第38話「褐色の鍛冶師は艶やかに」

 翌日、ログインするとスサノオは夜の中にあった。

 三日目ともなれば人も更に増え、鋼鉄の町を行き交う往来は密度を増している。


「ちょっと早めに入っちまったな」


 時刻を確認し、ビルの壁にもたれかかる。

 昨日改めて整理しそれぞれに通知した待ち合わせの集合時刻にはまだもう少し時間があった。


「……掲示板でも見てるか」


 一人だと驚く程することがない。

 自分はソロプレイ志向だと思っていたが、いつのまにか彼女達がいるのが当たり前になっていたようだ。そんなことを今さらながらに理解して、俺は思わず一人笑みを浮かべた。


「こんにちは」

「おっと!」


 道ばたでぼんやりと掲示板を流し読んでいると、不意に声を掛けられる。慌てて見上げると、エイミーが両手を後ろに回して立っていた。


「おっと、とは失礼ね」

「すまんすまん。こんにちは」


 仕切り直して挨拶すると、彼女はころりと表情を変える。

 時刻を確認すると集合時間ぴったりだ。


「ごめんね。待った?」

「ちょっとな」


 素直に答えると、彼女はむっとして眉を寄せる。


「そこは待ってないよ、とか今来たとこ、って言うところじゃないの?」

「待ったのは事実だしな。早くログインしすぎた」

「まあ、VRでのログインって難しいよね」


 頭を掻いてため息をつくと、エイミーは頷く。


「リアルより何倍も時間の経過が早いから、数分早かっただけでも十分以上待つことになるし」

「そうそう。もともと集合場所には早めに着く性格だからなおさらな」


 リアルとバーチャルの最も違う点は時間の流れだ。リアルが刻一刻と正確に時を刻み続けるのに対し、仮想の世界では管理者の指先で全てが決まる。惑星イザナミもその例外ではなく、ここでは現実よりも数倍早い時間が進んでいた。

 そんなわけで、少し早めにログインしてしまった俺は彼女がやってくるまでの無為な時間を過ごす羽目になったのだ。


「まあとりあえず揃ったし、行きましょう?」

「そうだな。用事は早めに済ませよう」


 そんな俺の手を引っ張り、エイミーは往来の中へと誘う。

 逆らうことなく足を前に出し、俺たちはスサノオの波の中に潜る。


「ネヴァには連絡してあるの?」

「ああ。昨日のうちにしておいたよ。いつもの所に来てくれって」


 歩きながら、空白を潰すように会話を挟む。

 俺とエイミーはネヴァに新しい装備類の製作を頼み、そのためレティたちよりも少し早い時間に待ち合わせをしていた。

 路地を抜け、〈エキセントリッククラフト〉のドアを潜り、エレベーターに乗る。

 いつものように三階のロビーに降り立つと、ネヴァが長い白髪を揺らして待っていた。


「やあ、来たわねお二人さん」

「今日もよろしく」

「何回もごめんなさいね」


 ネヴァに案内され、作業場へと入る。

 そこで俺たちは今回の依頼について詳細を詰めることになった。


「それじゃあ、まずはどっちから?」

「エイミーから頼む」


 そういうと、エイミーが驚いてこっちを見る。


「いいの? 先にレッジの用事済ませてもいいんじゃ」

「俺の方はおまけみたいなもんだからな。一番重要なのはエイミーの装備だろう」

「レッジがそう言うなら、分かったわ。――ネヴァ、よろしくね」


 ネヴァは大きく頷き、胸を叩く。


「任せといて! エイミーも、いつまでもそんな初期装備じゃダメだもの」


 今回ネヴァの元を訪ねた目的の一つは、エイミーの装備を更新することだった。

 彼女は今までずっと、初期装備であるNPC製の簡素な服を着ていた。生産職ならいざ知らず、これからフィールドボスに挑もうというプレイヤー、それもタンク職として期待されている彼女がそんな裸同然の格好というのは色々と弊害がある。


「素材はこれを」


 エイミーがインベントリからアイテムを取り出し、作業テーブルに並べる。

 大きく緩やかに曲がった乳白色の角や、赤褐色の毛皮。それらは全て昨日彼女が討ち取ったボーンオックスたちの素材だった。


「これはまた大量にあるわね」

「昨日は散々倒して回ったからな。ついでに盾も見て貰った方がいいんじゃないか?」

「そうね。耐久度も削れてるだろうし」


 エイミーが鋼牙の双盾を取り出して、テーブルに置く。

 ネヴァはそれを持ち上げてまじまじと見つめた。


「かなり使ったね。ずいぶんボロボロになってるよ」

「やっぱり?」


 感心したような苦笑交じりに言うネヴァに、エイミーが恥ずかしそうに俯く。

 まあ、あれだけ連戦に連戦を重ねればさもありなんと言ったところだろう。


「じゃあ、これをベースに派生も作りましょうか。ちょっと構想を考えるから、待っててね」

「よろしく頼む」


 ネヴァは早速素材を見比べ、思案に耽る。

 このゲームは生産の自由度がかなり高いらしく、素材を自由に組み合わせて様々な形態や性能を持ったアイテムを作れる。故に生産者のセンスや知識への比重も高く、特に鋼牙の双盾のようなオリジナルアイテムには数値として如実に表れる。

 だからこそ設計の段階でよく考えないと、台無しになってしまうこともあるようだ。


「よし」


 俺とエイミーが傍観していると、ネヴァは構想が纏まったのか目を開く。

 彼女は早速頷くと、自分のインベントリからもインゴットなどのアイテムを取り出した。そうして大きなハンマーを握ると、溶鉱炉に火を入れる。


「ちょっと離れてた方がいいかも」

「ん、これくらいか」

「十分ね」


 インゴットが溶鉱炉に投げ込まれる。

 赤熱したそれを取り出し、ネヴァは金床で叩く。打ち付けるたびに激しい火花が散り、思わず目を細めた。


「何度見ても、鍛冶は迫力があるわね」


 その威勢の良い音を聞きながらエイミーが言う。

 確かに鍛冶は生産系スキルの中でも人気が高いだけあって見栄えも良い。甲高い音と共に鎚を振り下ろすネヴァの横顔は煌々と照らされ、滲む汗も艶やかだった。

 火の側はやはり暑いのか、いつしかネヴァはツナギの上半身をはだけさせ、褐色の肌を露わにする。白いタンクトップだけというのは、少々目のやり場に困る。


「……」

「レッジ、どうかした?」


 目を逸らした先にいたエイミーが不思議そうに首を傾げる。


「ああ、そういうことね。ふふん、レッジもなかなかねぇ」

「なにがだ。ちょっと眩しかっただけだよ」

「誰の何が眩しかったんでしょ。うふふ」


 悔し紛れに言うも、猫のような笑みを浮かべたエイミーがずいと寄ってくる。彼女もネヴァと同じタイプ-ゴーレムなので、色々と圧迫感がすごい。


「ほら、できたよお二人さん」


 そこへ呆れたような声がした。

 慌てて顔を上げれば、ネヴァが肩を落としてこちらを見ていた。


「仲の良いのはいいと思うけどね」

「そ、そういうわけでは……」

「ふふ。レッジはネヴァの色っぽい姿が直視できなかったみたいよ」


 生温かい目のままエイミーが言う。途端にネヴァがはっとして、慌ててツナギを着た。

 彼女は苦し紛れに咳払いして、改めて完成したばかりのそれを見せた。


「コホン。……こ、これが新しい盾だよ」

「ありがとう! 早速装備してもいい?」


 言いつつすでにエイミーは装備していた。

 新しい盾は、ベースに鋼牙の双盾を使っているだけあってシルエットに大きな変化はなかった。しかしその表面は乳白色で、縁と先端部分に銀色の金属があしらわれている。腕をくぐらせるベルトは新しく分厚い牛革になっていた。


「名前は、牛角の双盾。防御力も多少上がってるけど、それ以上に攻撃力の補正が強いよ」

「ほんとだ……。要求スキル値も20だし、すぐに使えるわね」


 嬉しそうに盾を撫でるエイミー。

 そんな彼女を、ネヴァも嬉しそうに見ていた。


「それじゃあ残りも作っちゃうよ」


 そうして彼女は気を取り直し、次の作業へと取りかかった。


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Tips

◇〈裁縫〉スキル

 生産系スキルの一つ。繊維を縒って糸を紡ぎ、糸を回して布を織り、布を用いて衣服を縫う。また毛皮を鞣し、皮を革へと加工して様々な製品へと姿を変える。一見地味な作業ではあるが、そこには職人の腕と知識が光る。生活の根幹に根ざす重要な生産の技能。


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