第52話「三色の眼」
『
彼女が倒れてしまえば、その瞬間にこのパーティは瓦解する。それだけはどうしても防がなければならなかった。
「レティもすぐに回復させるからな」
「はいっ。ありがとうございます」
二人に3回ずつ施すことで、ようやく安全圏まで持ち直す。
「ありがとうレッジ。助かったよ」
「よく持ち堪えてくれたな」
ラクトが胸をなで下ろす。
本当に、
俺は今もボスからの攻撃を凌ぎ続けているエイミーに尊敬の念を込めて視線を送った。
「けどこっちからもダメージは与えられてないよ」
ラクトの言葉に、視線を蛇の頭上に向ける。
そこに表示されたHPバーは傷一つ無く、真っ赤に染まっていた。
「エイミーはともかく、レティやラクトの攻撃も効かないのか?」
レティはこのパーティの中で一番物理攻撃力に長けたスキル構成で、ラクトはアーツという強力な武器を持っている。二人の力を以てしてもほとんど削れていないという事実に、俺は驚きを隠せない。
「攻撃が効かないわけじゃないんだよ。――ないんだけど」
ラクトは首を振り、しかし浮かない表情で言う。
「ほら、レティを見て」
彼女に促され、岩の陰からレティを捜す。
白蛇のとぐろのすぐ近くに立って、彼女は大きくハンマーを振り上げていた。
「てりゃぁああっ!」
『ジャァッ!』
しかし、彼女の渾身の一撃は青い眼をした蛇の頭に遮られる。
まるで金属に打ち付けたかのような甲高い音が地中の空間に反響する。
「ぐぬぅ、面倒臭いですねっ」
忌々しげに青い眼を睨み付け、レティが吐き捨てる。
蛇のHPはほとんど全くと言って良いほどに減っていない。
「アイツ、異常に防御力が高いみたいで全然ダメージが入らないんだよ」
「そうなのか……。ラクトの方は?」
「見ててね。――『
ラクトはあまり覇気のない声で
『シュリリリリッ』
蛇へと一直線に突き進む矢の雨の進路を、赤い眼の頭が阻む。
矢は全て蛇の頭に直撃するが、僅かな手応えも感じさせないまま呆気なく減衰してポロポロと落下した。
赤眼はまるで俺たちをあざ笑うかのように、ピンク色の舌を細かく揺らして掠れた声を発する。
「普通、物理に強いエネミーはアーツに弱かったりするんだけど。こんな風にあいつはどっちも全然効かないんだ」
すっかり落胆しきったラクトが力なく言う。
その間も三つの首は目まぐるしく動いて攻撃を続け、エイミーとレティが耐え凌いでいる。
「……」
俺は額に手を置き、思考を巡らせる。
理不尽な敵など存在しないはずだ。強大で分厚い壁に見えても、必ずどこかに突破口は存在する。
金眼が挑戦するかのように俺を見下ろす。
「何かあるはずだ……」
レティの攻撃はことごとく機敏に動く青眼によって阻まれている。
いまだ活力に溢れる様子の三つ首の蛇は、一切疲労の兆候を見せていない。
「……なんで青眼だけなんだ?」
「レッジ?」
ふと気付く。
小さく呟いた俺に、ラクトが首を傾げる。
「なんで青眼だけがレティの攻撃を凌いでる?」
「ふやっ!? ちょ、ち、近い!」
ラクトの肩を掴み、思わず捲し立てる。
「ラクト、青眼を目がけてアーツを使ってくれ」
「ふえ、あ、はい……」
目を丸くしながらも彼女は素直に頷く。
もじもじと身体をくねらせて、アーツを準備する。
「『
氷の矢が空気を裂いて進む。
それは青眼の横顔を目指し――
『シュララッ』
横から割り入ってきた蛇の首筋に突き刺さる。
「分かってきたぞ」
「ど、どういうこと?」
困惑するラクトに、俺は組み立てた仮説を話す。
「あの蛇は、頭によってステータスが違う。恐らく青眼は物理防御力が高い代わりに、アーツには弱い。それで、赤眼はその逆だ」
首筋に残る氷の欠片を煩わしそうに振り落とす赤眼を睨む。
それを聞いて、ラクトもはっと目を開いた。
「レティ、エイミー、聞いてた?」
『ばっちり!』
『もちろんです!』
通話を通して、俺の声は前衛の二人にも伝わっていた。
彼女たちは互いに目を向け、行動を変える。
レティはその場を離れ、赤眼の元へと向かった。
『シュルァアアアッ!』
行かせまいと青眼が彼女の背中を追うが、それは鋭い打撃を受けて阻まれる。
「あなたはこっちにいなさい!」
双盾を構え、啖呵を切るエイミーに青眼が激昂する。
その隙にレティは敵の懐へ潜り込み、大きく鎚を振り上げ――
「『破砕打』!」
振り込まれた一撃は白蛇の細かな鱗を吹き飛ばす。
強靱な筋肉にヘッドがめり込み、筋が断ち切れる。
蛇の頭上にあるHPバーが、僅かに削られた。
「やりました! レッジさんの言うとおりです!」
レティの歓声。
差し込んだ一筋の光明に、彼女たちが湧き上がる。
「ラクトは行けるか?」
「だめ、ここからだと着弾前に赤目に遮られちゃう」
表情を曇らせ、俯くラクト。
俺は少し考え、彼女の前にしゃがんだ。
「ほら」
「ほらって……?」
訝る彼女に向かって、手のひらを向ける。
「乗れ。運ぶから」
「はっ!?」
目を丸くして顔を真っ赤にする。
そんなに恥ずかしがられると、俺まで照れるんだが。
「俺が足になるから、近づいて撃て。一応、速度には自信がある」
「うぅ……」
彼女は蛇と俺の背中の間で視線を彷徨わせ、逡巡する。
結局吹っ切れたのか、彼女はぎゅっと目を閉じて俺の背中に飛び乗った。
「よろしくっ」
「任せろっ」
立ち上がり、一息に駆け出す。
彼女の細い腕が首に回される。
「エイミー! 援護頼むっ」
「了解!」
急接近する俺たちのほうへ首を向ける赤目の頭突きを、エイミーが間に割り込んで止める。
三つの首を相手にしているとは思えないほどに鮮やかな手業で、彼女は巧みに攻撃を捌き続けていた。
「とりあえず近くに走るから、自分のタイミングで撃て!」
「分かったよ!」
半分自棄になったようなラクトの声に、思わず笑みがこぼれる。
俺はいっそう足に力を込め強く地面を蹴る。
金眼と赤目の攻撃をすれすれの所で避けながら、一心に前へと突き進む。
「もうちょっと」
「ああっ」
ラクトの身体が強ばるのを感じる。
俺ですら圧倒される巨大な蛇だ。体格の小さな彼女が受ける恐怖は相当なものだろう。
「もう少し……ッ!」
彼女がぎゅっと口を結ぶ。
とぐろの側まで到達し、それでも俺は勢いを殺さない。
そのままに鱗に覆われた皮に手を掛け、足を跳ね上げる。
「うぉぉおおおおっ!」
「『
指先と足、全身を駆使して蛇の身体を登っていく。
頭突きが来れば横飛びに避け、更に上を目指す。
「『
二段目を登り、三段目に手を掛ける。
何千年と生きた神木のような、太い太い身体に爪を差し込む。
槍を突き刺し、僅かな凹凸を蹴り、頂点を睨む。
「ラクト!」
「『
初めて目にする、巨大な矢が瞬時に生成される。
それは透き通るほど美しい氷で構成されていて、恐ろしいほど鋭利な切っ先を真っ直ぐに向けていた。
ラクトの白い指先が振られ、滑るように矢は放たれる。
「届け――!」
主の命を受け、それは空気を裂く。
他の介入を許す間もなく、それは青眼の喉元に深く打ち込まれる。
『ギュァアアアアアッ!!』
洞窟内に響き渡る絶叫。
のたうち回る首に掴まりきれず、俺たちは振り落とされる。
「きゃあっ!」
「ラクトッ!」
ラクトを抱き、背中を下に向ける。
一瞬後、強い衝撃が全身を貫く。
「レッジ!? 大丈夫!?」
「がふっ。だ、だいじょ……」
息が詰まり舌が回らない。
ラクトは無事なようで、心配そうに俺を見下ろしている。
視界がぼやけるが、なんとか蛇のHPを確認できた。
「良かったな。削れてる」
「そうだけど、レッジも危ないよ!」
蛇のHPは一気に2割ほども削れていた。
ラクトの渾身の一撃は大きな牙となったらしい。
しかし落下のダメージで俺もかなりLPを削られた。その上機体を損傷しているのか、動けない。
「レッジ、とりあえず岩陰まで……」
俺の脇に腕を差し込み、ラクトが引き摺る。
その間もエイミーとレティが密接な連携を取って、赤目にダメージを与え続けていた。
「ッ!?」
金色の眼がこちらを睨んでいた。
しかしそれは俺を見ていない。それは己に明確な傷を与えた彼女を見据えていた。
金色の眼が光る。
「ラクト――!」
「えっ」
ひん曲がった関節を無理に動かし、立ち上がる。
ラクトを押し倒し、彼女の上に覆い被さる。
直後、背中を強烈な電流のような衝撃が駆け巡る。
「レッジ!?」
ラクトが驚愕に目を開く。
背中を中心に、じわじわと身体がしびれていく。
彼女が俺の下から這い出て悲鳴を上げた。
『状態異常:石化を受けました』
そんなログが流れ、俺の身体は硬直した。
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Tips
◇〈登攀〉スキル
険しい崖や峻険な岩肌を掴み、登るスキル。道無き道を探し、愚直に進み続けるには優れた観察眼と判断力を要する。
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