第22話「礫氷のアーツ使い」

 ぬかるみに足を取られながらも懸命に走る。時折〈歩行〉スキルが上昇し、僅かながらに抵抗が減るのを感じた。


「レッジさん!」

「レティ、大丈夫か」


 レティが俺の隣までやってきた。

 彼女は頷くが、不安げに背後を覗く。


「シュァァアアッ!」

「ひぃぃん! めちゃめちゃ怒ってますよぅ!」


 怒りの炎を燃やす金色の瞳が追いかけてくる。

 白銀の大蛇は泥水を掻き分け、ぐねぐねと体をねじりながら猛追していた。


「ああクソ、めんどうだっ」


 俺はなんとかギリギリ逃げ切れるだろう。それはついさっきブルーブラッドをアップデートして足を強化したからだ。

 しかしレティは違う。腕に極振りした彼女の走る速度は初期値そのままだ。

 じりじりと彼女の速度を上回り、ヘビが近づいてくる。全速力で逃げているからLPもだんだんと余裕が無くなってきた。


「『拡散し凍結する矢ディフュージョンフリーズアロー』」

「っ! レティ頭を下げろっ」

「ふえっ!?」


 隣を走っていたレティの肩を抱き寄せ、一緒に屈む。その直上を氷の矢が飛来した。


「シュアッ!?」


 氷の矢はヘビの眉間に突き刺さり、パキパキと体表を薄氷で覆い始める。その速度は凄まじく、瞬く間にヘビは体の半分ほどを彫像のように硬直させた。


「……動かなくなった?」


 ヘビの動きが停止したのを、レティが恐る恐る確認する。

 金色の目は大きく開かれているが、その形のまま動く様子がない。


「よかった。やっぱり氷漬けにすると動かなくなりますね」

「っ!?」


 唖然としていると、背後からほっとしたような声がする。

 振り返れば、青いフード付きのローブを纏った小柄な少女が歩いてきた。背の高さは俺の腰上程度。ひまわりよりも更に小さい。

 彼女は左手に木製の弓を持ち、腰に矢筒を吊っていた。


「貴女は……?」

「こんにちは、わたしはラクト。弓師兼氷のアーツ使い――を目指している者です」


 そう言ってラクトは丁寧な所作でお辞儀を見せる。

 顔を上げた拍子にフードが落ちて、透き通るような水色の髪がはらりと揺れた。


「タイプ-フェアリーか」


 驚きを隠せず思わず口に出す。

 ラクトは少しきょとんとしたあと、思い出したように自分の耳に触れた。


「はい。少し珍しいでしょうか」


 そう言って若草色の目を細めるラクトの耳は、細く水平に伸びている。

 タイプ-フェアリーの特徴は、小柄な体型と細長い耳。いわゆるエルフ耳というものだった。


「あ、そろそろアーツの効果が切れますね」

「えっ?」


 話しかけようと口を開きかけたとき、ラクトがぴっと視線を上げて言う。

 慌てて振り返ると、ヘビの体表を覆っていた氷がパラパラと剥落し始めている。


「とりあえず逃げるぞ!」

「は、はいっ!」

「ああ、わたしも付いていっても?」

「当然だっ」


 完全にヘビが自由を取り戻す前に、俺たちはその場から離れる。

 足のパラメータが一番高いのは俺らしく、珍しいことに他の二人を先導する形で沼を横切る。


「このあたりなら敵はいませんよ」

「本当か?」

「はい。わたしもここで休んでいましたので」


 しばらく走った後、ラクトの案内で大きな岩の目立つ場所で立ち止まる。

 いくつもの岩が密集したその場所は、薄く水に覆われた沼地の中で島のようになっていた。


「スケイルサーペント、さっきのヘビなんかは泥の中に潜って奇襲を仕掛けてくるんです。だからこういう水の上なら安心です」

「そうだったんですか。全然気配がしなかったのに突然襲われてびっくりしました」


 ラクトの説明を聞いてレティは胸のつかえが取れたようだった。

 〈水蛇の湖沼〉が静寂に満ちていたのは生物が居なかったからではない。息を潜め気を殺し、獲物が現れるのを虎視眈々と待ち構えていただけなのだろう。


「改めて、助けてくれてありがとう。俺はレッジだ」

「レティです。レッジさんとはパーティを組んでるんですよ」


 大岩の上に立ち、ラクトに向き直る。

 感謝を述べると彼女は照れたようにあどけない笑みを浮かべた。


「いえ。わたしも偶然通りがかっただけですから」

「それです。ラクトさんはお一人でこの沼地に?」

「ええ。着いたのは今朝ですが」


 その言葉に俺たちは衝撃を受ける。

 見たところ彼女は消耗している様子もない。この沼地を単身で生き延びたということは、かなりの実力を持っているのだろう。


「あはは。そうですね、わたしはアーツ使いなのでこのフィールドとは少し相性が良いみたいなんです」


 俺たちの表情から読み取ったのか、ラクトは恥ずかしそうに話し始める。


「そう言えばアーツ使いを見るのは初めてですね」

「ああ。アーツはある意味適性がいるからな……」

「あはは。まあ、そうかも知れませんね」


 アーツというのは、ナノマシンを使って様々な効果を及ぼす現象を引き起こす技術のことだ。

 攻性、防御、補助の三種のスキルに分かれていて、戦闘系や補助系、ステータス系のスキル群とは少々性質が異なる。

 言ってしまえば魔法のようなもので、俺もアーツ使いを検討したことはある。しかし――


詠唱コードの発声は恥ずかしがる人が多いですね」

「そうなんだよなぁ」


 ラクトの言ったとおり、そこが障壁になる。

 アーツの使用には詠唱コードと呼ばれる一連のワードを発声する必要がある。しかしこれがなかなか恥ずかしい。

 特に俺のような男の場合は古かりし傷が疼く。


「割り切ってしまえばむしろ楽しいんですけどね」

「そこまでの境地に、俺はまだ至ってないんだ」


 ニコニコと言ってのけるラクトに尊敬の眼差しを送る。

 確かに彼女は朗々と詠唱をやってのけていた。


「それに、アーツは自由度の高いカスタムが売りだが、その分扱いにくかったりもするんだろう?」

「確かにそう言われることも多いですね」

「ええっと、パーツを集めて組み合わせて詠唱を作るんですよね」


 レティが記憶を掘り返しながら言うと、ラクトは頷く。


「はい。例えば『凍てつく鋭利な針の矢』は『凍てつく』『鋭利な』『針』『矢』という四つのパーツでできています。それぞれ氷の属性、斬撃の属性、貫通の属性、矢の形状をアーツに与えるものですね」

「パーツは増えるごとにアーツが特化されて威力が増すが、その分消費するLPも増えるんだろう?」


 俺が付け加えると、彼女はそうですと眉を下げた。


「ちなみに『凍てつく鋭利な針の矢』の消費LPは30、『拡散し凍結する矢』は45です」

「なっ。七割以上LP消費してるじゃないか!」


 ラクトの補足を聞いて俺は驚く。

 初期LPは全員共通で100だ。〈槍術〉なんかのテクニックだと、消費するLPは10もいけばかなり多い。LPは生命力も兼ねているのだから、消費すれば消費するほどに死に近づく。

 そのことを理解したのか、レティも口を覆って驚愕している。


「ああ大丈夫です。今は半分くらい回復しているので」

「早くないか?」


 LPの自然回復を促す〈野営〉スキルは使っていない。

 俺はさっきの逃走で消費したLPも回復していないというのに。


「カイザーを討伐したときに手に入れた源石をLPの生産速度に使ったんです」

「そういうことか」


 それなら納得できる。

 確かにここに居るということはカイザーを討伐していてもおかしくはない。ならばレティと同じように源石を持っていても説明はつく。


「LPの最大量には振らないんですか?」


 そこへレティが疑問を投げる。


「LPの最大量を増やすより、回復速度の方がアーツ使いには重要なんですよ」


 アーツのLPコストはかなり重い。その分強力ではあるのだろうが、撃つたびに死の危険が近づくのは避けられない。

 それなら最大量よりも回復速度を高めて、どれだけの量を発動できるかに重きを置いた方がいいという考えだろう。


「ああそうだ。ちょっと待ってろ」


 そこまで考えて俺は一つ思い出す。

 インベントリから取り出すのは、買ったばかりのテント。


「『野営地設営』」


 テントを持ってテクニックを使う。

 するとテントはひとりでに組み上がり、岩場に簡易的なキャンプが出来上がる。


「どうだラクト、LP回復してるか?」

「え? うわっ、凄く回復してる!」


 俺が確認するとラクトは驚いた様子で自分の“鏡”を覗き込んでいる。

 レティも消費したLPを回復させているだろう。もちろん、俺のLPも目に見えて回復速度を上げている。


「これ、〈野営〉スキルだよね?」

「ああ。俺はこのスキルをメインに鍛えてるんだ」


 ラクトが興奮した様子で立ち上がり、俺のほうへ迫ってくる。

 彼女は薄緑の目をかっと開いて俺に言った。


「レッジ、是非わたしともパーティを組んでくれませんか!」


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Tips

◇タイプ-フェアリー

 四種の自律行動型機械人形のうちの一つ。最も小柄な体格で、細く尖った耳が特徴。高性能な演算装置を頭部に内蔵しており、ナノマシンの操作に長ける。一方でリソースが頭部に集中しているために非力で脆弱。可愛らしい外見であるため人気の機体ではあるが、同時に扱いづらい機体という性格も持つ。


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