第41話「炎帝ルボスと撮影会」

「『威圧』!」


 エイミーの声が響き、赤いエフェクトが弾ける。

 巨牛の視線は強制的に彼女の元へと吸い寄せられ、同時に攻撃も彼女へ向かう。


「『リフレクトガード』!」


 迫り来る巨体に怯むこと無く、エイミーは両腕の盾を構える。轟音と激震を纏い、巨牛の頭が彼女と衝突する。


「ブモァアッ!」


 結果、ダメージを受けたのは獣の方だった。

 〈盾〉スキルレベル20のテクニックによって巨牛が与えたダメージはそのまま全て反射される。

 胸の前で腕をクロスさせ、エイミーは不敵な笑みを浮かべた。


「私だけ見てちゃだめよ」


 巨牛の足下を一陣の影が走る。


「はぁぁぁああああああっ!」


 運動エネルギーの全てを重量に載せ、渾身の一撃が振り抜かれる。

 それは巨牛の膝を的確に打ち砕き、脚を折った。

 テクニックではない純粋な攻撃。何の補正も掛からないが故に最も効率よくダメージを与える一打。

 不意を突かれた巨牛が怒り狂い炎の様な息を吐く。


「ちょ、火を吐くなんて聞いてないわよ!?」


 それを見てエイミーが目を丸くする。

 俺もここのボスにそんな性質があったとは知らなかった。


「体内にガスを蓄えてるらしくて、それで興奮状態になったら息に火が混じるらしいですよ」

「今はそういう理屈関係ないかな!」


 レティはいつもの如くマメに下調べをしていたらしく、立て板に水を流すように説明をし始める。

 しかし現在盾役として踏ん張っているエイミーに重要なのは、炎を受け止める手段がないという一点のみだった。


「ぐぬぬぅ」

「――『冷却する針の乱れ矢クーリングニードルアローズ』」


 めらめらと鼻や口の隙間から炎を覗かせる巨牛。そこへ突如として無数の氷の矢が飛来する。

 次々と突き刺さる細い矢は瞬く間にその毛皮を貫通し、急速に周囲の温度を下げていく。


「炎なら、わたしに任せて!」


 キャンプの二階から高らかに叫ぶのは、短弓を構えるラクトだった。

 彼女はすぐさま二の矢を番えると牛の眉間に向かって放つ。


「ナイスよラクト!」


 彼女の援護射撃によってエイミーも流れを取り戻す。

 『威圧』によってラクトへ向かった巨牛の敵愾心ヘイトを強引に引きつけ、超重量を両腕の盾で受け止める。

 その間にもレティは機敏な動きで牛の足下を駆け回り、関節を執拗に攻撃し続けていた。


「……なんというか、あれだなぁ」


 そんな密に連携の取れた三人の様子を眺め、俺はキャンプの装甲壁に背中を預けながらぼやく。


「俺の出番、ないなぁ」


 これはボス戦だ。

 だから俺も大枚叩いてキャンプを強化したし、エイミーも頑張ってスキルを鍛えていた。

 しかし、


「あれだな。鍛えすぎた」


 俺たちは強くなりすぎた。

 どう考えても全員、このフィールドの適正レベルを超えている。

 こうして一歩下がった安全圏から眺めているとそのことがよく分かる。巨牛は威勢こそ良いものの、その攻撃のことごとくがエイミーに防がれているし、その間にもレティとラクトからの猛攻によってガリガリHPが削れている。


「とりあえず写真でも撮っとくか」


 自分の出番が当分来ないことを悟り、俺はインベントリからカメラを取り出す。

 構図に凝る余裕すら持ちつつ、俺はさながら戦場カメラマンの如く戦闘中の写真を撮り続ける。


「レッジさん!? 何してるんですか!」


 パシャパシャとシャッターを切っていると、それに気付いたレティが目を見張って叫ぶ。


「何一人だけさぼってるのよ」

「わたし知ってるよ、こういうの寄生って言うんだよ」

「下手に手を出せないから写真撮ってるんだよ! ターゲットブレたら困るのエイミーだろう」


 罠は設置に時間が掛かるから、戦場の真ん中では使えない。槍を持って戦うにしても、現状一番武器スキルが高いのが俺だから、ボスの集中が乱れて余計な混乱を引き起こしかねない。


「俺だってほんとは参加したいんだけどな。苦渋の決断なんだ」

「その割には随分楽しそうですねぇ!」


 土を巻き上げる巨牛の足踏みを避けながらレティが言う。

 それも否定できない。


「ほら、牛もそろそろじゃないのか?」

「ほんとだ! レッジさん何にもしてないのに!」

「キャンプ建てたろ。危なくなったらって思ったが、三人とも安定してて全然LP減らないもんな」


 結局、俺が張り切って建てたキャンプの活躍は最初のテストの時だけだった。

 エイミーの防御力と固定力が高すぎて、全員ロクにLPが削れていない。アーツを使っているラクトが大量に消費してはいるが、彼女はキャンプの範囲内にいる。


「ほら二人とも痴話喧嘩してないで。もう倒せるよ――『プッシュガード』!」


 エイミーが振り下ろされた牛の蹄を突き返す。

 途端によろめく巨体の中心を狙い、レティがハンマーを打ち付ける。同時にラクトのアーツが叩き込まれ、ボスの残り僅かだったHPが全て削り取られた。

 悲壮な声を上げ全身を弛緩させる巨牛。褐色の巨体が地に沈み、土煙が舞い上がる。


「やったぁ!」

「お疲れ様でした!」


 前衛の二人が手を取り合って歓声を上げる。


「お疲れ様。って写真撮ってるだけだったけどね」

「おう。ラクトは本当にお疲れさん」


 彼女たちの喜んでいる姿をファインダーに収めていると、キャンプから降りてきたラクトが声を掛けてきた。


「レッジさん、やりましたよ!」

「おうおう。写真撮りまくってたよ」


 レティがピコピコとウサ耳を揺らしてやってくる。彼女の活躍も沢山切り取っているし、そのうちアルバムなんか作れたらいいのだが。

 しかし終わってみるとなんともあっけない。俺はほとんど何もしていないから余計にそう思うのかもしれないが。


「レッジ、どうだった?」

「エイミーもお疲れさん。ああ、そうだそうだ」


 今回一番の功労者であろうエイミーが少し遅れてやって来る。

 俺はカメラの画面を彼女の方に向けて、一枚の写真を見せた。それはエイミーが牛の攻撃を押し返し、レティたちが止めを刺した直後の光景を切り取ったものだ。


「エイミーも53%ダメージ与えてるな。『リフレクトガード』が大きい」


 その写真は『写真鑑定』を使って撮影した一枚だ。そこには巨牛に与えたダメージの総計、各人の割合、その他様々な情報が記録されている。


「ほんとに!? やった、目標達成ね!」


 確認したエイミーがぎゅっと拳を握りしめる。

 当初の目的として、彼女がボスにリベンジすることがあった。その条件であるルート権の確保ができる五割以上のダメージを与えることができていた。


「そういうわけだ。おめでとう」

「おめでとうございます!」


 レティとラクトもパチパチと手を鳴らして彼女を祝福する。エイミーは照れくさそうに俯きながらも、満面の笑みを浮かべていた。


「よし、じゃあ俺は仕事するから。三人はキャンプで休んでてくれ」

「分かりましたー」

「よろしくね」


 働き終わった三人がキャンプへ撤収すれば、今度こそ俺の出番だ。

 すっかり持ち慣れた解体ナイフを握りしめ、ちょっとした小山ほどもあるボスの巨体を見上げる。


「これはちょっと、骨が折れそうだな」


 そう呟いて、俺は巨牛の解体作業に着手した。


「――ふぅ。こんなもんか」


 一心不乱にナイフを振って牛を捌く事十分ほど。ようやく全ての赤線をなぞることができて、アイテムがインベントリに放り込まれる。巨牛の名前は炎帝のルボスといった。毛皮と肉と、発火性のガスなど、その巨体に見合う多くのアイテムが獲れた。そしてそこには当然、源石も。


「っと。ボス倒したもんな」


 ルボスの身体が光の粒子となって消えると同時に、盛大なファンファーレが鳴り響く。

 丘の近くにあるヤタガラスのポータルが薄く輝き、そこへの入場権を獲得したことを示した。


「さて、これは誰に使って貰うかな」


 俺はインベントリから手に入れたばかりの源石を取り出し、握りしめる。

 そうして、戦勝者たちが休むキャンプへと向かった。


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Tips

◇炎帝ルボス

 〈牧牛の山麓〉の頂点に立つ原生生物。山麓に生息する全てのボーンオックス、ミルクカウたちの長。巨大な褐色の牛。体内に複数の胃を持ち、そこに発火性のガスを溜めている。興奮状態になると鼻や口からガスが漏れ出し、さながら炎を吐いているように見える。


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