第40話「黒鉄の要塞は巨牛を睨む」

 見晴らしの良いなだらかな丘陵の上に立ち、降り注ぐ陽の光をてのひらで遮る。風を受けて銀の波を立てる緑の海の向こうには、天に向かって聳える巨山の雄姿があった。


「そんでもって、アレがボスだな」


 ゆるやかに上下する丘に囲まれた盆地。視線をそこに落とせば、足を折ってすやすやと眠る巨牛が一頭目に入る。

 あれこそがこの〈牧牛の山麓〉のボス、生態系の頂点に立つ絶対強者。野を歩く牛たちの長だ。


「キャンプはここに建てるんですか?」

「ん? ああ。もうちょっと近くてもいいかもしれんが」


 のんびりと危機感を一切見せない牛を眺めていると、背後からレティが声を掛けてきた。

 彼女は武装を整え、ハンマーを肩に担いでいる。既にカイザーを倒しているとは言え、今回で二度目のボスだ。多少なりとも緊張している様子でその表情は少し硬い。

 俺は彼女の方へ振り向いて頷き、その後方で現在組み上がりつつあるキャンプへと視線を移動させた。


「もう建て始めてるからな。ここまできたらそう簡単には動かせない」


 先ほどいくつかのカスタムを施したキャンプは、設営の必要時間が何倍にも延びてしまっていた。

 今までは長いとは言っても三十秒で終わっていたものが、今はすでに十分が経過しているにも拘わらず未だ進捗は半ば程度である。いくら何でも長くなりすぎだろうと思ったものの、これからの戦いでは間違い無く柱となるため致し方ない。


「けど、この段階でも前よりかなり変わったね」


 準備を終えたラクトが弓を携えてやってくる。


「色々入れたからな。特に金属系は金が掛かった……」


 彼女の言うとおり、キャンプはその姿も大きく変貌させていた。

 以前は狼の毛皮を使った天幕が四方を囲んでいたが、それは鋼鉄の装甲へと置き換わっている。高さも倍以上に伸び、内側には足場も取り付けられている筈だった。


「なんていうか、要塞だよね」

「もはやキャンプじゃないですよねー」


 二人の感想に頷く。

 〈野営〉スキルと言うものの、これはもはやキャンプの範疇に収まっていない。大量の資材と金を投入しただけあって、もはや一つの建造物と言っても過言ではない。


「ネヴァも大変そうだったよね」

「まあな。鉄の在庫を殆ど買い占めたから」


 エイミーが呆れ顔で肩を竦める。

 俺が彼女と共にネヴァの元を訪れ、そこで製作を依頼したもの。それがこのキャンプ地のカスタムに必要な資材だった。俺は採集系のスキルを何一つ持っていないため、提供できるものは今まで狩ったエネミーの素材くらい。それらと交換でネヴァが持っていた金属類を集め、加工してもらったのだ。


「武器でも防具でもないアイテムだったから、苦労かけたよ」

「でしょうね……。〈野営〉スキルのアイテムなんて作ってる人の方が稀ですもん」


 とはいえネヴァは職人としての意地と誇りを懸けて完璧な仕事をしてくれた。


「ほら、そろそろ出来上がるぞ」


 彼女たちが振り返る。その視線の前で最後のパーツが浮き上がり、固定された。


「おぉ、立派じゃないか!」


 俺自身初めて見る新しいキャンプ地だ。思わず声を上げて手を叩く。


「……なんというか要塞ですよね」

「物々しいね」

「これ、こんなところにあると目立つわねぇ」


 ……あれ?

 女性陣の反応が思っていたものと違う。


「かっこいいと思うんだが」

「かっこいいとは思いますよ」


 おずおずと様子を窺うと、レティが苦笑して頷く。

 黒く光を反射する分厚い装甲が四方を囲む、二段の建造物。鳥瞰すれば八角形に見える形状をしていて、前後に両開きの扉が付いている。

 今回重視したのは防御力と耐久性、そして位置的優位だ。大量の鋼鉄を用いて重厚な防壁を作り、高い位置から攻撃できるようにしたのは今回のボス戦を見据えてのことだ。


「これならあのボスとも戦えるだろ。ダメージを受けたら中に入ってゆっくり休めるし」

「なんというか、反則じゃない?」

「システムに許されてるから……」


 ラクトの鋭い言葉に思わず喉が震える。

 俺だって薄々そんな気はしてたんだ。でも一切の違反行為はしていないと誓えるから問題ない、はず。


「実際、こうやってゆっくり準備ができる環境じゃないとなかなかできないことだしね」


 そこへエイミーが助け船を出してくれる。

 彼女の言うとおり、こうして拠点を構築できるのは敵である巨牛がのんきに眠っていてくれるからだ。これが仮に〈猛獣の森〉でのことなら悠長に拠点の完成を待つ暇も無くバトルフェーズに突入して木っ端微塵だ。

 建設中のキャンプというのは非常に脆く、エネミーの攻撃を軽く受けただけで資材もろとも破損して作業が中断されてしまうらしいからな。


「今回は環境が噛み合ってくれただけだ。そういうわけで準備はいいか?」

「レティはいつでも!」

「わたしもいいよ」

「右に同じく!」


 三者三様に返ってきた言葉に頷き、俺は丘の下で眠る巨牛を睨む。


「それじゃあ作戦通り、まずはラクトよろしく頼む」

「イエスマム!」

「誰がマムだ」


 そんな突っ込みも意に介さず、ラクトは弓を構える。矢を番え、キリキリと弦を引き絞る。


「二人はキャンプの中に。まずは耐久テストからだ」


 扉を開け、前衛の二人を収容する。

 ラクトは弓に力を溜め、その切っ先を褐色の牛へと定め――


「――フッ」


 離される指先。瞬間に弾け放たれる一条の矢。

 それは空気を切り裂き甲高い音を響かせ、一瞬で対象の皮へと突き刺さる。


「ブムォァアアッ!?」


 安眠から強引に覚醒し、巨牛が怒りと混乱に吠える。


「ラクトも中に」

「はいよー」


 真っ赤な瞳がこちらを見る。

 ラクトの弓を睨み、それが痛みの元凶だと判断したようだ。それは小さな山ほどもある巨体を四本の足で持ち上げ、かるく揺らす。ボロボロと砂が舞い落ちる中、それは蹄で地面を削る。

 小さな嘶き。


「来たっ」


 それを見届けて俺もキャンプの中へと逃げ込む。

 扉を閉め、内側から閂を掛ける。次の瞬間、外側から大地を揺らすような衝撃が打ち込まれた。


「ぐぅっ」

「ひええ……」


 突然の衝撃にレティが思わずうずくまる。

 その後も断続的にガンゴンと硬いものを打ち付ける音が響く。まるで破城槌を突き込まれているようだ。


「あの牛、角は無かったはずだよな?」

「純粋な頭突きなんじゃないの」

「恐ろしいな……」


 ボスである巨牛はボーンオックスと違って角を持っていない。だというのにその何倍も強い突進を幾度となく続けてくるのは、流石腐ってもボスの座に君臨しているだけある。


「どう? 耐え切れそう?」


 閂を掛けた扉に背を預けているとラクトが言った。

 俺はキャンプのステータスを表示させたディスプレイを開き、耐久度を確認する。


「多少減ってるが問題ない。耐久テストとしては上々の結果だな」

「流石に強いですねぇ」

「金を掛けただけあるってこった。――よし、こんどはこっちから攻めるぞ」


 おう! とレティたちが拳を上げる。

 ラクトは階段を駆け上って二階へと移動する。その間にレティとエイミーは扉の前に立ち、息を整える。


「準備できたよ!」

「よし、じゃあ開けるぞ」


 扉の横にある小窓から外の様子を窺う。

 巨牛は苛立たしげに拠点を睨んでいるものの、もう頭突きをしてくる様子はない。


「LPが危なくなったら逃げ込め。サイズ的にもボスは入って来られないはずだ」

「分かってますよぉ」


 レティが若干うんざりした様子で頷く。

 まあ何度も繰り返していたから、気持ちは分かる。


「それじゃあ、三、二、――」


 カウントダウン。

 一息に閂を引き抜く。

 それと同時にレティとエイミーが扉を押し開け外界へと飛び出す。


「『拡散し凍結する矢ディフュージョンフリーズアロー』」


 二人が陽光の下へ現れると、間髪置かずに上方から氷の矢が飛ぶ。

 それは突進を始めた巨牛の眉間に突き刺さり薄氷を広げる。それは瞬く間に巨牛の体表を覆い尽くし、凍結させる。


「――『攻めの姿勢』『弱点発見』」

「――『攻めの姿勢』『鋼の拳』」


 そこへ二つの影が勢いよく疾駆し肉薄する。

 一つは鎚を振り上げ、一つは白い双盾を構え、動きを封じられた巨牛へと飛びかかった。


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Tips

◇鉄鉱石

 〈牧牛の山麓〉をはじめ、多くのフィールドで豊富に分布する鉱物資源。精練することで扱いやすく丈夫な金属となるため、武器や防具、道具に至るまで様々なアイテムの素材に使用される。様々な合金の土台としての拡張性も高く、鍛冶師にとっては一生付き合うこととなる重要なアイテム。採取するには〈採掘〉スキルを鍛え、ピッケルを用いる必要がある。


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