第24話「拠点防衛」

「それじゃあ行ってきます」

「楽しみに待っててね」

「おう。こっちは任せてくれ」


 レティとラクトが沼地の霧の中へと消えていくのを見送って、俺は力を抜く。

 静かになった岩場のキャンプ地を見渡してはたと気付いた。


「……一人になるのは初めてだな」


 ゲームを始めてすぐにレティと出会い、以降ずっと一緒に行動してきた。だからこうして一人で立っているのはどこか新鮮で、落ち着かない。


「俺は俺のやるべき事をやるか」


 そんな気持ちを紛らわせようと独り言を零す。

 ポールで支えられた濃緑色のテントの前に腰を下ろし、ディスプレイを開く。

 レティたちが狩りに出かけている間に、俺もいくつかしたいことがあった。


「えーっと、『コマンドパネル展開』」


 ディスプレイに表示された説明を読み、そこに書かれたキーワードを発声する。

 そうすると新たに小さなディスプレイが浮かび上がり表示された。


「よしよし。これを弄ればいいんだな」


 コマンドパネルというのは、野営地のカスタムをするために使う操作盤だ。

 テクニックの説明によればこのパネルを介してアイテムを投入すると、それに応じた能力を野営地自体が獲得するらしい。


「今持ってる中で放り込めるのは……」


 インベントリを開くと野営地の強化に使えるアイテムが表示される。

 もともと手持ちのアイテムが少ないからなんとも言えないが、フォレストウルフの素材なんかも使えるようだ。

 試しに森狼の毛皮を投入してみると、警告文が表示される。


『素材アイテムを投入した場合、対応した生産スキルと設備を使用する必要があります』


「なに? 参ったな、生産スキルは持ってないぞ……」


 どうやら原生生物からドロップしたアイテムをそのまま使うことはできず、生産系のスキルで加工しなければならないらしい。ついでに設備もないから、ここではできない。


「早速計画が一つ潰れてしまった。……町に戻ってから改めて弄るか」


 できないものは仕方ない。

 素直に諦めて次に移る。

 インベントリを操作して、取り出したるはLV1カートリッジ。それを使用してテクニックをインストールする。


『テクニック『罠設置』を習得しました』


 ログが流れ、テクニック欄に『罠設置』が追加される。


「ふふふ。これを上手く使えば、野営地をもっと強化できる」


 これは〈罠〉スキルの最初に覚えるテクニックだ。

 〈罠〉スキルというのは読んで字の如く、罠を仕掛けて敵を陥れるというもので、能動的な戦闘系スキルとは異なる受動的な性格を持ったもの。

 俺の予定では〈罠〉スキルを鍛えて野営地の周囲に罠を仕掛けることで、より野営地の安全性を高めることができると考えている。


「町でいくつか罠も買ってきたからな。使ってみるか」


 カートリッジと併せて、初心者向けの簡単な罠も購入していた。

 一番低級な、レベル1から使える罠はトラバサミ。リアルだと普通に違法だった気がするが、ここは地球じゃないので問題ない。


「えっと、トラバサミを置いて、『罠設置』」


 岩場から降りて比較的浅い沼にトラバサミを置く。

 その状態でテクニックを使用すると、罠の表面が怪しく光ったかと思うと、周囲の泥の色に近づいた。


「ほほう。こうやって見えにくくしてるんだな」


 そこにあることを知ったまま見ればすぐに見つけられるが、何も知らないで一瞥した程度じゃ気付かれない程度の擬態だ。


「いくつか仕掛けておくか」


 レベル上げも兼ねて、俺は買い込んだトラバサミを野営地の周囲に配置していった。

 テクニックが失敗すると罠が設置できないが、敵がくる場所でもないのでのんびりと作業を進める。

 全部で八つのトラバサミを八方向に仕掛け終えて、スキルも多少上がった。


「罠に何も掛からないまま時間が過ぎたらもう一度設置する必要があるらしいが、それもスキル上げになるだろ」


 そんなことを言っていると、背後でカシャン! と金属が打ち合う音がする。

 振り返ると最初に仕掛けたトラバサミが効果時間を終えて発動していた。


「やっぱ低レベルの間はこまめに設置しなおす必要があるな」


 そう言っている間にもカシャンカシャンと他のトラバサミが空を切って閉じていく。

 俺はレティ達が帰ってくるまでの間、ぐるぐると野営地の周囲を回ってトラバサミを仕掛け直していった。


 異変があったのは、野営地の周りを20周ほどした時のことだった。

 トラバサミの効果時間もかなり長くなってきて、鼻歌なんか歌いつつのんびりと過ごしていると、霧の向こうから微かに悲鳴のようなものが聞こえた。


「うん?」


 首を傾げ、岩場の上に立つ。

 じっと目を凝らしていると、霧の向こうに人影が現れた。それは何かを背負っているようで、頭にはピンと張ったうさ耳があって――


「レティ!?」

「レッジさんぅぅぅ! たすけてくださいぃぃ!!」


 俺が名前を呼ぶと彼女は涙目になって悲鳴を上げる。

 よくよく見てみれば、彼女が背負っているのはラクトだった。


「一体どうしたんだ?」

「う、うしろぉ!」


 霧が割れ、彼女の背後から巨大なカエルが姿を現す。


「ひにゃぁああああっ!!」

「なんだこいつは!?」


 黄色い体にぬめぬめとした粘液を纏う、レティの背丈ほどもある巨大なカエルが、彼女たちを猛追していた。

 レティは涙目になっていて、ラクトも青い顔で震えている。


「とりあえずキャンプまで急げ!」


 言いながら俺は岩場から飛び降りる。

 手早く罠を回収して、カエルの進路上に仕掛ける。


「少し左にズレろ!」

「は、はひぃぃ」


 俺の指示で、レティは左へ進路をずらす。

 その間にもカエルは迫り、俺は罠を仕掛け続ける。


「レッジしゃぁあああん!」


 レティが走り、飛び、岩場へと滑り込む。

 その瞬間、ガンッ! という激しい音が連続して響く。


「グェッ!?」


 カエルが想定外のダメージに混乱する。

 その瞬間を狙って、構えたファングスピアを喉元に突き刺す。

 ぬぷりとした粘っこい感触と共に、切っ先が食い込む。


「くそ、ダメージらしいダメージがないな」


 しかし俺の非力なステータスではカエルのHPバーは僅かにしか削れない。

 槍を引き抜き、横へ移動する。


「ゲェェロッ!」

「うおわっ!?」


 カエルが大きく口を開いたかと思うと、ピンク色の舌が飛びかかってくる。

 驚くほど良く伸びる舌をギリギリで避けて、更に距離を取る。

 カエルは完全に標的を俺に移したらしく、苛立たしげにこちらを見据える。


「へ、動けないだろう」


 しかしカエルの足には二つのトラバサミががっちりと食い込んでいる。

 あれの耐久力が削れるまでは、あいつもあの場から動けない。


「とはいえ、俺も倒せないが……」


 しかし俺が近づいたとしても倒すのは難しいだろう。

 単純に与えるダメージが少なすぎるし、喰らうダメージが多すぎる。

 どうしたもんかと考えていると、キャンプの方から声がした。


「――ありがとうレッジ。助かった」


 冷気が彼女の手の先に集まる。

 それは次第に形を作り、一本の矢となった。


「『凍てつくフリーズ鋭利な針の矢ニードルアロー』」


 それは空気を裂いて飛翔し、カエルの胴体を貫く。

 会心の一撃はカエルのHPを吹き飛ばし、息の根を刈り取った。


「ラクト、助かった」

「わたしこそ野営地が無かったらLPが尽きてたよ」


 緊張を解き、岩場に登る。

 そこには涙目のレティと疲れた様子のラクトがいた。


「首尾はどうだった?」


 槍をしまいながらそう尋ねると、二人は互いの顔を見る。そうしてにこやかな表情をこちらに向けて、言葉を重ねて言った。


「無理でした!」

「ちょっと厳しいかも」


_/_/_/_/_/

Tips

◇〈攻性アーツ〉スキル

 攻撃的な性質を持つナノマシンチップの操作を行うスキル。多数のチップを集め、使いこなすことができれば、自身よりも遙かに強大な敵さえ簡単に屠ることが可能なアーツも扱えるようになる。


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