第53話「貫く牙槍」
全身に鈍い痺れがまわり、身体が動かない。
唯一視界だけは生きているが、眼球を動かせないため固定カメラになったような気持ちの悪さだ。
「レッジ!? そんな、わたしを庇って」
ラクトが俺の肩を掴みガタガタと揺らす。
彼女の悲鳴を聞いて、レティたちも俺の異変に気が付いたようだった。背後から慌ただしい声が聞こえる。
「ラクト、どうしたんですか?」
エイミーがボスの攻撃を引き受け、レティがやってきたらしい。
彼女は硬直した俺を見て小さく声を上げた。
「分かんない。突然覆い被さってきたかと思ったら固まっちゃって……。たぶんボスの攻撃だと思う」
「麻痺でしょうか? けどそれなら目は動くはず。こんなマネキンのようになるなんて」
俺のログに流れていた石化という状態異常のことは、彼女たちは知らないらしい。
不安そうに俺の肩を撫で、狼狽えている。
「恐らくは時間経過で回復するはず。ひとまず、岩陰まで運びましょう」
「う、うん。分かった」
レティは混乱しつつもきっぱりと判断を下し、俺の身体を持ち上げる。
幸いだったのは俺が地面に手を突く形で丸くなっていたことだろうか。そのお陰で彼女たちもそれほど苦労することなく、腕と足を掴んで俺の身体を持ち上げた。
しかし意識はあるから、こうして女性二人に持ち運ばれるのは言い得ない羞恥心のようなものが湧き上がる。
そもそも二人は俺に意識があることは承知の上なのだろうか……。
「とりあえず麻痺ではないでしょうね。こんなに長い時間硬直するという話は聞いたことがありません」
大岩の陰まで俺を運び、ゆっくりと降ろしながらレティが言った。
そういえば、南の密林の方には麻痺毒などの状態異常を生じさせる原生生物がいるという噂を聞いたことがあったような、無かったような……。
「レティ、ラクト! 流石に辛くなってきたわ!」
「っ。しかし
前線から響くエイミーの声。
レティは苦しそうに呻きながら、彼女を助けるべく走って行った。
「とりあえず、ラクトさんはそこでレッジさんの護衛をお願いします!」
「わ、分かった。二人も気をつけてね」
弱く手を振ってレティの背中を見送り、ラクトは途方に暮れる。
大岩に背を預け、俺の隣に腰を下ろした。
「LPは減ってないよね……。アンプルはLP回復のしか持ってきてないし……」
彼女はインベントリの中を探り、俺に有効そうなアイテムを探す。
その間も俺は何も伝えることができず、悶々とした時間を過ごすことになる。
「レッジはなんでわたしを庇ったの? これはたぶん、蛇の能力だよね」
インベントリの捜索を諦め、今度は原因を探るようだ。
下の唇に親指を添え、顔を俯かせる。視界が動かせないから、朧気にしか彼女の様子が見えないのがもどかしかった。
「赤眼、青眼……。あの二つはそれぞれ物理とアーツに対する耐性を持ってる」
そこで彼女ははっと息を飲む。
「金眼――! あいつのせいなの?」
ラクトは俺の顔を覗き込み、両肩に手を置く。
確かめるように、問いただす様に、若草色の瞳が俺を見る。
「――正解だ」
その時、デバフの効果時間が終了する。
瞬時に身体の自由を取り戻し、俺は目の前の少女を見て、思わず笑みを浮かべた。
「ッ!? レッジ!」
ラクトが驚き、目の端にじんわりと涙を溜める。
「すまない。でも大事なダメージソースを無くす訳にはいかなかったから」
「レッジだってヒーラーなんだから、いなくなっちゃったら困るよ!」
彼女の透き通るような水色の髪を撫でる。
怒ったように口調を荒げ、唇を尖らせるが、その表情には安堵の色が浮かんでいた。
「とにかく助かった。二人の支援に回ろう」
「そうだね。早く行こう」
しかし落ち着いている余裕はない。
俺はラクトと示し合い、岩陰から転び出る。
「レティ、エイミー!」
「レッジさん! 復帰したんですね」
声を掛ける。
レティが振り向き、ぱっと表情を輝かせる。
「金眼に気をつけろ。石化っていう状態異常を掛けてくる」
「分かりました!」
「あの真ん中の奴ね」
LPが危険域まで減少していた二人を回復しつつ、石化の原因を伝える。
「恐らく、HPが一定以上削られると石化を使ってくるんだろう。あいつの眼に睨まれると全身が動かせなくなる」
「なかなか厄介ね」
盾で蛇の頭突きを受け流しながらエイミーが眉を寄せる。
現状、彼女が石化してしまうのが一番危険だ。俺たちに攻撃が向かっていないのは、偏に彼女が全ての攻撃を一手に引き受けてくれているからでしかない。
「そこでだ、俺があいつを何とかするから、レティとラクトはそれぞれの頭を抑えてくれないか」
「だ、大丈夫なんですか!?」
レティが真っ直ぐに耳を立てる。
けれど、俺にはその方法しか思いつかなかった。
「なんとかする。だからなんとかなるはずだ」
「そんな適当な……」
「――分かった。レッジが言うなら、わたしもなんとかする」
「ラクトまで!」
ラクトが口を一文字に結び、頷く。
「攻撃は引き続き、任せてちょうだ――い!」
迫りくる牙を打ち返しながらエイミーが言う。
二人の様子に根負けして、レティも小さくため息をついてから頷いた。
「分かりました。赤目の方はレティがなんとかします」
「ありがとう」
そうして俺は、改めて作戦を伝える。
いや、作戦と呼べるほどのものでもない。単なる力業だ。
三人の協力がなければ達成できないが、それがあっても俺が少しでもミスをしたら瞬時に瓦解してしまう。
「――それで行けるんですか?」
内容を聞いたレティが目を見張る。
ラクトも驚きを隠せないようだった。
「何とかする。今は、これくらいしか方法がない」
彼女は何かを考えていたようだが、最後には諦めたようで頭を振る。
「死ぬときは四人一緒ですからね」
「縁起でも無いこと言うなよ」
微かな笑みを口元に浮かべ、レティが言う。
俺は彼女の頭を軽く小突いて覚悟を決めた。
「よし、やるぞっ」
「はいっ」
「うんっ」
声を上げ、俺たちは三方向に走り出す。
「『攻めの姿勢』『野獣の牙』『野獣の脚』! ――『威圧』ッ!」
「『キャストアップ』『アシストコード』」
いくつもの強化を自身に施す二人は、それぞれの相手を睨む。
レティの声によって、赤眼の頭がゆっくりと顔を向ける。
ラクトは短弓の弦を引き絞り、青眼の首元に攻撃を仕掛けていた。
二つの首がそれぞれの方を向き、左右に大きく開く。
中央の金眼が真っ直ぐに走ってくる俺を睥睨する。
「一応、俺も多少は戦えるんだぞ」
その憎たらしい眼を睨み返して口の中で呟く。
「レッジ!」
エイミーの声。
黒い影が頭上に落ち、反射的に横へ飛ぶ。
瞬間、そこに赤眼の頭が振ってくる。
「すみませんレッジさん!」
「大丈夫だ」
レティがすぐさま駆け寄ってきて、赤眼に攻撃を仕掛ける。
その隙に脇を通り抜け、巨大な白鱗のとぐろの前に立つ。
「ふっ」
勢いをつけたまま大きく跳躍し、鱗を掴む。
全身を使い、金眼を目指して登っていく。
「ぐあっ!?」
大きく蛇の身体が揺れ、俺を振り落とそうとする。
指先に力を込めてそれに耐えつつ、少しずつ前へと進む。
「『
氷の矢が俺の真横を掠め、蛇の体表に突き刺さる。
冷気が広がり、周囲は一瞬にして硬い氷となった。
「助かるな」
動きがなくなり、登りやすくなる。
俺は彼女が作ってくれたチャンスを失わないよう、駆けるように登る。
「もう少しだ」
一段目を登り切り、二段目を飛び越える。
三段目に手を掛ければ、もうすぐそこに目指す場所がある。
「さっきはよくもやってくれたな」
太い首の先にある金色の眼を睨む。
首に手を掛け、登っていく。
氷の矢は断続的に、着実に俺のすぐ近くへと突き刺さり、足場を固定してくれる。
気が付けば俺は、大蛇の頭に手を掛けていた。
「ふっ――」
インベントリから取り出すのは、一本の槍。
それをきつく握りしめ、金色の眼を覗く。
「――『鱗通し』」
滑るようにその切っ先が蛇の目を貫く。
鮮血が吹き、一瞬遅れて大きく頭が揺れる。
槍を杭にして振り落とされないようにしがみつき、動きが収まると同時に反対の眼も潰す。
天地を揺らすような轟音が鳴り響き、それが蛇の悲鳴だと気付く。
「レッジさん、HPが!」
レティの声に、頭上を見る。
蛇のHPが大きく削り取られていた。
それと同時に左右の頭も目に見えて動きを鈍くする。
「やれっ!」
俺の声を聞くまでもなく、彼女たちはその好機を逃さず行動する。
鎚が鱗を砕き、矢が肉を貫く。
防戦に徹していたエイミーの拳も、ようやく本来の仕事を発揮する。
趨勢はこちらに向き、戦況は覆った。
俺たちは積年の恨みを晴らすかのような猛攻を仕掛ける。
それに耐えかね、三つの首が全て地に墜ちるまではそれほどの時間も掛からなかった。
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Tips
◇状態異常;石化
全身が硬直し、行動不能となる状態異常。時間経過で解除されるが、比較的他の状態異常よりも長時間に渡って効果が続く。効果中は物理攻撃に対する防御力が低下し、アーツ攻撃耐性が若干上昇する。身体は動かせないが意識や感覚は問題なく残っている。〈異常耐性〉スキルによって抵抗力が上昇する。
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