第39話「格闘家は装いを変えて迫る」
ネヴァと別れた俺とエイミーは、再び夜のスサノオを歩いていた。
町行く人々の服装も次第に個性が表れ始め、俺と同じファングシリーズを着た姿も目立ちだした。順調に攻略は進んでいるようで、〈猛獣の森〉に手を伸ばした人も多いのだろう。さっき待ち合わせの時に見ていた掲示板には、〈水蛇の湖沼〉の先に到達したという情報もあった。
「あそこで着替えなくて良かったのか?」
隣を歩くエイミーを見て、俺は尋ねる。
無事に新しい防具も受け取った彼女は、しかしその場で着替えずに今も白い布の服のままだった。
「いいのいいの。お披露目は皆がいるところでしたいから」
「そうか? エイミーがそういうなら……」
「ふふん。楽しみにしてて良いわよ」
肩越しに俺を見下ろすエイミーは、艶のある唇を横に広げる。
「ああ、そうしとくよ」
「……こう手応えがないのも癪に障るわね」
俺が頷くと、何故かエイミーはむっとして口の中で何か呟く。
聞き返しても「知らない」とそっぽを向かれ、俺は頭を掻いた。
「レティたちの集合時間もそろそろだな。エイミーは新天地に行ったことは?」
「喫茶店だっけ? 生憎、町の中は全然散策できてないのよ」
それも楽しそうなんだけど、と残念そうに眉を寄せる。
というわけで俺は彼女の横に追いつき、すっかり馴染みとなってしまった喫茶店〈新天地〉へと案内することになった。
「こんな路地の奥にお店があるのね」
大通りから外れた光の少ない通りを歩いていると、エイミーが驚いて言葉を零した。
主要な施設――カートリッジショップや各種アイテムショップなんかは中央制御区域から延びる太い通りに集中しているから、彼女が知らないのも無理はないだろう。意識して町を歩かなければ、縁の無い人にはとことん縁の無い世界だ。
「こういうところには掘り出し物を売ってる店なんかがあるらしい。値段もピンキリだし、なんなら品質も玉石混交らしいけどな」
「それは、なんていうか〈鑑定〉スキルが捗りそうね」
「〈取引〉スキルもよく上がるらしいぞ」
クスクスとエイミーは肩を揺らして笑う。
戦闘中は目まぐるしい動きで敵を翻弄するアクティブな姿が目を引く彼女だが、こうやってゆっくりと町中を歩いていると落ち着いた大人の女性の雰囲気が滲み出ている。年齢的にもパーティの中で一番近いだろうし、話していて落ち着く相手だ。
「ほら、ここが新天地だ」
彼女と談笑しながら歩いていると、あっという間に目的地に辿り着く。
町に溶け込む鋼鉄の外観を見た後に中へと足を踏み入れると、木材を多用したシックな雰囲気の店内に迎えられる。そのギャップに、初めて体験するエイミーも面白いくらい驚いてくれた。
「凄いわね。こんなお店があるなんて」
「良い雰囲気だろ? レティと見つけて、それ以来ちょくちょく来てるんだ」
会話を邪魔しない程度に流れるピアノ調の音楽と、どこからか漂うコーヒーの香り。五感の全てを包み込む安穏とした空気は着実に人々の心を掴んでいるようで、以前よりはっきりと空席が少ない。
さてどこの席に座ろうか、と店内を奥へ進む。
「こんにちはお二人さん」
その時、背後からぞっとするほど冷たい声が掛かった。
悲鳴を堪えて振り向くと、真っ赤な髪がわなわなと震えている。
「れ、レティ!? まだ集合時間には……」
「ちょっと早めにインできたんです。そしたら既にお二人共ログインされているようだったので、慌ててお店に来たんですが」
ピクピクと耳を小刻みに揺らすレティ。彼女の瞳はにっこりと笑んでいるが、その他全てが笑っていない。
「わたしもどういうことか説明して欲しいかな」
彼女の影からひょっこりと顔を出したのは、微笑みを浮かべたラクトだった。
レティと同じく早めにログインしていたらしい。
「いやあの、これには深い訳があってだな……」
「ほほぉう。いいですね。教えて下さいよ、深い訳とやらを」
悪いことも疚しいこともしていないのに、彼女たちの気迫に押されてたじろぐ。
「あれ、レッジもしかして言ってなかったの?」
その時、エイミーが呆れた様子で口を開いた。
反射的にレティたちの視線が彼女の方へ向けられる。
「レッジと一緒にネヴァのところ行ってたのよ。私の新しい装備と、レッジのアイテムを作って貰いに」
「そうそう。二人に付き合わせるのも悪いと思ってな。作業場も狭いし」
エイミーの助け船に乗っかってコクコクと頷く。
レティとエイミーは互いに目を合わせ、何事か小声で言葉を交わす。
戦々恐々と二人の様子を見守っていると、彼女らは打って変わっていつものような爛漫な笑みで言った。
「なんだ。そういうことだったんですね! まあまあお二人共こちらへどうぞ!」
「ずっと立ってるのもお店の人に悪いからね。ほら、コーヒーでも頼む?」
「お、おう……」
驚く程の変わり身の早さに付いていけずたじろいでいると、エイミーに背中を押される。
そのままボックス席に納まり、俺は流れでコーヒーを注文した。
「レッジもちゃんと言っておけば良かったのに」
「二人には関係ないから、言わなくてもいいと思ったんだ」
呆れるエイミーにそう言うと、彼女はがっくりと肩を落として額を押さえた。その反応の真意は、俺には分からなかった。
「とりあえず、済まなかったな」
「こちらこそ早とちりしてしまって。ごめんなさい」
「ごめんね」
とりあえず二人に謝る。彼女たちもそう言ってくれて、とりあえずその場は収まった。
レティはココアで喉を潤し、気持ちを切り替えてエイミーに向かう。
「それでエイミーさん。新しい装備はどんな感じなんですか?」
「うふふ。それじゃあ早速見せちゃうわね」
彼女の要望に応え、エイミーは"鏡"を操作する。
瞬間、全身が光の粒子に覆われたかと思うと、数秒後そこには新たな装備を纏ったエイミーがいた。
「じゃじゃーん! オックスシリーズよ!」
腰に手を当て胸を突き出し、エイミーは新たな装備を披露する。
「せ、セクシーですね!?」
「オトナの防具だ……」
それを見て二人は歓声を上げる。
エイミーの新しい装備、オックスシリーズは牛革をメインに据え、彼女の戦闘スタイルに合わせて動きやすく設計されたものだった。肩の可動域を最大限まで広げるため大きく袖を切った黒革のジャケットと、ゆったりとしたボトムス。身体のシルエットがくっきりと表れ、視線に困る。
彼女の履いているブーツも特別製で、爪先と踵部分の革が分厚く硬いものになっているし、防御力を損なわないよう急所はベルトと金属の防具で覆われている。
初心者感を隠しきれない簡素な白い服から一変して格闘家らしいアグレッシブな様相は、ネヴァが一から考えた傑作だ。
「年齢考えると露出多すぎかなって思うけど、たまにはこういうのもいいわね」
「似合ってますよ! すっごく綺麗ですっ」
「髪色にも合ってるし、強そうだね」
照れくさい様子で頬に手を添えるエイミーに、レティとラクトは次々と称賛の言葉を贈る。よくもまあそれだけ褒めることができるもんだ、と俺は少し離れたところでコーヒーをすすっていた。
「で、レッジはどうなの?」
「ぶふっ!?」
唐突にエイミーがこっちに寄ってきて尋ねてくる。
予想していなかった行動に思わず咽せていると、彼女はにやにやとして身体を密着させる。
「いやあのエイミーさん」
「どうしたの? ほらほら、感想どうぞ?」
スキンのしっとりとした感触が布越しに伝わる。
俺は視線を上に向けて、彼女の肩に手を置く。
「分かったから。大丈夫」
「何が大丈夫なのかなぁ?」
絶対調子に乗っている。
俺の反応を見て楽しんでいるな。
そう思うと急に冷静になれた。
「……かわいいよ。すごく」
思わず口を衝いて出た言葉。
言ってから気が付いて、俺は慌てて顔を向ける。
「そ、そう……。こほんっ。な、なら良かった? わ……?」
エイミーは頬を赤らめて俯くと、シュルシュルと後ろへ下がっていく。
彼女は胸の前で腕を抱え、インベントリから出したコートを羽織って小さくなった。ていうかそういう装備も作って貰っていたのか……。
「うわぁ……」
「うわぁ……」
「な、なんだよ二人して」
テーブルの向こう側から送られる生温かい視線。
振り向くとレティたちがむっすりとしていた。
俺は彼女たちの視線から逃げるようにコーヒーを一気に飲み干して、強引に話題を変える。
「えーっと、この後ボスに挑む訳だがその前にしておきたいことがある」
「ふむ、なんですか?」
レティがぴこりと耳を傾ける。
「キャンプをな、更に強化しようと思う」
俺がそう伝えると、レティたちは驚いて目を見開いた。
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Tips
◇オックスシリーズ
ボーンオックスの素材を使用した武装一式。丈夫な革は鋭い攻撃から身を守る。格闘戦闘の際に動きを阻害しないよう、袖はなくボトムスはゆったりとしている。露出の多い装備ではあるが、コートも用意されているため不必要に肌を晒す必要はない。
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