第28話「実地試験と鋼糸の道筋」
「うわぁこれは、ちょっと目を離した隙にすごいことになったね」
「だろう。まだ実戦には使ってないから軽く狩りに行きたいんだが、どうだ?」
急いで走ってきたラクトと合流した俺は、彼女にも新生キャンプ地を披露した。
わざわざ一度回収してから目の前で展開した甲斐あって、彼女は大きな歓声と共に驚いてくれた。
そんな彼女の反応を堪能した後で俺が実地試験も兼ねた狩りに誘うと、ラクトはすぐに頷いて若草色の目を細めた。
「もちろん。これならLPの問題もかなり解決しそうだね」
「レティも付いていきますからね」
そこへ傍に立っていたレティが一歩踏み出して言う。
「そりゃあまあそのつもりだったが?」
「な、ならいいです。それじゃあ早速行きましょう。レッジさんいつの間にか武器スキル追い抜いちゃいましたし」
「そうなの? レティも結構育ってたと思うけど」
驚くラクトに、レティが俺の話したことをそのまま伝える。それを聞いてラクトは呆れたような視線を送ってきた。
「レッジってもうちょっと落ち着いた性格だと思ってたけどねぇ」
まるで子供の成長を目の当たりにした母親のような物言いに背中がかゆくなる。
「いいだろ。俺だってここまで熱中するとは思わなかったさ」
言い訳がましく言い捨てて、俺は話を切るために歩き出した。
レティとラクトは顔を見合わせ、お互いにぷっと吹き出す。そして俺の後を追いかけて、にやにやとした視線を向ける。仲が良くてなによりだ。
「まあまあ機嫌直してよ」
「別になんとも思ってないぞ」
「それより、今日も〈水蛇の湖沼〉に行くんですか?」
回り込んで俺の顔を覗き込もうとするラクトを避けていると、隣にやってきたレティに尋ねられる。
俺は少し考え込んだ後で頷く。
「とりあえずはな。そこでキャンプ地の性能を確認した後は、他のフィールドにも行ってみたいと思ってるが」
「他のフィールド? 〈彩鳥の密林〉とかかな」
「そっちでもいいが、同じような森が続くからな。今日は北の〈牧牛の山麓〉に行ってみたい」
そう言うとラクトは僅かに首を傾げる。
戦闘専門ビルドである彼女にはあまり馴染みのないフィールドだからだろう。
「ああ、wikiにありましたね」
すぐに“八咫鏡”を使って調べ始めていたレティが、公式wikiに該当するページを見つける。
「スサノオの北にあるフィールド。見晴らしの良い草原地帯で、生息する原生生物も温厚。なるほどなるほど」
wikiの説明を読み上げてレティはうんうんと芝居がかった動きで頷く。
本当に分かっているのかは知らないが、一応俺が補足する。
「他の〈始まりの草原〉から繋がるフィールドと違って、初心者向けかつ生産者向けのフィールドだな」
「初心者向けは分かるけど、生産者向けっていうのは?」
眉を寄せるラクトにピンと指を立てる。
「凶暴で襲いかかってくるエネミーが居ないのもそうだが、いろんな生産活動に使う素材アイテムを採集できるんだよ」
「へぇ。……でもそれじゃあわたしたちが行く意味あるの?」
「まあ戦闘に関しちゃ俺たちのレベルだと味気ないだろうな。ただまあ、ちょっとやりたいことがあってな」
続きは現地に着いてからのお楽しみにしておく。
そういうとラクトは唇を尖らせて抗議してきたが、全部前もって話してしまうのも勿体ない。
「とりあえず、今はキャンプの使用感を確かめないとな」
ラクトの猛追をのらりくらりと躱しつつ、俺たちは〈猛獣の森〉を抜ける。夜には面倒極まりないこのフィールドも、日の出ているうちは平和そのものだ。
「よし到着。設営する場所は昨日と同じでいいか」
昨日も拠点にしていた岩場まで辿り着き、俺は早速キャンプを展開する。
狼の毛皮の天幕が四方を囲い、昨日とは迫力が段違いだ。
「昨日と同じ場所に置くと改めて違いが良く分かるね」
「なにより椅子と焚き火があるのが嬉しいですね。昨日は石の上に座ってたのでお尻が痛かったんです」
天幕の一部を押し上げて入り口を作って中に入る。
ラクトはさっそくテントの中に転がり込み、レティは焚き火を囲む椅子に腰を下ろした。
その間に俺はインベントリから新たに用意した罠を取り出し、キャンプの周りに設置しに行く。
「レッジさん、何やってるんですか?」
ごそごそと作業をしていると、背中から声を掛けられる。
顔を上げて振り向くと、レティが不思議そうな顔でこっちを見ていた。
「ああ。昨日かなり〈罠〉スキルも鍛えたからな。新しい罠を買ってきたんだ」
そう言って俺は手の内にある罠を見せる。
「わわ、なんですかこれ。ワイヤー?」
「ご明察。つってもそのまんまだからな」
抱えていたのは大量の鋼糸の束。俺はそれを、岩場の周囲に自生する木々を支点にしてぐるりと囲うように配置していた。
「昨日はどの方向からカエルが来るか分からなかったからな」
「なるほど。誘導路を作るわけですね」
彼女は納得がいったらしく、自分の膝あたりの高さに張られたワイヤーをピンと弾いた。
そのあとも何周かしてワイヤーを張り進め、俺の目線くらいの高さまでの柵を作る。そこまですれば随分と存在感も増して、ある程度“壁”として認識できるようになった。
「けどこれ、ただのワイヤーなんですよね? 強度は大丈夫なんですか?」
しかしレティはまだ不安そうで、ワイヤーに指先を乗せて尋ねてくる。
その質問を待っていた俺は、鼻を高くして答える。
「もちろん。新しく覚えた〈罠〉スキルのテクニック、『耐久強化』を使えばな」
「『耐久強化』ですか」
ただのワイヤーならば確かにオイリートードのあの巨体を受け止め切れはしないだろう。しかし俺は昨日、〈罠〉スキルの新たなカートリッジを購入しインストールしていた。
「罠の耐久性を引き上げたり、損耗した罠を修理するテクニックだな。昨日はどんどんトラバサミを使い潰してたが、あれも結構良い値段するんだよ」
「レッジさん、案外無計画に散財しますよね」
「だから『耐久強化』を買ったんだよ!」
呆れた目で肩を上げるレティに反論する。
昨日のペースで罠を使い潰してると、彼女の言うとおりあっという間に破産してしまう。だからこそこのテクニックを買って少しでも長持ちさせようという魂胆なのだ。
「ん~、二人とも何してるの?」
そこへ羽毛の敷物を堪能したらしいラクトがやってくる。
彼女は張り巡らされたワイヤーを見て困惑の表情を浮かべた。
「罠を張ってたんだ。前後に入り口を作って、そこにトラバサミを置いてるから、オイリートードを追い込んで欲しい」
「そういうことかぁ。面白いことできるんだね」
俺の説明を聞いて、ラクトは物珍しそうにワイヤーを撫でる。
確かにここまで大がかりな設備をフィールドのド真ん中に設置するようなプレイヤーは俺も知らない。
「とりあえず準備はできたんだよね? それじゃあわたしたちの出番ってことだ」
「よぅし、頑張りますよ!」
ラクトが弓を取り出し、レティもハンマーを持つ。
日を改めたお陰で二人の士気も上々の様子だ。
「じゃあ待ってるから、オイリートードが来たらTELしてくれ」
「了解です! じゃあ行きましょうか」
「おーう!」
そうしてレティたちは元気よく駆けだしていく。
彼女たちの背中を見送って、俺はキャンプの中へと戻る。
「さてさて。どんなもんかな」
俺は拡充した戦力がどれほど役に立つかを想像して、早々に胸を躍らせた。
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Tips
◇八咫鏡
三種の神器のうちの一つ。個人用情報接続端末。調査用機械人形の左腕に装着された、一見すると腕時計のようにも見える外見。通信監視衛星群ツクヨミを介してスサノオやアマテラスと情報を送受することが可能。自身のステータスの確認や、一部のスキルの使用の際にも使われる。また公式WikiやBBSに接続しての閲覧・記入も可能である。
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