第33話「修行の始まり」

「まずは普通の牛を倒して強くなるところからだな」

「が、がんばるわっ」


 焚き火を取り囲む椅子に座り、俺たちは臨時の作戦会議を開く。

 議題は如何にしてエイミーと共にあのボス牛を討伐するか、である。


「わたしとレティがいれば戦力的には十分だと思うけどね」

「それだとエイミーのリベンジにはならんだろ」


 たしかに二人の火力があれば強引に押し切ることができる。〈牧牛の山麓〉は順番で言えば〈始まりの草原〉の次のフィールド、〈猛獣の森〉と同じくらいの難易度と考えられる。森のボスであるカイザーを倒したときよりも更に強くなっている二人からすれば、余裕も出てくるだろう。


「そうだな、最低でもエイミーが五割くらいあの牛のHPを削れた方がいいだろ」

「それはルート権の確保ですか」


 レティの指摘に頷く。

 パーティメンバーではないプレイヤーと同時に同一のエネミーを攻撃した際、そのエネミーのドロップアイテムを獲得できるのは総HPの半分を超えるダメージを与えたプレイヤーだ。

 つまり、『こいつは俺が倒した』と宣言できるラインが総HPの五割以上のダメージを与えることなのだ。


「それじゃあ私はパーティを組まない方がいいんですね」

「いや、大丈夫だ。ちょうど良いテクニックを覚えた」


 少し肩を落とすエイミー。

 俺は彼女に向かって不敵に笑い、インベントリからカメラを取り出す。


「カメラ? 『撮影』以外のテクニックを買ったの?」

「いや、写真を撮りまくってたら発現したんだ。その名も『写真鑑定』だ」

「『写真鑑定』……?」


 レティたちがそろって首を傾げる。

 そりゃあ聞いたことないだろうからな。


「〈撮影〉と〈鑑定〉のスキルレベル10が条件らしい。テクニックの効果は、こういう風に……」


 俺はカメラのディスプレイを回して三人の方へ向け、ライブラリから適当な一枚を選ぶ。

 レティが牛に追われて、それを滅多打ちにして倒した時の写真だ。ハンマーを担いで目を据わらせている彼女と、地に伏している牛の構図が面白い一枚だ。


「なんでこんな写真撮ってるんですか!?」

「牛の写真は撮ってなかったからな」


 顔を赤らめて手を伸ばすレティを避けて、俺はテクニックを使う。


「『写真鑑定』」


 するとディスプレイが現れ、プログレスバーが表示される。それは十数秒程度で青く染まり、画面が切り替わる。


「おお、これはすごいね」

「わぁ……。おもしろいわね」


 ラクトとエイミーが頭を突き合わせて覗き込む。

 ディスプレイには、不透明度を若干落としたような写真があり、その上からいくつものデータが羅列されていた。

 牛の正式な名前――ボーンオックス――に始まり、討伐に掛かった時間、牛の与えたダメージ、牛に与えられたダメージの総数、そしてその内訳などなど。戦闘の分析をする際に必要な情報が纏められている。


「これで撮ればパーティメンバーでも誰がどれくらいダメージを入れたか分かるだろ」

「便利と言えば便利ですけど、こういう時じゃないと使い処に悩むテクニックですね」

「二つのスキルの上昇判定があるんだ。それだけで十分だろ」


 ばっさりと切り捨てるレティに言い返し、カメラを仕舞う。

 たしかに彼女の言うとおりではあるんだが。


「じゃあボス戦にはレッジのテクニックを使うとして、それまでのことだね」

「基本はボーンオックスを倒してエイミーを鍛える、ですよね」

「そうだね。――エイミーは今〈格闘〉スキルのレベルどれくらい?」


 ラクトの問いかけに、エイミーは“鏡”を見ながら答える。


「えっと、8ね」


 エイミーは恥ずかしそうに前髪を指に絡ませる。

 まあ、〈始まりの草原〉では物足りなくなるくらいのレベルだから適正といえば適正だ。


「〈格闘〉のレベル1テクニックって何なんだ?」

「『殴打』よ。殴って敵を気絶させるの」

「おおっ。レティの『強打』と同じ感じですかねっ」

「恐らく『強打』より威力が低い代わりにLP消費が少なくてディレイが短いんだろうな」

「うん。〈格闘〉の基本テクニックだし、スキルの特徴を良く表してるみたいよ」


 〈格闘〉スキルは手数で押すタイプのスキルだ。〈槍術〉も同じような性格ではあるものの、〈素手〉はそれに特化している。少ないLP消費と短いディレイを活かした絶え間ない攻撃で敵を翻弄し、反撃を巧みに躱しながらダメージを与え続けるというのが、その理想型だった。


「とはいえそれだけだとちょっと心許ないな。レベル10のテクニックは覚えてるか?」

「ええ。『キックブースト』って言うのを覚えてるわ。お金の使い処が分からなかったから、レベル30までのカートリッジは纏めて買っちゃった」


 そうエイミーはおどけた様子で言うが、俺としても助かる。テクニックを事前に覚えておけば、あとはスキルレベルを上げるだけですぐに使えるようになるから手間が掛からない。


「よし、じゃあ修行を始めるか。レティとラクトは援護に徹して、あくまでエイミーのスキル上げをメインに据えてくれ」

「了解。頑張ろう」

「レティが付いてるのでババッとやっちゃいましょう!」


 俺たちは立ち上がり、それぞれの武器を取り出す。

 それを見てエイミーはぎゅっと拳を作り、息を整えた。


「よろしくお願いね」

「ああ。危なくなったらキャンプの中まで戻ればいいからな」


 キャンプのLP回復効果を維持するため、俺はキャンプから離れられない。

 とはいえラクトが弓で牛を引きつけてくれるから、いざとなれば参戦できる距離ではある。


「それじゃ、一匹目いくよー」


 弓に矢をつがえたラクトが振り返って言う。

 若干緊張気味のエイミーが頷くのを見て、彼女は弦を引き絞る。

 ヒュン、と風を切る音。矢は弧を描いて飛翔し、穏やかな表情で草を食む赤褐色の牛の尻に突き刺さる。


「痛そう」

「可哀想ですね」

「仕方ないでしょ!?」


 俺とレティがコソコソと言っていると、ラクトが耳をピクピクとさせて振り向く。

 そんな俺たちが元凶だと察した牛は立ち上がり、鼻息を荒くして駆けてくる。


「さあエイミー、来るよ」

「はいっ」


 エイミーはラクトの前に立ち、構えを取る。

 ボーンオックスは射線上に立ちはだかる彼女を、第一の狙いに変えた。


「ブモォォオオッ!」

「っ! 『殴打』!」


 頭を低くして、太い二本の角が差し向けられる。

 その圧力に耐え、エイミーはテクニックを使う。

 二人の距離が瞬く間に縮まり、接触する瞬間に、エイミーは半歩身体をずらして攻撃を避ける。

 すれ違いざま、威力の乗った拳がボーンオックスの横顔を捕らえる。


「ブモッ!?」

「『殴打』『殴打』『殴打』!」


 牛の巨体が揺らぐ。

 その隙を逃すことなく、エイミーはテクニックを連打する。通常攻撃も交え、絶え間ない攻撃の驟雨が褐色の毛皮に打ち込まれる。


「一方的じゃないか」


 正直驚きを隠せない。

 レベル一桁台とは思えないほど、彼女は優位を保っている。


「いや、でも厳しそうですね」


 そんな俺の感想を、隣に立っていたレティが否定する。


「どうしてだ? 今のところダメージも受けてないだろ」

「でも与えられても居ませんよ」


 恐らく『生物鑑定』を使っているのだろう。レティは片時も視線を外さずに言う。


「やっぱりあの威力の低さは厄介ですね。レティが一回で与えられるダメージが、十回殴らないと入りません」

「そんなに低いのか……」


 距離が離れすぎていて、俺の目ではボーンオックスのHPバーが見えない。

 レティは渋い表情を浮かべていた。


「どうします? あのままだと、ちょっと道のりは長そうですけど」

「……まあ、付き合うさ。まだ始めたばかりじゃ方向性も定まらないだろうしな」

「ふふっ。レッジさんはお人好しですねぇ」

「世話焼きと言え、世話焼きと」


 そんな会話の最中にも、エイミーの攻撃は続く。

 彼女は牛に密着しながらその攻撃を避け続け、一方的に殴り蹴っている。しかし、その攻撃力は絶望的に低いようで、倒すに至るにはまだしばらく時間が掛かるようだった。


「さて、どうしたもんか……」


 奮闘する彼女を見ながら、俺は考え込んだ。


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Tips

◇ボーンオックス

 〈牧牛の山麓〉に生息する牛のような原生生物。筋肉質で大柄な体格をしており、頭部には太い角を二本有している。普段は非常に温厚な性格で、日がな一日草を食んで生活している。しかし一度攻撃を仕掛ければ激昂し、その角と突進力をからなる絶大な破壊力を持って敵を圧倒する。


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