第48話「少女たちは成長を実感する」

 濃霧のかかる沼地を駆ける2つの影があった。

 レティは耳を立てて周囲を警戒しつつ先行し、その後ろをラクトが続く。

 〈水蛇の湖沼〉に生息する原生生物たちは、環境に擬態し奇襲する“待ちの戦法”を得意としているものが多い。先手を取られぬように常に気を張っておく必要があり、レティはキリキリと神経を張り詰めていた。


「まずは何を狙う?」

「スケイルサーペントなんて狩れたら幸先良いと思いますけど」

「あはは。確かにね」


 速度を緩めず、二人は遠隔通話機能を使って会話する。

 声を張り上げてしまえば、どこかに隠れているエネミーたちに気付かれる可能性があるが、これならば囁き声でも会話ができた。


「――ッ」

「っとと」


 しばらく進んだ先で、レティが腕を上げて立ち止まる。

 ラクトも足を伸ばしてつんのめりながらも動きを止め、彼女の後ろについた。


「見つけた?」

「はい。良かったですね」


 肩越しに振り返り、レティは不敵な笑みを浮かべた。


「スケイルサーペントですよ」


 ラクトが目を見開く。

 レティの身体ごしに顔を出して、広い沼地を眺める。


「どこ?」

「あそこの木の陰です。ほら、少しだけ」


 レティの指さした方向に視線を向け、ラクトもそれに気が付いた。

 濁った水面に薄く影がある。

 周囲に浮かぶ水草の葉に紛れて、金色の瞳を覗かせていた。


「ラクト、先制お願いします」

「了解」


 スタンダードな戦法だ。

 沼の中に潜むスケイルサーペントに気付かれていないうちに、ラクトのアーツで奇襲を仕掛ける算段だった。


「『ブースト』『アシストコード』 ――」


 ラクトが青いフードを押し上げ、アーツを放つ準備に入る。

 いくつかのバフによって自身の能力を引き上げ、最大限の一撃を大蛇に向ける用意を整える。

 彼女は若草色の瞳を鋭くし、詠唱を囁く。


「『冷却する針の乱れ矢クーリングニードルアローズ』!」


 虚空に生成された無数の氷の矢が一方向に解き放たれる。

 水面すれすれを勢いよく駆け抜け、それらはスケイルサーペントの頭部へと直撃する。


「いきますっ!」


 水蛇の絶叫が響く中、レティが勢いよく駆ける。

 飛沫が上がり頬を濡らす。それに構わず、彼女は大きく息を吸い込んだ。


「『攻めの姿勢』――『野獣の牙』――」


 走りながら彼女は自己を強化する。

 防御を犠牲にして攻撃力と速度を高め、継続的なダメージを代償に更に攻撃力を高める。

 悪路をものともしない速度で、彼女はあっという間に白い蛇へと肉薄し、そのハンマーを振り上げる。


「『爆砕破』!」


 その一撃は蛇の太い身体を貫き、地面すら揺らす。

 硬い鱗を砕き、骨すら割り、なおも有り余る衝撃が大蛇の体内を駆け巡る。


「『拡散し凍結する矢ディフュージョンフリーズアロー』!」


 大技を放ち、動きが鈍るレティを見逃さない大蛇。

 大きく顎を開けて噛み掛かろうとする大蛇の腹を、太い矢が貫く。途端にその巨体は凍結し、動きを止める。


「ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 その隙にレティはスケイルサーペントの間合いから抜け出し、体勢を整える。


「『威圧』! 『弱点発見』!」


 立て続けにテクニックを使用し、後方のラクトに向かっていた水蛇の注目をもぎ取る。

 彼女の赤い瞳には、身体の表面を這う弱点が鮮明に捉えられていた。


「とりあえず頭が安定ですね」


 知らず笑みを零しながら彼女は再度駆け寄る。

 動けないスケイルサーペントの身体を蹴って登り、三角形の頭の上まで飛び上がる。


「『震盪撃』!」


 脳の奥まで揺らす一撃が、クリティカルと共に打ち出される。

 碌な反撃もままならないままにスケイルサーペントは視界を明滅させて気絶する。


「じゃあ、トドメだ。――『凍てつくフリーズ鋭利な針の長矢ニードルアロー』」


 すらりとした長大な矢が射出される。

 それは蛇の脳天を貫き、尻尾の先までを一線で繋ぐ。

 赤い鮮血のようなエフェクトが噴き出し、美しい純白の鱗を汚した。


「ふぅ。おつかれさま」

「お疲れ様です。完封できましたね」

「だねぇ」


 ファングハンマーをしまいながらやってくるレティに、ラクトは笑みを向ける。

 数日前は追われる存在だったスケイルサーペントを、一切の被弾なしに倒すことができた。

 その事実を実感し、二人は感慨深い思いを胸に抱く。


「〈牧牛の山麓〉に行ってる間もちょいちょいレベル上がってたし、結構強くなったんだなぁ」

「これならボスも倒せるかも知れませんね」

「そういえば、まだここのボスは出会ってないね」


 不思議そうに首を傾げ、ラクトが言う。

 まだ訪れるのも二回目のフィールドではあるが、ボスの姿どころか気配すら感じたことがない。

 スサノオから2つのマップを挟んだ先ということもあって面積も広大なのだろうかとラクトは考える。


「〈水蛇の湖沼〉っていうくらいですし、ボスは蛇なんでしょうか」

「だろうね。スケイルサーペントの親玉みたいな奴なのかな」


 半分泥の中に沈んだままのスケイルサーペントを見て、二人は眉を寄せる。

 あれでも二人の背丈を軽く超えるほど大きいというのに、それよりも大きいとなるとかなりの威圧感だろう。


「よし、とりあえずスケイルサーペントをキャンプまで持って行こうか」


 休憩を終え、ラクトが冗談めかして切り出す。

 レティも頷き、スケイルサーペントの長い尻尾の先を掴む。


「じゃあ戻りましょう」


 そうして彼女はずるずると蛇を引き摺り、来た道を戻る。

 ラクトはいつでも襲撃に対応できるよう警戒しながらも、彼女の怪力に呆れた。


「当然のように運んでるけど、ほんとに持って行けるとは思わなかったよ」

「昨日ブルーブラッドをアップデートしたお陰ですかね。いつもより身体が軽いんですよ」


 少女がその何倍も体積のある大蛇の尻尾を背負って引き摺る様子は、控えめに言って異様だった。

 ラクトはまだこのフィールドにあまり人が来ていないことに感謝する。


「なんにせよレティたちが普通に解体するより、レッジさんが解体するほうがお得ですから」

「結構違うよね。1.2倍くらい?」

「昨日新しいナイフ買ってたみたいですから、もっと増えそうですよ」


 それで散財したのか、とラクトは察する。

 彼女も薄々感じていたが、レッジには浪費癖があるようだ。


「レッジはなんか、家電みたいだよね」

「家電ですか?」

「一家に一台。あると便利でQOLが上がる感じ」

「ああ。言い方はひどいですけど、間違ってないですね」


 むんと胸を張って言うラクトを、レティは苦笑して見る。

 確かにレッジの持つスキルの殆どは、普通に戦闘やアーツを使う上ではなくても困らないものばかりだ。しかし彼はそれらを上手く使いこなし、レティやラクトたちパーティメンバーを支えている。

 言うなれば縁の下の力持ちだろうか。


「レッジさんのお陰で、LPを消費するテクニックも気兼ねなく使えるわけですし」

「だね。レティの新しい〈戦闘技能〉のテクニックとか、結構デメリット厳しいよね」

「『野獣の牙』ですか? たしかに効果中LPが減少していきますし、ソロだと結構使いづらいですね」

「わたしも『ブースト』とか『キャストアップ』とか、ソロだと使いづらいよ」


 他のゲームでいうHP、MP、STの全てがLPに一本化されているこのゲームでは、それらを消費するテクニックやアーツを使うことが死へ近づくことと同義になる。

 そのためアンプルなどのLP回復手段を持つ必要があるのだが、それが今の段階ではまだまだ高価な代物だった。


「とりあえずキャンプに戻りさえすれば回復できるっていうのは大きいですよね」

「だね。今後は支援アーツも使ってくれるみたいだし」


 ますます頼りになるね、とラクトは笑みを深める。


「ほら、そろそろキャンプが見えて、く……る……?」


 上機嫌のまま顔を上げ、キャンプの方向へ視線を向けるラクト。

 彼女の言葉は尻すぼみに小さくなり、やがて歩みも止まる。


「どうかしたんですか?」


 そんな彼女の様子を訝り、レティが尋ねる。

 ラクトは無言のまま、ゆっくりと指を前方に向ける。

 それに従いレティも視線を上げ、前方に目を凝らす。


「なんですか、あれ!?」


 そして放たれる悲鳴。

 彼女たちの視線の先には、無骨な大砲が並ぶ高い城壁を備えた物々しい要塞が鎮座していた。


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Tips

◇〈アーツ技能〉スキル

 アーツ系スキルの効率的な運用を補助するテクニックを揃えるスキル。アーツの触媒であるナノマシンだけでなく、LPの根源である八尺瓊勾玉の機能にまで影響し、LPを一時的に増大させたり、演算領域の割り当てを変えることで生産能力を強化することも可能。アーツを扱うならば是非習得しておきたいテクニックが多く、アーツユーザーには必須といっても過言ではない。


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