第49話「ハリボテの城は霧散して」

「なんなんですかレッジさん!」

「あんなの初めて見るんだけど!」


 キャンプ内で掲示板を見ていると、レティたちが慌ただしく飛んできた。

 俺はソファから起き上がり、ひとまずキッチンのストーブに置いたケトルからマグカップにお茶を注いで二人のもとへ持って行く。


「まあ二人とも、とりあえずこれでも飲んで落ち着けって」

「あ、どうも」

「ふぅふぅ……。おいしい――って違うよね!?」


 いそいそと受け取る二人だったが、ラクトが声を上げる。


「なんなのあれ!? ていうか、ここも何なの!?」


 ラクトはキャンプの中を見渡して混乱する。

 まあ、床がフローリング敷きだったり壁が煉瓦造りだったり、色々と様変わりしているからその反応も不思議じゃない。

 俺はコーヒーを一口飲み、


「昨日面白いものを買ったからな、試しに使ってみたんだよ」

「面白いものって……。これだけのカスタム、すごく手間とお金が掛かってそうですけど」


 恐ろしいものを見るような目で天井を見上げるレティ。

 たしかに周囲を囲む立派な城壁も、そこに備えられた大きな大砲も、カスタムで作ろうと思うとかなり大変な道を歩むことになる。

 しかし俺は、彼女たちの反応を楽しみながらも首を横に振る。


「カスタムじゃない。ついでに言うと、これらは本物でもない」

「本物じゃない……?」

「どういうことでしょうか」


 更に困惑が深まったらしく、二人は互いに目を瞬かせる。

 そんな様子も十分楽しんだし、ネタばらしと行こう。


「〈野営〉スキル30レベルのテクニックに『アセット配置』ってのがあってな。要はハリボテをキャンプ地に設置するもんなんだが、それと一緒に〈中世の城塞セット〉っていうアセットを買ったんで、試しに使ってみたんだ」

「アセット……。ハリボテですか」


 それを聞いて、レティは確かめるように近くの壁を触る。

 赤い煉瓦の表面を撫で、彼女はさらに首を傾げた。


「ちゃんと感触はありますし、本物にしか思えません」

「見た目と感触だけはな。でも機能は一切ないし、時間経過で消えるんだ」


 そう言っているうちに時間が来て、丁度良いタイミングになる。

 煉瓦の壁やフローリングは溶けるように消滅し、いつもの鉄鋼の防壁に囲まれたキャンプ地に戻る。周囲を囲っていた高い城壁も当然霧散して、そこには何もなくなった。


「うわぁ、なんだか不思議な感じ」


 風に流されてゆくハリボテの残滓を目で追いかけ、ラクトが無邪気な声を上げる。

 完全に雰囲気を楽しむだけの要素なのだが、それだけに消えてしまうとその存在感の落差に驚く。


「これを買ったから金欠だったんですね」

「ああ。これがまあまあ高くてなぁ」


 実用性は全くといって良いほど皆無な代物だが、規模が規模だけにかなり高かった。ぶっちゃけると、〈アルドニーワイルド〉で購入したどのアイテムよりもぶっちぎりで高い。

 そんなことを言えばレティにねちねちと口撃されそうだから伏せておくが。


「あれ、でもそこのソファとストーブは本物なんだね」


 目敏く気付いたラクトに頷く。


「キャンプ、というかテントの中もだいぶ広くなったからな。これくらい置いた方が落ち着くだろうと思って」

「テントとは名ばかりの要塞ですけどね」


 鋼鉄の天井を見上げて苦笑するレティ。

 確かにこれをテントと言い張るのは少し厳しかったかも知れない。


「ちなみにこのキッチンストーブは〈料理〉スキルも使えるぞ」

「おお! そういえばレッジさん料理したいって言ってましたね」

「待ってる間って割と暇だからなぁ。煮込み料理なんかで時間潰せたらいいんだが」


 実際の〈料理〉スキルのシステムはよく分からないが、狩りに出かけている彼女たちを待つ間に何かしら作って待つのも有意義なものだろう。

 なんてことを考えてわくわくしていると、レティが思いだしたように手を打った。


「そうだ! レッジさん、レティたち二人でスケイルサーペント倒したんですよ!」

「しかもノーダメ! わたしたちも強くなったよねぇ」


 彼女に続いてラクトもしみじみと零す。

 レティは俺の腕を引っ張ってテントの外に出て、そこに安置されていた巨大な白い蛇を見せた。


「じゃじゃーん! どうですかこの大物!」

「すごいな。これ、俺たちが初めてここに来たときに襲われた蛇か」

「レッジさん名前知らなかったんですか!?」


 姿を見て俺も記憶を呼び起こす。

 あの時はたまたまラクトが居てくれてとても助かった。そう時間も経っていないというのに、何故だろうか少し懐かしい気持ちがこみ上げてくる。


「というわけでレッジさん、ちゃちゃっと捌いて下さい」

「おう。任せとけ」


 ここからは俺の出番。俺の仕事だ。

 レティたちはテントの中でLPの回復に努めると言ったので、一人で作業を始める。


「それじゃあこいつの出番だな」


 取り出したるは〈簒奪者のナイフ〉。昨日購入した真新しいナイフは、傷一つない刃を白く輝かせ、早く獲物を見せろと急かしているようにも見えた。

 先端が鉤爪のように反り返っているこのナイフなら、細かい作業も正確に行える。

 とはいえ今回は獲物がかなり大きいから、出番は無いだろうか。


「さあ、始めよう」


 腕を捲り、気合いを入れる。

 そうして記念すべき第一刀を白い鱗の間に突き刺した。


「おおっ?」


 シャリシャリと皮を裂く刃先の感触が素直に伝わる。

 驚く程スムーズな通りに思わず声が出た。

 今まで使っていたナイフがただの棒なのかと錯覚してしまうほどに切れ味がいい。


「まさかこんなに違うとはな」


 さすがはスキルレベルを30も要求するだけある。

 本当ならレベル10とか20とかの節目節目に新しいアイテムへアップグレードしていくものなのだろうが、すっかり忘れてしまっていた。

 初心者用の解体ナイフでも不都合は無いと思っていたが、これはもうあの頃には戻れないな。


「あっさり終わってしまった」


 刃を走らせる感触が楽しくて、気付いた頃には解体作業が終わっていた。

 インベントリに放り込まれるアイテムの数も、いつもの調子から考えると少し多くなっているようだ。それもこのナイフの効果だろう。


「このナイフが一番いい買い物だったかもなぁ」


 しみじみと新しいナイフを眺め、今一度噛みしめる。

 昨日、購入することを決断した俺を褒めてやりたい。


「っとと。なんだエイミーからか?」


 ナイフを見てうっとりする変質者おじさんになっていると、唐突に耳のそばでコール音が鳴り響く。

 現れたディスプレイに表示されているのは、エイミーの名前だった。


「はい、レッジだ」

『あ、レッジ? 今ヒマかしら? ていうかレティたちも一緒にいる?』

「ああ、いるぞ。今は三人で〈水蛇の湖沼〉まで来てるんだ」


 そう答えると、少し離れたところで悔しそうに唸る声がする。


『うう……。私はまだそのフィールド行けないのよね……』

「そういえばそうだったか。それじゃあ今からボスを倒すか?」

『ほんと? それは凄く助かるわ!』


 途端に声が明るくなる。

 こうして通話していると、エイミーも随分分かりやすいような気がする。


「レッジさん? 誰かと通話してるんですか?」


 不意に背後からレティが現れて、俺の顔を覗き込んでくる。

 気配を一切感じさせない不意打ちに驚きながらも、俺はエイミーから着信があったことを伝えた。


「そうでしたか。たしかにエイミーはこっちまで来られませんでしたね」


 そう言ってレティは唇に手を当て、少し考える。

 少しして、彼女は名案を思いついたと手を叩く。


「それじゃあレッジさん、レティとラクトで迎えに行ってきますよ」

「え、いいのか?」

「はい!」

「わたしもいいよー」


 いつの間にかやって来ていたラクトもそう言って頷く。

 向こう側にいるエイミーに提案すると、彼女も声を明るくして感謝の言葉を述べた。


「なんだか悪いな」

「キャンプはすぐには移動できませんし、レッジさんはそこから離れられないでしょう?」

「一応、行動制限が掛かってるわけじゃないぞ」

「でも防壁の外に出たらキャンプの効果が切れるでしょ。入り直しても数分間は効果復活しないし」

「それもそうだが……」


 いいから座って待ってて下さい、とレティに言われ、結局テントの中に押し込まれる。

 まあ俺が行ってもすることは無さそうだし、大人しく待っておこう。


「じゃ、行ってきまーす!」

「おう。気をつけてな」


 そうして俺は、再び出かけるレティたちを見送るのだった。


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Tips

◇アセット

 〈野営〉スキル、レベル30テクニック『アセット配置』によってキャンプ地に設置できる使い捨てアイテム。特殊効果などは皆無の雰囲気のみを楽しむための、趣味に振り切ったもの。一定時間が経過すると消滅してしまう。サイズや種類、値段も様々で、壁の一部分だけにテクスチャを貼付するものから、大規模な建造物まで多種多様。


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