第29話「山麓につづく強引な近道」
『もうすぐで着きます!』
「了解。気をつけろよ」
作業の手を止めて立ち上がる。
耳を澄ませば、微かに地響きのような重い振動を感じる。
「――よし」
天幕をくぐって外に出る。
周囲に張り巡らされたワイヤーに手を触れて、スロットに登録していたテクニックを使用する。
「『耐久強化』」
LPが消費され、ワイヤーの表面を青白い光が撫でていく。
見た目に変化はないが、これで一定時間ワイヤーは驚くほどに強靱なものになっているはずだ。
休んでいる暇はない。
俺はレティの報告にあった方角へと向かい、入り口にトラバサミを並べる。
「こっちも一応やっとくか。『耐久強化』」
泥の中に半分ほど埋まったトラバサミにも強化を施す。これで多少は長持ちしてくれるだろう。
しかし一連のテクニック使用でLPが二割ほど削れている。
俺は天幕の傍まで戻り、そこで待機する。
ぎりぎりキャンプ地の範囲内であるここに立っていれば、LPは目に見えて回復し始める。
「よしよし。効果も十分上がってるな」
それを見て俺は一人ほくそ笑む。
これならば、ラクトのアーツ使用にも耐えうるだろう。
「レッジさん!」
その時、霧の向こうから声が届く。
「来たな」
天幕を上げて、二人が逃げ込めるように入り口を作る。
ワイヤーもトラバサミも強度は上がっている。
仕込みは流々だ。
「レッジさぁああああん!」
「こっちだ! 入れっ」
ラクトを背負ったレティが駆けてくる。
その後ろにはオイリートードの姿も見えた。
ゴールを見つけたレティは速度を上げて、カエルとの距離を一瞬突き放す。
しかし直後カエルも猛追し、肉薄する。
「っ!? レティ!」
「ふぇっ!?」
彼女たちを待っていた俺は声を上げる。
オイリートードがその長い舌を伸ばそうと口を大きく膨らませていた。
直撃すれば、戦況は乱れる。
「『
「グェグッ!?」
氷の矢がカエルの足下に放たれる。
それは一瞬だったが水面を凍結し、カエルの足の動きを乱す。
「ラクト! たすかりました」
「頑張って走って。結構LPに余裕無くなっちゃった」
レティは深く頷くと、足を速める。
一瞬ではあったがバランスを崩したオイリートードは忌々しげに二人を睨み、追跡を再開する。
しかし――
「入った!」
盛大な飛沫を上げてトラバサミが跳ね上がる。
それはがっちりとカエルの前足に噛み付き、固定する。
「グェェヴァッ!?」
混乱と怒りの混じった鳴き声と共に、カエルは大きく身を捩って暴れる。
ガシャンガシャンと音を立てて左右を阻むワイヤーの壁がその巨体を拘束した。
「ラクト、天幕の内側から撃てるか?」
「余裕だね」
キャンプへと転がり込んだレティはぐったりと膝を突いている。
対照的にラクトは生き生きとした表情を浮かべ、爛々と目を輝かせている。
「よし、一気にたたみかけるよ」
そういうと彼女は詠唱を始める。
それは哀れな大ガエルの、死へのカウントダウンと同義だった。
「いやぁ、驚くほど上手くいくもんだね」
間髪入れず三連の矢でカエルを貫いたラクトが、木椅子にどっかりと腰を下ろして底抜けた声を発する。
「ぐぅぅ。カエルに追いかけられながら走るのって、なんだか損な役回りな気がします」
その隣ではレティが疲労困憊の様子で焚き火に当たり、長い耳を畳んでいた。
「オイリートード以外のエネミーはレティがメインで狩ってるんだろう?」
「それはまあ、そうなんですけどね」
俺はオイリートードの解体を進めつつ声を掛ける。
彼女は頷きつつも、どこか納得のいかないようだった。
「スキルの上がり具合は二人とも同じくらいだし、むしろレティの方が〈歩行〉スキルは上だよね」
「そりゃまああれだけ追いかけられたら上がりますよ!」
ラクトの慰め(?)にレティはぷっくりと頬を膨らせる。
確かにレティの〈歩行〉スキルの成長は著しく、沼地で競争すれば速度に極振りしている俺とも良い勝負をする。
ていうか俺が拠点から離れなさすぎて、スキルが全然育っていないっていうのもあるか。
「それで、このカエルで何体目でしたっけ?」
「えーっと……。ちょうど10体目だな」
「それだけ狩れば十分じゃないですか? 実地試験って名目でしたけど普通にがっつり狩りのレベルですよ」
知らないうちに結構な数を狩っていたらしい。
俺のインベントリにも大量のカエル素材が詰まっていて、これはキャンプセットが入りきらない気がする。
とりあえず、レティの言うとおり実地試験の結果としては十分以上の成果だろう。
「キャンプに戻るだけでLPを気にせずアーツが撃てるようになるから気持ちいいよね。癖になりそう」
「気に入って貰えたようで何よりだ」
特にラクトはこのキャンプにかなり惚れてくれたらしく、上機嫌でゆらゆらと木椅子の上で上半身を揺らしている。
アーツを無制限に気の済むまで撃ち続けられるというのは、彼女にとってかなりの快感なのだろう。
「それじゃあ撤収するか」
ちょうどオイリートードの解体も終わり、その巨体が光の粒子となって消える。
レティたちが天幕の外に出たのを確認して、野営地を回収する。
かなり巨大な質量が小さなキャンプセットに収まってしまって、それがインベントリという謎空間に収納され、一気に圧迫感がなくなる。
ちゃんとワイヤーも回収して、出発の準備を整える。
「この後は〈牧牛の山麓〉に行くんだよね」
弓を取り出しながらラクトが言う。
俺はリュックを背負い直し、地図を表示させながら頷いた。
「ああ。一度〈猛獣の森〉に戻って、そこから北に向かう」
〈牧牛の山麓〉は〈始まりの草原〉の北に広がるフィールドだが、同時に〈猛獣の森〉とも隣接している。
そのため道なき道を進むことにはなるが、森を横切った方が距離的には大きく短縮できるのだ。
「よぅし、それじゃ元気に行きましょう!」
すっかり元気を取り戻したレティが拳を上げて叫ぶ。
俺とラクトもそれに続き、進路に沿って歩き出す。
森に入り、枝と蔦の絡まる木々の隙間に道を拓いて進む。なんだか開拓者っぽいことをしている。
「なんか、久々に自分たちが開拓者っていうの思い出したよ」
俺と同じようなことをラクトも思ったらしく、前を歩いていた彼女がそんな事を零した。
「こういう所も道を整備できたりするのかね」
飛び跳ねる蔦を手で押さえながら進み、顔を顰める。
もっと舗装された道になれば、行き来も楽になって狩りにも出かけやすくなるんだが。
「今のところそういうスキルは聞いたことないですね」
先頭に立ち、ハンマーをぶんぶんと振り回しながら進んでいたレティがこちらに顔を向けて言った。
ああ見えて情報をマメに集めている彼女が言うのだから、かなり信頼できる。
「道路の舗装かあ。やっぱり生産系スキルになるのかな」
「アスファルトとかを作るのかもな。そうなると〈鍛冶〉とかか?」
生産方面にはあまり精通していない三人だ。理想や妄想の入り交じった憶測を並べて和気藹々と会話に花を咲かせる。
「だぁああっ! しかしウザいですねこの森の密集具合!」
突然レティが吠える。
ピクピクとこめかみを痙攣させて何を睨んでいるのかと言えば、突然姿を現した太い倒木だった。
彼女はそれを親の仇かの如くガンゴンと叩き付けているが、よほど丈夫なのか中々壊れる様子がない。
「まあまあレティ、ちょっと下がってて」
そんな彼女を諫めてラクトが前に出る。
意気揚々と
「……あれ?」
しかし、氷の矢は幹に刺さったものの砕くまでには至らず、時間を迎えて霧散する。
「むぅ、どうしようか」
「どうしようかって、回り込めばいいんじゃ?」
苛立つレティと困惑するラクトの後ろから、おずおずと手を上げる。
二人は俺を見た後、沈黙。その後揃って綺麗な笑顔で頷いた。
「嫌です」
「なんで!?」
二人は武器を構え、詠唱を再開する。
狼狽える俺の目の前で、倒木が可哀想になるほどの暴力が振るわれた。
「おっ、レッジさんそろそろですよ」
「いやぁ一直線に進むとやっぱり早いね」
「……」
数分後。俺たちはついに森を抜け、開けた草原へと足を踏み入れた。
突き抜けるような蒼天の下に広がるのは青草の茂る草原。その向こう側には首裏が痛くなるほど高く聳える霊峰が鎮座している。
「ここが〈牧牛の山麓〉か」
「名前の通り、牛がいっぱいいますねぇ」
俺の隣に立つレティが、手のひらを額に当てて草原を眺める。
そこには褐色の毛並みをした筋肉質な牛と、白と黒のまだら模様――いわゆるホルスタインと呼ばれるような姿をした牛、二種類のエネミーがのんびりと草を食んでいた。
「ようし、それじゃあ張り切っていきましょう」
「わたしも頑張るぞ!」
「うん? ちょ、ちょっと待」
その雄大な風景にじんわりと心を温めていると、左右の少女たちが気炎を上げて腕を捲る。
それに気がついたのが少し遅れ、俺が制止する前に二人は駆けだしていた。
「や、やめろぉぉお!」
そんな俺の悲鳴にも似た声は僅かに遅く。
二人の攻撃は既に放たれていた。
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Tips
◇重量限界
各アイテムには個別の重量があり、インベントリには所持限界重量が存在する。インベントリ内のアイテムの合計重量が所持限界重量に近づくほどに移動速度に対してバッドステータスが発生し、所持限界重量を越えてしまった場合はその場から動くことができなくなる。リュック系のアイテムを装備することで所持限界重量を増大させることができるほか、移動速度低下のバッドステータスを緩和するアイテムなども存在する。
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