第20話「立ちこめる霧の湖沼地帯」
「レッジさん、一匹お願いします!」
「まかせろっ。『
鋭く尖った切っ先がフォレストウルフの硬い毛に覆われた横腹を貫く。
赤い飛沫のエフェクトと、まるで綿の詰まった人形に針を刺すかのような抵抗のない手応え。しかしダメージは大きく、その一撃でフォレストウルフは事切れる。
「こっちも終わりましたぁ」
「おう。おつかれさん」
ナイフに持ち替えて〈解体〉スキルを使う。
何度も繰り返した作業の中で知ったことだが、『解体』は
だから俺は周囲に転がる
「よし、終わったぞ」
「むふふ。レティたちも強くなりましたねぇ」
「そうだなぁ」
槌を杖代わりにして手の上に顎を乗せて、レティは周囲を見渡して言う。
俺はランタンを取り出して『発光』によって周囲を照らした。
「いつの間にか、夜の森でも余裕が出てきたな」
漆のような闇が払われ、ぼんやりと濃密な影が木々に映る。
スサノオで物資を買い込み新たなカートリッジも揃えた俺たちは、あれほど苦労した夜の〈猛獣の森〉を悠々と歩くことさえできていた。
特にレティの成長具合は凄まじく、レベルの上がった『威圧』によって狼たちの視線を釘付けにした上で、新たな〈杖術〉のテクニックも交えて破竹の勢いで討伐している。
「夜の群れが捌けるようになると、成長速度も上がって余計に効率が良いですね」
ステータスを確認して、レティは悦に浸る。
ブルーブラッドのアップデートで攻撃力に極振りしたこともあり、彼女の破壊力は更に増していた。
「これなら奥の湿地帯にも行けるかな」
「そうですね。様子見もしておきたいですし」
レティが好奇心に耳を揺らし、赤色の瞳を輝かせる。
まだ物資にも余裕はあるし、帰るときはヤタガラスを使えば良い。
何より、俺も新しいフィールドを見に行きたかった。
「よし、それじゃあ奥へ進むか」
「はいっ!」
リュックを背負い直し、足を森の深奥に向ける。
レティはぴょこんと跳ねると俺の少し先を足取り軽く歩き出した。
「レティのスキルレベルはどんな具合だ?」
ランタンを点けたまま歩くため、狼の襲撃を心配する必要も無い。緊張と共に口が緩み、俺は前方の少女に問いかけた。
彼女は振り返ると眉を上げ、少し考え込む。
「〈杖術〉はレベル25になりました。〈戦闘技能〉は14で、〈鑑定〉は12です」
「武器スキルは流石の上がり幅だな」
「一番使ってますからねぇ」
ちなみに俺のメイン武器スキルである〈槍術〉は現在レベル20になったところだ。そこから使えるようになるテクニックのカートリッジは予め買ってあるから、使っておかねば。
「〈戦闘技能〉はレベル10テクニックの『守りの姿勢』をあまり使わないので、多少上げづらいですね」
『守りの姿勢』は一定時間動きが鈍くなってしまう代わりに、防御力が上昇して僅かなダメージカットも付与されるテクニックだ。
しかし攻撃は最大の防御を地で行くレティとは真っ向から相反する性格であり、相性は最悪と本人が断言している。
「レベル20テクの『攻めの姿勢』が使えるようになるまでの辛抱ですけどね」
「ああ。そっちはレティらしいもんな……」
彼女の言っているテクニックはそのまんま『守りの姿勢』と双璧を成す立ち位置にあるものだ。一定時間攻撃力を上げる代わりに、被ダメージが増える。
一応、成功率は低いがレベル15になった段階でレベル20のテクニックも使えるようになってくるため、彼女の言う辛抱もあともう少しだろう。
「逆に〈鑑定〉の方は順調に上がってるじゃないか」
「そうですねぇ。『生物鑑定』の派生で『弱点発見』というものが出てきたので」
「さっきから妙にクリティカル出してたのはそういうわけか」
俺は納得して頷く。
テクニックを習得する方法は、ただカートリッジを買ってインストールするだけではない。俺たちはAI――自立思考ができるハイテクマシンだからか、行動の中で新たなテクニックを発見することがある。
レティの場合は『生物鑑定』をエネミーの弱点発見に多用していたため、それに特化したテクニックが発現したらしい。
「なかなか便利なテクですよ。多分見えてる物はレッジさんが解体の時に見てるのと同じだと思いますけど」
どうやら彼女の獲得した『弱点発見』というテクニックは、生物の体表に赤い点や線が見えるようになるという効果があるらしい。
そこを狙って攻撃すれば、クリティカルの発生率が上がるのだろう。
「レッジさんの『素材鑑定』は派生してないんですか?」
「残念ながらな。一応時間を見つけてこまめに鑑定してはいるんだが、如何せん既に知ってるアイテムばっかりだからな」
同じ〈鑑定〉スキルとはいえ、俺とレティでは使用するテクニックもタイミングも全然違う。
彼女はリアルタイムに状況が動く刹那的な中で使用しているが、俺は暇なときに既に知っているアイテムの情報を確認しているだけだ。これでは派生する物も派生しないだろう。
「でも〈野営〉と〈解体〉は結構育ってきたぞ」
「ランタンも焚き火もレッジさん任せですからねぇ」
一応レティも〈野営〉は使えるが、彼女は周囲の警戒をしてくれている。咄嗟に動ける必要がある彼女に代わり、もっぱら俺が視界の確保を担当していた。
まあ彼女が『サバイバーパック』を選んだのもリュック目当てだったし、俺とは方向性が違うので特に異論は無い。
「〈野営〉の方はレベル10を超えたから『野営地設置』を使えるようになった。〈解体〉はそもそもテクが無いが、ボーナスがかなり増えたな」
「『野営地設置』ですか。キャンプみたいな感じですかね?」
「必要なアイテムにテントがあるし、実際そうだろうな」
そう言うとレティは明らかにテンションを上げる。
もともとキャンプみたいなアクティブな活動が好きなのだろうか。
「効果は自然回復力上昇効果と、周囲の猛獣系原生生物に対する威嚇効果。どっちも焚き火よりも上だな」
「まんま上位互換ですね」
「代わりに設営に結構時間が掛かるし、テント自体がまあまあ重いからな」
一応『野営地設置』の使用を見越してNPCのショップでベーシックテントという初級アイテムを買ってきたが、それがなかなか重たい。
素材を拾い集めているとすぐに重量制限が見えてきたので、そちらはレティにも半分ほど運んで貰っていた。
「さて、そろそろランタンが切れるがどうする?」
話しながら歩いていると適度に気が紛れて時間を忘れる。
手元のランタンの光が明滅しだし、終わりが近いことを知らせてきた。
俺はレティに伺いつつもすでにインベントリを操作し始める。彼女は振り返り、心底楽しげな笑みを浮かべて口を開いた。
「もちろん、周りの狼たちと遊びます」
丁度言葉の終わりと同時にランタンが光を閉ざす。
レティが握っていたハンマーを構え直す。
俺はファングスピアを取り出し、気持ちを切り替えるように息を吐いた。
その瞬間、暗がりの中から抑圧されていた殺気が唸り出す。
「あははっ!」
堪えきれずレティが高い笑声を漏らす。
それが開戦の鏑矢となり、俺たちはまた乱戦に身を投じた。
◇
「ふぅ、楽しかったです!」
額の汗を拭い、レティはつやつやとした表情で言う。
俺はぜえぜえと肩で息をして、まっすぐに立つ彼女を見上げた。
「よくもまあ体力が持つもんだ」
「レティは若いですからね」
「遠回しにおっさんって言うな」
むふんと唇を弧にして誇らしげに言う少女を睨む。
あの後もランタンの効果が切れるたびに狼の群れと連戦し、そろそろ俺の体力は底が見えてきた。だというのに彼女の機敏な動きは衰える様子もなく、その打撃の重さと鋭さはなおも健在だった。
「しかし、そろそろ森を抜けても良い頃だとおもうんだがな」
「そうですねぇ。ちょっと匂いも変わってきてますし」
呼吸を整えながら地図を確認すると、レティもすんすんと鼻を動かす。
地図は未開の地域が殆どで、俺たちが歩いてきた道筋だけが蚕が桑を喰い進んだような跡として残っている。
「匂いも変わってるのか?」
首を傾げて鼻を少し上げてみるが、特に変わった感じはしない。土の匂いと植物の青っぽい香りがする、ただの森の匂いだ。
「少しだけですが水の匂いがします。あと泥の匂いも」
「よく分かるなぁ」
ライカンスロープの感覚器の優秀さに感心しつつ、改めて信頼を寄せる。
彼女が言うのなら、確かに水辺が近いのだろう。
「よし、じゃあ案内よろしく」
「わかりましたっ」
LPが回復したのを確認して立ち上がる。
そうして俺たちはまた夜の森を進み、次第に周囲の風景が変わるのを感じた。
「木が疎らになってきたな」
密度の高かった森がだんだんと終わりを見せる。
代わりに柔らかく湿っていた腐葉土の地面が、ぐじゅぐじゅと泡立つほどに水分を増していく。
「あっ」
少し前を歩いていたレティが声を上げる。
訝りながら俺も歩き、彼女の声の理由を知った。
「入ったな」
「はい」
左手首の“鏡”を見る。
そこに表示されている現在地の名前が変わっていた。
「〈水蛇の湖沼〉……」
立ち止まり、周囲を見渡す。
まだ木々の中にいるが、それはどれも細く頼りない。
いつの間にか薄く霧が立ちこめ、地面には点々と水たまりが散在していた。
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Tips
◇テクニックの発見
調査活動を通して、自身の行動に適応した新たなテクニックを習得することが希にある。その場合にはカートリッジを用いることもない。発見によってしか習得できないテクニックも無数に存在し、中には特定の行動を根気よく続けなければならないものも。
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