだな。元気にやってたか?』
「まあ、それなりにな。それより何か用か」
『ああ。実はお前に頼みたいことがあってな――』
そう言って彼は事の概要を話す。
驚きつつも俺はひとまず了承し、詳しい話をするためもはや定番となった喫茶〈新天地〉で落ち合うこととなった。
†
「おうレッジ、こっちだ」
新天地のドアを開けると、すぐに奥の席から野太い声が響く。
そちらに目を向けると、大柄で人相の悪い男がどっかりと座って太い腕を振っていた。
「……レングス、なんか印象変わったな」
戸惑いつつも近づき、その悪漢がレングスであることを確認する。
革ジャンに赤いバンダナ、黒いサングラスという一昔前の悪いオヤジのような風貌は、以前会った時とはかなり様子が違っていた。
「はっはっは! スキンを色々試しててな。これは三日前に変えたばっかりだ」
「そんな高頻度で変えるもんでもないだろ」
呆れつつも彼の座るボックス席を見て、更に二人のプレイヤーが座っていることに気が付いた。
「おっと、初めまして。――レングス、この人たちは?」
「ああ。さっき言った依頼主さ」
とりあえず座れ、とレングスが奥に詰めて隣の座面をバンバンと叩く。
腰を下ろし適当に飲み物を注文した後、俺は改めて向こう側に並ぶ若い男女のプレイヤーの顔を見た。
レングスが俺に連絡を取ってきた理由。
それは、彼を通して俺に依頼をしたいという人物が現れたからだった。
まだその内容すら知らないが、ひとまず自己紹介から始めるとしよう。
「とりあえず、レッジだ」
そう言うと二人も慌てて口を開く。
「トーカと申します」
「……ミカゲ、です」
トーカと名乗った少女は、名前の通り鮮やかな桃の花の柄の着物に浅葱色の袴姿だった。
傍らには二振りの日本刀を立て掛け、緩く束ねた艶のある濡羽色の髪に、桃色のかんざしを挿している。
大和撫子という形容詞の似合う静淑な色の少女だった。
そして、その隣に座る少年はトーカとはある意味で対照的だ。
トーカと同色の髪と瞳で、色白な肌もあって一見すれば少女と見紛うような外見は、トーカと瓜二つ。
しかし、装いは隅々まで染まりきった黒装束で、一言で言うなら忍者だった。
「えっと、トーカちゃんとミカゲ君でいいのか?」
「私もミカゲも呼び捨てで構いませんよ」
「そうか……。えっと、それで二人はなんで俺に依頼を?」
出で立ちから見て二人とも戦闘職のようだし、護衛依頼ということはないだろう。むしろそれを必要としているのは俺の方だ。
彼女たちの求めるものを図りかねて、俺は思わず首を曲げた。
「実は……。レッジさんには素材集めを手伝ってもらいたいのです」
「素材集め? 俺に戦闘力を期待されても困るぞ」
「いえ、私たちが求めているのは長期間フィールドに滞在できる施設なんです」
単刀直入な要求に、俺も得心がいく。
要は俺の〈野営〉スキルを当てにしているのだろう。
「そういうことか。別に良いが、どうして俺なんだ?」
一つ疑問が残るのはそこだった。
俺は自分のスキルについてあまり詳らかに発信しているわけではない。
キャンプも外見自体は目立つが、それを建てたのが俺であることを知っているプレイヤーはほとんどいないはずだ。
そう思って投げた問いは、真横からの低い笑声に答えられた。
「クク。それは俺が教えたからだよ」
「レングスが?」
彼は頷く。
「掲示板を見てたら『日を跨いでフィールドに滞在するにはどうすればいい』って質問が投げられててな。少し興味を持ったんでコンタクトを取ってみたんだ」
「それがトーカたちだったと。しかしレングスもよく俺の〈野営〉スキル事情を知ってたな」
半ば感心、半ば呆れながら言うと、彼はにやりと不敵な笑みをこちらにむける。
「俺はWiki編集者だぜ? 情報網を甘く見て貰っちゃ困る」
「なんていうか……ハラスメントには気をつけろよ」
「そのあたりの綱渡りも含めて専門名乗ってるんだよ」
とにかく、そんなわけで何かしらの事情がある様子の二人の仲介をしたのがレングスらしい。
「それくらいの依頼なら、丁度暇だし引き受けてもいい。とは言え、まずは行き先を知らないとなんとも言えないか」
「場所は南の密林です」
南の密林、名前は〈彩鳥の密林〉と言ったか。
俺もまだ行ったことのないフィールドの一つだ。
「そこになにか目的のアイテムがあるのか?」
「はい。そこに棲む幻影蝶、ファントムバタフライというエネミーが低確率で落とすアイテムがありまして」
「なるほど。レアドロップか」
トーカの言葉に頷く。
「はい。その上幻影蝶そのものがとても希少なエネミーなので、かなり長丁場になると思うんです」
「だいたい分かった。それなら多少は力になれそうだ」
そう言うと、途端にトーカの表情がぱっと明るくなる。
隣のミカゲの表情が一切変わらないのもあって、余計に表情豊かに見える。
「しかし、町に戻って物資を補充しながら気長に狙う方がいいんじゃないのか?」
「それはそうなのですが、私たちはまだ密林のボスを倒せていなくて」
「ヤタガラスが使えないってことか」
彼女はしょんぼりと肩を落として頷く。
「……鳥の羽」
不意にミカゲが小さくぼそりと呟いた。
「うん?」
「……鳥の羽、集めないといけない」
鳥の羽? と首を傾げていると、トーカがはっとして手を叩く。
「そうでした。私は先ほどの幻影蝶の素材が欲しいのですが、ミカゲが日向鳥というエネミーの素材を集めているんです」
「日向鳥?」
新しく出てきた名前に眉を寄せる。
密林に行ったことがないのもあって、そこの情報を殆ど知らないからいくつか理解できない単語が出てきてしまう。
「太陽みたいなオレンジ色の羽根をした小鳥さ。昼間にしか出てこないんだ。そんでもって幻影蝶は逆に夜にしか出てこねぇ。だから一日を通して狩り続けられる環境が欲しいのさ」
「なるほど。なんとなく理解した」
レングスの的確な補足もあって、ようやく依頼の全貌がおおまかに分かったような気がする。
トーカは夜に、ミカゲは昼にのみ現れるエネミーの素材をそれぞれ必要としていて、それを集めるためにはいちいち町に帰るよりもフィールドに残る方が効率がいいと。
恐らくは1週間後に迫ったイベントの準備も兼ねているのだろう。
そうでなければ俺に依頼してまで急ぐ理由もない。
「分かった。キャンプ地は提供しよう。その代わり戦力は期待しないでくれよ」
「ありがとうございます!」
「……助かり、ます」
トーカはテーブルに身を乗り出して黒い目を大きく開く。
ミカゲも少し俯いて唇を動かした。
「それじゃあ、よろしく頼むぜ」
後は当事者だけで、とレングスは言い残しさっさと新天地を出て行く。
残された俺たちはひとまず締結の証として手を交わした。
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Tips
◇〈弓術〉スキル
弓を用いる戦闘スキル。遠距離物理攻撃手段としては銃術と競合するものの、こちらのほうが安価かつ静音性に優れる。射程は短いが取り回しに秀でた短弓、超射程高威力の長弓などの弓の種類がある。また用いる矢も安価な木製のものから高額な金属製まで多種多様で、状況に応じた柔軟な戦闘が可能。
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