第25話「拠点迎撃」
「無理、え? どういうことだ?」
同時に放たれた言葉に俺は困惑する。
二人の言い間違えや俺の聞き間違いではないようで、レティたちは表情を変えることなく頷いた。
「レティとラクトでは相性が悪いって話ですよ」
「いや、でもな、レティは前衛だしラクトは後衛だろう? レティは威圧で敵のヘイトを集められるし……」
「そういう話じゃないんだよ、レッジ」
真意が見えず首を傾げているとラクトが頭を振ってこちらを見た。
「単純に、相性の問題さ」
「相性? 二人とも仲が悪いのか?」
ラクトの言葉を聞いても謎は更に深まる。
眉を顰めると、二人はそれも否定した。
「そうじゃなくて、わたしやレティとこの沼の原生生物との相性だね」
そう言って、ラクトは二人での狩りの様子について話し始めた。
「わたしたちはレッジと別れてすぐにエネミーを見つけたんだ。名前はパラライズトード。麻痺毒のある粘液を分泌するカエルさ」
「こいつとは別ものか?」
俺は拠点の隣で倒れている巨大なカエルを一瞥する。
レティたちが逃げ帰ってきたときに追っていた奴だ。
「違うよ。こいつはええっと」
ラクトは〈鑑定〉スキルを持っていないらしく、この原生生物の名前を確かめることができないようだった。
彼女はレティの方に視線を送る。
「オイリートードです」
「そうそうそれそれ」
レティの助け船を受けて、ラクトは話を戻す。
「まあ、初戦はかなり上手くいったと思うよ。パラライズトードはオイリートードほど大きくなくて、動きもあまり速くなかったから」
「ああ、そうでした」
ラクトの話の途中、レティが思い出したように顔を上げる。
彼女は俺の方へと歩み寄り、トレード画面を開く。
「パラライズトードの素材が取れたので鑑定してもらえませんか?」
「おう。それくらいなら任せてくれ」
そんな会話と共に何種類かのアイテムを受け取る。
鑑定は後回しにして、今はラクトの話を聞こう。
「えっと、そうだね。それで首尾良くパラライズトードを何匹か倒したわたしたちは、更に沼地の奥へと進んだ。この段階ではわたしもまだアーツを使ってなかったから、LPには余裕があったしね」
ラクトは弓を持ち上げて言う。
アーツは一撃の威力が大きいが、消費するLPも桁違いに重い。だから彼女は普段の狩りでは弓を使った物理攻撃を軸にしている。
「そこで出会ったのがこのオイリートードだったんです……」
レティがラクトの言葉尻を拾って、横に倒れる大ガエルを忌々しそうに睨みながら言った。
「わたしたちは何匹かのパラライズトードを討伐して、気分を上げていた。だからレティが遠目にこのオイリートードを見つけたときも、いけると思って斬りかかっていったんだ」
「ま、レティはハンマーなので切断属性じゃないですけどね」
レティがどや顔で言葉を挟む。
今はそういうのはいらない。
「まあ、結論としては惨敗だよね。こうやってギリギリ逃げ帰ってきたんだ」
「なんでだ? 図体がでかいとはいえ、カエルなんじゃ」
「こいつ、打撃が効かないんですよ」
やれやれと手を上げるラクト。俺が首を捻ると、レティが頬を膨らせて言う。
「打撃が効かない?」
「はい。この体表の油でハンマーが滑って、つるっと衝撃を逃がしちゃうんです」
ぺちぺちとカエルの白い肌を叩きながらレティが言う。
なるほど、だから逃げ帰ってきた時にレティが迎撃に参加しなかったのか。彼女は打撃が効かないことを知っていたのだ。
「とはいえ、ラクトの弓やアーツがあるだろう?」
「そこで第二の問題だよ。こいつ、大きいだけあってHPもかなり多いんだよ。弓でチマチマ削ってたら倒しきる前にわたしにヘイトが来て、倒されちゃう」
「だから途中でラクトがアーツに切り替えたんですが、それでもHPを削りきる前に彼女のLPが尽きかけちゃって」
「なるほど。それで走れるほどのLPも残ってなかったからレティが背負ってきたのか」
そこまで聞いてようやく納得できた。
レティ自慢の打撃は通らず、ラクトのアーツでも仕留めきれない。なるほど厄介な敵だ。
「それじゃあどうする? やっぱり俺が参加した方がいいか?」
そう言うと、レティたちは少し考えて口を開く。
「その前に、このあたりにあったトラバサミはなんなんです? オイリートードも引っかかってたみたいですけど」
「ああ。新しく伸ばし始めた〈罠〉スキルだよ。これがあれば野営地の防御もできるかと思ってな」
そう言うと二人は驚いた様子で顔を見合わせる。
ラクトは眉間に皺を寄せたかと思えば俺の方に視線を向けて、「提案なんだけど」と前置きして言った。
「レティとわたしが釣り役をするから、レッジはこの辺に罠を仕掛けててくれないかな?」
「オイリートードがやってきたら、トラバサミでガチンとやっちゃって下さい!」
二人の示した方法に、俺は驚く。
「いいのか? 二人ともあまり足も早くないだろう」
「でもレティもラクトを背負って逃げるくらいの速さはありますから」
「それにわたしが遠距離から攻撃すれば、距離を稼いだままヘイトを取れる」
レティとラクトが沼を探索し、オイリートードを見つけたらラクトが遠距離から攻撃を放って注目を取る。その上で野営地まで戻ってきて、ラクトがLPを回復しながら攻撃。オイリートードは俺の仕掛けた罠で動きを封じる。
できるかできないかで言えば、できるのだろう。なんと言っても実際にさっきやったのだから。
「だが、引きつけながら逃げるときに他のエネミーに出会ったら」
「その時はレティがやっつけます!」
俺の不安を、レティはやる気に漲る表情で吹き飛ばす。
「……そこまで言うならやってみよう。どっちでもいいから、戻ってくるときはTELで知らせてくれ。って、ラクトとはまだフレンド登録してなかったな」
そう言ってラクトともフレンド登録を済ませ、いつでも遠隔通話ができるようにしておく。
これで突然二人が逃げ帰ってきて慌てる心配もないだろう。
「今あるトラバサミはあと六個だからな」
「分かりました! じゃあ行ってきますね」
そう言ってレティたちはまた沼の霧へと消えていく。
その背中を見送って、俺も罠の準備に取りかかった。
「しかし、上げ始めたばっかりの〈罠〉スキルがすぐに役に立つとはな」
本当に、何がどう転ぶか分からないもんだ。
さっき大物を捕らえたこともあって、スキルレベルは順調に上がっている。
これなら町に帰ったときに新しいカートリッジを買ってもいいだろう。
「さて、こんな感じかな」
罠の設置には時間が掛かるため、予め三つほどを各方向に仕掛けておく。
残りはまったく違うところから来た場合に備えた緊急用の予備だ。
「じゃあ待つか」
準備さえ終えればすることもない。
俺はずっと放置していたオイリートードの死体の解体に手を付ける。
「解体自体はそこまで難しく無さそうだな」
ただただ大きいためそれなりに時間と労力を要するものの、解体の際に見える赤線はそこまで複雑な軌跡を描いているわけではなかった。
線をなぞって刃を滑らせると、ぬるりとした感触と共に滑らかに皮が切れる。
打撃属性が効かない分、斬撃属性の攻撃はよく通るのかもしれないな。
「よし、終わり」
オイリートードからはカエルの肉、油蛙の油なんかの素材がドロップした。油蛙と言うだけあって、解体ボーナスでは大量の油が手に入る。
それらも合わせ、レティから受け取っていたパラライズトードの素材も合わせて鑑定しつつ、TELが飛んでくるのを待つ。
そうして待機すること数分。丁度全部のアイテムを鑑定し終えた時にそれは来た。
『もしもし! オイリートードが見つかったので連れてきます』
コール音が耳音で響き、応答するとレティの声が飛び込んでくる。
「方角は分かるか?」
『えーっと、レティたちはまっすぐ歩いてました!』
「了解」
すでに走っているのか、レティは息を荒げている。
冷静に考える余裕も無いらしく、そんな答えが返ってきたが十分だった。
俺は立ち上がり、彼女たちが出発した方向にトラバサミをもう一つ設置する。
「レッジさぁぁああん!」
「こっちだ!」
そうしていると、霧の向こうからレティの声がする。
口に手を添えて返答すると、レティとラクトが霧を抜けて走ってきた。
「もうすぐ来るよっ」
「いつでも大丈夫だ」
ラクトの声。
次の瞬間、オイリートードの巨体が飛沫を上げて現れた。
「こっちだっ」
罠のある方向へ誘導する。
ヘイトを持っているラクトを追って、カエルが進む。
そして、
「かかった!」
勢いよくトラバサミが踏み抜かれ、鋼鉄の刃がその柔らかい皮膚に食い込む。
カエルの悲鳴が霧を劈く。
「ラクト!」
「今回復中!」
ラクトは勢いのままに野営地に突っ込んで、LPを回復している。
その間の時間稼ぎで、トラバサミが一つ破壊される。
「よし、大丈夫!」
怒り狂ったカエルが暴れ、もう一つのトラバサミがそれを捕らえる。
ラクトが立ち上がり、
「『
その一撃で、オイリートードは沼に伏した。
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Tips
◇始まりの草原
シード01-スサノオの周辺に広がる見晴らしの良い草原。背の低い草が生い茂り、疎らに細い木々や岩がある。原生生物はグラスイーターやコックビークなどの草食性の小動物が多い。西方には猛獣の森、南方には彩鳥の密林、東方には岩蜥蜴の荒野、北方には牧牛の山麓が続く。
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