第34話「対策会議」
「さて、一戦やったことでエイミーの、というよりは〈格闘〉スキルの弱点が分かったわけだが」
再び焚き火を囲み、俺は彼女たちを見渡す。
レティとラクトは苦笑交じりで間に座るエイミーに視線を向けた。エイミーはぐったりと疲れた様子で肩を落としている。
「時間が掛かりすぎてる、よね」
「端的に言えばそうだな」
彼女が主軸に据える〈格闘〉スキル。そのシンプルな問題点。それは『攻撃力が低すぎるせいで、戦闘が長引く』というものだった。
「でも攻撃もあまり受けてませんし、時間さえかければ倒せるから問題ないとも思えるんですが」
レティが挙手して述べる。
「はい、レッジ」
「別に挙手制じゃないんだが……」
レティに続く形でラクトが手を上げる。
「さっきはボーンオックスが相手だったから余裕もあったけど、最終目標はボスだからね。もっと攻撃力を上げるなりしないと、やっぱりきついと思うよ」
ラクトの意見は的を射ていた。
ボーンオックス程度で後れを取っているのでは、ボスであるあの巨牛には太刀打ちできない。それはエイミーも分かっているのか、浮かない表情だ。
「そこでいくつか対策を考えてみた。といっても俺も他のスキルの情報はあまり集めてないんだが」
そう前置きして更に続ける。
「一つは避ける戦法を伸ばす。二つに耐える戦法を伸ばす。三つに攻撃力を上げる」
前者二つは消極的なものだ。とにかく敵の攻撃に対する策を講じて、敵を倒すまでの時間を稼ぐ。
最後の一つはもっと積極的で単純だ。攻撃力を上げれば、純粋に倒すための時間は短縮できる。
「まあ最後は当然だよね。スキルを鍛えていけばおのずと攻撃力も上がるでしょ」
「あとは〈戦闘技能〉も伸ばせば底上げできますし」
ラクトたちの意見ももっともだ。
エイミーの攻撃力が足りない根本的な理由は、まずスキルレベルが純粋に低いことに起因している。
そこを補ってしまえば対策となる。
「あとは避けるか……。エイミーはさっきも結構避けるの上手だったよね」
「たしかに全然被弾してませんでしたね」
先ほどまでの戦闘を思い出し、ラクトが言った。
確かに彼女はボーンオックスの傍に密着し、その攻撃を巧みに避けていた。
そのおかげで彼女は一度もキャンプ地に退避することなく戦闘を終わらせている。
「だがそれが今後も通用するかね」
「今後敵の速度が上がったりすると厳しいかもしれないわね」
エイミーも同じ事を思っていたらしく、不安げな顔は変わらない。
「耐える戦法っていうのはどういうことなんです?」
指を折って数えていたレティが首を傾げる。
「我ながら突飛な案だと思うんだが」
「レッジがそんなこと言うなんてね。面白そうだよ」
ラクトが目を輝かせる。
俺は普段どんなふうに思われているのか少し心配になった。
「エイミー。盾を持ってみないか?」
「た、盾……?」
俺の言葉にエイミーは驚いて背中を反らす。
その青い瞳にはわかりやすいほどの困惑が浮かんでいた。
まあ納得はできる。盾は他の武器と一緒に持つものだし、あまり素手と合わせる発想はない。しかし、システム上は可能なのだ。
「盾があればかなりの攻撃を無効化できる。扱いはかなり難しいらしいが……」
盾はただ漫然と持っておけば良いというものではない。
相手の攻撃に併せて構え、受け、そして流す。テクニックを巧みに発動させながら、普通では耐えきれないほどの衝撃を回避する技術を必要とするスキルだ。
だが俺は先の戦いを見ていて一つの確信を持っていた。
「エイミーならきっと盾を扱える。あんたはとても器用だし機転が利く。それは後ろで見てた俺やラクト、レティが一番知ってると思う」
「そ、そんな……。でも私、盾なんて使ったことないわよ」
「誰だって最初はそうさ。幸いこのゲームは何度だってやり直せる。だから一回試してみないか?」
人差し指を付き合わせ尻込みするエイミーの肩に手を置き説得する。
武道経験者だと言うだけあって、彼女の身のこなしはとても自然なものだった。身体の動かし方、攻撃の躱し方というものをよく知っている。
だから、そこにあと一つ要素を足せば、更に戦略の幅が広がり強くなると思う。
「わ、分かったわ。そんなに言うなら……」
「ありがとう。完全に俺のわがままなんだが」
「でも私の事を思って言ってくれてるのは分かるもの」
今更になって気付いた俺は慌てる。
そんな俺を見てエイミーは吹き出し、しかし深く頷いた。
「うぅ……。それじゃあとりあえず、エイミーの盾を用意しないといけませんね!」
俺とエイミーの間に身体をねじ込んできてレティが言う。
「そういうことだ。まあそっちは宛てがあるから、エイミーも付いてきてくれ」
そう言って、俺たちは一度狩りを切り上げることとなった。
キャンプ地を撤収し、〈牧牛の山麓〉を後にする。
†
「で、私の出番って訳ね」
レンタル作業場〈エキセントリッククラフト〉の三階。その一室で待っていたネヴァは、そう言って俺たちを迎え入れた。
「急にすまないな」
「それは良いわよ。レッジのことだし何か面白そうなことを持ってきてくれたんでしょ?」
スサノオへの帰路に連絡を入れたのだが、ネヴァはすぐに快く時間を空けてくれた。
そんな彼女は爛々と目を光らせて俺を見る。
「面白いかどうかはそっちに任せる。で、依頼っていうのはこの人の盾を作って欲しいんだ」
「よ、よろしく」
後ろの方に立っていたエイミーに視線を向ける。彼女はおずおずとやって来てネヴァに向かって頭を下げた。
……ゴーレム型が二人対面すると中々迫力があるな。
「初めまして。私はネヴァよ。レッジやレティちゃんたちのお抱え生産者」
「お抱えって……」
冗談交じりなネヴァの自己紹介に苦笑する。
彼女は優秀な生産者だし、俺たち以外にも得意先はいくらでもあるだろうに。
「見たところ始めたてって感じね」
ネヴァは早速エイミーの出で立ちを見て判断する。
とはいえ彼女の初期装備感を前面に押し出した衣装は、考えるまでもなく結論が弾き出されるようなものだったが。
「今日始めたばっかりなんですよ」
「へぇ。早々レッジたちに見つかっちゃったのね」
「俺をエネミーみたいに言わないでくれないか」
冗談よ、とネヴァはクスクスと笑う。
とはいえ四人で押しかけた時は少し驚かせてしまったかも知れない。
「それで、どんな盾をお望み? 一応基本的なレシピは覚えてるけど」
「えっと〈格闘〉と一緒に使える盾を探してるの」
エイミーが要望を伝えると、ネヴァは一瞬虚を突かれたようにぽかんと口を開ける。
慌てて空咳をして取り繕うが、その表情には困惑が浮かんでいた。
「格闘って、素手ってことよね? ……レッジの差し金ね」
「なんで分かったんだ」
「貴方のやりそうな事だからね」
振り返れば、レティとラクトも揃って頷いている。
俺はそんな変なことをする奴じゃないと思っていたんだが……。
「しかし格闘家向けの盾ね。……籠手とかそういう形になるかしら」
流石は職人と言うべきか。次の瞬間にはすでに彼女は構想を練り始めていた。
「やっぱり手は空いてた方がいい?」
「そうね。そっちのほうが戦いやすいと思うわ」
「じゃあ――」
時折エイミーとも相談しつつ、ネヴァはテーブルに広げた紙に何かを描き込んでいく。あれも何かのスキルらしいが、生産職ではない俺には何も分からない。
「しかしレッジさんも変なこと考えますね」
「レティまで言うか……」
作業に熱中し始めたネヴァたちを眺めていると、レティが話しかけてきた。
「格闘家ってアタッカーじゃないですか。普通、タンク的な役割は持たせないと思いますよ」
「わたしみたいに固定観念があると、そういう柔軟な発想はできないよね」
「そこまで珍しいことじゃないと思うんだがな……」
とりあえず、俺が若い頃に流行っていた非VRMMOなんかのゲームだと、たまにそういう戦い方をするプレイヤーはいた。
あくまでネタ的なスタイルではあったものの、たまに異様に上手く使いこなす奴もいたもんだ。
「レッジ、一応素案ができたよ」
ネヴァの声が掛かり、俺はテーブルに向かう。
そこに広げられた紙に描かれていたのは、盾としては細めの、しかし籠手と言うには大きな鉄の板だった。
「素手での戦闘中の取り回しを考えたら、これくらいの大きさが限度だと思うよ」
「ええ。これくらいなら邪魔にならないと思うわ」
「ふむ……」
俺は図面を眺め、少し考え込む。
そうして顔を上げ、ネヴァの方を見た。
「二つ、要望を加えてもいいか」
そうして続けた言葉。
ネヴァは呆れ、エイミーが驚き、レティたちは呆れた様子で肩を竦めた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇〈盾〉スキル
敵の強力な攻撃に耐え、時に受け流すスキル。動きと戦況を見極め適切に行動する判断力を求められる。使いこなすことができれば鉄壁の防御を手にすることができ、己よりも遙かに強大な敵さえ封殺できる。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます