第47話「出稼ぎは鋼鉄の牛と共に」
衆人環視の中から逃げ出してきた俺たちは場所をいつもの喫茶〈新天地〉へと変えて、それぞれに好きな飲み物を注文し一息つく。ゆったりとした音楽と共に流れる落ち着いた時間に身を委ね、俺は先の騒動を振り返った。
「いくらなんでも、あれはやり過ぎだな」
「だねぇ。たぶんもう掲示板にも噂が流れてるんじゃない?」
紅茶を飲みながらラクトがしみじみと頷く。
俺も確認はしていないが、あれだけの注目を集めてしまって未だに掲示板に報じられていないと考える方が苦しいだろう。
「ネヴァもレティも深夜でテンションがおかしくなってたんだろうな」
「いやはや、面目ない」
レティは恥ずかしそうに俯き、後頭部を掻く。
別に褒めていないが。
俺はがっくりと肩を落とし、向こう側に座る彼女を見る。
「――で、レティは何食べてるんだ?」
正確に言えば、テーブルの上に鎮座まします大皿にこれでもかと盛られたパスタの山の横から頭を出して、今も猛烈な勢いでフォークを往復させるレティを見る。
「昇天ペガサスMAX激辛デラックスペペロンチーノ
食べますか? と彼女は真っ赤なパスタをフォークに巻いて突き出してくる。
少し距離があるというのに鼻までやってくるピリピリとした刺激に顔を顰め、丁重に断った。
「なんでこの店はこんなものを……」
「愛好家もいるんだから、世界って広いよねぇ」
倒れそうで倒れない絶妙なバランスを保ったままどんどんとレティの口へ吸い込まれていく昇天ペガサスMAX以下略。
見ているだけで胸焼けしそうで、俺はコーヒーをカフェオレに変えた。
「それでレティよ。あの試製機械式鋼鉄某は壊れちゃったのか?」
「そうですね。ステータスを見たら状態異常破損とあって、装備しようと思ってもできません」
「耐久値が削れきるとなる状態だったか。それじゃあネヴァに修理してもらうのか」
「そう思ってたんですが、ネヴァさんログインしてませんね」
まあ寝てるんだろうな。
彼女の無茶ぶりに付き合ってくれた優しい鍛冶師に感謝して、窓の外に向かって手を合わせる。
「ネヴァ、別に死んでないでしょ」
「気分だ」
気を取り直し、カフェオレで舌を湿らせる。
「あれはまず、自分にダメージ入るのがだめだろ」
「ですね。爆発に指向性でも持たせればいいんでしょうか」
「あとは単純に炸薬の量減らしたら?」
「妥当ですね。レティもあの爆発はちょっとびっくりしました」
「あれでびっくり程度で済むのか」
涼しい顔で言いつつ辛そうなペペロンチーノを頬張る彼女に、思わず戦慄を覚える。
彼女は可愛らしい顔をして荒々しい戦闘にも動じない胆力を見せる。時折、ゲームの枠を越えた“狩猟本能”のようなものを彼女の横顔から垣間見て、驚くことがあった。
「しかし、あれの改良版を作って貰おうと思ったら大変だろう?」
「そうですね。鉄も沢山使っていますし、技術的にも難易度が高いみたいなので」
言い切って、レティは不意に表情を曇らせる。
察するに懐事情が怪しいのだろう。普段からあまりいい加減な出費はしない彼女だからそれなりに貯めていたのだろうが、それも今回盛大に壊した武器の製作費でかなり吹き飛んだらしい。
少し考えて、俺は隣に座るラクトに視線を向ける。
「ラクトは装備の更新しないのか?」
尋ねると、彼女は微妙な顔になって頬を掻いた。
「そうしたいのはやまやまなんだけどね。アーツ使ってると触媒代で結構飛んでいくから」
「ああ。確かにナノマシンは結構高かったな」
期待していた答えが返ってきて、俺は思わず笑む。
「実は俺も昨日ちょっと散財してな、財布が軽いんだ。だから二人とも、ちょっとフィールドに籠もって稼がないか?」
彼女たちを見渡して言う。
二人はぱちぱちと瞬きして首を傾げた。
「そりゃあまあ」
「パーティですし、付き合いますよ」
「よし、じゃあ決まりだな」
俺はぐっと拳を握りしめ立ち上がる。
「じゃあ準備のために買い物にいくぞ!」
「お金稼ぐためにお金使うの!?」
「投資だよ投資」
呆れ顔のラクトに反論する。
レティはやる気に顔を明るくし、残っていたパスタをかき込む。
「それじゃあ善は急げです。出発しましょう!」
「おーう!」
「お、おーう」
若干一名気後れしている様子だったが、ともかく俺たちは新天地を後にした。
†
「それで向かう先が〈水蛇の湖沼〉かぁ」
「なんだか久しぶりって感じですね」
鬱蒼と生い茂る木々の隙間を進みつつ、レティが木漏れ日に手を翳す。
昼間の〈猛獣の森〉は獰猛な狼もおらず雑談する余裕もある。
「しかし、案外安かったなぁ」
俺は列の後ろを付いてくる存在を見て言う。
それは一言で表現するならば、鋼鉄製の牛だった。がっしりとしたメタリックなボディに、赤いライトの目が光っている。頭には
「運搬用機械牛、キャリッジキャトルですか。よく知ってましたね」
「今朝、掲示板見てたときにちらっとな。〈機械操作〉スキルで扱える上、それなりに便利ってことで評価は高いらしいぞ」
その牛のような形状をした機械は、荷物運搬を助ける役目を持っていた。外見に違わず力強く、速度は出ないものの、ある程度の悪路は問題なく踏破できる性能を持つ。個別のインベントリを持っており、そこに荷物を預けることで自分の重量限界を超えたアイテムを持ち帰ることができるのだ。
スサノオのマシンショップで売っていて、レンタルもできたため、それなりにリーズナブルな価格で借りることができた。
「レッジは〈機械操作〉スキル取らないの?」
「正直、興味はあるな」
しかし先立つものがない。
実はラクトの薦めで買いそろえたアーツ関連のアイテムの代金だけで、殆ど底を突きかけていた。
レティが〈機械操作〉を伸ばしてくれていたのは正に僥倖だった。
「レベルを上げれば『騎乗』っていうテクニックも使えるらしいですよ」
「機械馬なんかも乗れるんだよな。やっぱり浪漫だなぁ」
マシン自体が高価だったり、ランニングコストが重かったりと色々デメリットも多いらしいが、俺がそれを言うのもナンセンスというやつだろう。
「ほら、そろそろ沼に着くよ」
ラクトの声で呼び戻される。
段々と木が疎らになり、足下が頼りなくなってきていた。
「今回も例の岩場に行くんですか?」
「ふっふっふ。もうそんな七面倒くさいことしなくていい」
牛を牽きつつ付いてくるレティに、俺は首を振って応える。
周囲を見渡してそれなりに広い場所を見つけると、そこに立って不敵な笑みを浮かべる。
「『地形整備』!」
LPが支払われ、青い光が円形に広がる。
それは沼を波立たせ、やがて乾いた土が隆起する。足を絡める泥水は干上がり、カツカツと足音を鳴らす固い地面にすり替わる。
その中心に立ち、俺は唖然とする二人に思わず声を上げて笑った。
「はっはっは! どうだ新テクの威力は!」
「これ、〈野営〉スキルなの?」
「なんていうかもう〈野営〉の域からはみ出てません?」
恐る恐る陸地へと上がってきて、二人は驚きと困惑の滲む表情で地面を撫でる。
二人の言ったとおり、これは〈野営〉スキルのテクニックだった。その効果は名前の通り、キャンプの設営に適さない地形を整備するもの。地形の状態によって消費するLP量が変わる性質があり、今回は随分と使った。
昨日、レティと共に訪れた〈アルドニーワイルド〉で購入したスキルの1つだ。
「〈野営〉スキルで発動できるから〈野営〉スキルの範疇なんだよ。っとキャンプも設置しとかないとな」
整地した地面に要塞擬きのキャンプも設置し、消費したLPを回復していく。
「レッジってかなり規格外だよね」
「そうなのか?」
「自覚ないのかぁ……」
ラクトが額に手を当て項垂れる。
俺は普通に好きなことやってるだけなんだが……。
「ああそうだ。他にもテクニックは買ってるぞ」
キャンプの真ん中にある焚き火台の前に立ち、インベントリからアイテムを取り出す。
「『調理台設置』」
「これは、焚き火の上位互換ですか?」
肩越しに見下ろしてレティが言う。
その通り、黒い鉄製のオーブンは焚き火と同じ効果を持つオブジェクトだ。
そして更に、これを用いて料理をすることもできる。
「レッジ、〈料理〉スキル持ってたっけ?」
「これから上げるんだよ」
腕を捲って答えると、ラクトは神妙な顔になる。
こう見えても独身歴がそれなりに長いし、多少は自炊もできるんだぞ。
「これでキャンプ内での自然回復速度はかなり上がったはずだぞ」
「今はLPいっぱいだから分かんないね。ちょっと狩りに行く?」
「はい! 行きたいですっ」
「頑張ってこい。俺はキャンプを守ってるから」
ぶんぶんとハンマーを振るレティとフードを被って短弓を握るラクト。
二人が沼の奥へと向かうのを見送って、俺は更なる拠点の充実の為、作業を進めることにした。
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Tips
◇機械獣
原生生物の
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