第50話「新イベントは突然に」
二人が〈猛獣の森〉の方へと出発し、また俺は一人静かなキャンプに残される。
いちおう、通話機能を使えば彼女たちと会話もできるのだが、どうやら二人はその機能を使って戦闘をこなしているらしく、そこに非戦闘員の俺が加わるのもどうかと思って控えていた。
「ていうか、〈支援アーツ〉のレベル上げも兼ねて付いていっても良かったか」
そんなことも思ったものの、彼女たちはすでに姿も見えず後の祭りである。
結局俺はキャンプの維持を努めることに専念するのが一番大きな役目らしい。
「〈罠〉スキルも上げておきたいしな。防衛設備を固めるか」
そう言ってソファから立ち上がる。
スケイルサーペントの素材を鑑定してしまって手持ち無沙汰になっただけだが、そう言うだけでなんとなく仕事している感じを出すことができる。気がする。
「こっちも新しいテクニック揃えないとなぁ」
現在の〈罠〉スキルのレベルは27。しかし俺が習得しているテクニックは、レベル10の『耐久強化』までだ。レベル20テクニックは当然のこと、レベル30テクニックもそろそろ視野に入ってくる。
「どんなテクがあったかね」
公式Wikiを開き、〈罠〉スキルの項目に移動する。
そこにはスキルの概要と、現在までに判明しているテクニックの情報。更には効率的なレベリング法なども記されていた。
生の情報、リアルタイムに更新されていく情報を集めるのなら掲示板の方が得意だが、こういったデータを参照するならWikiの方が手っ取り早い。
「レベル20は、『掘削』か。単純に穴を掘るテクニックみたいだが」
Wikiの情報によると、レベル20テクニックは『掘削』という名前だった。
効果は名前のとおり、地面を掘って罠を設置する場所を整えるというもの。〈野営〉スキルの『地形整備』に似ているな。多分これも掘る穴の大きさで消費するLPが変化するのだろう。
頑張ればこのテクニックを使って落とし穴なんかの地形そのものを罠にするものも作れるようになるらしい。
『地形整備』は地表の凸凹を無くして平面を作り上げるだけだが、『掘削』はかなり応用が利くようだ。
「これは欲しいなぁ。この遠征が終わって金が入ったら買いに行こう」
財布の底に穴が開いているような発言だが、一人なので気にしない。
これは全部未来に対する投資なのだ。
「次のレベル30は『隠蔽』か……」
ページを進め、〈罠〉スキルレベル30のテクニックを見る。
それは『隠蔽』という名前のもので、こちらも分かりやすく設置した罠が発見しづらくなるように隠すものらしい。『罠設置』だけでも少し色がカモフラージュするものになるが、それよりも強力な効果なのだろう。
「しかし、今のところトラバサミも避けられる様子が無いがなぁ。もっと奥のフィールドに行ったらそういうのに敏感な原生生物もいるんだろうか」
現在困っていないとは言え、以後も永劫困らない訳ではない。というよりもこういうテクニックが用意されている以上、絶対に活用しなければならない場面がでてくるのだろう。
「ま、今は急いで買う必要も無さそうだな」
とはいえ金というのは不思議と有限なもので、使えば減る。
現状特に必要としていないのなら、早急に揃える必要もないと判断した。
「あとは〈取引〉スキルの方も上げておきたいな」
アイテムのトレードの時に意識して使っているが、それでもこのスキルはまだレベル10しかない。〈支援アーツ〉よりも低いレベルで、その使用頻度が察せられるというものだった。
しかしWikiのページを流し読んだところ、上位テクニックには面白そうなものが揃っている。レベル10の段階でも、NPC相手にアイテムの価格を交渉できるものがあって、それに強く惹かれた。
ていうかこれがあればここまで金欠に苦しまなかったのでは?
「〈機械操作〉も興味あるし……」
レティが置いていった機械牛を一瞥する。
膝を折ってテントの側に待機する様子は、どこかほのぼのとしていて平和的だ。目にあたる部分に赤いランプが灯っているから起動状態ではあるのだろうが、レティにしか動かせないので俺には何もできない。
『もしもし、レッジさん!』
「ん、どうした?」
ちょうどその時、コール音が鳴り響いてレティから通信が入る。
応答すると、彼女は走りながら掛けてきているのか、息を荒げながら話し出す。
『無事にエイミーと合流して、カイザーを倒しました。今は皆でキャンプを目指してるところです』
「そうか。お疲れさん。しかしそんなに急ぐ必要もないだろ」
首を傾げて言うと、くぐもった声がクツクツと笑う。
口をへの字に曲げていると、レティは偉そうな口調で言った。
『にゅっふっふ。ところがどっこいレッジさん! 実はエイミーが特大ニュースを持ってきてくれたんですよ』
「ほう? それは一体?」
『まだ秘密でぇす!』
切って良いかな。
俺は切断ボタンに伸びかけた指を押さえ、こほんと咳をする。
「その理由は?」
『レッジさんを焦らしたいからですっ』
憎たらしいほどに明るい笑顔が鮮明に脳裏をよぎる。
気が付けばツーツーと電子音が鳴り響き、通話は切れていた。
「もーっ! ひどいじゃないですか、突然切るなんて!」
数分後、頬をぷっくりと腫れさせたレティを先頭にしていつものメンバーがキャンプにやってくる。
俺はレティの耳の間に軽く拳を落として黙らせる。
「それで、ニュースってのはなんなんだ?」
「ふふふ。その様子だとレッジは公式サイト見ていないみたいね」
オックスシリーズの上からコートを羽織ったエイミーが不敵な笑みを浮かべて俺を見下ろす。
後ろに立つラクトも既に聞いているのか、小憎たらしい笑みを向けていた。
「公式サイト?」
「ええ。そこに告知が来てたのよ」
「そういえば全然見てなかったな」
エイミーの言葉で、俺も久々に思い出す。
ゲーム内の情報なら基本的に掲示板とWikiでなんとかなるから忘れているが、運営からの告知などは公式サイトのニュースページを介して告知されるのだ。
「それで、何があったんだ?」
「それはね……」
一呼吸置いてエイミーは言葉を焦らす。
なんでこうも、このパーティの女性陣は俺をいじめるんだ。
「――第1回イベントの予告が来てたの!」
「ッ!? イベント!」
胸の中のもやが一息に吹き飛ぶ。
それほどの衝撃を、エイミーの言葉は俺に与えた。
「しょ、詳細は!?」
俺は思わず彼女の胸の前ににじり寄り、問いただす。
エイミーは困ったように目を細め、肩に手を乗せてきた。
「まあまあ落ち着いて」
「そうですよ。くっつきすぎです」
「あっ。す、すまん」
仏頂面のレティに言われ、俺は多少の冷静さを取り戻す。
するすると後退し、エイミーに謝罪する。
彼女は気にしていないと手を振って、イベントについての情報を語った。
「イベントのタイトルは〈特殊開拓指令;暁紅の侵攻〉。一定時間ごとに現れる原生生物の群れからスサノオを防衛するって内容みたいね」
「ディフェンスゲームか。なかなか面白そうじゃないか」
その内容に知らず浮き足ってしまう。
普段のプレイも楽しいが、イベントとなればまた趣が違う。それぞれに好きなことをしていたプレイヤーたちが一丸となって一つの道を進む、それだけでも心が躍る。
「それ、他のプレイヤーは?」
「当然知ってるわ。掲示板も活気づいてるし、町も騒がしかったわね」
「だろうな。――イベントの内容は戦闘なんだろう? それなら俺たちも戦力増強しないと」
「ええ。もちろんそのつもりよ」
エイミーは胸を張り、その前で拳を打ち付ける。
レティやラクトも気炎万丈で、それぞれの瞳に輝きを見せていた。
「それじゃあイベント目指して、頑張ろう!」
言葉と共に拳を突き上げる。
彼女たちもそれに続き、俺たちは意志を固めるのだった。
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Tips
◇特殊開拓指令
開拓司令船アマテラスのメイン演算システム〈タカマガハラ〉より発令される最重要任務。緊急性、重要性、危険性が高く、多数の地上開拓作業員が綿密に連携し遂行することが求められる。ハイリスクである反面、ハイリターンでもあり、厳しい条件を突破した場合には潤沢な報酬が支払われる。
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