第27話「拠点拡充は重労働」

 翌日。

 俺は家の事を手早く済ませて『FrontierPlanet』へとログインする。

 ベッドに体を横たえ、専用のヘッドセットを装着する。起動ボタンを押し込むと世界が暗転し、俺はスサノオの一角に姿を現した。


「ふぅ。――よし、今日もやるか」


 ぎゅっと拳を握りしめて気持ちを切り替える。

 まずは昨日準備したものを試しに始まりの草原にでも行くか――


「おっと」


 なんてことを考えていると、耳元でコールが響く。

 同時に現れたディスプレイを見ると、レティの名前が表示されていた。


「よう。ログインした直後にコールされたからびっくりしたぞ」


 TELに応答して言うと、耳元で電子処理されたような少しざらつきのある声が返ってくる。


『えーそうだったんですか? 奇遇ですね。レティもさっきログインしたんですよ』

「そうだったのか。お互い生活リズムが似てるのかもな」


 ま、三十路手前のおっさんと、それより遙かに若そうな彼女とじゃあ生活習慣も何も違うんだろうが。

 ともかくTELで話すというのも味気ないから合流することにする。

 レティは昨日ログアウトした制御区域にいるらしく、俺はそちらに足を向けた。


「レッジさーん! こっちですよ!」


 通りを歩いていると人混みの向こうから声がする。

 目を凝らして見てみれば、往来の陰の中からぴょこんと赤色のうさ耳が飛び出していた。


「ようレティ」

「こんばんは、レッジさん」


 彼女は人の間を縫って俺のもとへと駆け寄ってきてきた。

 手を上げて応えると、彼女は少しはにかんで言った。


「ラクトはまだログインしてないみたいだな」

「そうですね。狩りにでも行きますか? 昨日ログアウトした後も眠れなくって、色々情報集めてたんですよ」


 レティは早く動きたくてうずうずしているようだった。

 とはいえ〈水蛇の湖沼〉はラクトが居た方が心強いし、〈猛獣の森〉はもうあまり手応えもないだろう。

 俺は少し考えて、彼女に提案した。


「もし暇なら少し付き合ってくれ」

「つ、付き合う? べ、別に――」

「昨日二人がログアウトした後に色々準備しててな。それを試したいんだ。あれ、なんか言い掛けたか?」

「なんでもないです! 早く行きますよっ」


 彼女はぷっくりと頬を膨らせてずんずんと町の外へと歩いて行く。

 不思議な反応に首を捻りつつ、俺もその後を追って〈始まりの草原〉へと進路を変えた。


「それで、試したいことってなんなんですか?」

「えーっとな、もう少し人目に付かないところが良いな」


 サービス開始二日目ということもあって、〈始まりの草原〉にはまだまだ多くのプレイヤーがいる。始めたばかりらしい初心者が目立つが、中には俺たちみたいな初期装備以外の姿をしたプレイヤーもちらほら見られるようになってきた。

 俺は彼らの視線を避けるようにレティと共に奥へと進み、〈猛獣の森〉付近の少し木々が多い場所までやってきた。


「このへんでいいかな」

「そろそろ教えて下さいよぉ」


 周りを見渡して言うと、レティが拗ねた様子で唇を尖らせる。


「すまんすまん。失敗しても恥ずかしいし、結構場所を取るからな」


 そう弁明しつつ、インベントリからキャンプセットを取り出す。


「テントだ。野営地を広げるんですか?」


 首を傾げて耳を折るレティに向かって、俺は自慢げに顎を上げる。


「ふっふっふ。昨日とは違うぞ。これはベーシックテントじゃない。ベーシックキャンピングセットなんだ」


 そう。昨日使っていたアイテムはスサノオのキャンプショップで売られているただのテントだ。しかし今手元に持っているのはそれを更に発展させた物、ベーシックキャンピングセットという名称に変わったアイテムだった。


「……違いがよく分かりません」


 そんな俺の自慢を聞いて、彼女は眉の皺を深める。

 いまいち実感が湧かない様子の彼女を見て、俺は肩を竦めて首を振る。


「やれやれ……。だからこうして実験するんじゃないか」

「レッジさんも違いが分からないんですね?」

「まだ確認してないだけだから」


 レティのジト目を避けて『野営地設置』を発動する。

 キャンピングセットが広がり、瞬く間に設備が組み上がっていく。


「どうだ、見てみろ!」

「おおー!」


 きっかり30秒後、そこには四方を毛皮の天幕で囲まれた立派なキャンプ地が完成していた。

 中央には焚き火台が置かれ、周りを囲むように四つの木椅子がある。濃緑色のテントもあるし、その中には羽毛を使った敷物もある。


「何ですかこれ!? 昨日のとは全然違うじゃないですか!」

「はっはっは、そうだろうそうだろう。俺も凄いびっくりしてる!」


 新たに追加されたアイテムたちを見渡して、レティはキラキラと赤い瞳を光らせる。

 俺は焚き火の傍のスツールに腰を下ろして、優越感に浸る。


「LP回復速度上昇効果は更に上がってるな。周囲への威嚇効果とは別に隠蔽効果も加わってるし」


 カスタムパネルを確認すると、野営地自体の効果も全体的に底上げされている。

 今は二人ともLPが削れていないからあまり実感はないが、これも実戦時には役に立つだろう。


「レッジさん!」

「うおっ! な、なんだ?」


 なんて考えていると、目の前にレティの顔が迫っていた。

 椅子から転げ落ちそうになりながら、なんとか必死に耐える。


「これどうやったんですか? ていうか昨日何があったんですか?」

「ちょ、落ち着け。話すから」


 彼女の肩を掴んで離し、呼吸を整える。

 そうして俺は昨日のことを思い返しながら説明した。


「レティたちと別れた後な、ネヴァに会いに行ったんだ」

「ひ、一人でですか!?」

「うん? まあそうだが」


 なんで驚くんだ。ていうかレティたち以外にネヴァと一緒に会ってくれる知り合いはいない。


「まあともかく、そこで素材を売ったり色々作ってもらったりしたんだよ」

「素材の売却はともかく、製作ですか」


 俺は頷き、今も座っているスツールを叩く。


「この椅子とかな。あと天幕はフォレストウルフの毛皮を使ってもらったし、テントの中の敷物は南の密林に居る鳥の羽毛を使ったらしい」


 足りない素材、というか狼の毛皮以外の素材は全部ネヴァ持ちだ。それでも〈水蛇の湖沼〉で得られたアイテムを売ればおつりが来るくらいだったが。


「それでまあウッドスツール、森狼の天幕、羽毛の敷物なんてアイテムを作ってもらって、野営地のカスタムパネルに突っ込んだ」

「そしたらこんだけ快適になったと」


 そういうことだ、と頷く。

 彼女はもう一度野営地を見渡して、息を漏らす。


「凄いですねぇ……。これなら〈野営〉スキルももっと見直されますね!」


 感激した様子で言う彼女だが、俺は微妙な表情で頷く。

 そんな反応が気にくわなかったのか、彼女はむっとして眉を顰めた。


「どうしたんですか? これだけ便利なら〈野営〉スキルを伸ばす人は増えそうですけど」

「まあそうなんだけどな。結構手間とか掛かってるんだよ、これ」


 そう言うと彼女は豆鉄砲でも喰らったような顔になって、首を傾げる。

 俺は苦笑して、昨日ネヴァにアイテムを作ってもらった後の事を話した。


「アイテム類を受け取ってすぐにそれをテントに合成しようと思ったんだ。けどまあ、それには結構問題があってな」

「問題、ですか」

「ああ。まず金が足りなかった」

「お金?」


 いまいち要領の得ない様子の彼女の反応も、そうだろうなあとしか言い様がない。

 俺だって昨日はそんな感じだった。


「キャンプセットのカスタムにはビットを消費するらしくてな。それがまあまあ重たいんだ」

「それじゃあ……」

「片っ端から任務を受けて、稼いできたよ」

「うわぁ。お疲れ様です」

「お陰で〈槍術〉はあっという間に40だよ」

「よん!? レティでもまだ30ですよ? 一体どれくらい狩りしてたんですか!」


 驚きに耳を立てるレティ。

 俺は虚ろな目で言う。


「必要資金が集まったのは、朝の四時だった」

「徹夜してるじゃないですか!?」

「だからカスタムしたあとそれを確かめる間もなくログアウトして泥みたいに寝たんだよ。起きたら昼過ぎだったから家事だけ済ませてまたログインしたんだ」

「よくもまあそんなプレイしますね?」


 ほんとだよ。

 俺だってこの年になって徹夜でゲームするとは思わなかった。しかしまあ楽しかったのでよし。体の節々が軋みを上げているが、問題ない。


「ああそれと、まだ問題点はあるんだ」

「まだあるんですか!?」


 信じられないとレティが目を見張る。

 残念ながら、まだあるんだよ。


「一つ目は、キャンプセット自体が重いってことだな」

「確かにテントの時点でも重たそうでしたもんね」


 レティの言葉に頷く。

 ヒューマノイドはフェアリーと違って積載重量にそれほど制限がある機体ではない。その上俺はリュックも持っている。

 しかしそれでも重くて素材をレティたちにも分担して持ってもらう必要があった。


「その重量に、追加したアイテム全部の重量が掛かるんだよ。もっと言えばそれよりも若干重たいくらいだ」

「そんなに……」


 レティが絶句する。さもありなん。

 なにせ今のキャンプセットの総重量は限界重量の五割以上を占めている。

 早々に何かしらの対策を講じないと、これ以上重たくなると満足に狩りすらできなくなるだろう。


「あとは追加パーツが増えると展開に時間が掛かったり、消費するLPがバカでかくなる問題もあるな」

「うぅ。なかなかうまい話とは行きませんね」

「そういうこったね」


 しょんぼりと肩を落とすレティに同意する。


「それでもまあ、レティが居てくれるからここまでカスタムできたんだぞ」

「はえっ!?」


 驚いて勢いよく顔を上げるレティを見て言う。


「俺一人じゃこんなもん持ってプレイはできない。だけど一緒にいてくれる仲間がいるから、できるんだ」


 少しキザったらしかったか、と後悔しているとレティが顔を真っ赤にして俯く。


「しょ、しょんな……」

「いやあの、すまん。やっぱ聞かなかったことに」

「いいえ! そうはいきませんよ。録音してなかったことを悔やんでただけなのでお構いなく!」

「それはそれでより一層聞かなかったことにして欲しいんだが……」


 そんな俺の言葉も届かず、レティは隠しきれない笑みを漏らす。なにか恐ろしいことを企んでいるのか、むふっむふっと女子がしてはいけないような顔で口を押さえている。

 脅迫材料にされるのかと戦々恐々としていると、またも耳元でコールが響いた。


「おっと、ラクトからだな」

「ら、ラクトですか!?」


 そんな驚くことないだろう。

 突然身体を硬直させたレティを放っておいて、TELに応答する。


「はいもしもし」

『やあこんばんは。もうログインしてたみたいだからTELたんだけど、大丈夫だった?』

「ああ。ちょっと実験してただけだからな。そうだ、ラクトも来てくれよ、見せたい物があるんだ」

『ん、分かった。すぐ行くよ』

「レティもかなりびっくりしてたからな、期待してていいぞ」

『……レティもいるの?』

「うん? ああ、隣にな。丁度同じタイミングでログインしてたらしくて」

『分かった。すぐ行くよ。すぐに行くからね』

「お? おう……」


 よく分からんが念押しされて通話が切れる。

 首を傾げながらレティの方へ振り返ると、彼女は微妙に眉を寄せて椅子に座っていた。

 ていうか、レティとラクトもフレンドなのでは?


「ラクト、すぐに来るってさ」

「はぁい」


 そういうと彼女は間延びした返事をしてぱたぱたと足を揺らす。

 ……女の子のテンションの移り変わりが分からなすぎて怖い。

 俺は極力彼女を刺激しないように、少しだけ椅子を離して座った。


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Tips

◇シングバード

 〈始まりの草原〉南方に広がる〈彩鳥の密林〉に生息する柔らかな羽毛を持つ小型の鳥。非常に美しい鳴き声で、高度なコミュニケーション能力を持つ。繁殖期にはオスが勇ましい"歌"で求愛し、メスはしっとりとした"バラード"でそれに答える。小型であるため肉はあまり取れず食用には向かないが、その羽毛は上質な寝具にも使われる。


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